第19話 影装騎士 vs 炎装拳士
――異世界、闘技場、試合会場、本選。
試合会場の上部、その四隅には大型の魔導式モニターが設置されている。
そこにはボクと彼女の顔と名前、そして特殊バリアの耐久値が表示されていた。
特殊バリアの耐久値は、そのまま当人の耐久力を表したHPゲージそのもの。
これが減少して0に成るか、ラインの外に出た場合に敗北となる。
「両者共に準備が完了しましたね!? それではいよいよ本選トーナメント第1回戦開始です!! 皆様ご一緒にカウントダウンをお願い致します!! 3!! 2!! 1!! 試合開始----!!!!」
――司会者と観衆の合図により戦いの火蓋は切って落とされた。
構えて睨み合ったボクと彼女はその合図で反射的に動き出す。
ボクが狙うのは後の先手。なので初手はあえて彼女に譲る。
黒い獅子はまず距離を取り、続け様に攻撃スキルを打ち放つ。
「【ダブルステップ】——【炎弾拳】——!!」
補助スキルを使用して地面を滑るように、残像を伴い後方へバックステップ。
バックステップ中に彼女はスキルを発動し、そのまま【炎弾拳】を乱打する。
(セオリー通りの初手で来た。意外と堅実的な戦い方……!)
炎装拳士には攻撃する度“炎熱”というバフがストックされるジョブ特性がある。炎熱は溜まる程に相手から受ける被ダメージが減少し、相手に与える与ダメージが上昇する。炎熱を貯めるには【炎弾拳】が最も効率的なので、炎装拳士の初手と言えばまずこれだろう。
そしてそれに対するボクの答えはこれだ。
「――【天啓陣】——」
スキルの発動に伴い白銀の剣身は発光し、幻想的に淡く輝く。
防御スキルを使用し、白銀の長剣にP効果を付与して迎撃する。
鞘から引き抜いた愛剣を振るい、無数の炎弾を弾くように斬り払う。
【天啓陣】は使用すると一定時間、自分の武器に攻撃を弾くP効果を付与できる。加えて攻撃をPすると10回まで自身の攻撃力を上昇させる効果がある。倍率にすると1回に付き1倍+0.1倍。10回で2倍にもなる優れたバフだ。
目にも留まらぬ神速のラッシュと斬り払い。それらがぶつかり均衡を保つ。
散弾のように広がる炎弾が、ボクに向けガトリングのように殺到する。
そしてこの数秒に満たない短時間で10回のPに成功。これでバフは最大値。おまけに彼女の方も炎熱は最大値に達しているだろう。この短時間でガトリングのようなラッシュ速度を出せる彼女には驚かされる。
このまま膠着状態を続けていては勝ち目が無い。
なので次の一手は此方から仕掛ける為に、打って出る。
「――【幻双閃】——」
「――ッ!?」
影装騎士のスキル効果により、ボクの実態は幻影と入れ替わった。
幻影と入れ替わった事で彼女はボクを見失い、此方は自由に動き回れる。
彼女から見れば突然、ボクが無抵抗で突っ込んできたように見えるだろう。
攻撃スキルによりステルス状態となったボクに対し【炎弾拳】は追尾しない。
追尾してこないのなら躱すのは容易い。このまま彼女の死角に回り込む。
加えて【幻双閃】により出現した幻影は実態が無い為炎弾をすり抜ける。
それを見て彼女は驚愕し、【炎弾拳】のラッシュを止めた。
「実態が無い……ダミーかッ!?」
自身に向け一直線に突進してくる幻影を彼女は一瞬で看破する。
しかしボクの姿は見えておらず、死角を取られた事には気付けていない。
おまけに今ボクは【黒い鳥】により低空を飛行している。
それにより足音を立てず移動できる為、ボクの気配に気付くのは至難の業。
――構える彼女の目前で消える幻影。その瞬間、背後から赤色一閃。
「ッ!? ……なるほど。幻影を出してる間はステルス状態って訳か」
【幻双閃】による一撃は彼女の首元を捉え、確実に即死の一撃を与えた。
しかし【リベンジマッチ】の効果により即死は無効化。黒い獅子は健在だ。
影装騎士の戦闘スタイルは一撃離脱。紙耐久故に無理して追撃は狙わない。彼女の横を斬り抜ける傍ら、モニターを確認すると彼女のHPゲージは約30%程度しか減少していなかった。何ともタフなジョブである。
(今の攻撃でも彼女のHPは全体の三割程度しか減ってない……ジョブ特性とバフを乗っけた上にクリティカルまで出してこれか……分かっていた事だけど、高ランクに到達した炎装拳士の耐久力は別次元だ……)
影装騎士は特定の条件下でのみ攻撃力を上昇させるジョブ特性を持っている。相手の死角から攻撃した場合、その攻撃だけ攻撃力が1.5倍になり、加えて暗所であれば更に攻撃力が1.5倍加算される。
つまりボクは今彼女に、死角からの攻撃1.5倍、【天啓陣】による最大効果で2倍、【紅の誓い】で1.5倍、更にクリティカル攻撃で4倍の合計9倍もの威力を持った一撃を与えた。だと言うのに彼女のHPゲージは30%減っただけ。
他のジョブなら即死しているか、良くて瀕死だ。
それ程に炎装拳士というジョブは規格外の耐久力お化けなのである。
――凝った首を解すように、彼女は項を片手で抑えて首を左右に傾けた。
「今ので何となく分かった。影装騎士ってのは機動力とステルスをブン回して死角から攻撃すんのがセオリーって訳ね? 思った以上に攻撃性能が高い上に、攻撃力を上昇させるバフまで特盛りに出来んのか……大したジョブだぜ」
どうやら今の一撃で此方の狙いと戦い方が割れたらしい。
とは言えRoFでは各ジョブの戦い方を把握してからがスタートラインだった。
ボクにとってはここからがプレイヤースキルの見せどころである。
改めて彼女に向けて剣を構えるボクに対し、彼女は言う。
「距離を取らせない方が無難だなッ――【ソニックムーブ】!!」
言うや否や、彼女は補助スキルを使用し一瞬でボクの眼前に飛び込んでくる。
【ソニックムーブ】は発動後、一度だけ音速で移動できる補助スキル。
その速度は予選時の比では無い。音速の壁を突破した黒い獅子が拳を振るう。
(予選では躱すので精一杯だった。でも今なら対応できる!)
食らい付くようにボクの進路上を体で塞ぎ、空気の壁を突き抜ける彼女の拳。
獰猛な獅子の拳を愛剣でいなしつつ、彼女から間合いを取るように立ち回る。
予選の時はこれが限界だったが、今のボクは【刹那の見切り】を使用中。
【刹那の見切り】は使用者の動体視力を上昇させる効果を持つ。なので彼女の動きが予選よりも遅く見える。故に最小限の動きで躱せる為、予選では叶わなかった隙を突いた反撃も余裕でこなせる。おまけに【韋駄天】も併用しているので、動きの切れ味はあの時の比では無い。
――お互いの剣と拳が交差し弾き合う。
「チッ……スキルの効果か……! 予選の時より速ェ……!!」
彼女の動きは見切っている。此方の剣が徐々に彼女の耐久力を削って行く。
彼女と言葉を交わしたいところだが、生憎とそこまでの余裕は無い。少しでも集中が切れれば此方の負けだ。彼女はその隙を見逃さないだろう。影装騎士の耐久力では一撃すらも耐えられない。体の何処に当たろうと間違い無く即死だ。
薄氷を踏むような優勢ではあるものの、状況的には此方が有利。
となれば不利な状況を打開する為に彼女は次の一手を打つだろう。
この不利さを一手で覆せるスキル。それは恐らく――
「――【反逆・灼熱拳】——!!!」
ボクが僅かに離れた隙を突いて、黒い獅子は両手の拳を突き合わせる。
その瞬間、彼女の全身から猛る火炎が迸り、爆発するように広がった。
それは自身を中心とした全方位攻撃。広範囲を炎で飲み込み焼き尽くす。
【反逆・灼熱拳】は炎装拳士が持つ特殊な攻撃スキル。ストックした炎熱バフを全て消費して行う全方位攻撃で、消費した炎熱の量で攻撃力や攻撃範囲が変動する。彼女は最大まで貯めていたので、攻撃力も範囲も最大。円柱ラインの内側ほぼ全て飲み込むレベルの範囲にまで増大している。
しかしその反撃手段は読めていた。故にカウンターの一手は容易く通る。
「――【神影陣】——」
瞬間的に足元から広がった黒い魔法陣。その周辺で揺らめく不気味な影。
襲い来る爆発を【神影陣】の無敵時間で受け、ついでに躱す。
無敵中に攻撃を躱した事で、10秒間攻撃スキルのCTが0になる。
(彼女は誘いに乗った。後は一気に攻める……! そして殺る……!)
爆発の中心地にいる彼女に向かって、一直線に飛び込み斬りかかる。
ボクの視線の先では驚愕し、目を見開く黒い獅子の姿があった。
「てめェッ!? 誘いやがったなッ!!」
「――【孤狼閃】——」
罠に掛かったと気付いた時にはもう遅い。
スキル効果により高速の13連撃が彼女を襲う――




