第25話 仮想みたいな現実世界
――異世界、ライトダンジョン第1層、市街地、エントリーゲート。
ビヴァリーさんからの申請を承諾。
すると自分の画面にボクと彼女の名前が表示された。
何気にこれがボクに取って初めてのパーティー編成である。
(試験的な編成とは言え、パーティーを組める日が来る何て……)
内心で密かに、念願叶った感動に打ち震える。
涙が溢れそうになる目元をグっと堪え、何とか平静さを保つ。
そんなボクの胸中などつゆ知らず、ビヴァリーさんはボクに言う。
「これでパーティー登録完了。因みにパーティー登録できる最大人数は3人までな? そんでパーティー登録されてると、パーティーメンバーが使用したスキルによる攻撃とデバフの効果を受けなくなるから、それも覚えといて」
1パーティーの上限が3人なのはRoFも同じだ。そしてゲームの世界と同じように、現実の世界でも味方に攻撃やデバフが当たらないようにできるのはとても便利でありがたい。しかしそう思うと同時に疑問も湧く。
「バフや回復系のスキルは効くんですよね? ……どうして攻撃系のスキルとデバフだけ効かなくなるんでしょうか?」
ライセンスを使用してパーティー登録しただけで味方の攻撃を無効化できるのは、スキルシステムもライセンス同様、妖精さんが持つ魔法のような科学技術で出来ている為なのだろうかと考える。
「アタシも詳しい事は分かんないけど、ライセンスもスキルも妖精の技術で出来てるらしいから。そういう事も可能なんだと思うよ?」
マザーやファザーが持つ魔法のような科学技術は未知の領域だ。
妖精さん達も利用するその技術に、人類はまだ到達できていない。
人類がこの技術を全て理解するには、途方も無い時間が必要になる。
――という訳で、ビヴァリーさんは踵を返して歩き出す。
「ベイルロンドの案内ついでに、イズルのチェーン買おうよ。イズルの戦闘スタイルなら多分必須だと思うし、それ買ってからでも時間はあるからさ」
気軽な感じでボクを誘う彼女の姿。
その隣に小走りで追い付いて、ありがたい申し出にお礼を述べた。
「良いんですか? ありがとうございます!」
「プレゼントしようか?」
「えっ!? いや、その……じ、自分で買います」
「なんだよー? 照れてんのかー?」
「て、照れてませんよっ!? 悪いかなって思っただけで……」
「何か反応が童貞っぽいぞー?」
「ど、どどどどど童貞じゃありませんけどっ!?!?!?」
「それは童貞の反応なんよ」
悪戯っぽい笑顔でボクを揶揄って遊ぶ彼女に翻弄される。
コミュ障な上にボッチだったボクに上手い返しが出来るはずも無く……
なされるがままに自分の頬を、彼女の人差し指で弄られる。
「なんでボクの頬を弄るんですか……」
「リアクションが可愛いから」
それ以外で構う理由ある? と言わんばかりに笑顔で弄る彼女の姿。
それは正に魔性の小悪魔。童貞の純情を弄ぶ罪深い美女である。
(ぐぬぬ……好き放題弄んで……いつか必ずやり返してやる)
何て出来もしない復讐を心に誓い、胸の前で両手を握って心を静める。
今は彼女の頬を弄り返す自分を妄想して憂さを晴らそう……
ボッチな上に陰キャであればこの程度の妄想など造作も無い。
『うりうりっ! 童貞に頬を弄られる気分はどうですかー? 悔しいですかー?』
『うぐぐぐ……童貞のクセに……!』
なんて内心アホな妄想に浸りつつ、相変わらず好き放題彼女に頬を撫で回されていると、不思議と緊張が解けていた。ボクが緊張している事を見越して彼女なりのコミュニケーションで配慮してくれたのかもしれない。
(やっぱり、ビヴァリーさんって良い人なんだなー。……戦闘中は鬼だけど)
もっと怖い人だと思っていたが、それはボクの勘違いだった模様。不思議と波長が合うのか、こうしているのも意外と悪くないと思える。そんな和気藹々とした雰囲気で二人、商店街を歩きながら目的地へ向かうのだった――
▼ ▼ ▼
――異世界、ライトダンジョン第1層、市街地、エントリーゲート。
買い物を済ませて再びエントリーゲートに戻って来た。
ボクが購入したのはビヴァリーさんと同じチェーン。おすすめされた事と、Sランク冒険者が愛用しているというお墨付きが購入の決め手になった。決してお揃いにしたかった訳では無い。飽くまで性能で選んだのだ。飽くまで……
「お揃いにしたい何てさ、イズルはホント素直で可愛いよな」
「っ!? 評判と性能で選んだんです! おs、お揃いとかじゃなく――」
「イズルのそういう分かり易いとこ好き」
「ふぁっ!? す、好きっ!?!?」
「あはははっ! 照れてるー! かわいーい」
先程からペースを乱されっぱなしである。
こんなギャルゲーみたいな展開に耐性は愚か経験何てある訳も無く。
魔法使いになるべく童貞街道をひた走って来たボクには刺激が強すぎる。
(落ち着け……落ち着け……これは美人局みたいなものなんだ……気付いたらお金を巻き上げられていて、いつの間にか連絡が取れなくなって居なくなるんだ……ボクは非モテだから詳しいんだ……!)
という美人に対する間違った認識で心を落ち着かせつつ、冷静さを取り戻す。
テンパるとアホになってしまう自分の残念な頭が恨めしい。
仕切り直すように咳払いを一つして、彼女に問いかけた。
「こほん……そんな事より、これから試験を兼ねて第2層に向かうんですよね? 今日は2層に降りて戦闘と探索をするだけですか?」
「それなんだけどさ、イズルさえ良ければ2層以外でも良いよ? イズルはかなり強いし。実力的にはSランクでもおかしくないと思うから、20層までなら行っていいってGMから許可は貰ってるんだよね」
「そうでしたか。……それなら、まずは19層に行ってみたいですね」
「19層……? その理由は?」
「まずは19層で腕試しをして、それから時間的に余裕がありそうなら20層のボスにも挑戦してみたいなって……」
このダンジョンもRoFと同様、10層毎にボスが配置されている。
事前に調べた限りではモンスターやボスの配置はRoFと同じだった。
と言っても現状では80層までの情報しか出ていないので、その先は未知数だ。
内訳としては2~9層までに出現するモンスターはゴブリン、コボルト、オーク、そして10層のボスがジャイアントオーク。11~19層はそれらのモンスターに加えてトレントとマンイーターが増える。因みに20層に居るのはバーサークオーガという名前のボスモンスターである。
ボクからの提案に、ビヴァリーさんは少し考える素振りを見せてから頷いた。
「分かった、良いよ。それで行こう」
そう言って彼女はライセンスを取り出し、起動しながら続けて説明する。
「段取りとしては、最初に19層で探索しつつ適当なモンスターと戦闘して、そんで余裕がありそうなら20層のボスもサクッとやっちゃおうぜ」
「了解です! ちょっと緊張しますね……!」
「アタシに勝てるんなら、Dランク帯のモンスター何て余裕だよ。ボス含め、どのモンスターも動きは遅いし知能も低い。ジョブ的に油断は禁物だろうけど、油断さえしなければ初めてでも勝てるよ。アタシもフォローするし」
ビヴァリーさんが居れば確かに安心だろう。
経験豊富なSランクである彼女がこのランク帯でやられる姿は想像できない。
この世界では初のダンジョンなので、ありがたく甘えさせて貰おう。
ボクが『ありがとうございます』と頷くと、続けて彼女はボクに指示を出す。
「じゃあ、次に“スキル”って書いてあるアプリを起動して」
「スキルですね……おぉ! 全種類のスキルアイコンが表示されてる!」
ライセンスからスキル画面を開くと、そこには習得しているスキルの一覧が。
スキル画面を見つめるボクを確認して、彼女は説明する。
「スキルを使用するとそのアイコンに効果時間が表示されるから、効果時間の残り時間が確認できる。そんでスキル毎にアラーム音を設定できるから、スキル毎にアラーム音を変えるといいよ。アラームが必要無いスキルは設定しなくていいし」
戦闘中だとライセンス画面を一々確認している余裕は無い。
おまけに一律10秒のCTはともかく、一律ではない効果時間は把握に困る。
なのでアラーム音でどのスキルの効果時間が切れたのかを判別するのだろう。
RoFでは視界内にスキルアイコンが表示されていたので困らなかった。
しかし現実では見えないので、この仕様はとてもありがたい。
――彼女に言われた通り、必要なスキルにアラーム音を設定して行く。
(影装騎士の場合だと、補助スキルを除いて後はいらないかな)
影装騎士の攻撃と防御スキルは殆ど使い切りのスキルばかり。
という訳で補助スキルにそれぞれ別のアラーム音を設定する。
アラーム音を確認して覚えながら、全ての設定が完了した。
するとそれを見守っていたビヴァリーさんから声を掛けられる。
「よし、終わったみたいだな? 次は戦闘前に必要なスキルを発動しようぜ」
「了解です!」
元気よく返事して、彼女と共に予め発動して置くスキルを発動させる。
炎装拳士は【リベンジマッチ】【ヘイトボルテージ】【煙熱装甲】【精神装甲】【炸裂装甲】に加え、最後に【紅の誓い】だ。対人戦とは違い、今回ビヴァリーさんはタンクとして動く為、【ヘイトボルテージ】を発動している。
【ヘイトボルテージ】というスキルはタンクジョブが習得する基本的な補助スキルで、モンスターに攻撃するとモンスターから狙われ易くなる効果を持ったスキルだ。モンスターからのヘイトを自分に集めて仲間を守る際に用いられる。
影装騎士は【黒い鳥】【韋駄天】【紅の誓い】【刹那の見切り】の四種類。
お互いに発動確認が終わり、いよいよ転移魔法陣から19層へ飛ぶのだった――