第43話 敵か味方か
――異世界、静寂の歌姫、大講堂。
赤く輝くカメラを明滅させて、頽れる鋼鉄の巨兵。
もう戦闘する程の力は残っていない様子。しかしまだ意識がある。
不気味な駆動音を響かせながら、奴は僅かに顔を上げた。
それからノイズ混じりの機械的な肉声で、奴はボク達に言う。
『……これは、始まりに過ぎない……』
その言葉に対し、ビヴァリーさんは追求する。
「もう一度、人魔三百年戦争をやろうってのか?」
『それは、団長のみぞ知る。……我々はただ、団長により与えられた任務を全うするのみ。……近々、アヴァロンは脅威に直面する。心せよ』
不穏な言葉を述べるパッションに対し、ローズさんは疑問を述べた。
「アヴァロンが脅威に……? それはどういう意味ですの?」
『吾輩に、その詳細は知らされていない。吾輩に与えられた任務は、イレギュラーの襲撃と、人類に対して警告する事のみ……』
その口ぶりから察するに、どうやら裏切り者達の団長、裏切り者の2月は激情の10月を端から使い捨ての駒として扱う心算だったと思われる。
(単身で敵の本拠地に乗り込ませた事と言い、幾ら魔族が人間とは違う価値観を持っている存在だとしても、これはあんまりなやり方だな……)
危険思想を持つテロ組織に同情はできない。
しかしそれでも仲間を切り捨てるようなやり方には不快感がある。
奴らが団長と呼ぶ存在は、とても冷徹な存在だと思わざるを得ない。
――と丁度その時、大講堂内に応援に来たSランク冒険者達が入って来た。
「すまない! 遅れた! 敵は……」
「これは……勝ったのか? たった三人で、あのビトレイヤーズに……?」
「噂の“黒い鳥”に、黒獅子と絢爛舞踏が加わればこうもなるか……」
駆け付けたSランク冒険者達は大講堂内を見渡して周辺を警戒しつつ、状況を素早く確認する。此方が何か言わずとも即座に状況を察したようで、彼等はボク達の元まで近付き、それから頽れた鋼鉄の巨兵に視線を向けた。
頽れて尚、威圧感を放つ魔族の姿に皆息を呑む。
そんな緊張感が漂う雰囲気の中、再び激情の10月が声を発した。
『任務完了……団長、吾輩は激情を、再現出来ていましたか……?』
その声は弱々しく、そして憑き物が落ちたような声色だった。
それを最後に、激情の10月は赤く輝くカメラを消灯させ活動停止。
駆動音が止まると同時、奴の体が銀色の流体となって溶けて行く。
流体は離散するように……いや、大地と同化して消えるように消滅する。
後に残されたのは、砕かれたコアとその身に纏っていた分厚い装甲のみ。
どうやら魔族もモンスターと同様にその殆どが銀の流体となって消える模様。
(……モンスターと同じ消え方だ)
モンスターの生態については未だに解明されておらず謎が多い。
しかしこの消え方を見れば魔族もモンスターも同様の存在に思えてならない。
(魔族とモンスターは同種の存在……だとすれば、妖精さんも……)
ファザーとマザーが作り出したその存在全てが魔法のような科学で出来ているのだとすれば、やはり妖精族も同様である可能性が高い。妖精さんだけは別の存在という可能性もあるが、一つどうしても否定できない根拠がある。
(妖精族は不老不死……そして臓器を持たない無脊椎動物……)
薄々は感じていた。
そんな都合の良い生物が自然界に誕生するのだろうか、と……
今まではゲームの中の存在だから、ここはゲームのような世界だからと敢えて意識から遠ざけて来た。何より妖精さんはボクにとっては掛け替えのない存在であり、心の支えであり唯一無二の親友だ。それは今も変わらない。
しかしここは紛れもない現実で、あらゆる事には法則がある。
死んだ人間は生き返らないし、死者を蘇生するような方法もない。
ここが本当にゲームのような世界なら、死者蘇生など造作もないはず。
だからこそ、自然に誕生した生物が不老不死など有り得ないのだ。
(……この答えも、多分ヴィターGMは知っている。そんな気がする)
何故だか確信めいた予感がする。
今にして思えば、この確信めいた予感も不可解だ。
地球に居た頃のボクは、ここまで直感力に優れていなかったはず。
(オリジンに来てから直感力が上がった……? RoFのステータスが反映されたから……いや、RoFに直感力が上がるような項目は無い)
気になると言えば、ヴィターGMが言うボクの“生い立ち”に関する事もだ。
彼女がボクの地球での生活を知っているとは思えない。
という事は、ボクの知らないボクの過去を、彼女は知っているという事。
(ボクの記憶に無い過去……? そんなのあるのか……?)
記憶喪失になった覚えはない。
生まれてからここに至るまで、ボクの記憶は欠けていない。
ならば彼女の言うボクの生い立ちとは何なのか……
深まる謎を、冒険者達から離れた位置で思案に耽る。何となく周囲を眺めれば、ビヴァリーさん達が激情の10月の周辺を調査していた。ローズさんは他の冒険者達と情報を共有する為、経緯を報告している様子。
――そんな様子を眺めながら、考え事に注力しようとしたその直後。
ボクに近付く足音に意識を奪われ、視線を向けた。
その視線の先に居たのはヴィターGM。
どうやら事態を収束させる為に、再び大講堂まで戻って来た様子。
「ありがとう。君のお陰で激情の10月を撃退できたよ。礼を言う」
片手をポケットに仕舞いながら自然な仕草で微笑む彼女の姿。
彼女はボクを労うように、片手を差し出した。
その手を受け取って、ボクは彼女に言葉を返す。
「約束は果たしました。後は……」
「勿論、分かっている。約束は守ろう。だがその前にまずは事後処理を優先せねばならない。事態を収束させる為、一週間ほど時間がほしい」
「分かりました。貴女には聞きたい事が山ほどあります。できるだけゆっくりと、邪魔が入らない場所でお話ができたら嬉しいです」
「……そうだね。君の疑問を解消させる為に、出来る限りの配慮はしよう」
「ありがとうございます」
握手を終えて、お互いに手を離す。
本音を言えば、今すぐにでも問い質したい事が山ほどある。
しかし急いては事を仕損じる。今は冷静になって身を引こう。
(考えたくは無いけど……ヴィターGMが敵である可能性もある)
証拠は無いので飽くまで可能性の話。敵と決まった訳では無い。
しかし現在のボクは不透明な状況に置かれている。
裏切り者の2月の事もある。他人を信じすぎるのは危険だ……
――ヴィターGMは調査中である冒険者達を見やりながらボクに言う。
「今回の騒動で裏切り者達が君や私を狙っているのが明確になった。また奴らが襲ってくる可能性は極めて高いと見るべきだろう。奴らの移動手段が転移のような瞬間移動である以上、何処に居ても襲撃は避けられない」
ビトレイヤーズが使用する謎の空間移動。
彼女の言う通り、あれがある限り何処に居ようと襲われる危険がある。
そうなるとボクの存在そのものが危険を招く。
(困った事態になったな……これじゃ真面に外を出歩けない……)
場所を選ばず突然襲われる可能性が出て来た事で、日常生活に支障がでる。
テロの標的にされてしまった事で、周囲の人達を巻き込んでしまう。
何とか上手く襲撃を防げる方法は無いだろうか……
そんな風に頭を悩ませるボクに対し、ヴィターGMは提案する。
「そこでだ、アヴァロン政府に要請して私と君を暫くの間アヴァロン軍の庇護下に置いて貰おうと考えている。正式な保護対象になれば軍事施設で匿って貰う事が可能だ。奴らの襲撃は防げないが、戦う場所くらいは此方で選べる」
どうだろうか? と彼女はボクに提案し、同意を求める。
此方としては渡りに船。願ってもない提案だ。
周囲への被害を最小限に抑えられるならそれに越した事は無い。
(ビトレイヤーズと決着を付けるまでは、今までと同じ生活は出来ないだろうし、こうなった以上ヴィターGMの提案に乗るしかないか……)
ヴィターGMに対して思う所はある。正直、不審な点が拭えない。
しかし今はそれ以上の妙案を思い付かない。
警戒しつつも、取りあえずは彼女の提案を受ける事にした。
「……分かりました。それでお願いします」
「協力に感謝する。今回の貢献を含めた報酬の上乗せと、軍の庇護下に置かれた際の配慮に付いては、最大限の融通を効かせよう。こういう時にこそ権力者としての利点を生かさないとね」
そう彼女は冗談めかして、優しく微笑む。
その笑顔を見ていると、どうにも不信感が揺らいでしまう。
笑顔一つで絆されるつもりは無いが、どうにも食えない人だ。
(敵か味方か……どちらにしろ、今は様子見するしかなさそう)
彼女からは聞かねばならない事がある。
それを聞き出すまでは此方から敵対するような真似は避けるべき。
そう考えながら、ひとまず窮地を乗り切ったのだった――