第15話 闘技場の熟練者
――異世界、闘技場、試合会場。
魔導式甲冑を着こみ、魔導式ライフルでボクを狙う男性と睨み合う。
この勝負は恐らく一瞬。タイミング次第で勝敗が決着するだろう。
そしてそれは相手も理解している様子。彼はボクに名前を尋ねた。
「嬢ちゃん、名前は? 冒険者か?」
「名前はイズルです。イズル・オリネ。……冒険者にはこれからなります」
「なるほど。ここには名を上げに来た訳だ。悪かねぇな……!」
相手の溢れんばかりの闘志を感じ、ボクの精神は研ぎ澄まされて行く。この肌を焼くような感覚は嫌いじゃ無い。格上を相手にした時や、高難易度のレイドボスをソロで攻略する時に似た感覚だ。
(やるべき事は一つだけ。余計な事は考えなくて良い。最高の気分だ)
コミュ障であるボクに人の心は分からない。でもこの状況なら相手の考えている事、そしてやろうとしている事が手に取るように理解できる。分かってしまえば恐怖を感じる事は無い。やるべき目標に向けて突っ切るだけだ。
そんなボクの闘志を感じてか、甲冑越しに彼がニヤリと笑った気がした。
同類だと感じたのだろうか。彼は続け様にボクに言う。
「イズルか……覚えたぜ……!」
銃声一つ。そこから繰り出される見事なまでのクイックショット。
凡そ17発の弾丸が、一瞬にして前方に広がり行く手を阻む。
しかしその弾丸がボクに当たる事は無い。
――何故ならボクは今、彼の股下をスライディングで潜り抜けた所だから。
「なっ――!?」
彼の視界から一瞬で消えたボクに対し、彼は驚きの声を上げた。だがそれは致命的な隙を生む。ボクは彼の股下を潜り抜けると同時、両手で彼の両膝の裏を叩きながら、流れるような動作で立ち上がる。
「がっ――!?」
突然膝裏の関節を叩かれて、彼はバランスを崩し前のめりに倒れ込む。
その隙は逃さない。振り返り様に長剣の柄に手を添えて、彼の後ろ首を狙う。
――その刹那。倒れ込む彼は体を捩り、片手で銃剣をボクに対し振り抜いた。
咄嗟にボクの首を狙った彼の一閃を、上体はそのままに半歩引き、躱す。
彼はそのまま受け身を取りつつ前転するように距離を取る。
その最中、ライフルからマガジンを弾くように排出してクイックリロード。
(達人級の動き……完全に、それも立て続けに意表を突かれたのに持ち直した)
それは正に、彼が今までに培って来た経験が成せる神業だった。
不測の事態から立て直し、片膝を着きつつ彼は再びボクを狙う。
――しかし、その引き金が再び引かれる事は無い。
何故なら彼が起きた時既に、その首元をボクの愛剣が通り抜けていたから。
甲冑の隙間、その首元を狙った斬首の一閃。接近からすれ違い様に居合斬り。
バリアのお陰で彼の体に怪我は無い。しかしその一撃でバリアが消し飛ぶ。
「負けた……のか? 俺が……?」
信じられないとばかりに声を発する彼は、強制的にライン外へと転移する。
彼が転移した場所は丁度ボクの目前、ラインを挟んだ向こう側だった。
残心と共に白銀の愛剣を鞘に納めるボクに対し、彼は問う。
「お前さん、戦闘職は何なんだ?」
「影装騎士です」
そして恐らく彼のジョブは“汎用戦士”だろう。汎用戦士というジョブは斬撃系、射撃系、そして打撃系の全てに対応した攻撃スキルを持つジョブなので、汎用戦士の武器は基本的にその3つを同時に満たせる物が選ばれる。
代表的な装備で言えば銃剣着きのライフルだ。銃剣で斬撃系のスキルを、銃弾で射撃系のスキルを、そして銃床で打撃系のスキルが出せる。なのでお金に余裕がある汎用戦士は、銃剣着きの魔導式ライフルを好んで装備する人が多い。
余談だが、汎用戦士はオリジンでは最も適性者が多い戦闘職とさている。統計で言えば全人口の約7割が汎用戦士の適性であるらしい。おまけに多様性に富んだスキルの構成上、あらゆる戦術に対応できる為、軍隊での需要が高い。
――意外な事でもあったのか。ボクの返答に、彼は驚きに目を見開いた。
「影装騎士だと……!? こいつは驚いた……世界は広いな……」
その不可解な反応には疑問が湧く。気になるのでボクからも問いかけた。
「……何かおかしな事でもありましたか?」
「そりゃお前、影装騎士と言えば戦闘向きじゃない事で有名だろ? 軍隊は勿論、冒険者としても大成した人物なんていないし、大体は駆け出しの内に大怪我して離職や殉職する奴が多いそうじゃないか」
――彼から聞かされたその答えはボクに取って、衝撃的なものだった。
(離職や殉職率が高い……!? でも言われて見ればそうか……影装騎士は非常に脆い。全ジョブの中で1、2を争う程の紙耐久。ゲームの中ならともかく、現実でその脆さで危険なモンスターと戦うのは正気じゃない)
ギルド探しをしていた時に、各種ジョブの情報も見聞きしていた。
しかし影装騎士に関しては全くと言って良いほど情報が出ていなかった。
その事に何となく違和感を覚えていたが、それを今明確に理解した。
(影装騎士として成功した人物がいないから、全く情報が出回らなかったんだ)
そうなるとボクはかなりのレアケース。
RoFの装備とスキル、そしてステータスを引き継いでいるからこその例外。
実際にそれが無ければ、ボクも真面に戦えていなかっただろう。
――そんなボクの胸中など露知らず、彼は感心した様子でボクに言う。
「しかし影装騎士か……道理で速い訳だ。扱い辛いジョブだって話だが、速さだけは一級品だと聞いている。それをここまで使いこなす嬢ちゃんの努力、そして才能は伝わって来たぜ」
悪意の無い素直な誉め言葉に対して嬉しさ半分、心が戸惑う。
この力は飽くまで超常の存在から齎された物。いわばチートのような力だ。
自分で身に着けた訳じゃない。その事に対し罪悪感を覚えてしまう……
コミュ障故に、この複雑な気持ちへの対処法が分からず言葉に詰まっていると、彼は背中にライフルを担ぎながら、ボクの後方へと指を差した。
「そんじゃ、嬢ちゃんを気に入った一人のファンとして忠告しとくぜ? 次の相手は本気を出した方が良い。死ぬほど強ぇぞ?」
彼のその言葉と指先に、気を取られた一瞬の間。
自分の背中に悪寒を感じ、跳び退くように振り向いた。
――視線の先にいたのは、圧倒的な覇気を放つ黒い獅子。
両手をポケットの中に仕舞い、悠然と戦場を歩く姿から溢れる強者の風格。
誰も彼女の歩みを邪魔できず、また妨害しようと息巻く者すら出てこない。
それが何よりも彼女の実力、そして強さを物語っていた。
そして気付けば、いつの間にか中心部から人だかりが消えている。
恐らく全てのファンへ、彼女は対応し終えたのだろう。
なので彼女は今になって漸くこの大会に参戦してきた。
(……視線で分かる。彼女はボクに狙いを定めてる)
周辺の参加者達……いや、ラインの内側に居る全ての参加者達が、彼女が動き出した瞬間から警戒している。皆彼女と予選で戦いたくは無いのだろう。彼女を警戒しつつ戦いながら距離を取るように動いている。
そしてそれはボクも同じだ。彼女と予選で潰し合う心算なんて全くない。
彼女に勝てる確証が無い現状で、彼女と予選で戦うのは得策じゃない。
(出来れば本選で戦いたかったけど……それは叶わないか)
冷や汗をかきつつも愛剣の柄に手を添え、臨戦態勢を取る。
こうなればやるしかない。ここで諦める理由も無い。
そんな状況を見て汎用戦士の彼が楽しそうに笑った。
「ハハハッ! 見事に目を付けられたな!」
「……他人事だと思って好きに言いますね?」
「何言ってんだ嬢ちゃん。ここには一旗上げに来たんだろう? ならあの黒獅子に目を付けられたってのは、この上ないくらいのアピールになるぜ!」
戦士としての血が騒ぐのか、彼は『こんなに面白しろそうな試合はねぇ! 特等席で見学させて貰うぜ!』と意気揚々と腕を組み、楽しそうにしていた。そんな気楽な姿に若干の羨望を覚えつつ、ここが正念場だと気合を入れ直した――