第42話 Sランクパーティー
――異世界、静寂の歌姫、大講堂。
鋼鉄の巨兵と睨み合う。彼我の距離は約10m。
奴がバリアを解除した瞬間が狙い目だ。
解除と同時に全速力で死角に回り込み、致命の一撃を叩き込む。
それはローズさんとビヴァリーさんも同じ考えか、二人はボクにアイコンタクトを送ってくる。恐らくバリア解除後、二人が激情の10月の気を引いてくれるはず。その一瞬がこの状況を終息させる最大のチャンスになるだろう。
――そう考えた刹那、突如パッションがバリアを展開したまま突撃してきた。
背中のブースターと思しき装置を、最大噴射させての突貫攻撃。
すかさずローズさんはボク達に指示を出す。
「各自散開! ビディは奴の動きを止めて!!」
「はいよッ!!」
ボクとローズさんは即座に、それぞれ別方向に跳んで躱す。
対してビヴァリーさんはその場で待ち構え、奴の突撃を正面から引き受けた。
【ガードP】の盾を砕き、周辺にある物全て吹き飛ばす衝撃と轟音。
黒い獅子は両手で鋼鉄の巨兵を受け止め、その推進力に抵抗する。
地面を砕きながら後退しつつ受け止め切り、奴の突進を停止させた。
(パッションは背中を見せてる。でもまだバリアが解除されてない……!)
奴も同じ事を考えたのか、そう簡単にバリアを解除する心算は無い模様。
自身の突進を止めたビヴァリーさんに向け、奴は嬉しそうに声を発した。
『ほうッ!! 対した戦士だッ!! 吾輩を止めるとは見所があるッ!!』
「くっ……! 何だこのバリア!? 焼けるように熱い……!」
『貴様の耐久力か勝るかッ!! それとも吾輩のバリアが貴様を焼き切るかッ!! いざ尋常に、勝負ッ!!』
「勝手に勝負してんじゃねェよ! 暑苦しい野郎だな!」
更に加速するように勢いを増して吹き上がるパッションのブースター。
お互いの力が拮抗し、その場にあった瓦礫が塵のように消えて行く。
魔族が使用する禍々しい赤色のバリアは高熱を発している様子。
バリアに接触しているビヴァリーさんの両手から湯気が大量に立ち昇る。
恐らくあのバリアは熱剣と同じ原理で出来ていると予想した。
(という事は、激情の10月も熱剣が使える可能性が高い……!)
推測するに魔族の胸部に見えるのはバリア発生装置では無く、特殊なエネルギーを自在な形で出力できる装置なのだろう。それを用いてブレードの形を保ったり、全方向にバリアのような形で展開していると思われる。
(だから同時には使えないのか……? それに、バリアの時だけ胸部にある装置が開放されるのは、恐らく放熱の為。熱剣よりバリアの方が出力が高い所為なのかも。……ともかくあれが奴らの弱点である可能性が高い!)
少しだけ仕組みが見えて来た、そんな気がする。
憶測だが胸部の赤く光る駆動部分、そのコアを破壊すれば無力化できる。
奴の弱点をローズさんに伝える為、ボクは声を張り上げた。
「魔族の弱点は、恐らく胸部から見えるコアです! それに奴らはバリアを解除するまで此方を攻撃できません! ソロウと戦った時も同じでした! 奴に攻撃を仕掛けるなら今がチャンスです!」
それを聞き、ローズさんはパッション目掛けてスキルを使用しつつ突撃する。
「心得ましたわ! 私が奴のバリアを剥がします! イズルさんは隙を見てコアを破壊して下さい! ビディに【ヒーリングケア】! 貴方には――【Bハンマー】——!」
【ヒーリングケア】は対象のHPを一度だけ中回復する補助スキル。
【Bハンマー】は打撃が弱点の敵に特攻効果のある打撃系の攻撃スキル。
耐えるビヴァリーさんを回復スキルで支援しつつ、彼女は汎用戦士の攻撃スキルをパッションのバリアに向けて叩き込む。魔導式ライフルの銃床から繰り出される驚異的な打撃の一撃。それは明滅するバリアに僅かな不具合を発生させた。
『むッ!? 中々に良い一撃だッ!!』
「まだまだ行きますわよ! 貴方がバリアを展開する限り、幾らでもスキルを叩き込んで差し上げます! 【サポートケア】——【Bハンマー】——!」
更に続けてローズさんは同じ攻撃スキルを同じ場所に叩き込む。汎用戦士には【サポートケア】というCTをRするスキルがある為、基本的に攻撃スキルや防御スキルを二回連続で使用する事が出来る。
因みに汎用戦士の持つ攻撃スキルの中で最も火力が高いのが【Bハンマー】だ。バリアのような堅い守りを打ち破るには、破城槌に匹敵する威力が出せるこのスキルが一番効果的だ。
加えて補助スキルの効果時間が切れるまでの間、彼女は通常攻撃で追撃する。
白い魔導式ライフルの先には長い銃剣。その見た目は最早銃の形をした槍だ。
槍のような魔導式ライフルを薙刀のように振り回し、流れるような連撃をバリアの一ヶ所に集中させる。その姿は正に戦乙女。洗練されたその銃剣捌きは、異名に相応しい“絢爛舞踏”の姿そのものだった。
(これが絢爛舞踏のローズマリー・シュガー……)
銀髪の戦乙女が振るう流麗で華麗な銃剣槍術。
更に追撃として加えられる攻撃スキルの二連撃。
それは確実にバリアを削り、奴の鉄壁の防御を崩して見せた。
『このままではジリ貧かッ!! 見事だッ!! 戦士達よッ!!』
奴は左手をビヴァリーさんに、右手をローズさんに向けてバリアを解除する。
同時にブースターで急速後退しつつ、両手から赤色のレーザーが射出された。
禍々しい光を放つレーザーをローズさんは紙一重で回避する。
対してビヴァリーさんは、敢えてレーザーを耐久力で受けきった。
そして後退したパッションはボクの接近に気付いていない。
「――【幻双閃】——」
当然その隙は見逃さない。
奴に接近するダミーの幻影を囮にして、奴の背後から忍び寄る。
『これはッ!? イレギュラーかッ!!』
奴の機動力を奪う為に背後からブースターを狙った奇襲の一太刀。
しかしその一太刀は寸での所で躱される。
奴の右肩部分の装甲が開閉し、そこから小型のブースターが露出する。露出したブースターは点火し、爆発染みた推進力が発生。それでボクの奇襲を紙一重で回避した。奴はその勢いのまま移動し、壁に激突して停止する。
ソロウと違いパッションは直線的な動きが多く、それ程素早くない。
重装甲である為に防御力と耐久力は優れている物の、機動力は低いのだろう。
流れは此方に傾いている。勝機を引き寄せる為、ローズさんに呼びかけた。
「ローズさん!」
「良い判断ですわ! ――【B・ショット】——!」
ボクの意図を察した彼女は、迅速な判断で攻撃を加え奴を足止めする。
射撃系の攻撃スキルを使用した後、続けて通常射撃もお見舞いする。
壁に衝突したばかりのパッションは、咄嗟に両手から熱剣を出して迎撃した。
『この程度ッ!!』
銃弾の雨を浴び装甲をへこませながら、奴は熱剣で胸部への攻撃を全て防ぐ。
しかしそれこそが此方の狙い。これもパッションを一ヶ所に留める為だ。
――更なる追撃者が激情の10月に向け突貫する。
「【ソニックムーブ】【ダブルステップ】」
音速で移動したビヴァリーさんがパッションの懐に急接近。
自身の側面に移動してきた黒い獅子に対し、奴は反射的に熱剣を振るう。
横薙ぎの二連撃を、残像伴う高速移動で彼女は躱し切る。
「好き放題やってくれたツケだ!! ——【反逆・反魂拳】——!!」
【反逆・反魂拳】は受けたダメージを1.5倍にして返す攻撃スキル。
黒い獅子から繰り出されるのは、焔を纏う必殺の右ストレート。
直感的に危険だと察知したのか、パッションは思わずバリアを展開する。
しかしそのバリアは既にかなりのダメージを負っている。
――故にバリアは、彼女が放つ反逆の一撃によって跡形も無く離散した。
『これはッ……!!』
激情の10月の高性能カメラに映るのは、両翼を広げて滞空する黒い鳥。
確殺の意思を示す炎と黒の二対の翼。それは奴の運命を暗示する。
敵の動きを止める為、ビヴァリーさんは両手で奴の両腕を抑え込む。
「さぁ!! 力比べの続きをしようぜ! 今度は逃げらんねェよ!!」
「イズルさんに【サポートケア】! 止めは任せます!」
二人からの支援を受け、止めの一撃を放つ為、白銀の愛剣を掲げて構える。
「【一撃必殺】——【十字閃】——……!!」
掲げられた剣身に浮かび上がる鮮血のルーン文字。
白銀の愛剣が光を放つ。それは逆十字に煌めく赤黒い死の光。
最後の抵抗とばかりに、パッションは小型ミサイルをボク目掛けて撃ち放つ。
しかしそれら全ては一振り二撃の斬撃に飲み込まれる。
その程度の火力では死の一振りを止める事など到底叶わず。
『見事だッ……!! 強き戦士達よッ!!!』
死の間際まで武人として、激情の10月は殊勝に吠える。
一撃で装甲を破壊し尽し、二撃目で露出したコアを破壊する。
同じく斬撃に飲み込まれた黒い獅子は当然無傷。
パーティー登録の恩恵で味方への攻撃は無効になる。
それがある事で成り立つパーティー専用の連携攻撃だ。
ビヴァリーさんは念の為距離を取り、ボク達は警戒しつつ崩れ落ちた激情の10月を見やる。そこには酷く損傷した全身から、メカニックな駆動系を露出し、高性能カメラを明滅させる戦闘用アンドロイドの姿があった――