第30話 死線の先に……
――異世界、ライトダンジョン第19層、大森林地帯。
つい先程まで、ここは緑に溢れる自然豊かな森林地帯だった。
しかし今、この場所は溶岩渦巻く地獄の入口と化している。
その理由は勿論、ヴィターGMによる戦術級のスキル攻撃に他ならない。
敵性存在というジョブが放つ【プロメテウス】というスキルは、放射熱に似た特殊なエネルギーを用いた攻撃であり、その特殊熱線に炙られた大地は溶け、溶岩へと変わってしまった。おまけに周辺は蒸発した水分で濃い霧が発生している。
(とんでもないスキルだな……でも、影装騎士とは相性が好いかも)
農霧の所為で辺り一帯が視界不良なエリアと化している。お陰で視界不良を無効化する【刹那の見切り】と、影装騎士の特性が合わさり非常に有利に働いている。
つまりこの状況では相手が視界不良で身動きが取れなくなっている所を一方的に動き回れる。おまけに邪魔な障害物をヴィターGMが薙ぎ払ってくれた為、開けた場所が増え、とても快適な戦闘が行えている。
(ヴィターGM様々だ……たった一手でここまで状況が変わる何て……!)
因みに、影装騎士の特性は相手の死角から攻撃した場合攻撃力が上昇する効果に加えて、暗所で戦闘する場合も攻撃力が上昇する効果を持っている。視界不良のエリアは基本的に暗所として判定される為、これもこの状況では追い風だ。全ての敵を通常攻撃の一撃で葬れる為タイムロスが非常に少ない。
――見渡す限りモンスターが埋め尽くす戦場を閃光のように斬り抜ける。
指揮官個体を優先的に狙って討伐し、より一層の混乱へと落とし込む。
状況を立て直そうと鳴き声を上げ、指揮を執るモンスターに狙いを定める。
残るは突然の変化に対応できず右往左往しながら暴れるモンスターのみ。
「――【天翔閃】——」
モンスターの数を減らす為、CTが開けると同時に範囲攻撃を叩き込む。
一瞬で数百のモンスターが天を舞うも、全体から見れば微々たるもの。
これだけ葬ってもまだ視界を埋め尽くす光景には戦慄を禁じ得ない。
(これでも1万くらいは減ってるはず……とてもそうは思えないけど)
数が規格外過ぎて全く実感が湧かないのが困り所。
しかし此方が優勢である事実に変わり無し。
この調子を維持しようと気持ちを改め、集中する。
――順調に討伐を重ねていると、ビヴァリーさんから声が掛かった。
「イズル! そろそろ小休憩しよう! 次の掃射と同時に一旦引くぞッ!」
「了解ですッ!」
声のする方へ視線を向ければ、そこには獅子奮迅の活躍で敵を葬る彼女の姿。
持ち前の格闘術に加えて【炎弾拳】と【炎槍拳】、おまけに【反逆・灼熱拳】を駆使して大軍を撃ち取る姿は鬼神そのもの。大量のモンスターを討伐し、辺りに魔石と銀色の流体を撒き散らす光景は正に地獄絵図。その様相は宛ら閻魔を彷彿とさせるものだった。
(殲滅速度が凄まじい……でもこの位しないと10万の軍勢は捌き切れないか……)
ビヴァリーさんの指示に従い、彼女と共に一度最前線から撤退する。
時を同じくして、再びエントリーゲートの上空で輝く蒼炎の光。
撤退が完了した頃に、再度大群に向けて放たれるのは死線の光。
(よし! 今のところ順調だ。これで大分余裕が出来て――)
――そう考えた次の瞬間、背後から背筋が凍る程の殺意を感じ取った。
「――【天啓陣】——ッ!!」
無我夢中で防御スキルを発動し、P効果を付与した白銀の愛剣を振り向ける。
殺意を感じた方向に振り向く瞬間、視線の先で赤く瞬くのは禍々しい死の光。
遥か彼方にあるそれは、ボクに向けて一直線に放たれた。
「ぐうっッ!!」
「――ッ!? イズルッッッ!!!」
容赦の無い殺意を帯びた一筋の光線を、紙一重で斬り払う。
防御スキルを使わなければ、P効果が無ければ明らかに即死だった……
突然の奇襲に鼓動が乱れる。呼吸は荒く不規則に、冷や汗が滴り落ちる。
そんなボクを心配し、ビヴァリーさんは射線を塞ぐように立ち塞がった。
「無事かッ!? イズル!!」
「は、はい……何とか」
幸いにも怪我は無い。ビヴァリーさんが割って入ってくれたお陰か、次の攻撃が来る気配はない。……一瞬、あの攻撃は【プロメテウス】なのかと考えた。しかしそれとは似ているが光線の色が違う。それに全く別の方向から飛んできた。
では一体あの光は何なのか? そう疑問を浮かべた刹那――
――ビヴァリーさんの目前に、人型の異形が何の前触れも無く現れた。
「なッ!?」
それは一瞬。ボクの目でも負えない程の回し蹴りが彼女の脇腹に襲い掛かる。
それをほぼ条件反射的に、彼女は右腕でガードする。
しかしその回し蹴りは尋常ならざる速度と重さ。
到底人の体で耐えられるものでは無かった……
「がッ――!!?」
短い悲鳴と苦痛に耐える苦渋の横顔を見せた彼女は、目にも留まらぬ速度で蹴り飛ばされた。蹴りを防いだ彼女の右腕から聞こえたのは、何かが折れるような不快音……明らかに骨が折れたと感じる音だった。
吹き飛ばされた彼女は、木々を薙ぎ倒しながら雑木林の中に姿を消した。
そしてボクの目前に残されたのは“メカニックなフォルム”を持つ人型の異形。
その見た目はまるで、SFに出て来る人型ロボットその物だった……
「戦闘用、アンドロイド……!?」
その異様な外見に驚愕し、思わず呟く。
すると、そのメカニックな異形が声を発した。
『……なるほど。お前もキャロル・ヴィターと同じイレギュラーか』
スピーカー越しに聞こえて来る肉声と機械音声が混ざったような異色の声色。
頭部に見えるモノアイが赤色に輝き、その身体からは機械仕掛けの駆動音。
明らかに、目の前の異形だけこの世界とは文明レベルが異なっている。
(この世界で文明レベルが異なるとすれば、それはマザーとファザーに関係してるか、ダンジョン関連の存在だ……! つまりこいつは、モンスター……!?)
しかしモンスターと言うには余りにも異質過ぎる。
どちらかと言えばモンスターよりも機動兵器と言った方が正しい。
妖精さんの技術であれば高度な機械兵器を作れるかもしれない。
しかし妖精族がこんな事をする意味も無ければ理由も無い。
何より、こんな事を妖精さん達が望んでいるとは到底思えない。
(それに、どうしてヴィターGMの名前が出て来るんだ……!?)
奴は明らかに今、ヴィターGMのフルネームを口にした。
おまけにイレギュラーという謎の単語も述べている。
目を見開き、滴る嫌な汗と共に思考がフル回転で脳内を駆け巡る。
この状況を乗り切る為に、そして謎に対する答えを見つける為に……
――しかしこちらの困惑などお構いなしに、異形はボクに敵意を見せた。
『悪いがこれも任務だ。死にたくないなら抵抗しろ、イレギュラー』
言うや否や、目前の異形はその両手からレーザーを放出させる。
そしてそれはレーザーブレードの形を保ち、飽くなき殺意を顕現させた。
わざわざ忠告されるまでも無い。ここで死ぬ心算など毛頭ないのだ。
(来る―—!!)
攻撃の予兆を察知して、先手を打つべく先に此方から攻撃を仕掛ける。
「――【孤狼閃】——!!」
今できる限界まで振り絞る、最高速度で繰り出す13もの連続剣戟。
彼我の距離を一歩で詰め寄り、残像さえも追いつけない白銀の軌跡。
(奴の正体も能力も分からない――!! なら、初見殺しで押し切るッ!!)
恐らくお互いに相手の手の内を把握できていないはず。
RoFには戦闘用アンドロイド何て存在しなかった。なのでボクには目の前の異形がどう出て来るのか予測が付かない。しかしそれは奴も同じ。影装騎士はオリジンではまだ開拓されていないジョブである為、奴もボクの出方が分からないだろう。ならばここは先手必勝。初見殺しを押し付けて勝つのが最適解。
例え【孤狼閃】を凌がれたとしても、スキル効果でステルス状態から意表を突いて奇襲を仕掛ける。ビヴァリーさんを一撃で退けた相手だ……油断はしない。
――対する異形は慌てる素振り一つ見せず、ボクの剣閃に対応する。
激しく火花を散らし、お互いの剣が交差する。
打ち合う白銀と赤熱。奴の熱剣から放出されているのは不可解な反発力。
お互いの剣が近付き触れる度に、謎の力で押し返される。
それはまるで強力に反発する磁石のように、お互いの剣を弾き合う。
(くっ――!! 凌がれるッ! 有り得ないくらいの対応力……強いッ!!)
此方の太刀筋を見切り正確に合わせるその技量は驚異の一言。
やはりアンドロイドである為か。凡そ人間に出来る芸当を超えている。
じりじりと死の恐怖がにじり寄る。しかしまだ此方の攻撃は終わっていない。
――剣戟が終わりを迎え、間髪入れずに次なる一手を狙って動く。
ステルス状態を利用して相手の後ろに回り込む。
相手に考える時間は与えない。
可能な限り一瞬で終わらせる。
そうでなければボクの負けだ。
(相手は明らかに格上。なら完璧に対応されるまでが勝——)
そう考えた瞬く間。奴の驚異的な速度の蹴りがボクの頭部を捉える。
此方はステルス状態。だと言うのに奴にはボクの姿が見えていた。
――瞠目するボクの視界に死線が広がる。
完全に意表を突かれたのはボクの方。
ビヴァリーさんが受けた蹴り。その光景が鮮明に脳裏を過ぎる。
今は10秒のCT中。故に防御スキルは使えない……
(ダメだ……躱せな――)
やけにスローモーションで動く全ての世界が色褪せた―—その時。
「【ソニックムーブ】——【炎槍拳】ッッッ!!!」
音速の壁を突き破る炎と拳。それが異形の脇腹を抉るように撃ち込まれた。
奴の意表を突いた見事な一撃。それは零距離で放たれる反逆の杭打ち。
黒獅子の咆哮と共に異形は吹き飛ばされ、その蹴りはボクの頬を掠り遠ざかる。
死線が消え視界は色を取り戻し、頼もしい味方の援護に救われた。
「ビヴァリーさんっ!! やっぱり無事だったんですねっ!!」
「はッ……この程度で、くたばるかっての……!」
しかし彼女の姿は満身創痍。それは奴の強さを物語っていた――