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第39話 女装男子、世にはばかる


 ――異世界(オリジン)静寂の(サイレンス)歌姫(ディーヴァ)ギルド、大講堂、入会式。



 入会式の会場である大講堂には多くの人が集まっている。

 大講堂の壁面に掛けられた時計を見れば、そろそろ開始時刻が迫っていた。

 それに気付いた人達が、友人達と別れ自分の席に着席し出す。

 雑談していた人達が着席する事で、ボクの周囲の席も次第に埋まって来た。


 そしてボクの隣には相変わらず無邪気に会話を続けるクレアさんが居る。


「イズルさんは影装(シャドウ)騎士(ナイト)なんですよね? 戦闘には向いてないって言われてるジョブなのに、そんなに使いこなしてるなんて凄いです!」


「ははは……そんな事ないですよー……?」


 先程まで周辺に人は居なかったので会話を聞かれる心配は無かった。

 しかし今は着席した人達が周囲に居る。その所為(せい)で会話が聞こえてしまう。


「……ねぇ、今シャドウナイトって聞こえたけど?」


「えっ? そうなの?」


「今、イズルって……もしかして……?」


 周辺からひそひそと話声が聞こえて来る。

 ボクの名前と影装騎士というワードから、気付いた人が出て来た様子。

 気付いた人達がちらほらと、ボクに視線を向けている。


(ひぃい!? バレるっ! バレるっ!!)


 普段の姿なら気付かれたとしても問題は無い。

 しかし今は女性用の制服を着ているので非常に不味い。

 このままでは女装癖のある変態だと誤解されてしまう……!


 ボクは慌てて、隣でテンションを上げているクレアさんを落ち着かせる。


「ク、クレアさん……! そろそろ始まりますから……!」


「あっ! ごめんなさい……私、熱くなり易くて……えへへ」


 小声で必死に会話を中断させようとしたボクの意図に気付いたのか、彼女は小声でボクに謝り、恥ずかしそうに照れて笑った。


 ――そして丁度、予定の時刻になり時計から鐘の音が鳴り響く。


 鐘の音が鳴ってすぐ、大講堂の出入り口から二人の人影が見えた。

 その二人は顔見知り。ビヴァリーさんとローズさんだ。

 二人共装備を身に付け、戦闘用にカスタマイズされた衣類を身に(まと)っている。

 どちらも異名のイメージに合った衣装で、とても素敵だ。


(……? ビヴァリーさん、片手に儀礼用の剣みたいなの持ってる。あれは何だろう? ビヴァリーさんの戦闘スタイルじゃ、剣なんて使わないと思うけど……入会式で使うのかな?)


 二人は大講堂の中央を堂々と歩き進み、壇上に上がり左右に別れた。


 ビヴァリーさんは右側に移動し、儀礼用の剣を地面に立てて、その剣の柄頭(つかがしら)に両手を重ねて置いた。その姿は何だか、主君の(そば)に仕える騎士のような出で立ちで様になっている。とてもカッコイイ。


 対してローズさんは教卓に置いてあったマイクを一つ手に取り、左側に移動して立ち止まった。マイクを手にした事から恐らく、入会式の司会進行役はローズさんが担うのだろうと思われる。


 ビヴァリーさんとローズさんの姿が見えた事で、大講堂内は喧騒に包まれた。その(ほとん)どが、有名な彼女達二人を視界に収めた事で沸き起こる黄色い歓声だ。分かっていた事だけど、本当に彼女達の人気は凄い。



 ――しかしそんな歓声も、不思議と響く足音に中断されられた。



 その不思議な魅力を持つ音に、皆声を(ひそ)めて耳を()まし、様子を(うかが)う。

 静寂に包まれた大講堂内を、ミステリアスな女性が優雅に歩み進む。

 マイペースに歩む彼女は間違いなく、キャロル・ヴィターG(ギルド)M(マスター)だ。


(相変わらず、神秘的で異彩を放つ人だなー……)


 足音一つでその場を静寂に包んでしまう。

 誰であろうと、一度彼女の瞳を見れば直ぐに分かる。

 その底知れぬ瞳には、深淵のような不穏さが内包されていた。


(あの人が、ボクと同じ転移者……なのか?)


 もしソロウの言っていたイレギュラーという言葉がオリジンの外から来た者、という意味であるならその可能性が高い。……一応、転移者では無く転生者、何て可能性もある。しかし転生よりは転移の方が信憑性(しんぴょうせい)が高い。


(転生なんて現実にあるかどうか分からないし、それよりは実際にボクが体験した転移の方が現実的……だと思う)


 ――何はともあれ、ヴィターGMが広い壇上に上がり教卓の前に立った。


 (あらかじ)め設置されていた魔導式のマイクに電源を入れて会場を一瞥(いちべつ)する。

 それからヴィターGMはマイクに向けて声を発した。


「新入会員の皆さん、入会おめでとうございます」


 落ち着いた声色で、優しく微笑(ほほえ)む彼女の姿。

 一見すれば品があり、穏やかな淑女(しゅくじょ)に見える。

 しかし彼女から伝わる異質な空気を感じれば、そこに穏やかさはまるで無い。


 続けて、彼女は自己紹介に移る。


「既に御存じの方も多いでしょうが、改めまして。私の名はキャロル・ヴィターと申します。設立当初からこの静寂の(サイレンス)歌姫(ディーヴァ)ギルドでGMを務める若輩者です。以後、お見知りおきを」


 緊張した面持ちで傾聴する新入会員達。

 その中には憧れの眼差(まなざ)しや、恍惚(こうこつ)とした表情で彼女を見つめる人もいる。

 特に気に留めた様子も無く、聴衆を見ながら彼女は更に言葉を(つむ)ぐ。


「これより皆さんは、正式に我がギルド所属の冒険者となります。それは(ひとえ)に、三大ギルドと評される我がギルドの看板を背負う事に他なりません。それを踏まえた上で、私から皆さんに求める物はただ一つ……」


 そう言って一度言葉を途切れさせた彼女は表情を引き締め、再び口を開く。



「知識と経験に対し、常に好奇心を忘れないで下さい」



 大講堂に響く彼女の声音に、不思議と彼女から視線を外せない。

 それは皆も同じであるようで、彼女が発する言葉をただ静かに待っている。


「すべからく、好奇心とは知性の証です。これから皆さんの進む道には、あらゆる苦難が待ち受けている事でしょう。好奇心を持つ事で、その苦難は更に深まるかもしれません。しかし我々の明日は、苦難を乗り越えた先にあるのです」


 両手を広げて新入会員達を指し示す彼女の姿に神秘が降りる。

 ステンドグラスから光を浴びる彼女は更に、言葉を続けた。


「知性とは明日を生きる為の希望です。この理不尽ばかりの世界を生き抜く上で、必要な物は運と知性……しかし運はどれ程の天才であろうと制御する事は不可能です。ですが知性ならばある程度、人の意思で制御する事が可能です」


 聴衆に向けて差し出した手を教卓の上に置き、彼女は再び微笑んで言う。


「皆さんには、知性という希望を抱き、そして慈愛の心を失わないように、これからの冒険者生活を楽しんで頂きたいと思います。私から皆さんに伝えたい事はこれだけです。……ご清聴、ありがとうございました」


 話を終えて、両手を後ろで組む彼女に対し、自然と拍手が沸いて来る。

 次第に拍手の音が波のように大きくうねり、会場全体を包み込む。

 それを見て、ローズさんは聴衆を制止するようにマイクに向けて声を発した。


「以上で、キャロル様からの式辞を終了いたします。ありがとうございました。それではこれより、第7回静寂の(サイレンス)歌姫(ディーヴァ)ギルドの入会式を開催いたします――」


 式典の開始宣言が行われた次の瞬間、何故(なぜ)かローズさんと目が合った。

 ボクを見た彼女は一瞬驚いたような表情を見せる。

 その原因は恐らくボクが女装をしている所為(せい)だろう。

 しかしそんなボクを非難する事無く、彼女は優しく微笑んで言葉を続けた。


「――ですがその前に、先のモンスターブレイクに際してサイレンスディーヴァギルド、並びに国際冒険者連盟に多大なる貢献を果たした冒険者へ、この場を借りて表彰式(・・・)を執り行いたいと思います」


 笑顔でそう告げるローズさん。その視線は明確にボクへと向けられている。

 嫌な予感が脳裏を過ぎる。そして大量の冷や汗が全身を伝う。

 現実から逃避するようにビヴァリーさんを見ると、彼女は笑いを(こら)えていた。

 ボクから微妙に視線を逸らし笑いを堪える彼女の姿……


(ビヴァリーさん……! 知ってて黙ってたんですねっ……!)


 あの様子から察するに、今日の入会式でボクの表彰式が行われる事を知っていたのは間違いない。抗議の視線を送って見るも、今更もうどうしようもない。後悔先に立たずである。


 無情にも過ぎる時間は待ってくれず、ローズさんは続けてボクを呼ぶ。


「それではイズル・オリネさん? 壇上まで登壇して下さい」


 名前を呼ばれ、ざわつく会場内。隣ではクレアさんが驚いて固まっていた。

 覚悟を決めて立ち上がると、一際会場内に騒音が広がった。

 周囲から聞こえて来るのは、ボクに対する噂話。


「あの人がシャドウナイトの、イズル・オリネさん……」


「ビヴァリーS(サブ)M(マスター)に勝った人だよね……?」


「大会の時はよく分からなかったけど、女の子だったんだ……!」


「すげーよな。こないだのモンスターブレイクで無双してたんだろ?」


「Dランク、しかも入ったばかりで表彰って、将来有望すぎるだろ……!?」


 自分の事を話されていると思うとむず(がゆ)い。

 おまけに賞賛なんてされた経験の無い自分には居た(たま)れない。

 人生の日陰者がいきなり、燦然(さんぜん)と輝く日の光に(さら)された気分だ。


(うぅ……もふちゃんが恋しい……)


 こんな時妖精さん(もふちゃん)という太陽が居てくれたらどんなに良かっただろう。

 (ちな)みにもふちゃんは今、ホテルのベッドで幸せそうに爆睡中である。

 本人(いわ)く『まだ起きる時間では、ないのだっ……』とか寝言を言っていた。


 そんなお気楽な相棒の姿を思い出し、きっと今頃は夢の中で『まだまだ、食べられるのだっ……!』とか言いながらスイーツを頬張(ほおば)っているんだろうな、とか想像しつつ衆人環視の中を歩き進むのだった――


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