第40話 襲撃
――異世界、静寂の歌姫、大講堂、入会式。
ローズさんに呼ばれて壇上を上がり、教卓の前に立つ。
好奇の視線に晒されているこの状況は、不安と緊張に襲われる。
必要な事とは言え、出来る事なら別の機会にお願いしたかった……
何て内心震えるボクの前に立つのは、穏やかに微笑むヴィターGM。
彼女は一旦、魔導式マイクの電源を落としてボクに語り掛ける。
「突然呼び出すような真似をしてごめんね。君にそれ相応の報酬を用意するには、君の功績を大々的に公表しなければならなくてね。こうでもしないとギルドの資産を使えないんだ。面倒な大人の事情に付き合わせてしまって申し訳ない」
「い、いえ……お気になさらず。報酬を頂けるのはありがたい事なので……」
ガチガチに緊張しているボクとは対照的に、彼女はやけに落ち着いている。
体を震わせるボクに対し、彼女は『ここには私と君しかいない。そう考えて深呼吸しよう。精神統一だ』と優しくアドバイスを送ってくれた。言われた通り、他に人は居ないと思い込んで深呼吸……すると少し緊張が解れて来た気がする。
体の震えが取れて来たところで、ローズさんが表彰式を先に進めた。
「それでは次に、イズル・オリネさんの功績を称えて褒賞の授与に移ります」
その言葉と共に、ボク達の元へ儀礼剣を手にビヴァリーさんが近寄って来る。
ビヴァリーさんの顔を見れば、バツの悪そうな笑顔を湛えていた。
そんな彼女に一言、自分のお気持ちを表明してみる。
「何で教えてくれなかったんですか……」
「ごめん。サプライズしようと思ったのが徒になった。まさか、その制服で来るとは思わないじゃん? 普通に私服で来ると思ってたし」
「それは確かにボクのミスです……こっちの方が目立たないかと思って着て来ちゃいました。表彰式があるなら是が非でも私服だったんですけどね……」
その会話を聞いていたヴィターGMは、自らの責任だとボクに謝罪する。
「それは申し訳ない事をしたね。元はと言えば此方側の配送ミスが原因だ。君が望むのなら、この場で私から皆に事情を説明しようか? 君の要望なら出来る限り叶えるつもりだ」
「えっ!? あ、えっと……」
突然の申し出に、どうしようかと思案する。
普通ならありがたく申し出を受けるのが良いのかもしれない。
しかしふと、組織のトップにそんな事をさせて良いのかと不安に思った。
(元は配送ミスが原因だけど、制服を着て来たのは自己責任だし……)
私服の許可を無下にしたのは自分の判断だ。
なら誤解は自分で解くのが良いと思われる。
という訳で、ありがたい申し出に断りを入れた。
「いえ、そこまでして頂かなくて結構です。誤解されるような真似をしたのは自分ですから……自分で払拭していきたいと思います」
「そうか……君はとても優秀だね。善性を持つイズル君なら間違いなく、直ぐに誤解が解けるよ。それに君なら更なる功績を上げられると確信している。何れは皆、その程度の性癖など気にしなくなるはずだ」
和やかに微笑む彼女の姿とその言葉に勇気付けられた。
ヴィターGMの言葉には不思議な魅力が宿っているように感じられる。
でも一つ誤解をしています。女装はボクの性癖ではありません……多分。
――話が纏まった所で、ビヴァリーさんからヴィターGMに儀礼剣が渡された。
それを受け取って、ヴィターGMは自身の両手に剣を乗せ、進呈するようにボクへと儀礼剣を差し出した。差し出された儀礼剣を良く見ると、剣身にはボクのフルネームに加えて“冒険者栄誉勲章”と刻まれていた。
どうやらこの華美なデザインの長剣その物が勲章であるらしい。
ヴィターGMは魔導式マイクの電源を入れ直し、ボクに言う。
「ギルド及び国際連盟への貢献を称えて、イズル・オリネ君には冒険者栄誉勲章と報奨金を進呈する。そして君の功績に応じ、君の冒険者としての評価をDランクからSランクへ昇格させる事が決定した。おめでとう」
「……はい?」
彼女の口から語られたのは衝撃の事実。
昨日まで駆け出しの冒険者だった自分がいきなりSランクに昇格。
理解が追い付かず差し出された儀礼剣を受け取ったまま硬直してしまう。
――会場から溢れるのは困惑と歓声が入り混じる拍手の嵐。
新入会員達から湧き上がる驚きと、賞賛の声が聞こえて来る。
「DからSに昇格!? こんなことあるのか!?」
「えぇ!? そんなに凄い人だったんだ!!」
「あの“絶望”と戦って生き残ったって噂、本当なのかも……」
目を瞬かせ動転する心を落ち着かせようと必死になっていると、魔導式マイクをオフにしたヴィターGMから簡単な経緯が語られた。
「合間にあるランクを飛ばしてDからSへの昇格は前代未聞だが、君にはその価値があると判断した。これからはSランク冒険者の一人として頑張ってほしい。期待しているよ」
こんな時何と返して良いのか分からず、ただただ唖然と彼女を見つめる。
実際にダンジョンのSランク帯に到達せずとも、ギルドからの評価が上がればランクの昇格は可能だと聞いている。しかし大抵は自分がいる階層に見合ったランクに落ち着くのが一般的。例外は意図的に低階層で活動している冒険者くらいだ。
現在のオリジンではライトダンジョンのみ攻略が80層で止まっており、他三つのダンジョンは既に100層まで到達している。なので基本的にSランクまで昇格するなら他のダンジョンでSランク帯に到達し、一定期間活動するのが通常だ。
実際にビヴァリーさんもローズさんもギルドへの貢献に加え、他のダンジョンを攻略し、その結果Sランク帯に到達した事で現在の評価を得たと聞いている。つまりそれをせず昇格したボクは極めて異例だ。
――なぜボクにそんな価値を見出したのかをヴィターGMに問いかける。
「ボクが突然Sランク何て、まだ低階層しか潜った経験が無いのにどうしてなんでしょうか……?」
「君ならライトダンジョンの80階層に巣食うボス、“剣姫”を討伐できる可能性があると判断した。私の一存に近い決定だか、あの“絶望”と戦い生き残ったと言えば、SM全員が納得してくれたよ」
どうやら悲哀の12月との戦いが評価に大きく影響を与えたらしい。
後から知った話だが、やはり奴は魔族最強の存在とされていた。
そして魔族最強と張り合えるなら、剣姫の討伐も期待できる。
そういう判断からボクは異例のSランク昇格を果たした模様。
続けて彼女はボクに言う。
「ライトダンジョンのみが80層で止まっている。その状況を何とかしたいという思いが私にもある。勝手な期待をして申し訳ないが、80階層の突破はアヴァロンの悲願なんだ。どうか理解して貰えるとありがたい」
国際冒険者連盟ではダンジョンにおいて最も攻略に貢献した国が発言権を持つ。今までは様々な貢献からアヴァロンが最も発言権を有していた。しかし近年ではライトダンジョンの攻略が中々進まない事で、その功績に陰りが見えて来たという。
その閉塞的な状況を打開する為に、何としてでもアヴァロンは剣姫を攻略したいのだろう。図らずも、ボクの双肩に国の期待が乗せられてしまった。
(どうしてこんな事に……)
RoFと同じ行動パターンなら、剣姫の討伐は実現可能だ。
とは言えそれでもリスクが高い相手である事に違いない。
相手が剣姫となれば少しでもミスをすれば死に至る。それ程の強敵だ。
――先の面倒事に頭を悩ませ、思案していたその時。空間に亀裂が出来た。
丁度ヴィターGMの後方に発生したその亀裂を見て、驚きで目を見張る。
突然現れた異変の亀裂は、瞬く間に広がり扉のように開かれる。
そしてそこから現れたのは、重厚感溢れるメカニックなロボットだった。
『人類諸君ッ!!! 戦争の時間だッ!!! 武器を取れッ!!!』
現れていきなり宣戦布告する重装甲に包まれた人型の戦闘兵器。
機械と肉声が混じる声。それは正しく魔族の特徴。戦闘用アンドロイド。
一瞬ソロウなのかと思ったが、奴の見た目はソロウとは全く異なっていた。
色もフォルムもまるで違う。恐らく戦闘スタイルからして違う。
――そしてそれは躊躇なく、ヴィターGMに対し重厚な片手を振り下ろす。
ボクの目前で、彼女の頭上目掛けて振り下ろされる鋼鉄の拳。
極限の状態に触れ、停滞する視界に映るのは、ボクを見つめるヴィターGM。
しかし彼女の視線も表情も、明らかにこの状況に合わず異様に映る。
何故なら彼女からは何一つ、恐れの感情を感じられなかったから。
此方を見つめる彼女はただ、ボクに対し鋭く図るような視線を向けている。
今にも命を奪われる寸前。だというのに彼女は何一つ危険に気を払わない。
その異様な姿と光景に、思わず“支配者”に視線が奪われた――