第26話 親友を想う黒い獅子
――異世界、ライトダンジョン第19層、エントリーゲート。
ダンジョンの各階層にも当然、エントリーゲートがある。
モンスターの侵入を防ぐここは冒険者達にとってのセーフティーゾーン。
簡易的なベースキャンプが設営され、防衛依頼を受けた冒険者達がいる。
各階層のエントリーゲートには防衛戦力が常駐している為、基本的に安全だ。
モンスターとの戦闘で危険に陥った場合は、セーフティーゾーンであるエントリーゲートまで撤退するのが定石。ダンジョンでは稀にモンスターの大量発生という異常事態が起こる為、その時はエントリーゲートから緊急招集命令が発令され、急行可能な冒険者は防衛に参加する事になる。
――無事に転移を終えたボク達は、19層内を探索する為移動した。
大地に生い茂る未知の植物。地下だというのに青い空。
空に浮かぶ雲も太陽も、ホログラムのように瞳に映る。
何処からともなく聞こえる音は、モンスターの鳴き声と戦闘音。
神秘的な大森林が視界に広がる、広大な緑溢れる造られた自然の姿。
(……RoFと同じだ。不思議と懐かしい感じがする)
オリジンに飛ばされてから早数カ月。
地球に居た時の記憶が遥か昔の事のように感じてしまう。
それだけこの世界に馴染んだ、という事なのだろうか。
感慨に耽るボクをビヴァリーさんは先導し、大自然の獣道を突き進む。
暫く歩くと彼女はふと立ち止まり、周囲を見回しながら呟いた。
「この辺りが良さげだな。割と開けてるし、モンスターと戦闘するには障害物も少ないし、丁度良い」
そう言って彼女は自分のライセンスを取り出し、“レーダー”アプリを起動させた。ライセンスにはレーダー機能もあり、範囲内のモンスターや人間の位置を確認できる。それを用いて冒険者達は索敵を行うのだ。
レーダーで周囲を確認した後、ボクにここで待つよう彼女は言う。
「じゃあ、アタシは適当なモンスターを釣ってくるから、ここで待機ね」
「分かりました。お願いします」
基本的にパーティーで戦闘する時はまず戦闘に適した場所を見つけて、そこまでタンク役のメンバーがモンスターを釣り出し誘導する。その後、パーティーメンバーと連携してモンスターを殲滅するのだ。
(頭では分かってるけど、初めてだし上手く出来るかちょっと不安……)
ソロプレイ専門だったボクにはパーティーでの戦闘経験が無い。
知識はあるものの、経験が無い為上手く立ち回れるかは未知数である。
何気にタンク役のメンバーにモンスターを釣り出して貰うのも初めてだ。
(落ち着いて深呼吸……ここはDランク帯。天敵はいないし大丈夫)
影装騎士の天敵は機動力を奪ってくるタイプのモンスター。
ここDランク帯にはそれに該当するモンスターは居ないので心配無い。
――そんな風に心を落ち着けていると、程なくして彼女が帰って来た。
「最初は様子見で1匹な。じゃ、後は任せる」
そういって彼女は身軽な動きで攻撃を躱し、ボクの後ろに移動する。
彼女が連れて来たのは1匹のオーク。ボロ切れを纏った巨体に豚面の魔物。
「フゴォ!! フガァァァ……!!」
オークは不快な鳴き声を響かせて、こん棒を威嚇するように振り回す。
その動きは極めて緩慢。特殊な攻撃はしてこない。なので倒すのは簡単だ。
自分の実力を試す為に、まずは通常攻撃で撃破を狙う。
――音も無く一陣の風となり斬り抜ける。
「シッ……!」
鋭く短い息を吐き、オークの脇を斬り抜けた時、オークの首が転がった。
抵抗は愚か目で追う事すら叶わず、オークは銀色の流体となって消え去った。
残心と共に愛剣を収めるボクを見て、ビヴァリーさんは言う。
「心構えは十分だな。次は他の種類も混ぜて連れて来るけど大丈夫そ?」
「はい。疲れも無いので大丈夫です。お願いします!」
ダンジョンでの初戦闘は無事勝利。この調子で次に進もう。
フィールドでゴブリンと戦った時に感じた抵抗感はもう感じない。
時間を置いた事で、自然と心の整理が付いたのだろう。
(これならダンジョンでの戦闘も問題なさそう。後はパーティーでの動きを練習できれば言う事ないな……)
再びモンスターを釣り出してきてくれたビヴァリーさんを確認。
今度はオークが3体にトレントが2体ついて来た様子。
それを見て気合を入れ直し、再度モンスターを殲滅する為抜剣した――
▼ ▼ ▼
――異世界、ライトダンジョン第19層、大森林地帯。
あれから何度か戦闘し、今はビヴァリーさんと2人で小休止。
近場に丁度良い大樹があった為、根元の木陰で休憩中。
隣り合って木陰に腰を下ろす空間に、流れる空気が何だか心地良い。
隣を見れば片膝を立てて座るイケメンな彼女の姿。
(スタイルが好いから映えるなー……羨ましい……)
枝葉の木漏れ日から光を浴びて、綺麗な金髪を輝かせる姿が美しい。
小柄なボクには彼女のようなカッコ良さは似合わない。
そんなイケメン美人に見惚れてしまい、何となく膝を抱えて縮こまる。
(あ、これ美味しい。甘さ控えめのスポドリみたいな味がする)
良い機会なので休憩中にインベントリにある飲料系の回復アイテムを使用して見た。“ヒールポーション”という回復アイテムで、怪我をした時や体力を消耗した時に飲用すると怪我や疲労が回復する優れモノだ。
乾いた喉が潤い、戦闘での疲労が溶けて行く。
怪我はしていないが、その効果を肌身に感じる。
ヒールポーションを飲み終えたボクを見て、彼女は口を開いた。
「どう? ダンジョンでの戦闘は」
「今のところ問題無いですね。ただ、敵が弱すぎて連携がイマイチ……」
「だよなー。お互いDランク帯じゃオーバースペック過ぎて、手加減しても真面な戦闘にならないし……どうすっかな」
Dランク帯のモンスターなら種類を問わず、ボクもビヴァリーさんもスキルは愚か通常攻撃で一撃だ。その所為で連携を取る前に戦闘が終わってしまい、碌にパーティーでの立ち回りを練習できていない。
少し考え込んでいた彼女はポツリと呟く。
「こうなると、アタシより“ローズ”の方が適任だったな」
「ローズさん、ですか……?」
「そ。イズルは聞いた事ない? “絢爛舞踏”の“ローズマリー・シュガー”」
その名前は聞いた事がある。
確か、静寂の歌姫に所属するSランク冒険者だったはず……
名前だけは聞いた事があると伝えると、彼女は少し語ってくれた。
「静寂の歌姫には六人のSMがいて、その内の一人だよ。ローズとアタシは同期でさ、学生時代からの腐れ縁なんだ」
「へぇー。どんな人なんですか?」
「長い銀髪の女の人で、見た目はいかにもお嬢様って感じだよ。昔は大分尖った性格してたけど、今はかなり丸くなったな。あと、めっちゃ器用。ジョブも汎用戦士だからどんな相手ともパーティー組めるし、人を育てるのがめちゃくちゃ上手い」
友人を思い浮かべ、嬉しそうな様子で語る彼女の姿が微笑ましい。
それだけ仲の良い関係という事なのだろう。彼女は更に言葉を紡ぐ。
「あ、それと、昔からローズはウチのGMに心酔してるから、間違ってもローズの前でGMの悪口は言わないようにな? ガチで性格豹変するから」
「あっ、はい……」
その一言でローズマリーさんという人物の人柄が何となく分かった気がする。
ボクもついさっきヴィターGMを見て魅入られそうになった。
あんなカリスマ性の高い人の近くにいれば心酔するのも頷ける。
何て他愛無い会話に華を咲かせていた時、後ろから物音が聞こえて来た――