1. ルイザ「彼を支えることが私の全てだった」
「お前との婚約は終わりだ、ルイザ。俺はフィローナとの未来を選んだ。俺の隣にもうお前の居場所は無い」
その言葉を裏付けるように、私の婚約者の隣には同級生のフィローナ・ベルがピッタリと寄り添い、抑えきれない優越感に口元を緩ませていた。
私はルイザ・メドゥラナ。このリベルタ公国を治める「三公」の一角、ストラディ公ガロッゾ・メドゥラナの一人娘で、三公の筆頭格であるガレツィア大公の長子イェルミ・ガレツィア様とこの春結婚する……予定だった。
「イェルミ様……今日はここにいる皆にとって大切な晴れの日です。私たちの個人的な問題はまた後ほど、相応しい場でお話しいたしませんか?」
私は直情的な彼を怒らせないようにできるだけ穏やかな口調で提案したが、いつも通りうまくいかなかった。
「未来の大公の妻が決まったのだ。皆にとっても大いに関係のあることだろう」
殊更に声を張り上げて公子イェルミ様は周囲を見回す。その尊大な振舞いに眉を顰めながらも、誰一人声を上げる者はいない。静まり返ったホールに冷ややかな空気が漂っていた。
ここ、聖ベネディエンデ学院は、近い将来この公国の要職を担う主要な名家の子女たちを集めた高等教育機関。そして今この場は、四年間の課程を修了した卒業生を祝う記念パーティーの会場だ。卒業生とその父兄だけでなく、公国の盟主であるガレツィア大公をはじめ、国内のほとんどの要人が来賓として参列している。いくら大公様の長子とはいえ、子供じみた振舞いが許される場ではない。
私は努めて平静な顔を取り繕いながら、彼を助け支えるべき婚約者の責務として、なんとかこの場を収拾しようと試みた。
「お気持ちは分かりました。私はいつでもイェルミ様のお考えを尊重いたします。ですからパーティーが終わってからゆっくりと続きをお聞かせください。フィローナさんも、それではいけませんか?」
「皆の前でだけ物分かりのいいフリはやめてください!ルイザ様がそんなだから、いつもイェルミ様だけ悪者にされて……陰では笑ってるんですよね!あたし知ってるんだから!」
「フィローナさん……?」
いつも人好きのする笑顔しか見せない彼女が初めて剥き出しにした敵意。もちろん彼女がイェルミ様に想いを寄せていて、婚約者の私を快く思っていないことは知っていた。でも人前では決して負の感情を見せない、周りを味方につける方法をよく知っている人だ。
イェルミ様が皆の前ではっきり自分を選ぶと宣言した今、勝利はもう揺るぎない、そう確信したのかもしれない。
「お前はいつもそうやって体面ばかり取り繕う。俺を尊重してなどいない。ただ理想の婚約者を演じているだけだ!そんなに公子の婚約者という立場が大事か?」
フィローナさんに焚きつけられたようにイェルミ様が感情を昂らせる。
確かに私はいつも周りの目を気にして、うまく場を収めることばかり考えてきたかもしれない。正式に公子の婚約者となってからこの四年間、彼の学院生活を支えることが私の全てだった。
公子という身分に甘えて人並みの努力もせず、同級生を軽んじ、勝手放題の彼に、どうしたらその身分に相応しく振舞ってもらえるか、頭にあったのはそればかり。自分の立場など気にかけている余裕は少しも無かった。
でも結局、私の言葉はいつも彼に届かない。私が彼のためと思って発する言葉は、いつもかえって彼を苛立たせるばかりだった。
二人の言う通り、私では彼の婚約者は務まらない。フィローナさんならそれができるのかもしれない。もしそうなら、私は自分の責任を放り出して、彼女に全てを押し付けてしまった方がいいのかもしれない。そうできたらどんなに気が楽だろう。
その時、無力感に沈みかけた私の心を思いがけない声が引き戻した。