第3話 異世界転移
――???
心地良い風が頬を撫でる。
暖かな光を瞼に感じ、朧げな意識が徐々に覚醒して行く。
日差しに片手を翳して瞳を開ければ、そこには広がる青い空。
「……あれ? 何で外に……?」
予想外の事態に困惑し、独り呟く。
ボクはついさっきまで、自室でRoFにダイブしていたはず。
(……そうだ。変なメールが送られてきて、それでバグが起きて、なぜか突然意識を失って……あれは何だったんだろう?)
突然ノイズが走り、もふちゃんがフリーズして、意識を失うという不具合。
明確な異常事態だ。恐らくRoFだけでなくVR機器にも何らかの異常がある。
RoFの運営のみならず、VR機器のメーカーにも報告した方が良さそうだ。
――そう思い起き上がると、そこは見た事も無い花園だった。
「えっ!? どこだ……ここ……?」
見知らぬ花園の中心で眠っていた様子。有り得ない事態に心が戸惑う。
外に出た記憶は無いし、ここが日本の何処なのかも分からない。
立ち上がって辺りを見回しても、見覚えの無い自然が広がるだけ。
(人気も無いし、標識も無いか……ん?)
何か目星の付くものは無いかと見渡した時、ふとボクの両手に見覚えのある黒い手袋が着けられているのが視界に入った。
(あれ? これってRoFで愛用してるボクの装備、だよね……?)
視点を下げれば、そこには手袋のみならず、ボクの全身がRoFで愛用していた装備品に包まれていた。腰には愛剣である白銀のロングソードまで帯剣している。
(どうなってるんだ……?)
見回した時に見つけた小さな泉。
そこで自分の姿を確認しようと近寄って、水面に己の姿を映し出す。
背中と袖、それからフードの縁に銀細工の刺繍が入った黒いローブ。
ローブの下の服装は、動き易さを重視した上着にハーフパンツ。
靴は柔軟性と耐久性を兼ねた厚底のブーツ。そして脚には黒いハイソックス。
おまけに右耳には太陽、左耳には月をモチーフにしたイヤリング。
イヤリング以外どれも黒色を基調とし、所々に銀細工が刺繍されている。
因みにローブの背中にある銀細工は、片翼が炎のカラスを模している。
(どれもRoFで使用していた装備品……でもそれよりおかしいのが――)
自分の容姿だ。触って確認して見るも、その感触から本物だと確信する。
水面に映る自分の髪……のみならず、全ての毛色が白金に変化していた。
ついでに目の色もおかしい。光の加減で色が変わる、青緑に成っていた。
(髪色と髪形、そして目の色はゲーム内で使用していたアバターと同じ。でも、外見や容姿は本来のボクのままだ……)
セミロングでプリンセスカットの髪形に、良く女の子に間違われる顔立ち。
小柄でスリムな体躯に加え、中性的な服装も相まって完全に少女である。
現状から察するに、恐らくボクの外見的な変化はアバターが関係している。
(RoFのアバターは中性的な美少女にしていた……だからボクの容姿がアバターの影響を受けて変化したのか……? もしかして、まだゲームの中にいる? 何かのバグでアバターが正常に反映されなくなったのかも)
一瞬、その非現実的な光景を前にしてまだダイブ中なのかと疑った。しかしボクの視界にはホログラムのインフォメーション表示は勿論、ログインやログアウトを行うインターフェース画面も映っていない。
(どうみても現実……だよね?)
コスプレイヤーでは無いのでゲームと同じ衣装や道具は持っていない。
それに全身から伝わって来る装備の重さは、どう考えても玩具とは思えない。
一度、鞘から長剣を引き抜いてそれが本物かどうか確認する。
(長剣の割には意外と軽いし、片手で持っても全然重くない……偽物?)
実際の剣はもっと重量感を感じると想像していたので疑問に思う。
刃の部分を凝視して偽物なのではと疑っていると、目の前に木の葉がひらり。
宙を舞う木の葉が白銀の長剣の刃に触れた時、木の葉が二つに裂けた……
「これ本物じゃん!? ど、どどどどうしよう……」
動かしていないにも関わらず、木の葉が刃に触れただけで切り裂かれた。
日差しを反射し白銀に輝く長剣。この切れ味から見て間違い無く本物だろう。
――思いもよらない事態に動揺していると、聞きなれた声音が耳に届いた。
「マスターっ! 目が覚めたのだー!」
声のする方へ振り返ると、そこには犬耳と尻尾を生やした白い妖精。
透明なシャボン玉に包まれて、ふわふわと空中を浮遊している。
その信じられない光景に驚き、ボクは納剣し声を上げて駆け寄った。
「うそっ!? もふちゃん!?」
「うむっ! われなのだー」
妖精さん達は皆、外を移動する際にシャボン玉を発生させて、それに包まれて移動する。見た目通り妖精さんの身体能力は低いので、妖精さん達は魔法のような科学の力を利用して身の回りの事を補っているのだ。
浮遊しているもふちゃんを受け止めるように両手を差し出す。
するともふちゃんはシャボン玉を弾けさせて、ボクの両手に飛び乗った。
両手から伝わるこの感触……確かにもふちゃんその物である。
「もふちゃんは実在する生き物だった……? いや、もしかしてボクはまだゲームの中にいる……? それともこれは夢……?」
「聞いてねっ! これはゲームじゃなくて、夢でもないのだっ」
「じゃあ、もふちゃんは実在するの……?」
「うむー。この世界では、実在してるのだっ」
衝撃の事実を聞かされて更なる困惑がボクを襲う。
困惑するボクをひとまずスルーし、もふちゃんは更に言葉を紡ぐ。
「われもマスターも、違う世界に飛ばされちゃったのだっ」
「は、ははは……何言ってるのもふちゃん。そんな事ある訳――」
「嘘じゃないのだっ。向こうの丘から、景色を見てねっ!」
引き攣った苦笑いで否定しようとしたボクを、もふちゃんが引き留める。
真剣な表情のもふちゃんに圧されて、言われるがまま恐る恐る丘に近付いた。
――そしてこの目に映ったのは、明らかに地球の物では無い光景だった。
地上に広がるのは大規模な都。その上空を多様な飛空船が飛び交う光景。
遠目からでも分かる程、都の至る所に聳え立つ巨大な鉄塔。
雲より上、そこに浮かぶのは人工的でメカニックな見た目の大きな浮島。
そのどれもに見覚えがある。
なぜならその全て、全く同じ物がRoad of Fantasyの世界に存在していたから。
そして眼下に広がる大規模な都市の名前は――
「華の都“ラフレシア”……“中立国家アヴァロン”の首都……」
都市の外観から見て間違いない。VR世界で何度も見た場所がそこにあった。
まだ信じられない気持ちはある。しかし疑いようのない証拠が既に出ている。
それは、VRの世界には視覚と聴覚、そして触覚しか存在しないという事実。
今のボクは五感全てを感じ取れている。
それが何より、この世界が現実の物であると物語っていた。
信じられない現実を受け入れたボクへ、もふちゃんは言葉を紡ぐ。
「多分ね、われとマスターはRoFと同じ別世界に、来ちゃったのだっ」
「何がどうなってここに来ちゃったんだろうね……?」
「分からないのだっ。でもね、われらはマスターの味方なので、安心してねっ」
そう言ってもふちゃんはボクに身を寄せる。
両腕で抱えたもふちゃんの暖かさに、動揺していた心が落ち着く。
もふちゃんのお陰で独りじゃないと思える。それが何よりも嬉しかった。
(……分からない事だらけだけど、まずは首都を目指して行動しよう)
このままここに居ても始まらない。
まずは現状を把握する為に、もふちゃんと出発の準備を始めるのだった――