第38話 入会式と女の子
――異世界、首都ラフレシア、喫茶店ベリー。
現状では相手の出方を窺う事しか出来ず、沈黙が訪れる。
その重苦しい空気を振り払うように、ローズさんは軽く手を叩いた。
「取り合えず、現状ではこれ以上の事は出来ませんわ! あまり思い詰めても良い結果にはなりません。とても不安だとは思いますが、イズルさんの事は私とビディが責任をもってお守り致します」
「……そうだな。奴らが襲ってきても逆に討ち取っちまえばそれでいい話だし。一回やられてるアタシが言っても説得力無いかもしれないけど、それでもアタシ達を信用して欲しい。次は必ずアタシが勝つ。そんでイズルを守る」
彼女達は力強くそう宣言してくれる。
心強い笑顔と溢れる優しさ。それが今は何よりも嬉しい。
お陰で落ち込んだ気分が少し軽くなった。
「お二人共、ありがとうございます。お陰で不安が晴れました。ビトレイヤーズからの護衛、よろしくお願いしますね!」
そう言って笑顔を見せると、二人は安心した様子で胸を撫で下ろした。
やはり心の何処かでは信用されないかもと不安になっていたのだろう。
これ以上、ボクの事で二人を不安にさせる訳には行かない。
(ボクはもう独りじゃない。……だからこそ、秘密は守り通そう)
何となくボクの心が警鐘を鳴らしている。
転移者である事を教えてはいけないと、何故か確信に似た直感が囁く。
ボクが転移者である事を話せば、彼女達に危険が及ぶ……そんな気がする。
(それに、相談相手には一人だけ心当たりがある)
ボクが転移者である事を打ち明けられる相手が居るとしたら一人だけ。
それはソロウが唯一名前を口にした人物、キャロル・ヴィターGMだ。
ソロウはヴィターGMもボクと同じイレギュラーであると言っていた。
という事は、もしかするとヴィターGMはボクと同じ境遇なのかもしれない。
――ヴィターGMもまた、ボクと同じ地球からの転移者であるという仮説。
(もしそれが真実なら、ヴィターGMとは直接話す必要がある……)
当然ながら確証は無い。でもその仮説が正しいのなら、この状況を打開する切っ掛けになるかもしれない。それにソロウを相手に勝利を収めるならヴィターGMのような実力者の協力が必要不可欠だ。
(ソロウに勝てる人が居るとすれば、それは勇者と剣聖……そして支配者)
恐らくその三名がパーティーを組んで漸く勝てるかどうかという相手だろう。
とても恐ろしい相手だが、奴が魔族最強だというなら逆にチャンスだ。
奴を討ち取りさえしてしまえば、ビトレイヤーズの戦力は瓦解する。
最強を落とせれば、それだけで此方の状況は有利に傾くはず……
密かにそんな思案を巡らせながら、この日のお茶会はお開きとなった――
▼ ▼ ▼
――異世界、静寂の歌姫ギルド、入会式。
楽しかったお茶会から三日後、待ちに待った入会式の日がやって来た。
因みにお茶会終了後、ビヴァリーさんから妖精さんのレア画像を取得した。
狭い空間を気に入った野良の妖精さんが、自ら狭い場所に挟まって可愛いお尻と背中を見せているレア画像。その何とも言えないお間抜けな姿に癒された。やはり妖精さんはボクの人生を潤わせるのに必須である。
それはさておき、現在ボクはサイレンスディーヴァのギルド本社に来ていた。
(うぅ……緊張する……やっぱり止めれば良かったかなー……)
今ボクが緊張している理由は二つある。それは人の多い入会式に出席するという緊張と、静寂の歌姫の制服を着ているという緊張。当然ながら男性用の制服は持っていないので、今着ているのは女性用の制服である。
なぜ女性用の制服を着ているのか。
それは偏に心の中の天使と悪魔が囁いたからである。
『制服で行った方が良いよ! 私服だと目立っちゃうよ!』
『どうせバレないよ! 知ってる人達も、わざわざ指摘したりしないって!』
『そうねっ! とっても似合うので、問題無いのだっ』
何故かボクの心に住まう天使と悪魔は二人共、制服を着ていけ派だった。
おまけに何故か、もふちゃんまで加わって着ていけ派を支援していた。
普通天使くらいは自制心で止めるべきでは? と自分で思う。
しかしボクの心は、私服で目立つより女装で誤魔化す方を選んでしまった。
(何があっても目立ちたくない……! 目立ちたくないでござる……!)
その為なら女装する事も厭わない。
一度制服を着て出かけた事で、少し耐性が付いてしまった事も災いした。
無難に過ごし空気になれるなら、例え修羅になろうと易いもの。
とは言えいざ現場に来てみれば、予想を上回る人の多さに尻込みしている。
特にこういう後ろめたい気持ちの時は、尚の事周囲の声が気になってしまう。
「……ねぇ、あの人……」
「もしかして……」
「えぇ!? 何それウケる!」
「――て事はさ、ワンチャンあるかも?」
どれも何気ない会話……のはず。
ボッチ特有の人間不信から、不安に苛まれる豆腐メンタルなこの心。
取り乱す事の無いように、自分を宥めて平静を取り戻す。
(見た目的には誤魔化せているはずだし、だ、大丈夫……大丈夫……)
自意識過剰だと自分に言い聞かせ、表面上を何とか取り繕って移動する。
受付まで辿り着き、ライセンスを見せて入会式の会場に紛れ込む。
極限まで気配を消して、可能な限り空気と化して同化する。
(ボクは空気……ボクは空気……ボッチは空気……ボクは空気……)
妖怪空気人間と化し、指定された自分の席まで漂うように辿り着く。
空気と化した甲斐があったようで、何とか周囲に不審がられず着席できた。
ミッションエアーボッチブルを完遂してほっと胸を撫で下ろす。
――後は終始目立たないように過ごそうと誓った時、何故か声を掛けられた。
「あの、もしかしてイズル・オリネさん……ですか?」
少女然とした声色に驚いて、俊敏な速度で振り返る。
青ざめて愕然とするボクの目前にいるのは黒髪ポニーテールの少女が一人。
ボクに話しかけて来る女の子何ていないはず……そう思って彼女を見ると――
「あっ! やっぱりイズルさんですよね!? 覚えていますか? 私です! 三カ月くらい前にゴブリンの襲撃から助けて貰いました!」
――という彼女の言葉で思い出した。オリジンに来て直ぐの頃、ボクが首都を目指していた時に出会った駆け出しの冒険者達。その中の一人が彼女だった。
二重の意味で驚いて、ボクは彼女に問いかける。
「き、君はあの時の……!? あなたもサイレンスディーヴァの冒険者だったんですか……!?」
「あの時は丁度、冒険者学園の郊外学習中で就職活動中だったんです。あの後サイレンスディーヴァの入会試験を受けて、運よく合格しました! イズルさんが助けてくれたお陰ですよ!」
「そ、そうだったんですか……おめでとうございます」
両手を組んで、邪気の無い満面の笑顔を見せる彼女の姿。
ボクと同じ制服を身に纏うその姿を見れば無意識に体が強張る。
女子と同じ格好をしている状況はとても心臓に悪い。
嬉しそうにボクを見る彼女はボクの隣の席に腰を下ろした。
「えへへ……奇遇ですね! 指定された席が隣同士なんて」
「そ、そうですねー……あはは……」
彼女はボクの事を女性だと誤解しているはず。
あの時の別れ際を思い起こせば、ボクを同じ冒険者の女の子と認識していた。
そしてその認識はボクが女装している事で更に強固になったと思われる。
目立つ恐怖に負けてしまった自分を今更後悔するも時既に遅し。
(彼女に自分は男だと打ち明けなきゃ……)
とは言え中々タイミングを見極められず焦りが増していく。彼女はボクと再会できた事がよほど嬉しいのか、絶え間なく他愛無い世間話に華を咲かせている。
「入会式に出てるって事はイズルさんも新入会員なんですね! ギルドに入る前からあんなに強い何て凄いです! 尊敬しちゃいます!」
「あ、あはは……それ程でも無いかもー……?」
コミュ障に会話のタイミングは計れない……心臓が煩いくらいに跳ねている。
心ここに非ずな相槌を打つボクに対し、彼女は更に言葉を重ねた。
「闘技場の映像見ました! もうビックリしちゃいましたよー! 大会を見てたらあの時私達を助けてくれた人が出てて、しかも優勝してるんですから! 私、改めてイズルさんのファンになっちゃいました!」
「そ、そうなのー? ありがとー……」
「もしよければ写真、一緒に取って貰えませんか? 記念に残したくて……」
「えっ!? 写真……!?」
「ダメですか……?」
憧れの対象を見るようなキラキラした様子から一転、彼女は不安そうな様子でボクに確認する。正直この姿で写真に写りたくはない……しかし彼女の好意を無下に出来る程、ボクは対人メンタルが強くない。
「……分かりました。良いですよ」
「良いんですか!? ありがとうございます! 一生大切にします!」
そう言って彼女は自分のライセンスを取り出しつつボクに体を近づける。
それから彼女は可愛らしくポーズを取って、ボクとツーショットの写真撮影。
勿論ボクにポーズを取る余裕などなく、引き攣った笑顔で体は硬直。
彼女のライセンスにはしっかりとボクの痴態が記録されてしまった……
(迂闊……! これは黒歴史……!! 青春の1ページ……!!)
青春と書いてトラウマと読む。コミュ障ボッチを拗らせた陰キャに取って、学生時代の青春とは黒歴史そのものなのだ……
ボクの痴態を記録に残して満足そうな彼女は、ふと気付いた様子で言う。
「あ! そうだ、私まだ名乗ってませんでしたね! 私の名前は“クレア・フォルテ”って言います! 覚えて貰えたら嬉しいです!」
そう言って可愛らしく笑う明朗快活な少女の姿。
そんなクレアさんの姿を、ボクは瀕死の面持ちで眺めるのだった――