第18話 黒い鳥 vs 黒い獅子(再戦)
――異世界、闘技場、試合会場、本選。
ゲートを潜ったボクを出迎えたのは大きな歓声。
ボクが姿を見せると同時、司会席から実況の声が響いた。
「さぁ!! ついにやって参りました、運命の一戦!! 先に姿を見せたのは突如現れた正体不明の大型ルーキー!! イズル・オリネ選手です!! 予選ではあの絶対王者、黒獅子ビヴァリー・フラッグ選手を相手に死闘を繰り広げ、見事生き残ってみせました!!」
フードを目深に被ったまま、冷や汗を流しながら大歓声の中を独り歩く。
震えそうな脚を必死に動かし、緊張で停止しそうな頭を無理やり動かす。
とても観衆に向けてアピールが出来るような精神状態ではない。
(芸能人とかこういう状況で余裕そうにアピールしてたりするけど、ボクにはとても真似できないな……こういう状況でも動じない鋼の心臓が羨ましい……)
今もこの心臓は煩いくらいに跳ねている。やはり人から注目される状況というのは慣れそうに無い。優勝してスカウトされるのが目的とは言え、生来の性分はそう簡単には変わらないのだ。
心身共に震える自分を抑えつつ歩みを進めれば、円柱ラインの中央付近にある停止線が見えて来た。本選トーナメントでは一対一の対戦である為、両者が所定の位置に着いた状態で試合が開始される。
――何とか停止線に辿り着き必死に呼吸を整えていると、西口から人影が。
「皆様、西口ゲートにご注目!! 満を持して現れたのは、皆様ご存じ闘技場の絶対王者!! 世界有数の大手ギルド、静寂の歌姫に所属するSランク冒険者にして、同ギルドのSM!! 黒獅子こと、ビヴァリー・フラッグ選手の入場です!!」
一際大きな歓声と黄色い声援。ボクの時とは比べるべくも無い大歓声。
それにも関わらず、彼女は両手をポケットに仕舞い、威風堂々と歩みを進める。
(堂々としてて素敵だなー……ていうかあの人、サイレンスディーヴァのサブマスターだったんだ。……勝ったらギルドに入れてくれたりしないかな?)
望み薄だとは思う物の、今は奇跡でも何でも良いので優良ギルドに入りたい。
今回大会に出て見て分かったが、これを何度も経験するのは心臓に悪い。
なので成るべくなら今回でギルド入りを決めてしまいたい。
何て考えていると、向かいにある停止線に止まった彼女が声を掛けて来た。
「本選出場おめでとう。生き残ってくれて嬉しいよ」
「ありがとうございます……出来れば本選でも手心を加えて頂けると……」
「それは無理だな。アタシは今、アンタと本気で殺りたくて堪らないんだ」
そう言いつつポケットから両手を取り出し、獰猛な覇気を遺憾無く解き放つ。
その覇気を前にとんでもない怪物に目を付けられてしまったと心が震える。
後、ボクに対して『ガチでヤりたい』何て言わないで欲しいとあれ程……
――緊張に加えて筋違いなドキドキに襲われていると司会者から説明が。
「皆様ご静粛に!! 両者共に停止線に着きましたね! それでは試合開始までの2分間、お互いに戦闘準備を整えて頂きます!!」
本選トーナメントでは試合開始までに準備時間が与えられる。その準備時間2分の間に、先に発動しておけるスキルをお互いに発動し、不足無く全力で試合に挑むのが本選のルールであるという。勿論、相手に攻撃やデバフを掛けるのは禁止だ。
「それでは今から準備開始です!!」
司会の合図で彼女は補助スキルと防御スキルを発動して行く。
ボクは相手の出方を窺う為、彼女がスキルを発動し終えるまで一旦待機。
「【リベンジマッチ】【煙熱装甲】……【精神装甲】……【炸裂装甲】」
効果時間の長いスキルから順番に彼女はスキルを使用している。補助スキルの発動にCTは発生しないが、防御スキルの発動にはCTが発生する。なので彼女は防御スキルの発動後10秒間のCTを終えてから次の防御スキルを発動している。
【リベンジマッチ】で彼女の全身から赤いオーラが溢れ出し、【煙熱装甲】により全身から湯気のような煙が立ち上り、【精神装甲】の発動後全身から放電したかと思うと帯電し、【炸裂装甲】の使用により彼女の両手から火花が弾け出す。
これらは全て炎装拳士がスキルを発動した際に見られる演出だ。
そして最後に、彼女は自身の代名詞とも言える補助スキルを発動した――
「【紅の誓い】」
紅蓮の乙女の背中から、炎で象られた片翼が出現する。
見る者全てを魅了するように、美しくうねる紅蓮の片翼。
それは彼女の背中で大きく羽ばたき、火の粉を散らして翼を広げた。
(やっぱりいつみても綺麗だなー……)
それが現れて直ぐ、会場中から黄色い声援が彼女に向けて送られた。
これで炎装拳士が発動しておくスキルは全て発動し終えたはず。
という訳で、ボクもスキルを発動して行く。
「【韋駄天】【刹那の見切り】【黒い鳥】」
影装騎士が予め発動して置くスキルは、3~4つの補助スキルのみ。
影装騎士の防御スキルは効果時間が短いので、今発動すると無駄になる。
因みに【黒い鳥】という補助スキルは【紅の誓い】と【韋駄天】の2つが発動中の間のみ、自身に飛行効果を付与するスキルだ。効果時間は60分と長いので、一度発動すると大抵の場合は戦闘中に再発動する機会が余り無い。
【一撃必殺】は初手で高火力の一撃を与える目的なら使用するところ。
しかし今回は初手で不意打ちを狙った後、機を見て高火力を叩き込む心算。
なので今は使用せず、戦いの中で攻撃スキルと同時に使用する。
補助スキルの発動により右側の背中から黒い片翼が出現し、ボクの瞳が琥珀に輝く。そして最後に、彼女と同じスキルを発動した――
「【紅の誓い】」
ボクの背中の左側、そこから吹き荒れるように広がる紅蓮の片翼。
それを見た全ての人が驚きに声を上げ、皆を代表して司会者が声を発した。
「こ、これは驚きました!! イズル・オリネ選手の戦闘職は影装騎士と聞いていましたが、まさか影装騎士が炎装拳士と同じ補助スキル、それも【紅の誓い】を習得できるジョブだったとは……!? これを目撃した我々は、今まさに歴史的瞬間に立ち会っているのかもしれません!!!」
影装騎士の情報は全く出回っていない。皆が驚くのも当然か。
そしてそれは黒獅子の彼女も同じの様で、驚きに目を見開いていた。
「へぇ……驚いたな。炎装拳士以外でも、それが使えたんだな」
「そうですね。影装騎士には無くてはならないスキルです」
「炎と黒の翼で飛ぶ黒い鳥か……いいね、好きだぜ? そういうの」
歓喜に口元を歪ませる彼女は両手の拳を握って打ち合わせ、ボクに言う。
「それじゃあ、いいもん見せてくれた礼だ。一つだけアンタの要求を聞いてやる」
意外な提案。未知の情報を開示した事で、どうやら彼女に気に入られた様子。
降って湧いた幸運に、今のボクが願う事など一つしか無い。
「……それじゃ、貴女に勝ったらボクをサイレンスディーヴァに入れて下さい」
「あははっ!! 当然ッ! 勿論いいよ! アタシに勝てるレベルの実力者を野放しにして置く気は無いしな。寧ろこっちからお願いしたいくらいだ」
「分かりました。そういう事なら――」
優勝するよりも確実な可能性を前にして、この精神は急速に研ぎ澄まされる。
彼女に勝てばそれで目的が果たされる。それは何より渇望していた可能性。
極限の集中から緊張と震えの取れた眼差しで彼女を見据えた。
――そして静かに宣言する。
「全力で、貴女を殺りに行きます」
狙った獲物は何があろうと逃さない。
その執念と殺意に似た渇望に当てられたのか、彼女の表情が驚きに染まる。
そして再び、彼女の綺麗な顔は獰猛で喜悦に満ちた表情に歪んだ。
「いいじゃん……! 嫌いじゃ無いよ……! その底冷えするような気迫と視線ッ!! まるでウチのギルドマスターを見てるみたいだ。そういう顔が出来る奴は好きだぜ……!」
サイレンスディーヴァのGMと言えばかなりの有名人だ。
Sランク級の冒険者で、“支配者”という何だか物々しい異名を持つ人物。
名前は確か……“キャロル・ヴィター”という名の女性だったはず。
(色々と気になる事はあるけど、取り合えず今は目前の勝利が最優先だ)
2分の準備期間が終わりを迎え、雌雄を決するべく試合に挑むのだった――




