第47話 怨嗟の6月
――異世界、特殊軍事施設、VIPルーム。
もふちゃんとの話し合いの後、地下シェルター内で一日を過ごした。
地下シェルター内はとても広く、例えるなら地下商店街に匹敵する広さ。
最新の魔導技術で出来た地下のモール内はとても快適。
自分が今地下に居る事すら忘れそうな程に開放的で自由な空間だった。
(今はボクともふちゃんと、護衛の軍人さんしかいないし、部屋の外には観葉植物がいっぱいでリラックスできて快適だなー……永住したくなりそう)
元来が引きこもり体質のインドア人間なので、割と理想的な空間である。
ただ、日光に当たれないので自律神経が狂わないかが唯一の不安要素。
しかしその問題も、もふちゃん曰く心配いらないとこの事。
地下シェルター内の天井付近にある光源は、疑似太陽であると言い、妖精さんの持つ魔法のような科学技術で出来ているという。疑似太陽からは本物の日光と同じ成分が放出されているらしく、疑似太陽の光を浴びればビタミンDが補給できる。
因みにライトダンジョン第1層にある市街地、ベイルロンドにも同じ疑似太陽がある。ここにあるのはベイルロンドにある物よりも小型で色々とスペックダウンされているらしいが、普通に運用する分には何も問題無いという。
(明日はどうしようかな……)
パジャマに着替えて寝る前の準備を済ませ、ベットの中へと潜り込む。
今日は丸一日かけてもふちゃんとシェルター内を探索した。
立ち入り禁止エリア以外は全て見て回れたはず。
(もふちゃんと遊んで、いつ動きがあっても良い様にトレーニングして……後はビトレイヤーズに関する情報を提供して貰えるとありがたいなぁ……)
地下シェルター内には出入り自由な図書館のような場所もあった。
恐らく申請すれば裏切り者達に関する資料も閲覧できるはず。
戦いは避けれない以上、敵対勢力に関する情報収集は必要不可欠だ。
(ビトレイヤーズがファザーの制御下にあればまた話は違ったのかな……)
先程もふちゃんに、マザーに頼んでビトレイヤーズの敵対行動をファザーに止めて貰えないかとお願いして見た。しかしそれは出来ないらしく、今ビトレイヤーズはファザーの管理下から離れているらしい。
(もしかしたら“裏切り者達”という名称は、人類に対してじゃなく、魔族やファザーに対しての意思表示みたいなものなのか……?)
奴らが裏切ったのは人類でも世界でも無く、同族である魔族やファザーに対してだったのかもしれない。あくまで憶測に過ぎないが、そう言う事なら何となく意味は通る。そして今奴らを指揮しているのは“団長”と呼ばれる存在だ。
(裏切りの者の2月……多分、そいつが全ての元凶なんだ)
何とかして団長の正体を突き止めなければこの戦いは終わらない。
逆に言えば団長さえ無力化してしまえばこの戦いは終わりを迎える。
(この不毛な争いを終息させるには、ソロウを退けて団長の正体を突き止め、団長からビトレイヤーズを引き離し、ビトレイヤーズをファザーの制御下に戻す。それでこの戦いは終わるはず……)
程なくしてベットの中で睡魔に襲われ、照明の消えた暗闇の中で瞼を閉じる。
隣には潜り込んできたもふちゃんの感触。左腕付近が何だか擽ったい。
自分が納得の行くベストポジションを探して布団の中を移動している模様。
「ここなのだっ……! 今日から、ここがわれの定位置ねっ」
そしてボクの首元、その左側に移動して丸くなるもふちゃん。
お気に入りポイントを探し当て、小声で宣言する姿が可愛い。
心地良いもふもふな体に頬を寄せて、小さな隣人を歓迎する。
「いいよー。おやすみー……うーん、もふもふ……」
「おやすみなさいっ……! なんか狭いのだっ」
ボクの左肩と左頬に挟まれたもふちゃん。お気に入りのベストポジションが狭くなってしまい『ぐぬぬっ……』としている姿が可愛い。そんな愛嬌に溢れた存在を肌身に感じながら、眠りに付くのだった――
▼ ▼ ▼
――ふと、気配を感じて意識が覚醒した。
(誰だろ……もふちゃん……は隣にいるし、護衛の人……?)
入眠してから恐らく4時間ほど経っている。
薄目を開けて見ると部屋は暗闇。しかし微かな気配の移動を感じる。
足音すらも無く、気の所為かと思う程の僅かな違和感。
(気を張り過ぎてる……? でも狙われている身だし、不穏な感覚は確かめておいた方が良いかも……)
ここは安全だと聞いているものの、何が起きるかは分からない。
相手はあのビトレイヤーズだ。何が起きても可笑しくない。
という訳で、まだ寝足りないと訴える体を気合で起こそうと瞳を開けた。
その瞬間――
「えっ……?」
視線の先には無表情なカレス大尉が立っていた。
思わず呆気にとられて声を漏らしたその刹那。
彼の手元から見えたのは、仄暗く光るナイフの刃——
――反射的に生存本能が覚醒する。
一瞬の間に掛け布団を蹴り上げ、カレス大尉へ被せるように蹴り放つ。
掛け布団が彼の姿を覆ったその一瞬、赤色の熱線が布団を切り裂いた。
「なっ――!?」
カレス大尉の右腕から伸びる熱線。それは正しくレーザーブレード。
魔族が使用する標準的な近接戦闘用の武器……
当然ながらアレはまだ、この世界の人類には扱えない。
という事はつまり、目の前にいるカレス大尉は……魔族!?
「ふぁっ!? なんなのっ!?」
レーザーブレードが放つ高温を感知して跳び起きるもふちゃん。
そして反射的にもふちゃんはボクを巻き込み泡盾を発動した。
泡盾の防御性能は極めて高い。泡盾に包まれた事で少しだけ余裕が出来る。
(妖精さんの泡盾はそう簡単には破れないはず……! 幾ら相手が魔族だとしても、これを破るにはそれなりの時間が――)
そう考えるも、カレス大尉には一切の焦りが無い。
これも予定調和と言わんばかりに落ち着き払っている。
嫌な予感に不安を覚えた矢先、カレス大尉は泡盾に対し、妖しく光る不穏なナイフを突き立てようと振り被った。
(これは――多分ヤバい!!)
直感的にそう察し、もふちゃんを抱えて跳び退こうと体勢を変える。
その刹那、部屋の照明が付き、部屋の入口から複数の銃声が鳴り響いた。
それはカレス大尉目掛けて放たれ、標的となった彼は瞬時に後退。
――その直後、ボク達とカレス大尉の間に複数の軍人達が割って入る。
その中にはアザレア・スターライト少将の姿もあった。
駆け込んできた人達には見覚えがある。彼等はボクを護衛していた人達だ。異変に気付いて、彼等を率いてスターライト少将が駆けつけてくれたらしい。彼女はボクともふちゃんの姿を確認して、声を掛けてきた。
「イズル君、よーちゃん、無事!?」
「は、はいっ! お陰で助かりました!」
「うむっ! われとマスターは、大事無いのだっ……!」
「間に合って良かった! 気付いた時には寿命が縮んだよ……!」
彼女は安心した様子でボク達から視線を逸らし、敵を見据える。
視線の先には包囲され、壁際に追い詰められたカレス大尉の姿。
駆け付けた護衛役の軍人さん達に銃口を向けられ、身動きが取れない様子。
その状態のカレス大尉へ向けて、右手の指をパチンと鳴らし彼女は言う。
「Hit……! ビトレイヤーズの構成員の中には、人や動物に擬態できる者もいると聞いた。今までは噂の域を出なかったが、今目の前にして確信を得られたよ」
更に続けて右手の指を弾いてパチンと鳴らし、彼女はカレス大尉を追求した。
「Black jack……! 君はカレス大尉じゃ無い。ビトレイヤーズの構成員、怨嗟の6月だ……!」
彼女はカードギャンブルであるブラックジャックの用語を用いて正体を暴く。
何故ブラックジャックなのかは分からない。だが今はそれより目前の事。
今までボクを護衛していたデル・カレス大尉が刺客だったという衝撃の事実。
――正体を暴かれたカレス大尉……いや、怨嗟の6月は疑問を述べた。
『根拠も無く正当に辿り着くとは信じがたい。何処で気が付いた?』
それは機械的な声質が混じる男性の声色。
明らかにカレス大尉の声とは違う。
機械生命体である魔族特有の声音だった。
疑問に対し、スターライト少将は答えを送る。
「私が君たちの前で役者のように演じた時だよ。カレス大尉は私の良き理解者だからね。君は知らないだろうけど、私が役を演じるといつも、彼は賞賛の言葉を送ってくれるんだ。……だから、そこで違和感を覚えた」
その答えを聞き、グラッジ・ジューンは得心した様子で呟いた。
『……人間の心まではデータに無い。幾ら再現しようと、綻びはできるか』
追い詰められている状況だというのに、奴は至って平然としている。
そんな奴に向かってスターライト少将は更に疑問を追求した。
「本物のデル・カレス大尉は何処にいる……?」
彼女の質問に対して答える前に、奴は擬態を解いて本体を現した。
黒を基調としたメカニックなフォルムを持つ人型のアンドロイド。
全長190はあるだろうか? その姿態を見れば、割と細い。
変形を前提としたような可変機構が主体のフォルム。推測するに、恐らくあの可変機構で様々な姿に擬態し、ホログラムを使って見た目を変えていたのだろう。ソロウやパッションとも違う、特殊な任務遂行を前提とした魔族だった。
――そして彼女の問いに対し、グラッジは平然と答える。
『任務を全うする上で、不安要素を生かして置く理由があるのか?』
その残酷な答えに背筋が凍った。
奴は純粋に疑問を述べている……故に奴の言葉には真実味が宿っていた。
悲痛な表情を浮かべたスターライト少将は、他の隊員達に指示を送る。
「標的を捕らえろ! 生死は問わない! ここから生かして返すな!」
「「「yes, my lord !!」」」
ここにいる護衛役の隊員達にとって、カレス大尉は上官だった。
彼は慕われていたのだろう。指示を受けた隊員達から発露される憤怒の感情。
それは慕っていたリーダーを奪われた事による、仇討の感情だった――