第37話 不穏な香りとビトレイヤーズ
――異世界、首都ラフレシア、喫茶店ベリー。
ローズさんとビヴァリーさんへ紅茶を運んできた店員さんにドリンクの注文。
ボクはここに来る時、いつももふちゃんと一緒にメロンソーダを頼んでいる。
紅茶を優雅に嗜むローズさんと、一気飲みしてしまうビヴァリーさんという対照的な二人。そんな親友の姿を見て、ローズさんは『もっと味わって飲んで欲しいものですわ』と呆れ気味に呟いていた。対してビヴァリーさんは気にした様子も無くどこ吹く風である。
見ていて飽きない二人を眺めつつ、問われたギルド名の由来について考える。
言われてみれば確かに、静寂の歌姫という名前は少し不思議だ。
それに比べて他の大手ギルドの名称はどちらも意図が分かり易い。
勇者旅団はその名の通り勇者を中心として集まったチーム。そして理想郷を目指す者は自分や仲間が理想とする場所に向かって邁進する目的を示したチーム名だと想像できる。しかし静寂の歌姫だけは名前から意図が読めない。
(静寂……歌姫……目的を示した名前っていうより、誰かを称えた名前って感じが近いかも……?)
静寂の歌姫……その名称が誰かを賞賛する物だとすれば、そこから感じるのはやはりヴィターGMの存在だろうか。
そう考えて、漠然としたイメージをローズさんに伝えて見た。
「何となく、キャロル・ヴィターGMを表した名前って感じがしますね。ヴィターGMが居ると辺りが静寂に包まれますし、ヴィターGMの足音だけが響く空間は何だかヴィターGMが歌っているように感じました」
彼女はそこに存在するだけで場の空気を支配してしまう不思議な魅力がある。
加えて、静寂が支配した場に響くのは一定のリズムで刻まれる足音のみ。
別の次元に居るような、そんな浮世離れした魅力を彼女から感じ取った。
――ボクの返答に、ローズさんは両手を合わせ歓喜の表情を見せた。
それはもう綺麗な花が満開に咲き誇るような笑顔と雰囲気。
しかしその空気をビヴァリーさんが打ち消した。
「あーはいはい止め止め。イズルの予想通りでウチのギルドの名前の由来は合ってるから、この話題はこれで終わり」
「ちょっとビディ! どうして止めるの!?」
「GMの事語らせたら止まんないじゃん? 布教活動は別の機会にやってよ。今日、イズルを呼んだ本題は別にあるっしょ?」
「うっ! それは、そうですわね……」
痛いところを突かれたとばかりに意気消沈する迷迭香。
その姿が可哀そうで可愛いと思いつつ、少し確認してみた。
「やっぱりギルド名の由来はヴィターGMなんですね!」
「ええ、その通りです。因みに、名付け親は私です!」
意気消沈していたローズさんは一転、再び咲き誇るように胸を張る。
そんな無邪気な姿を見て、ビヴァリーさんは補足説明してくれた。
「サイレンスディーヴァはさ、元々二つの組織が合併して出来たギルドなんだ。一つは“神静同好会”っていうローズが作った団体で、もう一つはアタシが所属してた“アナザーゲスト”っていう団体なんだよ」
「へぇー。そんな過去があったんですね」
相槌を打つボクに向けてローズさんが得意げに言葉を紡ぐ。
「二つの団体が合併した時に、キャロル様から私が名付けを任されました。名前の由来は先程イズルさんが述べてくれた理由と同じです。……それとイズルさん? 私達とっても仲良くやって行けると思いませんか?」
唐突に彼女からそんな事を言われ、若干圧され気味に肯定する。
「えっ? あ、はい。そうですね……?」
「良かった! ではイズルさん、貴方もキャロル様のファンクラブに――」
そう言うや否や、素早い動きでローズさんは自分のバッグからペンと用紙を取り出してボクの前に差し出した。しかしそれをビヴァリーさんがインターセプトして没収する。その後すかさず会話の話題を切り替えた。
「はいそこまでー。さっさと本題に入るぞー?」
「ぐぬぬ……」
両手を握り、悔しそうにビヴァリーさんを睨んでいる彼女の姿。
第一印象ではもっとお淑やかで、おっとりした人なのかと思っていた。
しかしローズさんと接する内、とても個性的で面白い人なのだと理解した。
そして丁度、注文したメロンソーダが運ばれて来た。
店員さんにお礼を述べてドリンクを受け取り、ストローを咥えて流し込む。
(うーん……美味しい。ここが一番美味しい気がするなー)
とは思うものの、ボクは基本的に人気の無いお店しか入れない。
なので人気の少ないお店で一番、という前提の評価である。
――何て和やかな空気から一転、ビヴァリーさんは真剣な表情でボクに向き直り、ボクをここに呼んだ本題を切り出した。
「今日イズルを呼びだしたのは、ローズの紹介ともう一つ。裏切り者達に対するウチのギルド方針を伝える為なんだ」
真面目な空気に変わり、ローズさんもまた居住まいを正す。
ビトレイヤーズ……ボクもその組織の事はとても気になっていた。
個人的に調べた限りで分かったのは、とにかく危険な存在という事。
魔族と呼ばれている種族の生き残り集団であり、国際指名手配された武装テロ組織。かつてあった戦争、人魔三百年戦争を生き抜いた熟練のメンバーのみで構成された危険思想団体。そしてその構成員は恐らく六名だと推測されている。
悲哀の12月、激情の10月、歓喜の8月、怨嗟の6月、苦痛の4月。
この五名に加えて、彼等が団長と呼ぶ存在を加えた計六名。
しかし未だにその団長と呼ばれる存在を確認できた者はいない。
確認できない以上、本当に実在するのかは定かでは無いという。
ただ、団長と呼ばれている存在の名前だけは判明している。
――裏切り者の2月。
どうして秘匿されている団長の名前だけが知られているのかは分からない。
専門家が推測した記事では、恐らく人類側の混乱を誘う為だとしている。
誰か分からない裏切り者という存在……それを人類側に意識させたいのだ。
その為記事内では、これは離間工作の可能性が高いと結論付けられていた。
――ビヴァリーさんはボクに対し、当ギルドの方針に付いて説明する。
「サイレンスディーヴァはビトレイヤーズに対し、積極的な防衛行動を取る事になった。基本的には国軍や国際連盟と協力して、襲ってくる奴らを逆に討伐する。ソロウが言うには奴らの団長はなぜかイズルにご執心みたいだしな」
ソロウはボクの事を『イレギュラー』と呼んでいた。
その理由には心当たりがある……それは、ボクが“転移者”であるという事実。
もしそれを団長が知っているのなら、ボクに対する執着心も理解できる。
(つまり奴らの団長は、ボクが元いた世界……地球に干渉したがっている可能性が高い。……でもその事実をどう伝える? ビヴァリーさんやローズさんの事は信用している。けど……)
裏切り者達には裏切り者の2月が居る。
それが誰か分からない以上、軽々しく話せる内容ではない。
ボクの身が危険になるのは勿論、話した相手も同じくらい危険に晒される。
その懸念から一歩踏み出せず、現状を確認する為に二人に問いかけた。
「どうして、ビトレイヤーズの団長はボクを狙うんでしょうか……?」
「分からない。だが、奴らがイズルを狙っているのは事実だ。だから、イズルがダンジョンやフィールドに出る場合はアタシかローズに声を掛けて欲しい。これからは単独行動は無しだ。奴らを無力化するまでの間、悪いけど協力して欲しい。こんな囮みたいな真似をさせるのは不本意だけど、現状ではそれしか手が無い」
ビヴァリーさんからの言葉に思案を巡らせる。
もし奴らの拠点が分かるなら、逆に此方から攻められないだろうか?
ボクが何より危惧しているのは、連中は危険思想を持っているという事。
思想という物は、時間を掛けて人々の意識に浸透して行く。
時間が掛かれば掛かる程、感化される人が増えて手に負えなくなる。
気が付いたら周囲に敵対者しかいなくなっていた、では詰んでしまう。
――それをローズさんに問いかけてみる。
「連中のアジトとか分かっていないんでしょうか? 危険なテロ集団を相手にするなら、なるべく早く決着をつけるべきだと思います。奴らの拠点が分かれば国軍や国際連盟の軍事力で……」
「残念ですけど、それは出来ません。理由はビトレイヤーズの拠点が未だに不明だからです。ビトレイヤーズは神出鬼没……潜伏場所は愚か移動手段すら判明していません。本当に、どうやって活動しているかすら分かっていませんもの」
最後にローズさんは『なるべく早く壊滅させたい気持ちは私も同じですわ』と断って、ボクの意見に対し賛成の意を示してくれた。それはビヴァリーさんも同じようで『奴らの根城さえ分かればな……』と悔しそうに呟いていた――