第5話 仮想と現実
――異世界、中立国家アヴァロン、首都ラフレシア郊外。
花園からラフレシアまでは簡素ではあるが道が続いていた。
もふちゃんからナビゲートして貰えるお陰で迷う事無く首都を目指せる。
もふちゃんによれば後2㎞程で到着するらしい。これなら30分も掛からない。
白い雲が疎らに漂う青い空。森林に囲まれた並木道を歩いて進む。
風に揺られる一人と一匹。妖精さんは魔法のような科学の力で周辺を索敵中。
お陰で、モンスターから奇襲を受ける心配無く進めるのはありがたい。
その道中で、ボクはホログラム画面をもふちゃんから見せて貰っていた。
「ステータス……ステータス……もしかして、無い……?」
もふちゃんの周辺に浮かぶホログラムのインフォメーション画面。
ステータス画面を見たくてそれらを確認しているのだが見当たらない。
因みにインフォメーション画面はもふちゃんの周辺に固定化されているらしく、全ての画面を確認するにはもふちゃんを360度回転させる必要がある模様。謎の仕様だが、個人的にはもふちゃんを回転させて遊べるのでお気に入り。
加えてこのホログラム画面はボクと妖精さんにしか見えないらしく、人前で表示しても盗み見られる心配は無いとの事。
「世界がわれの周りを、回ってるのだっ……!」
「そうねっ」
ボクに好き放題くるくると回されて、もふちゃんは何故か誇らしげな様子。
その様子が可愛くて、子犬みたいな小動物をつい何度も回転させてしまう。
まるでぬいぐるみのような後姿がとってもかわいい。
――取り合えずもふちゃんの可愛さはおいて置き、疑問を述べる。
「もふちゃん、もしかしてこっちの世界にはレベルとか無いの?」
「うむー。無いのだっ」
ゲームと違い現実にレベルという仕様が無いのは当然と言えば当然か。
元々RoFの仕様では、スキルは特定の条件を満たす事で習得していた。
なのでスキルの習得に関して言えばレベルは無関係だ。
しかしそうなると、ステータスを変動させるスキルの仕様が気になる。
「ステータスを変動させるスキルの仕様ってどうなるの? RoFにはレベルがあったし、レベルに応じてステータスが決まってたよね?」
「今現在の身体能力に、依存するのだっ。“ギルド”に行けば能力測定ができるので、計って見てねっ! 数値は常に変動するので、体調管理が大事なのだっ」
ギルドというのは冒険者の自治団体のようなもの。
RoFではプレイヤーが自主的に運営する営利団体のような存在だった。
(ステータスは今現在の身体能力を参照か……首都に着いたらまずはギルドを当たってみよう。多分、冒険者として登録しないと活動できないだろうし、安定して生活資金を稼ぐにはギルドに入るのが一番良いはず)
当面の目標は生活を成り立たせる事。そして元の世界に帰る方法を探す事。
それらの目標を達成するにはまず、衣食住を整えるのが最優先だ。
(この世界では出自不明で身寄りが無い状態だし、まともに働くのは難しそう……やっぱり、多少危険でも冒険者として活動するのが確実かな)
それに冒険者として活動していれば、何れは元の世界に帰る方法を見つけられるかもしれない。個人的には、あのメールを送信してきた人物はこっちの世界に居るのではと憶測している。恐らくその人物が元の世界に帰る為の鍵だ。
――等と思案していた矢先、もふちゃんから接敵の報せが入った。
「マスター! 9時方向からモンスターの敵襲なのだっ!」
「数と種類は!?」
「4体ねっ! ゴブリンの、小隊なのだっ!」
この世界に転移してから初めてのエンカウント。初めての実戦だ。
もふちゃんを後方へ送るように手放し、素早く白銀の長剣を抜剣する。
「【韋駄天】【刹那の見切り】【紅の誓い】【一撃必殺】」
相手は、RoFでは何てことは無い雑兵モンスターだった。
特に苦戦した記憶も無い。しかし現実となれば油断はできない。
(初の実戦だ……侮らずに全力で行こう!)
ゴブリンは、粗悪な武器と防具を身に着けた亜人型のモンスターだ。RoFでは居住区域の周辺フィールド、及びダンジョンの2層~9層に出現する。単体では大した脅威は無いが、群れると厄介なモンスターだ。
――9時方向に対し長剣を正眼に構えて居ると、目前の雑木林が揺れ動く。
駆け出すように姿を現したのは、4体の小柄な亜人モンスター。
粗悪な鉄製の剣と槍、そしてボロボロなアーマーと衣類を身に着けている。
ゲームで見た姿そのまま。……いや、ゲームよりも遥かに不気味だ。
4体のゴブリンは飛び出した勢いのまま、にべもなくボクに向かって剣と槍を突き出し襲い掛かって来る。……分かっていた事だが、現実だからと言って意思疎通ができる相手では無さそうだ。
「――【十字閃】――」
逆十字に煌めく死の光。十字に飛ぶ死線は容赦なくゴブリン達を強襲する。
迷えば狩られる。相手の殺意を感じれば、討ち取る事に迷いは無い。
「ギイィ!?」
「ゲェアァァアアア!!?」
4体共に逃れられぬ死線に晒され、驚愕と絶望の表情に染まって消える。
断末魔を残し、名も無きゴブリン達は胴体を切断されて息絶えた。
割とあっけなく初戦闘は無事勝利……と言いたかったのだが。
「これは……やり過ぎた……」
そう思わず呟いてしまう程に、目前の光景を見て顔が引きつる。
なぜなら瞳には、【十字閃】によって変わり果てた雑木林が映っていたから。
大地は抉れ、木々は薙ぎ倒され、環境破壊も良い所な光景が広がっていた。
およそ100m程の範囲で、雑木林が無残にも破壊されている。
初戦による不安があったとは言え、最大火力での【十字閃】は悪手であった。
そう落ち込むボクの隣に、もふちゃんがふわふわと移動して地面に降り立つ。
「マスター、落ち込まないでねっ。初めての戦闘だったので、仕方ないのだっ」
「もふちゃん……慰めてくれてありがとう……」
現状直す術が無い以上どうにもならない。
申し訳無いが放置するより他にないだろう。
(次からは気を付けないと……)
ゲームとは違い、攻撃すれば周辺を傷付けてしまう。特にスキルによる攻撃範囲は正確に把握しなければ……幸い周辺に誰も居なかったから良かったものの、誰か巻き込んでいたらと思うと背筋が凍る。
――そう反省していると、死骸となったモンスターに変化が現れた。
4体の死骸は突然、銀色の液体となって溶けだし、地中に吸い込まれるようにして消えて行った。その後に残されたのは鈍い輝きを放つ4つの魔石。
「現実でもモンスターの生態は特殊なんだね? RoFと同じように液体になって消えるし、魔石がちゃんとドロップしてる」
「うむっ! 魔石はね、冒険者さんにとって大事な収入源なので、ちゃんと回収してねっ。魔石は銀行で換金できるので、覚えててねっ!」
その辺りもRoFと同じだ。取り合えず、ドロップした魔石を拾い上げる。
すると拾った魔石が光り出し、ボクの手の中から消え去った。
それを確認して、もふちゃんはボクにインベントリを見せてくれる。
「拾った魔石と落ちてる魔石は、聖域に転送したのだっ。同じ種類の魔石はインベントリにスタックされるので、確認してねっ」
言われた通り確認すると、そこにゴブリンの魔石が4つスタックされていた。
どうやらドロップした魔石はもふちゃんが自動で回収してくれる模様。
「もふちゃんありがと!」
「よいのだー」
隣でまん丸な両手をふりふりと振りながら、ボクを見上げるもふちゃんの姿。
そんな愛嬌溢れる姿を至近で見る為、膝を抱えるようにしゃがんで眺める。
両手に加えて耳と尻尾もついでにふりふり。思わずハートを幻視する。
(もふちゃんはいつ見ても癒し! カワイイっ!)
――等と内心限界オタク化していると、何やら金属がぶつかる音が聞こえて来る。雑木林が開けた為か、先程までは聞こえなかった異音が聞こえた。
「……ん? 雑木林の奥から、何か聞こえる……?」
「距離を伸ばして索敵するので、待ってねっ! ……ふーむ。何かね、人間さんとモンスターの反応が、あるのだっ」
「戦闘中って事? 他の冒険者かな……?」
「たぶんね、冒険者さんもいるのだっ」
そう聞くと何だが気になる。
(この世界の冒険者か……どんな感じで戦闘してるんだろ?)
ゲームとは違い現実となれば戦い方も、採用している戦術も違うだろう。
これから冒険者に成る身としてはとても興味が湧いてくる。
好奇心からそれを確認する為に、雑木林に足を踏み入れるのだった――