第9話 華の都ラフレシア
――異世界、中立国家アヴァロン、首都ラフレシア。
眠る妖精さんを抱えて程なく歩けば首都の検問所に到着した。
首都の周りは高い壁に囲まれていて、東西南北に出入口の検問所がある。
ボク達が到着したのは西側の門。その前には門番らしき人達が見える。
(検問所か……身元不明なボクが通れるのかな……?)
当然ながら通行手形に相当する物や自分の身元を証明する物が無い。
現状ボクは門番の彼等からみれば不審者以外の何者でもない。
ここを通れる手段があるとすれば、もふちゃんを頼るしかないと思われる。
という訳で、もふちゃんには一度起きて貰わなければならない。気持ち良さそうに眠るもふちゃんを起こしたくは無いが、背に腹は代えられない……
「もふちゃん、検問所に着いたよ? 起きてね」
「……ぬっ? マスターおはようねっ! もう着いたのっ?」
「おはようね! 着いたよー」
優しく撫でて起こすと、もふちゃんから元気に挨拶された。
お休みしてスッキリしたのか、無邪気にはしゃぐ元気な姿がとても可愛い。
ついつい雪だるまのぬいぐるみ見たいなその体を擽ってしまう。
擽られて『きゃっきゃっ!』と身を捩る姿に和み、顔が綻ぶ。
――そんな風にじゃれ合いながら検問所に近付くと、門番に呼び止められた。
「失礼! そこの方、通行証をお持ちですか?」
魔導式のライフルとボディアーマーを装備した、軍人らしき兵士達。
全員が迷彩柄の軍服を着用し、腰には魔導式ハンドガンとナイフが見えた。
複数人いる内の1人が代表して、片手を挙げながらボクに近付いて来る。
呼び止められるのは分かっていたのだが、それでも体が無意識にビクついてしまう。コミュ障ボッチ故に他人から話し掛けられ慣れておらず、つい反射的に体が強張る。如何にも不審者な反応をした事に対し焦ってしまった……
「す、すみません……持ってないです」
「……では、身元を証明できる物はありますか?」
如何にも怪しんでいると言った態度と声色で彼は言う。
その状況を見てボクに助け舟を出してくれたのは勿論、もふちゃんだった。
「われがマスターの身元保証人、なのだっ」
ボクの腕から身を乗り出して、得意気な表情で胸を張るその姿。
とても頼もしく、愛嬌に溢れたパートナーの姿だった。
(もふちゃんありがとう……嬉しいよ……あとカワイイ)
妖精さんの愛らしい姿を確認して、彼の声色から剣呑な雰囲気が消えた。
もふちゃんのお陰でボクへの警戒心は和らいだ様子。
「おや? 妖精族とは珍しい……マスターというのは、君を抱えている人物で間違い無いのかな?」
「うむっ! 間違いないのだっ」
「ふむ……妖精がそう言うのなら問題無いでしょう。それでは一度、詰所まで同行して頂けますか? 通行証を持たず首都に入る場合は、簡単なプロフィールを作成して頂く決まりになっていますので」
「分かりました」
許可が下りた事に一先ず安堵。
しかしここでまた新たな問題が浮上した。
(簡単なプロフィール……って事は、文字を書く必要があるのか)
この世界の文字は当然、地球上にある物では無いはず。
会話は可能だが、異世界の文字何て書けるとは思えない。
(取りあえず、文字が書けないって事にして代筆を頼むとか……あるいは教えて貰いながら書く事にしよう)
書けないものは仕方が無いと割り切って考える。変に知ったふりをするのは悪手だ。元々ボクは嘘を付くのが得意じゃ無い。変に隠し事をしても直ぐにばれてしまうのがオチだろう。
――門番さんに案内されて詰所に到着。
詰所の中には撮影用と思われるスペースと、写真機と思しきアンティークな撮影機材が設置されていた。それらの道具を横目に、まずはテーブル前のイスに座らされ、プロフィールを記入する為の用紙とペンを手渡された。
(……あれ? なんでだ……? この世界の文字が読める……しかもペンを持った途端、何故かこの世界の文字が浮かんでくる……頭に思い浮かべた単語が自動的に翻訳されてる……?)
不思議な事に、ボクはこの世界の文字を読み書きできるらしい。
不可解な現象に困惑していると、もふちゃんがボクに助言してくれた。
「マスタっ! マスターの出身地はね、われらの聖域で良いのだっ」
「妖精族の聖域で……? 良いの?」
「うむっ! マスターなので、良いのだっ」
本当に良いのかと疑問に思い、今の話を聞いていた門番さんに確認を取る。
「あの、本当に良いんですか……?」
「妖精族から許可が出たのなら構いませんよ」
「そ、そうなんですか。分かりました」
恐るべき妖精さんの社会的信用力。それだけ妖精族は人類にとって有益な存在であり、害をなさない存在だと認知されている証拠なのだろう。改めて、もふちゃんの頼もしさを実感した。
(もふちゃん凄い……迷惑かけないようにしないと)
妖精族の信用を落とさないように気を付けようと心に誓う。もふちゃんから特別に信頼されていると言う事は、同時にそれだけの社会的責任を伴うという事でもある。ボクの所為で妖精族の信頼に傷が付く様な事になったら大変だ……
――等と考えながら、プロフィールを記入する。
その途中、門番さんが撮影機材の点検でボクの傍から離れた。
丁度良いタイミングだと思い、小声でもふちゃんにこの謎の現象を確認する。
「もふちゃん、頭の中で文字が勝手に変換されるのはどうしてなの?」
「たぶんね、マザーがなんかしたのだっ」
「マザーが……? 自動で言語を翻訳してくれてるの?」
「知らぬっ」
「えぇ……」
取り合えず妖精さんにもよく分からない模様。
(うーん……実害は無いどころか有益だし、そういう物だと思っておこう……)
分からない物は仕方がないので、気にせず記入を再開した。
プロフィールに記入する必要があるのは出身地と名前に適性ジョブ。
それに加えて生年月日と性別に年齢、最後に自分の顔写真が必要な模様。
因みに生年月日の記入欄に表記されている事で気付いたが、この世界での暦を日本語に翻訳すると“星暦”となり“せいれき”と読むらしい。そして今現在は星暦1895年の7月15日である模様。
(それで思ったけど、ボクがいるこの星……惑星? って現地の人達は何て呼んでるんだろう……? 考えてみればRoFをやってた時にも聞いた事ないな……)
文明レベル的にこの世界の人類はまだ宇宙に進出していない。しかし妖精族は既に星の外まで自由に移動できる科学技術を有しているので、地球のような呼び名がこの星にあるのは当然のように思われる。
(それも含めて、後でもふちゃんに聞いてみよう)
疑問は一旦脇に置いて気を取り直し、残りの記入欄を埋めていく作業に戻る。
(ジョブは影装騎士で良いとして、名前は……本名の方が良いか)
ボクの本名は“織音出瑠”だ。RoFで使用していた『Alice』というアバターの名前でも良いかもしれないと考えたが、本名を偽るのは良くないと思いそのままで記入した。一応、この世界の規則に従って“イズル・オリネ”と記入する。
「では、撮影しますので此方へ来てください」
門番さんに促され、身元を照会する為の写真撮影を行った――
▼ ▼ ▼
あの後無事に首都への出入りを許可されラフレシアに足を踏み入れた。
そしてボクの視界に広がるのは大都会の大通り。記憶にある光景そのまま。
何度も訪れた都市の姿がそこにあった。何とも不思議な気分である。
(お店とか違うけど、殆どRoFで見た景色そのままだ……)
細部は異なる物の、喧騒と彩りが渦巻くアンティークな街並みはほぼ同じ。
古風と目新しさが混ざる洋風の建物群に、魔法と錬金術で作られた生活道具。
街道を走る馬車や、蒸気と魔法で動く自動車に飛行船。
大通りを行き交う大勢の人並。装備品を身に着けた冒険者達の姿も見える。
地球の文明レベルで例えるなら1800~1900年代の街並みに、科学の代わりに魔法と錬金術が発達した世界。人々の服装を見れば異世界独自の文化に加えて地球でもありそうな文化が融合している。そのどれもがゲームで見た光景だ。
「現実になると、何だか不思議な気分だね……」
ポツリと呟いた一言に、もふちゃんは反応する。
「そうねっ! でもわれは、マスターに会えたので嬉しいのだっ」
子犬のような耳と尻尾のアクセサリーをパタパタさせてもふちゃんは言う。
その姿がとても可愛くて、とても愛らしい。思わず可愛らしい頭を撫でる。
「ボクも嬉しいよー! もふちゃんに会えて幸せ!」
「われも、マスターに会えて幸せなのだっ!」
何もかもがゲームと同じ世界で、本物なのかと戸惑ってしまう。
しかし両腕に抱えた温もりから伝わる暖かさは本物だ。
それを教えてくれたもふちゃんと共に、大都会を歩き出す。
「よしっ! それじゃ、まずは魔石の換金だね!」
「うむっ! 魔石の換金は銀行で出来るので、覚えててねっ! 銀行は大通りにあるので、ここからとっても近いのだっ」
フードを被りながら人並に紛れて移動していると、もふちゃんの助言通り目的の銀行が視界に入って来た――