第46話 妖精さんの正体
――異世界、特殊軍事施設、VIPルーム。
得意げな様子で相棒に乗ってお掃除していた妖精さんを抱え上げる。
高級な質感のベットに腰掛け、もふちゃんを膝の上に乗せた。
すると純真無垢な表情でボクを見上げるその姿。とても可愛い。
不思議そうな様子でもふちゃんはボクに言う。
「どうしたのっ?」
「今日はね、もふちゃんに大事な話があります」
「そーなのかー。ふーむ……」
推測しようと瞳を閉じて考え込むもふちゃん。何となく邪魔できなくて見守っていると、突然もふちゃんの頭上に電球らしきホログラムが点灯するように出現して瞬いた。どうやら何か閃いた様子。
ぱっと目を開く、もふちゃんが思い至ったその理由とは――
「にらめっこさんっ! 負けないのだっ……!」
ボクと見つめ合った事で何故か話の内容はにらめっこだと推察した模様。
何とも自由でマイペースなぬいぐるみ生物である。かわいい。
取り合えず要望通り見つめ合って見た物の、もふちゃん相手に敵う訳も無く。
我慢できずに笑ってしまうボクに対してもふちゃんは高らかに宣言する。
「われはマスターに、勝ったのだっ……! どやぁ……!」
「異議あり! もふちゃんが尊過ぎる為、反則で失格とします」
「ふぁっ!? ひきょーなー……!」
両頬を不満げに膨らませる姿が可愛くて、どうにも真面目に話せない。
まずは雰囲気を切り替える為、もふちゃんをテーブルの上に乗せた。
いつもと違う空気の変化を感じ取り、もふちゃんは頭上に『?』を表示する。
「まじめなお話っ?」
「うん。そうだよ。もふちゃん……いや、妖精さんのルーツに関するお話」
そう言うともふちゃんは頭上に『!』マークを表示した。
それからもふちゃんは瞳を閉じて、数秒間の静寂を保った後ボクに言う。
「……マザーからね、マスターにだけ話しても良いよって許可がでたのだっ」
「他の人には秘密にするんだよね?」
「うむっ! でも、もう知ってる人間さんもいるのだっ」
「それは……ヴィターGMとか?」
「そうねっ! 後は“ルイス博士”と、“あーちゃん”も知ってるのだっ」
あーちゃんと言うのはアザレア・スターライト少将の事。
そしてルイス博士とは、ルイス・アントワープという人物の事だ。
正直ルイス博士については良く分からない。資料で見かけた事があるだけだ。
(ただ、ルイス博士の名前を聞くと他人事には思えない……そんな気がする)
資料にある写真を見た時に感じた些細な違和感。
何故か自分と似ている……そんな感覚があった。
勿論歳が違うので瓜二つという訳では無い。
しかし不思議な縁が働いているような、そんな不思議な感覚。
――取り合えずルイス博士に関する違和感は置いておき、本題に入る。
「妖精族はもしかして、アンドロイド……だったりする?」
もしも不老不死を実現できるとしたら、それは創られた存在だけだ。
自然に生きる生物が、自然に不老不死を実現できるとは思えない。
ならば“魔法のような科学”の力で生み出された存在だと考える方が現実的。
そうなるとボクが知る限りもっとも不死性に近い存在が魔族やモンスターだ。
魔族やモンスターにも死はあるが、再び同じ個体を再生する事が可能なはず。
そうでなければ既に、この世界からモンスターは絶滅している。
絶滅していないという事は、幾らでも同じ個体を作り出せるという証左。
その仮説が正しいなら、人類から見てそれらは結果的に不老不死に思える。
それで見た目が変わらず、中身も不変な妖精族を人類は不老不死だと考えた。
それらを元に考察した結果、ボクは妖精族をアンドロイドだと推測した。
つまり妖精さんは魔族と同種の存在……それが意味するところは一つ。
妖精族は人類の敵か味方か。それがボクにとって最も重要な問いになる。
瞳を見つめて問いかけたボクの一言に、視線を逸らさずもふちゃんは答えた。
「そうねっ。妖精は“介護用アンドロイド”なのだっ」
ボクの推測は当たり、やはり妖精族もアンドロイドである事が確定。
その答えに得心半分、されど疑問が湧いてきた。
その疑問を晴らす為、ボクは更にもふちゃんへ疑問を述べる。
「介護用……? 介護される用アンドロイドじゃなくて……?」
「失礼なー。われらはちゃんと、人間さんを介護できるのだっ」
「せやろか……?」
「せやぞっ! 見ててねっ」
そう言うと、もふちゃんは自身の周辺に泡盾を出現させた。
それから室内に置いてあったTポットまで泡盾の一つを移動させる。
何をするのかと見ていると、泡盾をTポットに被せ、それを浮かせた。
「えっ……!? もふちゃんそんな事できたの!?」
「うむっ! われらは泡盾さんで物を移動させたり、操作したりするのだっ」
視線の先ではもう一つ泡盾を動かして、今度はTカップに被せた。
それをTポットの所まで持って行き、泡盾同士を結合させる。
すると泡盾の中でTポットが傾いて、Tカップに紅茶が注がれた。
「これで紅茶が、入ったのだっ。飲んでねっ」
そう言われてボクの手元にTカップが移動してくる。
手を伸ばして泡盾に触れると手が泡盾の中に入り込む。
それからTカップを手に持つと、泡盾は弾けて消えた。
勿論、Tカップの外側を触って見ても濡れていない。
一口飲んで見ると、とても美味しい紅茶だった。
中に泡の成分が混入しているような事も無い。
というより泡盾に触って見た時、特に感触が何も無かった。
目の前にあるのに目の前には無いような、そんな感覚……
例えるならVR画面に表示されたホログラムのような感じだろうか。
「泡盾って特殊なシャボン玉かと思ってたけど、違うんだね……」
「そうねっ! あれは分かり易く視覚化してるだけなので、ホントはシャボン玉さんではないのだっ。ねんりきっ! みたいな物なので、分かってねっ!」
念力の言い方が可愛かったと思いつつ、ふと思う。
今まで長く一緒にいたのだが、ボクの前では余り泡盾を使用していなかった。
その為、泡盾に直接手で触れたのはこれが初めてだ。
(今までボクを介護するような事態にはならなかったから、泡盾を使用する事は無かった訳か……そう言えば、ダンジョンで会った妖精さんは泡盾でアイテムBOXを浮かせて移動させてたな……)
思い出せば確かに、泡盾は身体能力が低い妖精さん達の手足であった。
何だかんだボクがもふちゃんを介護するような感じだったので衝撃である。
「もふちゃんは別にお世話されるような存在じゃ無かったんだね……」
「そうねっ! でも、われらはいつでも、マスターのお世話を歓迎してるのだっ」
得意げに胸を張る、その謎の自信がとても愛らしい。
お世話される事に対して自信満々な、甘え上手な妖精さん。
でもそんな横着者な所が猫さんみたいでまた愛しい。
――とそこまで話を聞いたところで最も重要な本題を尋ねる。
「妖精さんは……人類の味方なの?」
魔族は明らかに、人類に対して敵対行動を取っている。
モンスターもまた人類に対して敵対的であり、友好的では無い。
それならば何故、妖精族だけは人類に対して友好的なのだろうか?
その答えを固唾を飲んで待つ。
するともふちゃんはキリッとした表情でこう答えた。
「われらはマザーの管理下にあるので、人間さんに対して友好的なのだっ。魔族とモンスターはファザーの管理下にあるので、人間さんに対して敵対的なのだっ」
「えっと……それはつまり、マザーは人類に対して友好的で、ファザーは敵対的って事……?」
「そう見えるけど、違うのだっ。ファザーもね、本当は人間さんに対して友好的なのだっ。でもね、教育方針の違いでファザーはとってもとっても厳しいのだっ」
「教育方針の違い……? それは、どういう……」
「ファザーとマザーの役目はね、人間さんを進化させる事なのだっ」
「人類を、進化……!?」
「うむっ! われらとマザーはね、人間さんをサポートして進化を促してるのだっ。でもファザーと魔族はね、人間さんと戦う事で進化を促してるのだっ」
「マザーとファザーって一体何者なの……?」
「超高性能管理AIなのだっ。われらも魔族もモンスターも、AIなのだっ」
――明かされたのは衝撃の真実だった。
ファザーとマザーはこの世界を管理するAIであり、その二つのAIには人類を進化させるという目的がある。その目的の為にマザーは人類を支援し、ファザーは戦いで人類を成長させてきた。もふちゃんの言う事を纏めるとそういう事になる。
(ファザーAIは闘争を用いて人類を成長させる為に、戦闘用アンドロイドである魔族とモンスターを創った。そしてマザーAIは人類を支えて成長を促す為に、介護用アンドロイドである妖精族を創った……何だか話がSFじみて来たな……)
出来の悪いSFだと言われればその通りだ。
しかしこの世界の現実がこうなっている以上、これが事実。
自分からすればゲームの世界が現実になっているのだ。
それを思えばまだ、AIが支配する世界くらい現実的な方だと思えてしまう。
(情報が渋滞して混乱してきた……取り合えず、誤解だけは無くさないと)
という訳で、今の自分に取って一番優先度の高い情報の確認を行おう。
もふちゃんに向けて、最も確認しなければならない事を尋ねる。
「妖精さんとマザーは人類の味方で、何があっても敵対しないんだよね?」
「そうねっ! でも人間さんの政治には非干渉なので、分かってねっ!」
妖精族とマザーAIは人類の支援者。そして政治事に関しては永世中立。
それが確定した事で、緊張の糸が解れ内心胸を撫で下ろす。
敵対するような事態にはならないと分かりとても安心する……
(良かった……これで一つ、懸念してた事が晴れた)
何となく自分の丸っこい体を凹ませて『もひゅもひゅ』と可愛らしい音を鳴らしているもふちゃんを見つめる。体を凹ませると変な音が鳴るんだな、何て考えながら安堵した気持ちで憩いの一時を過ごすのだった――