第21話 晴れ舞台に立つボッチ
――異世界、闘技場、試合会場。
試合中はあんなに怖かった彼女も笑うと可愛い。
そんな風に呆けているボクを見て、彼女は笑いながらボクに言う。
「あはははっ!! 何だそれっ。誘ってんのかー?」
「ふぁ?」
気が付いた時にはボクの両頬は彼女に摘まれていた。
何が起きたのか分からず、情けない声を出すボクに彼女は言う。
「悪いけど、アタシはそっちの気は無いんだよね。同性愛者じゃないからさ」
「……紛らわしくてごめんなさい。ボクは男です」
頬を摘ままれた感触に、この意識は次第に現実感を取り戻す。
夢見心地は次第に離散して行き、段々と緊張感が蘇って来る。
超が付く程の有名人が目前にいる事も、それに拍車を掛けるには十分だった。
内心焦るボクを余所に、そうとは知らず彼女は驚いた様子を見せた。
「えっ!? イズルって男なの……? ごめん。分かんなかった」
「気にしないで下さい……よくある事なので……」
「つまり可愛い系の激強男子か……アリだな!」
何がアリなのか分からないが、恥ずかしいので頬を摘まむのはそろそろやめて欲しい。公衆の面前である上に、テレビカメラにもバッチリ映ってしまっている。
(フードを被ってるから顔までは見えてないはずだけど……)
試合中も常にフードを被っていたので、あまり顔は割れていないと思われる。
しかしこんな場所で有名人と絡んでいては素性が割れるのも時間の問題。
過激なファンからどんな目に合うか分からない。何とも心臓に悪い状況だ……
次第に焦りが大きくなるボクを余所に、彼女は改めて要件を口にした。
「とりあえず、約束は約束だ。ちゃんと果たすよ」
「それは……静寂の歌姫に入れて貰えるという事ですか?」
「おうよ。ちゃんとギルマスに話は通しておくから、明日の……そうだな、午後1時くらいにウチの本社に来てよ。持参する物は特に無いけど、一応ダンジョンに入れる準備だけはして来て欲しいな」
「わ、分かりました。明日の午後1時までにギルド本社……それからダンジョンアタックの準備ですね。了解です」
万が一にも忘れる事が無いように、上着の内ポケットからペンと手帳を取り出して言われた事項を手早く書き記す。この世界に来てから些細な事も手帳に書き記す習慣が身に付いた。最早この手帳はボクにとって第二の相棒だ。
(それにしても登録初日からダンジョンに入るのか……)
楽しみなような不安なような、何とも言えない複雑な気持ちである。
ギルド内にはダンジョン内に転移する為の“転移魔法陣”が設置されていて、転移魔法陣さえあれば何処からでもダンジョン内に転移する事が出来る。因みに転移魔法陣を設置し、自前で転移魔法陣を管理、防衛する戦力を整える事がギルドを運営する上での必須条件の一つであるという。
メモを終えたボクを見て、彼女は漸くボクの頬から手を離す。
それから片手を挙げて、ボクの元から離れて行った。
「そんじゃ、また明日な! 忘れず来いよー?」
「は、はい! 必ず行きます! ありがとうございました!」
東口へと歩き去る彼女を見送りながらボクも手を振り返す。
すると丁度、先程まで解説者と話していた司会者から別れの言葉が送られた。
「それでは皆様!! 両選手が退場されます!! 今一度大きな拍手を!!」
声援と拍手が飛び交う会場内を、ビヴァリーさんに続いて後にする。その途中、東口のゲート付近でもふちゃんとビヴァリーさんが会話している姿が見えた。
「おっ! 妖精じゃーん! 元気してたー?」
「よっ! 人間さんじゃーんっ! われはいつでも、元気なのだっ」
親し気な様子で会話する姿から、仲が良いのだと良く分かる。
どうやらビヴァリーさんも妖精さんが大好きな同志である模様。
その証拠に彼女はもふちゃんを好き放題撫で回している。
「よーしよしよしよし!」
「あぁ~よいのだ~苦しゅう、ないのだ~」
悪戯っぽい笑顔で撫で回すビヴァリーさんに、気持ちよさそうな様子で好き放題撫でられているもふちゃん。ベンチの上で寝転がるもふちゃんをあやすように、ビヴァリーさんはしゃがんでもふちゃんを撫でていた。
(羨ましい……ボクも後でもふちゃん撫でよっ!)
もふちゃんの様子を見れば彼女が悪い人では無いのだとよく分かる。
それならボクも彼女に対してもっと自然に振舞える……訳も無く。
(相手はギルドのサブマスタ―……言い換えれば取締役みたいな存在だし、流石にフレンドリーに行くのは無理かな……)
これから入社する会社の重役相手に、コミュ障ボッチがお近付きになれるとは思えない。そういうのはコミュ強な上にシゴデキな人の特権なのだ。周りの足を引っ張らないように窓際で空気になる事が目標の自分には縁が無い。
(とにかく明日は遅れないように気を付けなきゃ……)
何て考えながら一旦会場を後にしたのだった――
▼ ▼ ▼
――異世界、闘技場、試合会場、表彰台。
その後大会を順調に勝ち進み、何だがあっさりと優勝してしまった。
ビヴァリーさんを超える程の相手はおらず、特に苦戦する事も無く快勝。
やはりと言うか、この世界ではスキルを全て習得している人は少ない。
(スキルを習得する過程で命を落とす危険性もあるし、生活が安定するだけの力や立場を身に付けてしまえば、後は本人の野心次第……スキルを全て習得する必要はあんまり無い訳か)
スキルの習得条件次第ではかなり危険な橋を何度も渡る必要が出て来る。かくいうボクも、今から命を賭けてスキルを習得できるかと言われれば自信が無い。生活に困らない状況なら、可能な限りリスクの少ない道を選ぶだろう。
という訳で好都合な環境も合わさり、トントン拍子で勝ち進み見事優勝。
優勝賞金である100万Sも無事に手に入り、そこまでは好調だった。
問題はその後。表彰式のお立ち台に半ば強制的に立たされた所からだ……
――試合会場に集まる数多の報道陣を前に、司会者からボクに質問が送られる。
「まずは優勝おめでとうございます!! 素晴らしい快進撃でしたね! 今のお気持ちを会場に来られた観客の皆様と、カメラの前の皆様にお願いします!」
「と、とても嬉しいです……」
「それでは彗星の如く現れた謎多きニュースター、イズル・オリネ選手に質問です! ジョブは影装騎士との事ですが、どのようにしてそれ程の強さを得られたのでしょうか!? 影装騎士はとても育成し辛いジョブだと聞いています。もし育成のコツなどあれば、同ジョブの方達に向けて何か助言をお願い致します!!」
RoFで鍛えたアバターを自分にインストールして下さい……
何て言える訳も無く、内心パニック状態のボクに出来るのは硬直する事だけ。
試合の時より溢れる冷や汗を垂れ流しながら、ひたすら瞳が左右にブレる。
そんな危機的状況を乗り切る為に、何とか助言になりそうな言葉を絞り出す。
「しゃ、シャどう↓ナイトに必要なのは、かかか回避力です……! 刹那の見切りと韋駄天の習得を目指して下サイっ! 素の攻撃力はタカイ↑のでっ、機動力と動体視力のコウジョウが、安定した戦イ↑をする為にさ、さささ最優先ですッ!」
極度の緊張から突然裏返りどもる声。当然声調など出来る訳も無く。
動揺から振り回される心を必死に抑えつつ、壊れた人形のように意図を伝える。
RoFと同じであれば【韋駄天】の習得条件は100mを10秒台で走り、その後に100㎞の距離を10時間以内に走破する事。そして【刹那の見切り】は自分にヘイトを向けたモンスターの攻撃を累計500回、回避に成功する事だった。
条件を達成する為のモンスターは何でも良いので、動きが緩慢で攻撃力が低く、攻撃を避け易い低ランクのモンスターを相手に達成するのが安全だ。
――というスキル習得のアドバイスを、RoFの所だけ隠して何とか伝える。
すると司会者は驚いた様子で反応を返して来た。
「影装騎士のスキル習得にはそのような条件が必要なのですね!? 韋駄天と刹那の見切り……どちらも初めて聞くスキル名です! これは影装騎士に適性を持つ方達の間で新たな風が吹くかもしれませんね!!」
そうであるならボクとしても嬉しい。影装騎士の評判が良くないとギルドに登録してもパーティーを組んでくれる冒険者が現れない。元よりコミュ障な自分がパーティーを組むには高いハードルがある。せめて評判だけでも上げておきたい。
続けて、司会者は報道陣に向けて言葉を送る。
「それでは次に質問タイムに移りましょう! お集まりの皆様、イズル・オリネ選手に向けて何か質問はございますか!?」
そう言うや否や、報道陣は我先にとマイクを向けて質問の嵐を巻き起こす。
「ご出身はどちらですか!? 貴女にとって師匠となる方はおられますか!?」
「ビヴァリー・フラッグ選手に見事勝利した感想をお願いします!!」
「影装騎士のスキル習得条件はご自分で発見されたのですか!?」
「素顔を見せて頂けませんか!? 是非視聴者に向けて笑顔をお願いします!!」
「試合後にビヴァリー・フラッグ選手と親し気に会話されていましたが、何を話されていたのですか!? お二人のご関係は!? 以前からお知り合いですか!?」
報道陣からとんでもない量の質問とフラッシュが押し寄せる。
まるで経験の無い状況に面食らい、氷漬けにされたように体が固くなる。
(ひぃぃぃいいい!!! あばばっばばばあばあばばっばばばb)
もう既にボクの精神は限界スレスレ。震える体を堪えて立つのがやっと。
優勝トロフィー片手に目を回しながら、何とか嵐をやり過ごすのだった――