第17話 叶わない夢が叶う時
――異世界、闘技場、試合会場、予選。
「これは大波乱!! 彗星の如く現れた期待のニュースターに触発されたのか!? 参加者達が一丸となって黒獅子ビヴァリー・フラッグ選手へと反旗を翻す!! 絶対王者への下克上!! まさかまさかの大番狂わせ成るか!!?」
司会者の実況で漸く、会場で何が起きているのかを把握した。
どうやら黒獅子の彼女を予選で落とす為に他の参加者達が一致団結した様子。
今の今まで攻撃を掻い潜る事に必死で周囲の声が聞こえていなかった。
(えっと……取り合えず、助かった……?)
疲れから片膝を着き、乱れた呼吸を整えながら様子を窺う。
そんな中突然ボクの後ろ、ラインの外側から声を掛けられた。
「ハハハッ!! やるねぇ嬢ちゃん! あの黒獅子とやり合って生き残るなんざ大したもんだ! やっぱり俺の目に狂いは無かったな!」
その声に振り向けば、そこに居たのは汎用戦士の彼だった。
いつの間にかボクの後ろのライン際まで移動してきたらしい。
意気揚々とした様子の彼に小言半分、ボクは状況説明を要求する。
「笑い事じゃないですよ……生きた心地がしませんでした。それよりも、どうして他の参加者達が黒獅子さん相手に一致団結してるんですか?」
「そりゃおめぇ、嬢ちゃんの戦いに皆触発されたからよ。黒獅子なんて言う絶対王者に狙われて、ここまで生き残ったのはお前さんが初めてだからな!」
楽しそうに豪快に笑う彼を見て思う。
どうやら彼の言葉に嘘は無いらしい。
(……ボクの粘りは無駄じゃ無かったって事なのかな)
何とか次へ、崖っぷちの状況から首の革一枚繋がった事に安堵する。
それから落ち着いて状況を俯瞰した時――ある事に気が付いた。
(……あれ? これってもしかして……レイド?)
傍から全体の動きを見てみれば、それはレイドパーティーに等しかった。
黒獅子の彼女をレイドボスとして、参加者達は隊列と陣形を組んで応戦している。 盾を持ったタンク役の人員が最前列で彼女の自由を封じるように対応、それから前衛アタッカー役の人員が彼女を左右から挟撃、そして後衛アタッカーがタンクの後ろから遠距離攻撃で応戦している。
予選ではスキルが使用不可なのでサポート役の人員はいないが、それでもこれは正しくレイドボスを攻略する際のレイドパーティーの動きに近かった。
――それを見て、ボクは感動に声を震わせた。
「……すごい! 動画じゃない……これが生で見るレイドパーティー……!! 夢にまで見た本物の集団戦っ……!!」
ボクが瞳を潤ませて感動しているのには、コミュ障ボッチ故の訳がある。
RoFにもレイド戦は有り、勿論レイドは合同パーティーを組んで討伐するのが基本だった。しかしコミュ障ボッチを拗らせていたボクは、一度たりともレイドパーティーに参加できた事が無い。
レイドパーティーを組む為には知らない人に声をかける必要がある。当然ながら見知らぬ人に話し掛けようとするだけで、滝汗から白目を剥いて過呼吸を起こしてしまう圧倒的不審者にはハードルが高すぎた。
その為レイドはいつもソロ。修行僧よろしく拷問に近い難度のレイドを毎回半泣きになりながら攻略していた。レイドを合同パーティーで攻略する光景は動画内でしか見た事が無く、自分にとっては叶わない夢を見ているも同然だった。
――そんな夢にまで見た光景が目の前に広がっている。
状況は優勢とは言い難い。これだけの数を前にしても、彼女の動きは鈍らない。
黒い獅子は喜悦に吠え、参加者達に変わらぬ絶望と畏怖を植え付ける。
「束になってこの程度かァ!!? てめェらもっと本気出せよッ!!!」
咆哮する獅子は盾を粉砕し、挟撃にカウンターを決め、弾丸を拳で跳ね返す。
即席の集団であるとは言え、それでもここまで生き残った熟練者達だ。
それを相手に不利になるどころか更なる優勢を実力で作り出す。
傍観する汎用戦士の彼もその光景に、呆れに近い感嘆を漏らしていた。
「相変わらず化け物染みた野郎だぜ……即席の集団戦じゃあ真面に指揮を取れる奴がいねぇとは言え、多対一でここまで優勢を取れちまう。異名持ちの壁ってのは想像以上にデケぇらしい」
彼の言う通り、このままでは闘技場の連合軍は彼女に負けてしまうだろう。
ならばその劣勢を覆す為に、今は一人でも応援が必要だ。
(初めてのレイドパーティー……上手くやれる保証は無い……でも!)
こんなチャンスはもう二度と訪れないだろう。
夢にまで見たレイドパーティーに参加するチャンスは今しかない。
期待と不安に高鳴る鼓動を抑えつつ、引き締まった心で前を向く。
――魔王に挑む勇者のように、意を決して立ち上がったその時。
突然会場中に鳴り響くブザー音。
それが成ると同時、絶対王者と参加者達の動きが止まった。
不思議に思い動けずにいると、司会者からお知らせが……
「そこまでーーー!!! ライン内に残った参加者が10人以下になった為、ここで予選を終了させて頂きます!! 手に汗握る素晴らしい試合でした! 会場に居られる皆様! 健闘した参加者達へ、今一度大きな拍手をお願いします!!」
司会者の試合終了宣言を受け、盛大な拍手に包まれる闘技場。
余裕そうにホコリを払う絶対王者に、満身創痍で座り込む参加者達。
ついでに呆けた顔で唖然と立ち尽くすコミュ障ボッチ……
「そ、そんな……初めての……初めての、レイドパーティーが……」
千載一遇のチャンスは驚くほどの早さで過ぎ去った。
それは最早流星の如く。願いを唱える前に消えてしまった。
白目を剥いて灰に帰すボクの後ろで、汎用戦士の彼が言う。
「次は本選だな嬢ちゃん! 黒獅子との決着、楽しみにしてるぜ!」
意気揚々と踵を返し、彼は満足そうに片手を挙げて去って行く。
そんな後ろ姿を魂の抜け殻になった体で眺めつつ、ふと呟いた。
「夢って叶うと儚いんだなぁ……」
何て感傷に浸りつつ、そう言えば彼に自分の性別を伝え忘れていた事を思い出す。戦いに必死で気付くのが遅れてしまった。とは言え彼の連絡先どころか名前も知らないので今は訂正のしようがない。
(次におじさんと会う機会があれば、その時に訂正しよう……)
ひとまず気を取り直し次なる目標を叶える為、本選に挑むのだった――
▼ ▼ ▼
――異世界、闘技場、中央ゲート東口。
本選の開始時間は午後4時から。
予選は午前で終了したので、その後の空き時間はもふちゃんと過ごしていた。
適当にお昼を済ませ、もふちゃんと思いっきり戯れて気力を回復。
予選での無念は一旦忘れ、当初の目的通り優勝を果たす為、再び戻って来た。
そしてくじ引きでランダムに決まったトーナメント表を見て思わず呟く。
「うわぁ……いきなりクライマックス……」
そのトーナメント表には何と、ボクの隣に絶対王者の名前が記されていた。
まさか一回戦で黒獅子の彼女と当たるとは思いもよらず、正に晴天の霹靂。
しかし優勝するなら避けては通れない相手。遅いか早いかの些細な違いだ。
「よし、やるかー。次こそは勝つぞー!」
「マスターかんばってねっ! われも、頑張るのだっ」
そう言うもふちゃんは今現在、中央ゲート前に備え付けられた魔導式テレビの前で、画面を見ながら可愛らしい動きで踊っていた。魔導式テレビから聞こえて来るのは楽し気な音楽と、陽気な声色。
『次は伸び縮み体操だよ! テレビの前の皆も真似してね!』
「よいぞっ!」
丁度この時間は“マムさんと一緒っ!”という子供向け番組が放送されている。妖精さん達はこの時間にこの番組を見るのが日課になっている模様。もふちゃんはいつもこの時間になるとテレビ画面に付きっ切りである。
今も画面の中では教育番組のお姉さんとお兄さんが歌と共に体操している。
その周辺では、小さい子供達と妖精さん達が楽しそうに真似していた。
「ふんすっ! 伸びて、縮むのだー」
柔軟性の塊みたいな体を自由自在に伸縮させて、体操するもふちゃんの後姿。
何とも可愛らしくて目が離せない。もっふもふな体から繰り出される軟体運動。
回転したり両手を振ったり、夢中で踊るもふちゃんに声を掛ける。
「時間だから行ってくるね! 応援しててねー?」
「行ってらっしゃいっ! 終わったら、応援するのだっ」
ボクの大一番よりもマムさんと一緒が大事なもふちゃん……ちょっと切ない。
とは言え一生懸命なその姿に微笑ましさを感じて癒される。
もふちゃんが幸せならそれに越した事は無い。もふちゃんの幸せが一番だ。
(この日常を維持する為にも、この戦いで結果を残したいな……)
相手が強大であればある程、それを乗り越えた時の報酬は破格なもの。
負ければ単に一回戦落ちした挑戦者の一人だが、それは元より同じ事。
今のボクに負けて失う物など無いのだ。
気持ちを纏めて集中し、両手で自分の頬を叩いて気合を入れた。
それから時間になり解放されたゲートを潜り、会場に乗り込むのだった――