第45話 軍属の舞台役者
――異世界、中立国家アヴァロン、特殊軍事施設。
挨拶が済んだ後、スターライト少将が施設内を案内してくれる事になった。
数人の護衛を引き連れて、ボクともふちゃんは施設内を付いて回る。
飲食店の場所や休憩スペース、訓練場やシャワールーム等々……
すれ違う軍人さん達から敬礼を受けつつ回る施設案内は落ち着かない。
そんなボクの緊張を見透かして、スターライト少将は世間話に華を咲かせる。
「イズル君は、冒険者になる前は何をしていたんだい?」
「な、何と言われましても、その……ひたすら練習していた、としか……」
この世界に来る前は平凡な大学生活を送っていた。
平凡と言うには少し……いや、かなり孤独な生活だったけれど。
それでも単位は取れていたし、そこそこ成績は良かった方だ。
だがそれを話せる訳が無く、例え言ってもこの世界では意味が無い。
そうなるとボクがしていた事と言えば自室に籠ってオンラインゲーム。
RoFで培った経験が、この世界では何よりも役に立って居る。
――そんな要領を得ないボクの返答を、彼女は嬉しそうに言葉に変えた。
「ジョブのトレーニングって事かな? 本当に凄いよ! 君のジョブは戦闘向きじゃないって言われていただろうに、それでも未来の自分を信じてここまで磨き上げたって事じゃないか。とても素晴らしいよ!」
「そう言って頂けると、やり込んだ甲斐があったなって……」
「君は既にあの裏切り者達の構成員を一人打ち倒している。今まで誰にも出来なかった偉業を、君は成し遂げたんだ。これはもっと称えられるべき事だよ!」
まるで無邪気な子供のように、彼女は瞳を輝かせて熱弁する。
その熱量に気圧されつつも、手放しに賞賛される状況に少し心が軽くなる。
ゲームに没頭するという行為が役に立つ日が来るとは思いもしなかった。
(対人関係のトラウマから引きこもってRoFに没頭していたけど、そんな後ろ向きな努力でも報われる事もあるんだなぁ……)
陽気で明るい彼女の言葉と態度に誘われて、何だか気持ちが浮いてくる。
そんなボクの様子に気付いてか、両腕で抱えたもふちゃんはボクを見上げた。
「マスター、とっても嬉しそうなのだっ」
「そうだね。褒められた経験何てあんまり無いから、嬉しくなっちゃった」
そう呟くボクを見て、彼女は一度足を止め、舞台俳優のような仕草でボクに向き直り右手を差し出す。もう片方の左手を胸に当てたその姿は、舞台で主役を張る役者の姿そのものだった。
「イズル君! 君はもっと羽ばたける! 大空を自由に飛ぶ炎翼の黒い鳥なら、この世界だって変えられるんだ……! 私は君の名前が更に深く、この世界の歴史に刻まれる事を心待ちにしているよ!」
舞台の上でスポットライトを浴びる役者のように、彼女はボクに屈託の無い笑顔を見せる。どうやら彼女は演劇や舞台が好きらしい。彼女の仕草からは役者に対するリスペクトがこれでもかと溢れていた。
彼女の姿を見て、ボクは言う。
「まるで演劇みたいに言いますね……? 有名な役者さんかと思いましたよ!」
「あははっ! ありがとう! 元々は軍人では無く、舞台に役者として立つ事を夢見ていたからね。残念ながらその夢は叶わなかったけど」
「そうだったんですか……すみません。無神経な事を言ってしまいました……」
「君が謝る事何て無いよ。それにこうして振舞う事くらいは許されているから、案外今もそれ程悪く無いんだ。私の家系では軍人になる事を避けられなかったけど、それでも私の周りには理解者が居てくれるから、満足してるんだ」
そう言う彼女の言葉に周囲を見回せば、そこには笑顔を見せる軍人達。
この反応を見れば、スターライト少将はとても慕われている様子。
周りにいる誰も、彼女の軍人らしくない振舞いに不満を表現していない。
――ただ、カレス大尉だけは感情が見えなかった。
笑顔を見せているのだが、不思議とそこから感情を感じ取れない。
少しの違和感を覚えた時、改めてスターライト少将は歩き出した。
「さぁ、案内の続きだ。後は君の部屋を案内して終わりだね!」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「われはふかふかなベッドさんで、転がるのだっ」
「楽しみにしてて! よーちゃんもイズル君も気に入るはずだから!」
意気揚々と歩く彼女に続いて皆歩き出す。
違和感を覚えたカレス大尉を改めて横目で見るも変わり無し。
先程と比べて特に変わった感じはしていない。
(……まぁ、誰しも思う所の一つはあるだろうし、気にし過ぎかも)
ビトレイヤーズの所為で少し敏感になっているのかも知れない。
取り合えず今は、これから過ごす事になる自分の部屋へ向かうのだった――
▼ ▼ ▼
――中立国家アヴァロン、特殊軍事施設、地下1階、VIPルーム。
スターライト少将に付いていった先は、地下にある居住スペースだった。
まるで核シェルターのようなこの場所は、避難してきた要人達を匿う場所。
その為あらゆる緊急事態を想定して設計された居住区画らしい。
そしてボク達が辿り着いた部屋は、どういう訳かとても豪華な部屋だった。
高級ホテルのスイートルームかと見紛う程の内装にインテリア。
こんな光景を軍事基地で見る事になるとは思いもよらず……
広々とした室内を唖然とした表情で眺めて見回す。
そんなボクの足元で、標的を見つけたらしいもふちゃんが駆け出した。
「相棒さんっ! ここで会ったが、百年目なのだっ」
塵一つ無い床を走行する、円形で平たい魔導式のお掃除ロボット。それを見るや否やボクの手を離れ、ぽふぽふと可愛らしい足音を立ててお掃除ロボットを追いかけるもふちゃんの姿。走る後姿がとてもかわよい。
因みに妖精さんのまん丸で短い両脚では、お掃除ロボと同程度の速度しか出せていない。なのでお掃除ロボがもふちゃんのいる方向へ転進するまで、もふちゃんはお掃除ロボに追いつけない。そんなところもとても可愛い。
――追いかけっこしているもふちゃんの事は一先ずスルーして、スターライト少将は呆然と立ち尽くしていたボクに話し掛けてきた。
「気に入って貰えたかな?」
「こ、こんな豪華な部屋を使ってもいいんですか……?」
「勿論だよ! ここは要人を匿って警護する為の部屋だからね。国家元首から財閥の御曹司まで、この国の主要人物が使用する事を想定して設計された部屋なんだ。だから、長期滞在してもそうそう不便になるような事は無いと思うよ」
その説明を聞いて尚更困惑する。
先日Sランクになったとは言え、ボクは一介の冒険者だ。
それがVIP専用の、それも最上位に近い部屋を利用しても良いものか……
そんな風に内心強張るボクに対して、カレス大尉が連絡事項を毅然と述べる。
「我々は引き続きイズル様の警護に努めます。交代制で部屋の入り口付近で待機していますので、何かあれば我々にお声がけ下さい」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
彼はボクに敬礼し、機敏な動きで踵を返すと部屋から退出して行った。
今この部屋に居るのはボクとスターライト少将、そしてもふちゃんだけだ。
彼女はカレス大尉を見送ってから、ボクに説明の続きを述べる。
「ここにはトイレにキッチン、バスタブにシャワールーム、簡易的なトレーニングスペースもある。後は緊急事態に備えて、寝室にパニックルームもあるから後で確認して見ると良いよ。室内に説明書があるから、それも読んでおいてね!」
「何だかとんでもない部屋ですね……VIP専用なのが実感できます」
兎にも角にも困惑していては始まらない。
正直な所、いつまでここでお世話になるのか現状では不明だ。
ビトレイヤーズと雌雄を決するのがいつになるか分からない以上、ここに長期滞在する可能性も十分ある。一応、ヴィターGMの話ではビトレイヤーズに対して対策を講じると言っていた。ヴィターGM的にはそれで決着を付けたいらしい。
という訳で気持ちを切り替えて、まずは彼女にお礼を述べた。
「ありがとうございます。ボクにこんな部屋を用意して貰って……」
「当然の事だよ。君は最早この国の英雄だからね! モンスターブレイクの際に活躍して、更に激情の10月まで討ち取ったんだ。今となっては君の名前を国王陛下もご存じだよ。もしかしたら、近い内に挨拶に来られるかもね?」
「えぇぇえぇっ!? そそそそそそんな恐れ多い……!!」
「あははっ! 冗談だよ! 今は厳戒態勢を敷いているから、国王陛下が来訪されるような事態にはならないよ」
それを聞いて一安心……危うく心臓が止まるかと思った。
一介の小市民には貴人の相手は重過ぎる。礼儀作法何て知りもしない。
全身全霊で安心するボクを見て、彼女は言葉を紡ぐ。
「あ、そうそう! 言い忘れてたけど、この施設内ではビトレイヤーズが突然現れるような事はないから、安心して過ごしてほしい」
「え……? それはなぜですか?」
「守秘義務があるから詳細は語れないけど、奴らが使用する空間移動技術を研究する為に、この軍事施設は造られたんだ。残念ながらまだその全てを解明できていないけど、空間移動を妨害する事は可能になっている」
「それじゃあ、ここでは突然の襲撃に脅える必要は無いんですね?」
「そうだよ! だから安心して過ごしてね! ただ、ここの施設内で聞いた事や見た物は可能な限り秘密にしてね? 何が軍事機密に触れるか分からないし、機密に触れると逮捕されちゃうから気を付けて! それじゃ、またね!」
「あ、はい! 分かりました。案内、ありがとうございました!」
明朗快活にそう話し、彼女は颯爽と部屋を退出して行く。
何だか嵐のような人だった。思わず彼女のペースに飲まれてしまう。
でもそんな所が不思議と心地良い。そんな印象を与える人だった。
(自然と気分が明るくなる人だったなぁ……さて、二人きりになれた事だしもふちゃんと大事な話をしなきゃ)
そしてもう一つの懸念事項に決着を付ける為、捕まえた相棒に乗って得意気に移動する妖精さんと向き合うのだった――