第7話 初陣のブラックバード
――異世界、中立国家アヴァロン、首都ラフレシア郊外。
もふちゃんの報告ではゴブリンの群れは馬車を狙っているという。
馬車の後を追う動きを見せているようで、先程から徐々に進行方向が変わっているらしい。加えて先程、その群れから足の速い斥候部隊が馬車を止める為、突出して追撃してきたと報せを受けた。
馬車への襲撃を阻止する為、ボク達も移動して迎撃地点を変更する。
「この辺が良いかな?」
「そうねっ!」
雑木林を抜けた先、そこは視界が開けた草原地帯。
ここなら馬車を追撃して来る斥候部隊の進路上に陣取れる。
おまけに視界が開けている為、討ち漏らしの可能性も低い。
(見通しが良い場所ならスキルの攻撃範囲も分かり易いな)
まだスキルの攻撃範囲について正確に把握しきれていない。
周囲に人の気配は無いので、攻撃範囲を把握するなら丁度良い状況だ。
ここならゴブリンを相手に思いっきりスキルを振り回せる。
――そうしている間に雑木林からゴブリンの斥候部隊が抜けて来た。
その姿を目視して、もふちゃんから報せを受ける。
「先遣隊のお出ましなのだっ! 数は60体ねっ!」
「任せて! 一網打尽にしちゃおう!」
補助スキルの効果はまだ切れていない。
鞘を掴み長剣の柄に片手を添えて、居合のように待ち構える。
それに対し鋒矢の陣形で突撃してくる斥候部隊。
どうやら勢いに任せて此方を蹴散らす心算でいる様子。
当然ながらそうは行かない。斥候部隊の後には本隊の突撃が控えている。
ならばこの程度の数を相手に手間取ってはいられないのだ。
「――【天翔閃】――」
白銀の長剣を引き抜くと同時、黒い光が剣身から瞬時に伸びる。
黒い光を刃として、横薙ぎ一閃。黒い軌跡がゴブリン達を強襲する。
気付いた時には既に手遅れ。黒い刃はゴブリン達を逃さず捉えた。
――黒い刃によって真っ二つに斬り飛ばされたゴブリン達が宙を舞う。
切り離された上半身が、飛翔するように天高く跳ね飛ばされた。
全てのゴブリンの上半身が一斉に跳ぶ光景は正に天翔。
状況を飲み込めぬまま、ゴブリンの斥候部隊は消滅した。
全ての個体が銀の流体に還った事を確認して、もふちゃんは言う。
「斥候部隊の討伐、完了なのだっ!」
「上手く行ったね!」
余談だが、【天翔閃】のスキル効果に空を飛ぶ効果は無い。
【天翔閃】の天翔とは切り裂いた物体を空高く打ち上げる事を指している。
つまり天高く飛翔するのは、自分では無く切り離された物体の方なのだ。
因みに攻撃範囲で言えば、影装騎士の持つ攻撃スキルの中で一番広い。
威力こそ他と比べて低い方だが、この広範囲と打ち上げ効果は唯一無二だ。
RoFの頃は対人コンテンツである“闘技場”で【天翔閃】が非常に使えた。
(そう言えば、こっちの世界にも闘技場ってあるのかな?)
RoFでは全ての首都に闘技場が存在していた。
もしかするとこっちの首都にも存在しているかもしれない。
――等とちょっとした疑問に気を取られていると、もふちゃんから報告が。
「マスタっ! 後5分で、本隊のご到着なのだっ……!」
「分かった! 一応、念の為に補助スキル掛け直すね!」
まだ補助スキルの効果終了まで余裕はあるものの、万が一を考え掛け直す。
「【韋駄天】【刹那の見切り】【紅の誓い】」
まずは本隊を相手に最も攻撃範囲の広い【天翔閃】で先手を取る。
ゴブリンの耐久力なら【一撃必殺】までは必要ない。今は温存しよう。
迎撃の準備を整え、再び居合の構えをしていると雑木林に動きあり。
けたたましい音と共に雑木林から一斉にゴブリンが現れる。
見る見る内に増えるその数、何と驚きの3000体以上。
視界の先がゴブリンの群れで埋め尽くされていた。
その異常な光景を見ながら思わず呟く。
「……とんでもない数だなぁ」
「マスターなら、やれるのだっ……!」
隣を見れば、もふちゃんが謎の自信に満ち溢れていた。
純真無垢にボクを信じ、強気な表情で胸を張るその姿が何とも愛らしい。
(もふちゃんにそこまで信頼されたら、やるしかないよね!)
推しから信頼されて頑張らない道理はない。
もふちゃんの期待に応える為、鋭く短く息を吐いた――
「――【天翔閃】――」
黒い光が放つ影の刃がゴブリン軍団を強襲する。
まずは広範囲に重い一撃。先頭集団を葬って、敵軍の足止めを狙う。
悲鳴を上げる暇すら無く、凡そ100体を超えるゴブリンが斬り飛ばされた。
突然の奇襲にゴブリン達は困惑し、動揺から足並みが乱れ、進軍が止まる。
その隙は逃さない。もふちゃんに一声かけて、敵軍目掛けて飛び出した。
「行ってくるね!」
「いってらっしゃいっ!」
音速に近い速度で駆け抜ける。赤と黒の二対の翼が軌跡を描く。
混乱状態のゴブリン達に肉迫し、すれ違い様に一太刀一殺。
大地の上を飛ぶように隙間を縫って戦地を走り、一方的に敵を葬る。
「ギェイ!? ギァギィ!!」
「ガァグ!! ガァグッ!!」
指揮官と思しき個体が声を張り上げ指示を飛ばしている様子。
無論それを許す道理はない。優位を保つ為、指揮官は優先的に排除する。
――指揮官に向け最短距離で、道中のゴブリンを屠りながら突き進む。
「ギィイイイ!!?」
恐怖に慄きながらも剣を突き出す指揮官に向け白銀一閃。
一瞬芽生えた罪悪感を振り払い、その首を一太刀の元斬り飛ばす……
(相手はモンスター……迷えば殺られる。迷うな……!)
モンスターとは言え死に怯える表情は、この精神を蝕むには十分すぎる。
元々はただの大学生、ただのゲーマー。命を奪った経験何て有りもしない。
しかしここでそんな言い訳は通じない。生きて行く為覚悟を決めよう……
「――【孤狼閃】――」
震えそうになる心を振り払うように、スキルを使用し己を鼓舞する。
演武を舞うような流麗な体捌きで、襲い掛かるゴブリン達を斬り伏せる。
自身の周囲に影を纏い、流れるような13連撃。その後闇に紛れて姿を隠す。
スキル効果により射程範囲内に存在する13体の指揮官に斬撃が飛び掛かる。
「ギェ――!?」
「ギァ――!?」
【孤狼閃】は、使用時に影を纏い合計13回の連撃を繰り出す攻撃スキル。演武終了後は自分の姿がステルス状態になり、射程範囲内に存在する1体~13体の任意のターゲットに向けて虚空から斬撃を発生させる。
突然虚空から奇襲を受けて、指揮官達は短い悲鳴と共に息絶えた。
ステルス状態になった事で敵はボクを見失い、戸惑うように辺りを見回す。
その隙に息を整える為、ゴブリンの軍団から離れて様子を窺う。
――しかしその行動は、今のボクの心理状態では悪手であった。
(戦闘を続けるべきだったな……その方が、余計な事を考えずに済んだ……)
今のボクは疲弊している。体力的には問題無いが、精神的な疲れが酷い。
初めての実戦。それに加えてモンスターとは言え、数えきれない命を奪った。
頭では分かっている。しかし体は言う事を聞かず、無意識に震えてしまう。
(殺らなきゃ殺られる……分かっているのに、頭から離れない……)
今更になって葬ったゴブリン達の顔が脳裏に蘇る。
最初の内はモンスターだから……人では無いからと高を括っていた。
しかし脳裏を過ぎる表情を思い出せば、そこに生き物としての恐怖がある。
(くそっ……! 戦わなきゃ……! もふちゃんを危険には晒せない……!)
このまま息を潜めていては、もふちゃんにヘイトが向かう危険がある。
もふちゃんに怖い思いはさせられない。その為にボクが盾に成らなければ……
額から流れる冷や汗を拭いもせず、愛剣の柄を握り締めた……その時。
――ゴブリンの集団目がけて、上空から紅蓮一閃。
瞬く間も無く、紅蓮の光はゴブリン達を巻き込み爆発した。
地上に咲いた花火のように、その爆発は芸術的に火炎を広げて消滅する。
後に残されたのは焼け跡と、魔石と化したゴブリンだった物。
(このスキルは……炎装拳士の【炎槍拳】……?)
炎装拳士というのは、耐久力に特化したタンク系の戦闘職だ。
使い方次第ではタンクらしからぬ火力を出せる、サブアタッカー的な戦闘職。
そして【炎槍拳】は炎装拳士の特徴的な攻撃スキルであり、炎で形成された槍状の物体を投擲し、爆発させて攻撃する。投擲された炎槍の速度が上がる程、攻撃範囲と攻撃力が上昇する効果を持ったスキルである。
(炎装拳士の冒険者が、異常事態に気付いて救援に来てくれた……?)
突然の事態に困惑しつつ様子を窺っていると、上空に人影を捉えた。
飛んでいる……というより落下中であるらしいその人物は、更に加速。
恐らく補助スキルを使用したと思しき速度で、その人物は地上に降り立つ。
地上に降り立ったのは一人の女性。
長い金色の髪に、一束だけ赤い髪を混ぜたとても美しい女性だった――