第44話 襲撃に備えて
――異世界、中立国家アヴァロン、魔導式装甲車両、車内。
道なりに進む魔導式装甲車の狭い窓から外を見る。
ボクは現在、首都を離れて郊外にある軍事施設へ向け数台の装甲車で移動中。
ボクが乗る装甲車の車内には護衛の軍人さん数名と妖精さんが居る。
もふちゃんは楽しそうに車窓に張り付き、外を眺めながら言う。
「自動車さんっ! とってもとっても、速いのだっ」
「そうねー」
ふんふんとハミングするもふちゃんの背中を撫でながら相槌を打つ。
こんな状況でも、可愛らしいぬいぐるみ生物に癒される。
デフォルメされた雪だるまみたいな容姿に、子犬の耳と尻尾。
絹みたいな黒髪に姫カットの髪形。それと円らな瞳が可愛らしい。
(妖精さんの正体はまだ分からない……でも、疑いたくは無いな)
例え妖精さんがモンスターや魔族と同じ存在であったとしても、敵であるとは思いたくない。その真実を確かめる為に、目的地に到着したら直接確認するつもりでいる。もふちゃんの答え次第では、難しい選択を迫られるかもしれない。
(それでも、可能な限り争いは避ける方向で行こう)
万が一敵対されたとしても、争いはなるべく避けるつもりだ。
まずは説得と交渉を優先する。もし事情があるなら、それを知りたい。
――そんな決意を固めながら、もふちゃんの白い毛並みを優しく撫でた。
襲撃から翌日。あの後すぐにヴィターGMは政府と話を付けてくれたらしく、迅速にボクともふちゃんの移送が決定した。幸いホテルに荷物は無く、持ち物の全てはギルドのアーカイブエリアと妖精の聖域に預けてある。
軍事施設内でもライセンスの使用と妖精の聖域から所持品を転送する事は許可されている。なので手荷物は無い状態だ。いつ襲撃にあうか分からない以上、なるべく戦闘を想定して身軽な状態を維持していたい。
因みにヴィターGMもボク達と同じ軍事施設で保護される予定だという。しかし今は先にやらなければならない事を終わらせる為、大体の執務に区切りをつけてから軍事施設へ来る予定になっている模様。
(多分、ヴィターGMとの話合いは軍事施設で合流した後になるはず)
恐らくそれで幾つかの疑問について答えが出る。
己の立ち位置を決めるのは、その後になるだろう。
もっとも、もふちゃんの答え次第ではその予定は早まるかもしれない。
――何て考えているボクに対し、護衛役の軍人さんが話しかけて来た。
「心中、お察しします。今はとても不安なお気持ちでしょう。ですがご安心下さい。我々が責任をもって、この命に代えても裏切り者達から貴方の身を守ります。勿論、妖精さんの安全も保証しますよ」
そうボクに話すのは、青い髪を持つ優しそうな顔付きの青年男性。
彼は“デル・カレス”という名前の軍人で、特殊部隊に所属しているという。
階級は大尉であり、ボクの護衛任務を担当してくれる事になった人物だ。
軍人らしく凛々しい容姿を持つ彼に頼もしさを感じ、ボクは言葉を返す。
「ありがとうございます。頼りにしていますね!」
「お任せ下さい。戦いは我々に任せ、イズルさんは危険な状況からの離脱を最優先して下さいね。まずは己の身の安全確保が最も重要です」
真剣な表情でボクに忠告するカレス大尉。
彼の言う事はもっともだ。護衛対象が先陣切って突撃しては護衛できない。
とは言え状況によってはそうする事も厭わない覚悟は決めている。
(カレス大尉の言う事はもっともだけど、ボクが狙われている以上、直接戦う状況は避けられないだろうな……相手は神出鬼没だし)
いつ何処にいても襲撃される可能性がある以上、自室の中だって安心できない。今回の護送も移動が速い戦闘用の飛行船では無く装甲車両であるのも、移動中に襲撃を受ける可能性を考慮しての事だ。
空中で戦闘になるより、地上で戦闘になる方が逃げ場が多く戦い易い。
その為あえて今回の護送は空路より陸路が選ばれたと彼から聞かされた。
何て事を考えていた時、隣で会話を聞いていたもふちゃんが窓から椅子の上に飛び乗り、ボクに対して向き直った。此方を見上げるもふちゃんの表情はとても凛々しくて可愛らしい。それから真剣な表情でもふちゃんはボクに言う。
「マスターっ! われはもう、マスターから離れないのだっ。われが、悪い子達からマスターを守っちゃうので、安心してねっ!」
「ありがとう。でも無理しないでね? もふちゃんが危ない目に合うのが、ボクには一番悲しいよ」
「そっかー……でも、われらはとっても強いので、危ない目に合ったりしないのだっ。心配しないでねっ」
悲しそうな表情と強気な表情をコロコロと変えるその姿が愛らしい。
おまけに舌足らずで強いと正確に言えていない所が更に可愛い。
そんな健気な姿に微笑ましさを感じて、もふちゃんの頭を撫でた。
「危なくなったらちゃんと逃げてね? それだけは約束だからね?」
「うむっ! マスターと逃げるのだっ」
本当はボクの事は二の次で自分の安全を最優先してほしい。
しかし今それを言っても、もふちゃんは聞いてくれ無さそうだ。
その優しさに触れ、心に暖かい気持ちが溢れるのを感じ取る。
(ボクはもふちゃんを、妖精さんを信じたいな……)
そんな風に祈りながら、目的地まで移動するのだった――
▼ ▼ ▼
――中立国家アヴァロン、特殊軍事施設、玄関ホール。
ここまでは襲撃に合う事無く、無事に目的地まで辿り着けた。
数台の装甲車が検問所を通り抜け、停車した場所は軍事施設の玄関前。
もふちゃんを抱えて降車し、周囲を見回せば厳かな空気を纏う軍事基地。
厳戒態勢と言った様子で武装した軍人さんが施設内を哨戒している。
広い敷地内を見れば、飛行戦艦や魔導式の戦車と思しき兵器を確認できた。
上空には哨戒任務中と思われる戦闘用の小型飛空艇が飛んでいる。
(自衛隊の軍事基地を一度だけ見学した事あるけど、それに近い外観だ……)
勿論地球の軍事基地とは異なるが、雰囲気や外観には相通じる物がある。
基地内の雰囲気に圧倒されていると、ボクの周囲に護衛の軍人さんが並ぶ。
それから玄関ホールの扉が開き、数人の軍人さんが歩いて来た。
カレス大尉を中心として、護衛の彼等は右手を左胸に当てて敬礼する。
「総員、“スターライト少将”に対し、敬礼ッ!!」
一糸乱れぬ動きで敬礼する彼等に気圧される。
しかも近づいて来た相手が軍の将官ともなれば尚更だ。
コミュ障な不審者を自負する者としては挙動不審になるのも当然の事……
――どうして良いか分からず視線が泳ぐボクを置いて、スターライト少将と呼ばれた人物は敬礼に対して軽く返礼。それを確認したカレス大尉は号令を掛ける。
「総員、休めッ!!」
号令に揃う足音を響かせて、彼等は毅然とした動きでその場に待機する。
自衛隊基地に見学に行った時の事を思い出し、自然と背筋が伸び引き締まる。
全員を一瞥してから、スターライト少将はボクに対して片手を差し出した。
「初めまして、イズル・オリネ君。私は当基地の司令官を任されている“アザレア・スターライト”という者です。よろしくね!」
そう言って屈託の無い笑顔を見せる不思議な魅力を持つ綺麗な女性。
白銀の髪色に、左側だけ髪をかき上げたショートカットの髪形。
左の耳で輝くのは、高級そうなブランド物のイヤリング。
そして幾つもの勲章が付いた白い軍服に、肩章や飾緒の付いた白いマント。
襟元の階級章を見れば、彼女がアヴァロン軍の少将である事が確かに分かる。
そして彼女は男性用の軍服を着ている。男装の麗人の姿がそこにあった。
(この人が、この基地の司令官……?)
何よりも驚いたのが、その気さくな態度だ。
基地司令ともなればもっと厳格で威圧感のある性格だと想像していた。
しかし目前のスターライト少将が纏う雰囲気は全く異なる。
外見から見て年齢は20代後半。その若さで将官であり、加えて基地司令。
幾ら実力主義であろう軍隊と言えど、その歳でその階級と役職は驚異的だ。
天才と言える程に優秀な人物。そんな彼女の態度はとても柔らかい。
――目の前の状況に目を白黒させて困惑するボクに対し、彼女は笑う。
「はははっ! 私がそんなに可笑しかったかな?」
「えっ!? い、いえッ!! とてもそんな事は……」
「良かった! 君とは仲良くしたいからね。そんなに畏まらないでほしいな」
「ぜ、善処致します……」
恐る恐る彼女の手を取り握手する。
畏まるなと言われても、将官相手にそれは無茶な要求だ。
しかし左腕に抱えているもふちゃんはそうでも無い様子。
プレッシャーなど存在しない妖精さんは、彼女に対してフランクに挨拶する。
「お久しぶりねっ! あーちゃんっ!」
「寂しかったよ! よーちゃん。もっと会いに来てくれても良かったのに……」
「マザーに邪魔しちゃダメだよって言われたので、来れなかったのだっ」
「うーん……妖精さんも軍事基地に気軽に入れるように法改正して貰わないと」
「妖精は人間さんの政治に関わったらダメなのだっ。分かってねっ」
和気藹々と会話するもふちゃんとスターライト少将。
どうやら妖精族とスターライト少将は旧知の間柄である模様。
お互いに愛称で呼び合い、彼女は妖精さんの事を“よーちゃん”と呼び、妖精さんはスターライト少将の事を“あーちゃん”と呼んでいる様子。この光景だけ見ていると、彼女がとても将官で基地司令であるとは思えない。
しかし周囲の軍人さん達の反応は特に変わらず、これは日常の一コマであるらしい。誰も彼女の柔軟な対応を気にしていないし、もふちゃんのフランクさも問題視していない。それだけ見慣れた光景であるのだろう。
因みに妖精族は互いに得た情報を共有しているので、一人の妖精さんと仲良くなれれば、基本的には全ての妖精さんと仲良くなれる。お互いの愛称も、共有しようと思えば共有して使用する事が可能だ。
(基地司令って皆こんな感じなのかな……? いや、そんな訳ないか……)
未だに厳かな雰囲気に合わないふんわりとした二人のやり取りを傍観しながら、己の中にある先入観を疑うのだった――