第41話 激情の10月
――異世界、静寂の歌姫、大講堂。
ボクを見つめるヴィターGMが何を考えているのか分からない。
しかし今そんな事を考えている暇は無い。
だからこの危機的状況を乗り切る為に、誰よりも早く剣を振り抜いた。
「――【十字閃】——!!」
影装騎士なら、刃物を使えば何であろうと攻撃スキルが使用できる。
渡されたばかりの儀礼剣を片手に、無我の境地で振るう神速の一太刀。
それは振り下ろされた鋼鉄の拳を弾き返し、重装甲な巨体を吹き飛ばした。
『何とッ!?』
約3m近い鋼鉄の巨体が吹き飛ばされ、大講堂の華美な壁面をぶち抜いた。
轟音響かせ、崩れた瓦礫と視界を覆う塵埃。一瞬にして大講堂は戦場と化す。
現場は瞬く間に混乱に包まれ、新入会員達が困惑して慌てだした。
「な、なんだっ!? なにが起きたんだっ!?」
「しゅ、襲撃っ……!! 敵の襲撃だぁ!!」
「襲撃っ!!? え、嘘……何かのイベントじゃ……」
「なんかヤバいよ!? 逃げた方がいいんじゃないっ!?」
「おいおい!! 嘘だろ!? 今日から俺はエリートになるんだぞ!?」
「そんな事言ってる場合かよ!? あれ絶対ヤバいって!!」
異例の事態に気が動転し、会場中が否応無くパニックに襲われる。
そんな中でも冷静なのがSランク冒険者達だ。彼女等は慌てない。
即座にビヴァリーさんとローズさんが襲撃者と相対し、ボク達の前に出る。
「【リベンジマッチ】【煙熱装甲】——クソッ! ……いきなり裏切り者達の襲撃かよ!? イズル、ウチのGMは無事か!?」
「【カードP】【サポートケア】【プラスP】【アタックケア】、ビディに【タンクケア】! ――備えてっ!! 直ぐに次が来る!」
拳を構えたビヴァリーさんが前衛に陣取り、敵の攻撃にタンクとして対応。
特殊な白い魔導式ライフルを構えるローズさんは後衛で、指示を出す。
ローズさんが使用したのは汎用戦士の防御スキルと補助スキルだ。
【ガードP】は自身の前方に透明な等身大の盾を生成する防御スキル。
【サポートケア】は対象のCTを発動後一度だけRする補助スキル。
【プラスP】は自身に掛けられたバフ効果を更に上昇させる防御スキル。
【アタックケア】は対象の攻撃力と機動力を上昇させる補助スキル。
【タンクケア】は対象の防御力と耐久力を上昇させる補助スキル。
それらを使用してローズさんはアタッカー兼サポーターとして立ち回り、ビヴァリーさんはタンクとして自身の防御力と耐久力を上げ、敵の攻撃から味方を守り、隙を見てカウンターを決めて行く心算のようだ。
二人に向け、無事を報告しようと口を開いた時——違和感に気が付いた。
その違和感とはヴィターGMの様子だ。
明らかに、突然の襲撃を受けて命を狙われた状況とは思えない。
こんな事があったというのに、彼女は未だにボクから視線を外していない。
おまけに左手をポケットに、右手を自身の顎に当てて思案している様子。
(何だ……この感じ。何か、妙な胸騒ぎがする……)
彼女が異彩を放つのは元からだ。しかし明らかに今の彼女は様子がおかしい。
そんな風に内心で疑っていると、彼女は不意にボクから視線を外した。
少し落胆したような……この場にそぐわない、平然とした様子で歩き出す。
――その時を同じくして、会場内に熟練の冒険者達が入り込んできた。
「何があった!? 皆、冷静になれ!!」
「落ち着いて!! まずは状況報告をお願いします!!」
「慌てないで!! 私達が対処します! 皆、冷静に!!」
パニックに陥った会場内を整然とさせるように、熟練者達は行動する。
それを確認したヴィターGMは悠然とした足取りで壇上から降り、指示を出す。
「ビトレイヤーズの襲撃だ! まずは新入会員達を安全圏まで退避させよ! その後、ギルド内にいるSランク冒険者達を招集! 急げ!!」
「「「りょ、了解っ!!」」」
毅然とした態度で片手を振り、熟練の冒険者達に指示を出す彼女の姿。
そこには先程まで感じていた違和感が嘘みたいに消えている。
(やっぱり、何かがおかしい……)
ヴィターGMはボク達とは違う世界を見ているように感じてならない。
彼女に対する疑惑を深めた時、彼女がボクの方に振り返った。
「イズル君も避難した方が良い。ここは激しい戦場になる」
その声色も態度も、何もかもがいつも通り。
この状況でその超然とした姿は返って異様に映る。
だからボクは、彼女に一つお願いをした。
「……貴女に尋ねたい事があります。この窮地を脱したら、少しだけでも良いので話し合いの場を設けて頂けませんか?」
「その理由は?」
「貴女が、ボクと同じイレギュラーと呼ばれる存在だからです」
ソロウが言っていた言葉、それを明言すると彼女は不敵に微笑んだ。
そしてボクに対し、彼女は条件を突き付けて要求を受け入れた。
「……そうだね。君には己の生い立ちを知る権利がある。だが此方にも事情があり、そう易々とは話せない。だから一つ条件を付けさせて貰う。奴を……
“激情の10月”を討伐して欲しい。それが条件だ」
不敵に笑うヴィターGMが示す先、そこには瓦礫を吹き飛ばす魔族の姿。
塵埃ごと瓦礫を飛ばし、それをビヴァリーさんとローズさんが叩き落す。
恐らく奴が激情の10月なのだろう。重低音を響かせて、奴は声を発した。
『吾輩の拳を弾くとは、見事な一撃ッ!! いや、二撃かッ!!』
ミリタリーチックなメカデザインとその性格から、何となく軍曹を想起する。
パッションの拳を見れば、そこにあるのは十字傷。どうやら奴には攻撃が通るらしい。加えてここにはビヴァリーさんとローズさんもいる。それなら討伐するのは不可能じゃない。奴の討伐が条件だというのなら受けて立つ。
ボクはヴィターGMへ振り返り、条件を受け入れた。
「分かりました。奴を討伐します」
「ありがとう。期待している」
そう言い残し、彼女は悠然とした足取りでこの場を後にする。
会場を見回せば既に新入会員達の退避は完了している様子。
恐らく逃げ遅れた人は居ない……という訳で、ボクは戦闘の準備に入った。
(着替えている暇は無い。だから今出来るのは武器を交換するくらいか)
ライセンスのインベントリから愛剣を取り出して、代わりに儀礼剣を仕舞う。武器や防具も戦闘用アイテムとして判定されるので、アーカイブエリアに保管する事が可能だ。お陰で武器が無くて戦えないという事態を避けられる。
取り合えず最低限の準備を整えて、ボクは二人に声を掛けた。
「【韋駄天】【刹那の見切り】【紅の誓い】【黒い鳥】——ビヴァリーさん! ローズさん! ボクも戦います!」
「【炸裂装甲】【紅の誓い】——装備が万全じゃ無いだろ? 戦えるのか?」
「奴の死角を狙います。行けます!」
確かに装備が万全では無い。
しかし元より影装騎士は紙装甲。
装備が多少劣化した所で問題無い。
いつもの装備は自身の機動力を上昇させる効果に加え、デバフに掛かる確率を低下させる効果に全振りしている。どのみち装備が整っていたとしても、紙装甲である事に変わりなく、命の危険度に大差はないのだ。
ボクの覚悟を受けて、ローズさんから許可が下りる。
「【アンチP】、ビディに【サポートケア】——良いでしょう! 許可します! ですが私の指示には従って頂きますわ!」
「了解です!」
「【精神装甲】——無理はすんなよイズル! 少しでもヤバいと思ったらアタシを盾にしろ!」
「頼りにしてます!」
素早くライセンスからパーティーアプリを起動して二人とパーティーを編成する。画面を見れば、既に二人はパーティー登録が終わっていた様子。これで味方の攻撃スキルで同士討ちしてしまう事態は防げる。
奴と睨み合う最中、各自がそれぞれ必要なスキルを発動して体勢を整え終える。激情の10月は自信があるのか、ボク達が万全の態勢を整えるまで待ち構えていた。不意打ちしてきた割には、正々堂々と戦うのが好みらしい。
『準備は万全かッ!? ならばよしッ!! 吾輩は裏切り者達所属、激情の10月!! 団長の命により、推して参るッ!!』
余裕を見せて、仁王立ちで名乗りを上げる武人の姿。
奴が両腕を突き出すと、威圧感溢れる全身の重装甲が可変する。
開放された場所から見えるのは小型のミサイルハッチ。
全身から濁流のように噴き出す小型ミサイルが、ボク達目掛けて襲来する。
「――【炎弾拳】——」
対してビヴァリーさんは冷静に、特殊な炎弾でミサイル全てを迎撃する。
加えてローズさんが透明な盾越しに、汎用戦士の攻撃スキルで奴に反撃。
「――【Bショット】——!」
特別仕様と思われる白い魔導式ライフルが、銃口から火花を噴き上げる。
スキルによって生成されたスコールのような散弾が、奴の全身を強襲した。
『甘いッ!!』
しかしその散弾は奴が展開した赤色のバリアによって遮断される。
瞬時に可変した胸部から見えるのは、バリア発生装置と思しき物体。
(ソロウと同じか……あれを展開されたままじゃ、攻撃が通らない)
だがそれは恐らく奴も同じはず。ソロウが使用していたバリアと同じ仕様なら、バリアの展開中は奴も此方を攻撃できない。その為、奴が此方を攻撃するならバリアを解除せざるを得ない。
(なら攻撃してきたところを狙うだけだ)
ソロウに対し行う心算であった攻略法を、パッションに対して流用する。
それがこの戦いを制する鍵になると信じて、愛剣を強く握り締めた――




