第23話 奸雄との邂逅
――異世界、静寂の歌姫、ギルド本社。
黒い手袋を両手に嵌める、清楚な衣服に身を包んだ淑女に心を奪われていた。
片手をスカートのポケットに仕舞い、悠然と佇むその姿。
声を発する事など出来ず、呼吸さえ忘れてしまう程に飲み込まれる。
それはこの場にいる全ての人を魅了し、皆彼女を見て時を止めていた。
「……もしかしてあの人……いえ、あのお方は……!」
「キャロル様……!? こんなに近くで見れる何て……!」
「本物……!? 本物の、キャロル・ヴィターGM……!?」
「何て存在感だ……これが“支配者”の異名持ちか……!」
先程まで喧騒に包まれていたロビーは一瞬で静まり返り、細やかな騒めきに包まれる。ただこの場に現れただけで、この場の空気を掌握し静寂で辺りを満たしてしまった。これが異名を持つGMの実力なのかと息を呑む。
壊れた人形のように硬直したボクに対し、彼女は再び言葉を紡いだ。
「君の冒険者ライセンスは無事に完成したよ。確認して貰えるかな?」
そう言ってポケットから取り出したライセンスをボクに差し出す。
そこで漸く呆然自失としていた自我を取り戻し、跳ねるように立ち上がった。
異様な空気の中、あまりに彼女が自然に振舞うものだから麻痺してしまう。
「あ、あああアリがトウ↑ございます……! わ、わざわざGM自ら――」
ライセンスを両手で受け取り、ぎこちない動きと言葉でお礼を告げる。
しかしそんなボクの事はお構いなしに、彼女はもふちゃんに話し掛けた。
「バイタルに異常は?」
「ないのだっ」
「神経系統に障害は?」
「今のところ、ないのだっ」
「幻覚を見たり、悪夢にうなされている様子は?」
「それも、ないのだっ」
「経過は順調だな……第二段階はクリアか」
何でもない事のような自然さで『流石はルイス博士だね』と、彼女はポツリと呟きながら、自身の左腕に着けた腕時計で時刻を確認する。
(えっと……今のは、どういう会話……???)
いきなりもふちゃんとキャロル・ヴィターGMが親し気に話し始めた。
その会話に全く付いて行けないボクは困惑する事しきりである。
当のもふちゃんはと言えば、特に気にした様子も見せていない。
おまけに、彼女から最初に話し掛けられた時『こうして会うのは初めて』という何だか違和感を覚える言葉を耳にした。当然ながらボクはキャロル・ヴィターGMとは初対面である。過去に会っているような事はないはず……
――不思議に思いもふちゃんをただ眺めていると、キャロル・ヴィターGMが二度、左手の中指と親指を合わせて弾くように指を鳴らした。
その音で、思考の海に沈みかけていたボクは我に返る。
それを確認して、彼女は優しく諭すようにボクを窘めた。
「君も私も、時間は等しく有限だ。出来れば効率的に使って貰えると嬉しい」
「は、はい!! すみません、ボーとしてしまって……気を付けます」
「ありがとう。それではギルド内を案内するよ。君の記憶では、ここに来たのは初めてだろう? 案内ついでにライセンスの使い方についても説明するよ」
「あ、ありがとうございます……?」
大手ギルドのGMがそこまでするのかと疑問に思う。
しかしそれ以上に何か、彼女の言葉には含みがあり、気に掛かる。
そんな些細な違和感に頭を悩ませた直後、彼女が踵を返して歩き出す。
慌てて彼女の後を追おうともふちゃんを抱えて、足早に彼女の隣に移動する。
すると丁度彼女の隣に並んだ時、ライセンスの説明が始まった――
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――異世界、静寂の歌姫、ギルド本社。
あれからGMに連れられて、お世話になるギルド内を案内して貰えた。
食堂や売店、アイテムのオークション会場やブリーフィングルーム。
様々な手続きを行う事務室に、トレーニングルームやシャワールーム。
パーティー募集を行う待合所に、医務室や執務室など……その他諸々。
その中でも驚いたのが、冒険者用の“アーカイブエリア”の存在だ。
アーカイブエリアというのは地下にある倉庫のような場所で、ダンジョンやフィールドを探索中に入手した魔石などを一時的に預けて置ける場所だった。預け方は特殊で、ライセンスのメニュー画面から倉庫アプリを開き、起動したカメラで預けたい対象を撮影する事。
預けたい対象を倉庫アプリ機能で撮影すると、撮影された対象が自動的にアーカイブエリアへと転送されるらしい。転送できるのは魔石と戦闘用のアイテム限定であり、それ以外の物は撮影しても転送されないという。
(前に魔石をライセンスで撮影してる人達を見たけど、あれはアーカイブエリアに送る為だったんだ……アーカイブエリアもライセンスも、RoFには無かったから考えもしなかったな……)
ライセンスで転送した魔石やアイテムには番号が振られ、自分のライセンスとアーカイブエリアのメインサーバーに記録されるという。なので他の人が送った魔石やアイテムと区別がつかなくなる心配は無いそうだ。
因みに、これらの技術は妖精さんから人類に提供された物であるという。転送技術はその全てが妖精族の持つ技術が元になっているとGMから説明された。その時、誇らしげに胸を張って『どやぁ……』としていたもふちゃんが可愛かった。
――そしてその道中でライセンスの使い方も一通り教わった。
冒険者として依頼を受ける時は、ライセンスのメニュー画面から”クエスト”と表示されたアプリを起動する。そうすると静寂の歌姫に申請された依頼の一覧が表示され、その中から自分に見合う依頼を選んで受注できる。
受けられる依頼は冒険者ランクに応じて変化するらしく、最初はDランクである為高難度の依頼や高額報酬の依頼は無いという。その代わり命の危険が少なく、冒険者として成長できるような依頼が多いと説明された。
次にパーティーを組む場合もライセンスを使用する。基本的な流れとしては待合所で募集し、集まったメンバー同士でライセンスの“パーティー”アプリを起動してお互いに登録し合うという。それで同じパーティーとして認識されるそうだ。
加えてライセンスには通話機能や限定的なSNS機能も搭載されている為、他の冒険者との交流や、必要な攻略情報の収集に最適だという。
(SNSはともかく、ボクにはあんまり縁が無さそうな機能だなー……切ない)
果たしてコミュ障ボッチ陰キャ童貞がパーティー編成する事は出来るのか。
おまけに通話機能や、見る専以外でSNSを活用する日は来るのだろうか。
何とかしたいと思っているものの、現状では希望が無く前途多難である……
――等と内心落ち込んでいると、最後の案内場所が近付いてきた。
「後は、ここを紹介して終わりかな?」
キャロル・ヴィターGMはそう言うと、腕時計で時刻を確認し言葉を続ける。
「現在時刻は3時30分……少し早いが、待ち合わせの時間には丁度良いくらいか」
「どなたかと待ち合わせ、ですか……?」
「ああ。私では無く、君のね」
「ボクの待ち合わせ……ですか?」
「この後は実際にダンジョンに入って貰う。一応、試験の意味も込めて低階層で軽く戦闘して貰う予定だが、案内と護衛を兼ねて信頼できる冒険者を随伴させる。だから、あまり心配しなくて良い」
どうやらボクはこの後、試験と護衛を担当してくれる人と合うらしい。
そしてその人に案内されて、ダンジョンの中を見て回る予定だという。
(案内役の人か……どんな人なんだろう? 緊張するなー……)
見知らぬ人との接触は否応無く不安が押し寄せる。
しかしここからはダンジョンの内部へ突入だ。
この世界のダンジョンは初めて。RoFと同じとは限らない。
危険な場所であるのは間違い無いので、気を引き締めよう。
――腕の中で『ふんふんっ♪』と楽しそうにハミングするもふちゃんをぎゅっと抱きしめながら、GMに先導されてギルドの中心部分に繋がる廊下を進む。
中心に繋がる扉を前にして、GMは脇にあるパネルにライセンスを翳した。
すると幾重にも重なったドアがパズルのように開かれ、解放される。
その後、取り出したライセンスをポケットに仕舞いつつ彼女はボクに言う。
「ここに入るには静寂の歌姫に登録されたライセンスが必要になるから、覚えておいておいて欲しい。ライセンスを紛失した場合は再発行できるけど、何度も紛失すると冒険者登録自体が取り消しになる場合があるから、注意するように」
「わ、分かりました。絶対に無くさないようにします……」
未だにGMの異質感に飲まれつつ、解放された扉から足を踏み入れる。
するとそこに広がっていたのは、軍隊のベースキャンプのような場所だった。
他のギルド施設とは打って変わり、武骨で飾り気の無い円形の戦闘エリア。
ドーム状の施設内は中心に転移魔法陣が設置され、その周辺をバリケードや土嚢で囲んでいる。外周には高台があり、そこに魔導式の銃座が配備されていた。侵入してきたモンスターをバリケードや土嚢で足止めし、その間に高台に配置した防衛部隊や銃座の機銃で一掃するのが目的なのだろう。
転移魔法陣を防衛するこのエリアは“エントリーゲート”という場所らしい。
ダンジョン側にもこのエントリーゲートがあり、各階層に一ヶ所あるという。
――GMの後ろについて歩いていると、皆がGMに向かって敬礼する。
そんな中、彼女は自然な態度で軽く片手を挙げて応答し、ボクに説明する。
「冒険者になれば一週間に1回、エントリーゲートの守備に就く義務が発生する。エントリーゲートの守備任務は依頼として全てのランク帯で要請されるから、忘れないように依頼を受けて欲しい」
「もし、守備任務を受け忘れてしまった場合、どうなるんでしょうか?」
「エントリーゲートの守備はこの国の法律で冒険者に課された責務だ。だから、それを忘れた場合はそれなりのペナルティが課されるよ。気を付けてね」
「りょ、了解です……!」
転移魔法陣からモンスターが溢れれば、当然街中にモンスターが侵入してくる。
なのでそれを防ぐ為にそのような法律があるのは納得だ。
もうこの世界は魔石無しでは機能しない。なのでダンジョンを失う事は国家が莫大な資源を失い窮地に陥る事を意味する。故にそれを守る冒険者達は、この世界ではそれなりの社会的地位が保証されているのだろう。
(現実になるとそういう弊害が出て来る訳か……覚えておこう)
習慣になったメモ書きを、もふちゃんを抱えたまま済ませながら、転移魔法陣の内部へと足を踏み入れるのだった――