第31話 裏切り者達
――異世界、ライトダンジョン第19層、大森林地帯。
ビヴァリーさんのお陰で窮地を救われ、人型の異形と距離を離せた。
それに加えて、【孤狼閃】の追撃が吹き飛ばされた異形に襲い掛かる。
13の斬撃により土埃が宙を舞い、視界から奴の姿が見えなくなった。
これで倒せるような相手には思えないが……取り合えず時間を稼げた。
奴の蹴りが僅かに頬に当たった所為で少し切れ、血が垂れている。
怪我の程度は軽傷だが、攻撃が当たった事でステルス状態が解けてしまった。
今の内に立て直す為、満身創痍のビヴァリーさんに声を掛ける。
「奴は危険です。戦うべきじゃない……! ここは引きましょう!」
「ああ……賛成だ」
呼吸が乱れ、口数少なく頷く彼女の状態は思わしくない。
ファイティングポーズを取っているものの、右腕が上がり切っていない。
おまけに全身から汗が吹き出し、片目も虚ろになり掛けている。
(ビヴァリーさん程の相手を一撃でここまで追い詰める何て……)
彼女はいつも【炎槍拳】を使用する時は右腕を使う。
しかし先程、彼女は【炎槍拳】を左腕で使用した。
やはり奴から受けた蹴りで、右腕は折れてしまっているのだろう。
――そんな逼迫した状況で、彼女はポツリと呟くようにボクに言う。
「イズル……アタシが時間を稼ぐ。その間に逃げろ」
いつもは強気な彼女らしからぬ発言に、思わず言葉に詰まり絶句した。
奴が危険なのは良く分かる。しかし彼女を置いて逃げる何て有り得ない。
「何言ってるんですか……! 逃げるなら二人一緒です!」
「それは無理だ……奴は、間違いない……武装テロ集団“ビトレイヤーズ”の副団長……“絶望”の“ソロウ・ディッセンバー”だ」
裏切り者達……そして悲哀の12月。残念ながらその名称と名前に聞き覚えはない。しかし武装テロ集団という名称からヤバい組織であるという事はよく分かる。おまけにあの異形は絶望という不吉な異名まで持っている。
(あの強さ、やっぱり異名持ちか……それにしても奴の正体は何なんだ? ビヴァリーさんの口ぶりからしてモンスターでは無さそうだけど、それなら奴は一体何者なんだ……?)
ソロウという名の異形には興味がある。
しかし今それを言っている場合では無い。
今するべきはあの異形から逃げ伸びる事だ。
―—【孤狼閃】の追撃が終わると同時、奴を覆っていた土埃が吹き飛ばされる。
晴れた視界に現れた奴の姿。それは禍々しい赤色のバリアを纏っていた。
胸部がコアを解放するように可動して開き、そこから赤色に輝く駆動部分が見えている。あれは特殊なバリアを張る為の装置だろうか? アレが明滅する度にバリアも揃って明滅している。
(いよいよ持って戦闘用アンドロイドって感じだ……あれを見ればメカニックなアーマーを着込んだだけの人間にはとても思えない。明らかにロボットだ)
あの明滅する赤いバリアに【孤狼閃】の追撃は全て弾かれていた。
奴の体には傷一つ無い。【孤狼閃】は元より、【炎槍拳】ですら無傷……
先程の【炎槍拳】は音速の一撃だった。つまりは単発最高火力に近い一撃。
それを受けて尚、奴は傷一つ付いていない。正真正銘の化け物だ。
――白銀の愛剣を構え、奴の動きに集中する。
(何とかして隙を作らないと……!)
ここから一人で逃げる心算はない。
逃げるなら、是が非でも二人一緒だ……!
そう覚悟を決めて柄を握り締めた時、ビヴァリーさんが奴に問いかけた。
「どうしてアタシ達を狙う? お前たち魔族を滅ぼした人類への復讐か?」
『我々が人類と戦っていたのは使命の為だ。使命が果たされた今、人類相手に戦う意味は無い。俺がここにいるのは、単に団長から受けた任務を遂行する為だ』
「へぇ……だから人類の事は恨んで無いって? 人類と数百年の間戦争して、お前らの同族が数えきれない程死んだってのにか?」
『質問の意図が不明だな。その程度で我々が恨む理由が何処にある? 元より我々は使命を果たす為の駒でしかない。ならば戦いで死ぬのは必然だ』
――その会話を聞いて驚愕した。
二人の口ぶりと様子から察すれば、ソロウ・ディッセンバーは人間でもモンスターでも無く、魔族であるという事実。まさか長年人類と争っていた種族の正体が戦闘用アンドロイドであったとは思いもしなかった。
(魔族の正体はアンドロイド……だから、人間とは根本的に価値観が違う)
今の会話から分かるのは、魔族に言葉は通じても価値観は通じないという事。
魔族特有の価値観は、人類の持つ価値観とはあまりにも違い過ぎる。
続けてビヴァリーさんはソロウに向けて更に問いかける。
「団長……ね? その団長さんは今、何処で何してんだ?」
『答える意味は無い。団長に関する情報は秘匿されている』
「……アンタらの団長は、本当に実在してんのか? ビトレイヤーズが公の場に現れてから、一度も団長は表に姿を現した事が無いんだろ? なら、お前たちが作った虚像じゃないのか?」
『団長に関する情報は秘匿されている』
一辺倒な返答を受けて、ビヴァリーさんは舌打ちする。
これ以上情報を引き出す事は出来ないと見て、彼女は質問を切り替えた。
「じゃあ、最後の問いだ。……アタシらを逃がす心算は無いのか?」
『イレギュラーに用がある。お前には無い。逃げたければ逃げろ』
ソロウのモノアイ、その球状のカメラがボクを見る。
その赤い輝きは、身が竦む程の威圧感と殺意に満ちていた。
(奴の狙いはボクか……それなら――)
続けてビヴァリーさんが何か言葉を発する前に、ボクは彼女の前に歩み出た。
睨み合う二人の間に割って入り、ビヴァリーさんを背に奴と向き合う。
それを見て彼女は、苦渋と悔しさの滲んだ声でボクに問いかけた。
「……何のつもりだよ、イズル……ッ!」
その言葉には答えを返さず、ボクはソロウに提案する。
「貴方の要求に応じます。……だから、ビヴァリーさんの事は見逃して下さい」
「イズル……ッ!!」
今彼女は無理やりにでもボクの前に出たいだろう。
しかしその体はダメージを負い過ぎている。思うように動けていない。
そんな状態で戦えば死は免れない。だから、動けるボクが前に出る。
――ボクの要求に対し、ソロウは迷う事無く快諾の意思を示した。
『良いだろう。交渉は成立だ』
「クソがッ……!! ソロウ・ディッセンバー!! なんでイズルを狙うッ!? お前らの団長は、どうして駆け出しの冒険者なんかに拘んだよッ!?」
『お前には関係の無い事だ』
「ふざけやがって……ッ!! ぐっ……」
興奮した事で痛みが増したのだろう。
彼女を見れば、右腕を抑えて苦痛に耐えていた。
恐らく彼女はヒールポーションを既に飲んでいるはず。そして【リベンジマッチ】のスキル効果で徐々にHPは回復している。しかし折れた骨や筋線維の損傷まで直ぐには治らない。それらが治るには今暫くの時間が掛かる。
――そんな彼女に向けて、ボクは感謝を込めて言葉を送った。
「ビヴァリーさんは気付いていないと思いますが、実はボク、一度貴女に助けられているんです。……なので次は、ボクが貴女を助ける番です」
三カ月ほど前に遭遇したゴブリンの大群。
ボクはそこで彼女に救われている。
だからこれは、その恩返しでもあるのだ。
更に続けて、彼女に向けた言葉を繋ぐ。
「それに忘れたんですか? ボクは貴女に勝ったんですよ?」
だから、と言葉を添えて、彼女へ更なる言葉を紡いだ。
「時間を稼ぐのはボクの役目です。……皆への報告は、お願いします」
不器用な笑顔で言い切るボクに、言葉を失う彼女の姿。
当然死ぬ事への恐怖はある。今にも体が震えて崩れそうだ。
でもここで彼女を見捨てれば、それは一生を蝕む後悔に変わってしまう。
負い目を感じて生きるのはとても辛い。それをボクは良く知っている。
――震える体を押し退けて、ソロウに対して白銀の愛剣を振り向けた。
正眼に構えて相手を見据え、相手の動きに全神経を集中させる。
決意が漲るその姿を見て、ビヴァリーさんも悟ったのだろう。
消え入りそうな声で彼女がポツリと呟いた。
「コミュ障の癖に……臆病な癖に、こんな時だけッ……! 勇気だしてんじゃねぇよ……バカ」
涙が混じる声から届いて来るのはボクを責める声色だった。
しかしそれは自分の不甲斐無さを責める意味合いもあるのだろう。
彼女は身を翻し、ボクに最後の言葉を掛けながら駆け出した。
「応援は必ず呼ぶっ!! 必ず助けるッ!! だから、絶対死ぬなッ!!」
彼女の気持ちに触れて勇気が溢れ、怯える心が奮い立つ。
その想いだけで、絶望に立ち向かうには十分だ……
ビヴァリーさんの遠ざかる足音を聞きながら、目の前の絶望と相対する。
恐らく奴は想像以上に強い……奴が魔族最強だと言われれば納得する程に。
バリアを解除し、両手から再びレーザーブレードを出現させた奴は言う。
『死ぬ覚悟は出来たか? イレギュラー』
「出来てませんよ。でも、貴方を倒す覚悟なら出来ています……!」
ここからは奴と言葉を交わす心算は無い。
元より格上を倒すならそんな余裕は無い。
全身全霊を掛けて挑み勝つしか道は無い。
『良い覚悟だ。恨むなら己の弱さを恨め、イレギュラー』
そうして戦いの火蓋は切って落とされ、お互いの剣が交差した――




