第6話 駆け出しの冒険者
――異世界、中立国家アヴァロン、首都ラフレシア郊外。
もふちゃんを抱えて雑木林を突き進む。
音のする方へ近付いて見れば、そこは石畳の街道だった。
ある程度整備された道路の先で、一台の馬車と人の集団を発見した。
一応、もふちゃんと共に物陰に隠れつつ様子を窺う。
「ゴブリンと戦闘中みたいだね」
「状況は、拮抗してるのだっ」
視線の先では馬車を護衛中と思しき冒険者の集団と、それを襲いに来たゴブリンの集団が戦闘していた。聞こえて来た金属のぶつかる音は、剣と剣が切り結ぶ戦闘音であった模様。
状況としては馬車がゴブリンの集団に囲まれ足止めされている。
前後から挟み撃ちにされたようで、護衛の冒険者達は前後に別れて応戦中。
戦い方から察するに、恐らく冒険者達は皆駆け出しの初心者だと思われる。
――ここからなら彼等、彼女等の声が聞こえる。
「くっ! こいつら次から次へと……! フォローを頼む!」
「二人共、死角に気を付けて! ゴブリンは力が弱いけど、連携が取れてる!」
「くそっ! 前方はどうなってるんだ!? まだ進めないのかよ!」
馬車の後方を守っているのは男性二人、女性一人の冒険者。
男性組が前衛でゴブリンと白兵し、女性は後方から石弓で援護している。
(三人共スキルを使ってない……という事は、まだ習得していないのか)
攻撃スキルの一つでも使えていれば容易に殲滅出来る程度の戦力差。
しかしそれをしていないという事はスキルを使える者がいないのだろう。
恐らく前方で戦っている冒険者組も同様、スキルを習得していない様子。
加えて、三人組の言葉を理解できた事から一つ懸念事項が解消された。
(良かった……言葉を理解できる。これなら意思疎通は取れそう)
地球では無い異世界なので、現地人と言葉が通じるか不安だった。
もし言葉が通じ無ければ、もふちゃんに通訳をお願いしていた所だ。
――そう内心安堵していると、もふちゃんから不穏な報せを受け取った。
「マスタっ、9時方向からゴブリンの、増援なのだっ」
「数はどのくらい?」
「約1000体っ! まだまだ、増えるのだっ」
「ふぁ!? なにその数!!?」
ゲーム内でもそんな数のゴブリンと戦闘した記憶は無い。ここは序盤で訪れる初心者向けのフィールドである為、四桁にも及ぶ出鱈目な数と遭遇する事はまず有り得なかった。
(と、とにかくこの戦闘を終わらせて、早く皆を離脱させないと!)
スキルを習得していない状態ではゴブリンの物量に圧殺されてしまう。
今の彼等では戦いにすらならない以上、ここから逃がすのが正解だ。
冒険者達を一刻も早く首都に向けて出発させようと心に決める。
「救援に行ってくるね! 負傷者が出たら、回復アイテムで救護お願い!」
「うむっ! 任せるのだっ!」
もふちゃんに一言断って、物陰から即座に飛び出す。
漆黒と紅蓮の翼を伴って、白銀の愛剣と共に参戦する。
琥珀に輝く瞳が捉えたのは、冒険者を襲うゴブリン達の後姿。
――鋭く短く息を吐き出し、ゴブリンの死角へ回り白銀一閃。
「な、なんだ――!?」
「人――!? 増援……!?」
「早くて見えない――!?」
困惑する冒険者達を横目にゴブリンを強襲する。
敵の合間をすり抜けるように、軽やかな身の熟しで死角を狙う。
すれ違い様に一振り一閃。一太刀の元、ゴブリン達を斬り伏せる。
「ゲャガ!?」
「グギャ!?」
悪いが悲鳴を上げさせている時間すら惜しい。
後方にいるゴブリンの数は20体。可能な限り急所を狙って即死させる。
この速度差なら攻撃スキルを使うまでも無い。全て一人で斬り伏せる。
(やっぱり、補助スキルの効果を差し引いても元々の身体能力が上がってる……正確に確認できてないけど、RoFと同じステータスが反映されているんだ)
この世界にレベルは無いが、この状況から推測するにRoFと同じステータスが反映されている模様。そうなると今現在のボクの身体能力は、上限値であるレベル100相当と考えられる。
(これなら一人でも殲滅できる……敵の増援も、足止めくらいなら出来そう)
突然の増援に、冒険者達は呆気に取られ立ち尽くしていた。
そうしている間に20体全て討伐し終え、続け様に前方へと走り出す。
前方でも三人の冒険者達が30体近くのゴブリンを相手に苦戦していた。
――姿勢を低く、地面を滑走するように戦地を駆け抜け、障害を薙ぎ払う。
先程と特別変える事も無く、敵の死角に回り急所を狙って斬り伏せる。
三人の男性冒険者達は、突然の救援に驚きつつも距離を取り、様子を窺う。
そして異常な速さで斬り抜けるボクに対して、彼等は胸中を吐露していた。
「目で追えない……速すぎる……!」
「黒い鳥……背中の模様は、片翼が炎のカラス……?」
「あんなスキルは見た事ない……一体、何者なんだ……?」
驚愕の表情で様子を窺う彼等を尻目に、全てのゴブリンを討伐完了。
一旦剣を鞘に収め、フードを被りながらボクは彼等に振り向いた。
すると、後方にいた冒険者達もこちらに合流。丁度良いので全員に報告する。
「皆さん、落ち着いて聞いてください。もうじき此方に1000体を超えるゴブリンの群れがやって来ます」
そう告げた途端、彼等は驚愕して騒めく。馬車には複数民間人も乗っていたようで、その騒めきに釣られて馬車から不安げに顔を覗かせた。
(よく見ると、冒険者達の見た目が若い……ボクと同い年くらいかも?)
馬車に乗っている民間人達は年齢も性別もバラバラに見える。
しかし冒険者達の容姿は皆、10代後半くらいの見た目だ。
多分、この世界では駆け出しの冒険者はそのくらいの年齢が普通なのだろう。
(……そうなると、10代で飛び抜けた強さを持つのは異端なんだろうな)
因みにボクがフードで自分の顔を隠したのは彼等に正体を隠す為では無く、ただ単にコミュ障故、相手の目を見て話せないからである。
コミュ障ボッチにとって、相手の目を見て円滑なコミュニケーションを図るのは、ソロで高難度レイドボスを討伐するよりも難しいのだ……
――そう考えている間にこのパーティーのリーダーを務めていると思しき男性冒険者から、パーティーを代表して救援のお礼と、確認の質疑を向けられた。
「状況はまだ飲み込めていませんが、救援に感謝します。助かりました。それから……命の恩人を疑うようで申し訳ありませんが、ゴブリンの群れがこっちに近付いているというのは本当なのでしょうか?」
ボクが嘘を付いていると疑うのは、リーダーならば当然だろう。
突然現れた素性の知れない相手の言う事を鵜呑みにはできない。
しかしここには人類から絶大な信頼を受ける妖精族がいる。
「そのお話は、本当なのだっ。われらが保障するので、信じてねっ!」
シャボン玉に包まれて、ふわふわしているもふちゃん登場。
その光景に彼等と彼女等は目を丸くして驚いていた。
「なっ!? 妖精族……!? どうしてこんなところに……?」
「妖精さん!? かわいいっ!! 初めて見た!」
「俺も初めて見た……でも妖精が言うって事は本当なんじゃ無いか?」
「妖精は嘘つかないってのは有名な話だしな。信じるべきだと思う」
RoFと同様にやはりこの世界でも妖精族は人類から絶大な信頼を受けている。
その理由は、長きに渡り人類を裏切る事無く支え続けた歴史から来る。
長い時を掛けて築き上げた妖精さん達の努力は、確りと伝わっているのだ。
――という訳で、彼等の信頼を得たところ話はスムーズに纏まった。
彼等と手早く話し合い、ゴブリン達の追撃を止める為にボクが殿となる。
彼等は心苦しそうにしていたがそれしか無いという事で納得して貰った。
それからリーダーの男性が御者となり冒険者達に指示を出す。
「全員馬車に搭乗してくれ! 直ぐに出発する!」
「あの、本当に貴女は乗らないんですか……?」
その傍ら、女性の冒険者がボクに問いかけた。
ボクは相変わらず相手の目を見れず、顔を隠したまま応答する。
「ゴブリンの足は意外と速いですから、斥候部隊が足止めにくるかもしれません。ボクはそれを阻止します」
「そんな危険な事……!」
「ここに居る中でボクが最も適任だと思います。逃げ足には自信があるので、心配しないで下さい。生きて帰りますよ」
どうにもならないと悟ったのか、彼女は不承不承で納得する。
それからいきなりボクの手を取って、彼女はこう言った。
「絶対約束ですよ! 私達、きっと良いお友達になれると思うんです! 私はまだ駆け出しの身ですけど……冒険者として生きる女の子同士、分かり合える事がいっぱいあると思いますから!」
「えっ――いや、あの……」
彼女の元気いっぱいの勘違いに、思わず言葉に詰まってしまった。
ボクの返答を待たず、彼女は駆け出して馬車に飛び乗る。
生来のコミュ障から呼び止める事も出来ず、馬車は即座に走り出した。
(違うんです……紛らわしいけど、ボクは女の子じゃ無いんです……)
同性はともかく異性からも勘違いされてしまうのは中々に深刻である。
何て悩みを首を振って振り払いながら、ゴブリン迎撃に備えるのだった――