第22話 静寂の歌姫
――異世界、静寂の歌姫、ギルド本社。
中立国家アヴァロン、その首都の一角にある大手ギルドの広大な敷地。
視界に広がる敷地内に聳え建つのは、数棟の洋館が連なる光景だった。
(これが噂に聞く世界有数の大手ギルド……こんなに広いんだ……)
今ボクはサイレンスディーヴァの本社前に居る。
ギルド本社の外観は、とても趣のある見た目をしていた。
数棟ある洋館全てがサグラダファミリアみたいなデザインで、それが連絡通路と思しき廊下で連結され、洋館が四方を囲むように建造されている。外からでは見えないが、案内板に描かれた見取り図を確認すれば中央にドーム状の施設があり、そこに転移魔法陣が設置されているらしい。
加えて屋上付近には飛行船の発着場らしきエアシップポートが見える。そこに停泊する飛行船と、地上にあるエアシップポートの間を小型の貨物運搬用飛空艇が行き来している光景が広がっていた。
(案内板を見る限り多分、ドーム状の施設は防衛用の施設なんだろうな)
転移魔法陣はどういう訳かモンスターも使えるらしい。
そして偶にモンスターが転移魔法陣から出て来るそうだ。
なので街中にモンスターが出て行かないように防衛施設があるのだろう。
極稀に“ダンジョンブレイク”というモンスターの氾濫現象があり、その時にダンジョン側の防衛を突破されると転移魔法陣を通じてモンスターがギルド内に侵入してきてしまうという。なのでギルドは必ず自前の防衛戦力が必要とされている。
――ギルド前で外観に圧倒されているボクに、もふちゃんは言う。
「マスター、目的地に着いたのだっ。入らないのっ?」
「入るよー。ちょっと外観に圧倒されてビックリしちゃった」
「そーなのかー」
「そーだよー」
白くてふわふわな毛並みをモフモフさせて、ボクの腕の中にいるもふちゃんは小さな両手を振っている。ボクの腕に顔が半分埋もれる姿に、思わずハートが零れてしまう。何となく楽しげで可愛らしい姿に心が弾む。
(まだ早いけど、もう受付に行ってみようかな?)
時間は午後12時30分。まだ時間には余裕がある。
とは言え油断して気が付いたら遅れていた、ではシャレにならない。
一応受付に行ってみて、まだ早いようなら適当な場所で待機していよう。
――冒険者やギルド関係者が雑多に行き交うギルドの正門を通り抜ける。
静寂の歌姫ギルドの本社、その内装はとても幻想的だった。
地球にあるサグラダファミリアと類似した建築様式なのだろうか?
大部分は異なっているが、所々に似たような箇所がある。
(映画みたいだなー。幻想的な遺跡というか森林というか……とにかく凄い)
視界一杯に広がる光景に圧倒されていると、中央にある受付に辿り着く。
そこで精一杯の勇気を出して受付さんに確認すると、直ぐに答えが返って来た。
「当ギルドで冒険者登録をご希望のイズル・オリネ様ですね? 当ギルドのSM、ビヴァリー・フラッグからお話は伺っております」
「あ、はい……」
「それでは登録手続きを致しますので、まずは此方のカードを持って“登録測定室”までお越し下さい。そこでオリネ様のステータスとプロフィールを作成した後、そのデータを元にオリネ様の冒険者ライセンスを発行させて頂きます」
「分かりまs、した……」
見知らぬ相手との会話で緊張し、噛んでしまった……
相変わらず対人コミュニケーションは苦手である。
(地球にいた頃よりはマシだけど、まだまだ慣れそうにないなー……)
因みに冒険者ライセンスというのはスマホ型の情報端末の事だ。
冒険者達はそのライセンスを用いて交流し、依頼を受けて仕事を熟すという。
謂わば冒険者専用のスマホ兼身分証明書と言ったところだろうか。
受付さんに貰ったカードには登録申請カードという表記がされてあり、その裏面には今いる場所から登録測定室までのルートが記されていた。これを辿って行けば初めてでも迷う事無く着けそうだ。
――受付さんにたどたどしいお礼を告げて、登録測定室に向かう。
その道すがら、ギルド内にある様々な装飾や美術品が目に入った。
まるで博物館のような景色に湧き立ち、もふちゃんに声を掛ける。
「見て見て! 大きくて綺麗なステンドグラスがあるよ、もふちゃん!」
「ふーむ……多分ね、食べても美味しくないのだっ」
「ステンドグラスは食べないし食べられないよ、もふちゃん……」
あんなに綺麗なステンドグラスですら食べ物認定してしまうぬいぐるみ生物。
ぬいぐるみの妖精さんという生き物はとっても不思議な生態をしている模様。
「あっ! 向こうには飛行船の模型があるよ! 船体には“ヴァーミリオン”って書いてある。えっと、説明版には……静寂の歌姫が所有する戦闘用の旗艦!? 大手ギルドは航空戦艦まで保有してるんだね……凄い」
「とってもとっても、かっこよいのだっ!」
「そうだね! 未来的なフォルムで最先端な感じがするよ!」
「でもね、食べても多分美味しくないのだっ」
「戦艦は食べ物じゃないからね……? 食べたりしないでね……」
見た物全ての味が気になってしまう食いしん坊もふちゃん。
じゃれ合いつつ初めて見る景色に観光気分を味わいながら、目的地に到着。
登録測定室に入室すると係りの人が近付いて来た。
「こんにちは! 登録の申請ですか?」
「は、はい。冒険者登録に来ました」
そう言って登録申請カードを提出すると、係りの人から案内される。
案内された場所は身体測定で使用すると思しき魔導機器が並んでいた。
しかし今は先にプロフィールの作成が必要な模様。
「まずは此方の用紙にプロフィールの記入をお願いします。全ての欄に記入が終わりましたら、身体測定に移りますね!」
そう言って椅子に座らされ、机にある用紙にペンで記入していく。
検問所の時と同じように記入し、証明写真を撮影。後に身体検査へ。
身体測定をしている間は、もふちゃんには机の上で待ってて貰う事にした。
いつの間にか係りの人から来客用のお菓子を貰っていたようで、もふちゃんはとってもご満悦。大好きなチョコレートのお菓子を食べて、キラキラと光り輝いていた。ほっぺたに小さな両手をくっ付けて、瞳を輝かせている姿がとても可愛い。
身体検査の方法はその殆どが地球と同じやり方だった。
違うとすれば、ジョブやスキルの測定くらいだ。
魔導式のチェアーユニットに座り、歯科で見るような形のライトに照らされている内に、自分のジョブや現在習得しているスキルの情報が解析されるらしい。その解析データを身体測定のデータと共にライセンスに送信すれば完了との事。
「はい、これで登録測定は終了です。お疲れ様でした!」
「あ、ありがとうございました……」
「ライセンスが完成するまでに少々お時間が掛かりますのでご了承下さい」
「分かりました」
測定したデータは個人情報である為、守秘義務に従って厳重に管理されるという。ギルドの信用に関わる問題なので、漏洩する心配は万が一にも無いとの事。
――という訳で今はギルドのロビーで待機中。
(ライセンスが完成するまで暇だなー)
ロビーの端っこのソファーでもふちゃんと一緒に待ち惚け。
隣にちょこんと座ったもふちゃんを見れば、ボンヤリと天井を見つめている。
何となくその姿を眺めていると、視線に気付いたもふちゃんが振り返った。
「どうしたのっ?」
「もふちゃんボンヤリしてるなーって」
「マスターがボンヤリしてたので、われもボンヤリしてたのだっ」
「そーなんだー?」
「うむっ! そーなのだー」
ボクの真似っ子するもふちゃんが可愛くて、思わず頬を指で擽ってしまう。
擽られたもふちゃんは『きゃっきゃっ!』とはしゃいでソファーを転がる。
――そんな和やかな一時を過ごしていると、ボクに近付く足音一つ。
その足音が聞こえた瞬間、辺りの喧騒がピタリと止んだ。
不思議な異変に疑問を覚え、足音の先に視線を向けた。
するとそこに居たのは、異彩を放つ一人の女性。
(――っ……!)
その姿に思わず息を呑む。
空気に飲まれるとはこの事だろうか。
可笑しな恰好をしている訳でも無く、特に可笑しな様子でも無い。
寧ろとても自然体で、女性的なのに何処か紳士的な雰囲気を感じさせる不思議な女性。一言で表せばミステリアス。明らかに周りとは纏う空気が違う。同じ世界を生きているのかと疑問にすら感じてしまう程のその姿に、一目見た時から一瞬たりとも彼女から目が離せない……
彼女はボクの前で足を止め、吸い込まれそうな真紅の瞳でボクを見つめる。
そしてふと微笑んで、彼女はボクに声を掛けて来た。
「君とこうして会うのは初めてだね。イズル・オリネ君」
透き通るような、落ち着いた声音が鼓膜と共に心を揺さぶる。
桃色の髪に白桃色の睫毛。
髪形は毛先にパーマが掛かったボブカット。
170近い背丈に、整った容姿とスリムなスタイル。
歳は恐らく、ビヴァリーさんと同じ……20代後半だろうか。
(テレビや雑誌で見た事ある……間違いない、この人は――)
Sランク冒険者にして、静寂の歌姫の創立者でありGM。
“支配者”の異名を持つ、キャロル・ヴィターその人だった――