第14話 闘技場に降り立つ黒い獅子
――異世界、闘技場、試合会場。
東と西のゲートから入場して来たのは総勢200人。
観客席は見渡す限り満席だ。よく見れば、報道陣向けの撮影スペースもある。
(大きな大会だからテレビ中継もされてるのか……)
撮影スペースいっぱいに、配置された魔導式カメラを見やれば緊張が走る。
就活に向けてアピールしに来たとは言え、流石に全国中継は気が滅入りそう。
(大丈夫……大丈夫……やれる……やれる……)
目立つ事への抵抗感と緊張感を自己暗示で抑えつけ、気を保つ。
円柱ラインに侵入すると、全身に密着するように特殊なバリアが付与される。
付与された特殊バリアは、透明になって肉眼では視認できなくなった。
(視認は出来ないけど、確かに体に付与されている感覚がある。体を触って見るといつもより感覚が鈍い感じがするし……でも、違和感はあんまりない感じ)
軽く体を動かして見ても違和感が無い。両手を握って見たがいつも通りだ。
そして全ての参加者が円柱ラインに入った事で、実況席から司会が入る。
拡声器を使用した司会者の声は広大な闘技場に良く響き、反響した。
「それでは皆様お待ちかね!! 只今を持ちまして、紅蓮の乙女杯、開催を宣言致します!!!」
その一言に、人で埋め尽くされた会場が一際大きな歓声に包まれた。
耳と肌に響く咆哮のような音の波。震えそうになる体を必死に堪える。
続けて司会者から観衆向けに簡単な説明と、補足が入った。
「これより紅蓮の乙女杯予選が行われますが、予選ではスキルが使用できません! なので参加者の皆様は己の持つ技術と力、それのみで戦って頂きます! この中から勝ち上がれるのはたったの10人! 熾烈な争い、バトルロイヤル!」
司会者が説明を行う間、ふとボクの近くに居た二人組の女子が目に留まる。
二人共興奮している様子で、楽しそうに会話しているのが聞こえて来た。
「準備は良い!? ビヴァリー様に近付けるチャンスはここしかないよ!」
「うん! この日の為にここまで来たんだもんね! 絶対サイン貰おうね!」
その会話から、どうやら目の前の二人はビヴァリー・フラッグという有名人からサインを貰う為にこの大会に参加した様子。 二人とも片手にサイン色紙を持っているところから、それ目的で参加したのだろう。
(……よく見れば、他にもサイン色紙を持った人達が結構いるな)
真面に戦える装備を身に着けた人は凡そ半分くらいだろうか?
残りの半数は記念参加か、あるいは有名人のサインを貰いに来た人達らしい。
(イベント的な大会だし、気を張り過ぎだったかも)
彼女等の姿を見ていたら、少し気分が落ち着いてきた。この大会に優勝するという気持ちは変わらないが、この大会は飽くまでエンタメが主体の大会だ。お祭りを楽しむくらいの感覚で良いのかもしれない。
――と考えていた時、上空から一隻の飛行船が近付いてきた。
会場に居る全ての人が何事かと飛行船を見上げた時、司会から連絡が。
「到着したようですね! 試合会場に居る参加者の皆様! 試合会場の中心部から離れて頂けますでしょうか!」
その声に、会場の中心部に居た参加者達が中心を開けるように移動した。
因みにボクは円柱ラインの端にいるので元々中心からは離れている。
不穏な空気にざわざわと喧騒が広がる会場内で、再び司会の声が響き渡った。
「離れて頂けましたね! ……ではこれより、紅蓮の乙女杯の目玉にして主役!! 皆様ご存じ“黒獅子”こと、静寂の歌姫所属のSランク級冒険者、“ビヴァリー・フラッグ”選手の入場です!!!」
司会者がそう宣言した瞬間、飛行船から一つの人影が飛び降りた。
目にも留まらぬ速さ……恐らく音速。飛び降りた影が落下する。
それは会場の中心に、地面を揺らす程の衝撃を伴って降り立った。
あまりの衝撃に参加者は皆、地面に膝や手を着いて座り込む。
ボクを含めて、その衝撃に耐えて立っていられた者は僅か数名。
――全ての視線が会場の中心に集まる中、紅蓮の片翼が大きく羽ばたいた。
着地時に片手と片膝を着いていた紅蓮の乙女は、気だるげに立ち上がる。
それと同時、羽ばたいた紅蓮の片翼が火の粉となって離散した……
あの片翼は間違いなく【紅の誓い】だ。影装騎士でも良く使用する汎用性の高い補助スキル。紅蓮の翼が離散した理由は、今現在の円柱ラインの内側ではスキルが無効化されている為、消失したのだろう。
劇的な演出で姿を現した紅蓮の乙女に対し、会場中から大歓声が湧き起こる。
黄色い歓声が響く中、彼女のファン達が我先にと立ち上がり声援を送っていた。
(すごい人気だ……Sランク級ってやっぱり凄いんだなぁ……)
これを見れば一目瞭然。最早芸能人クラスの知名度と影響力だ。
そして彼女の姿はあの時のまま。あの日見た綺麗でクールな佇まい。
何て感傷に浸っている間に、司会者から試合開始の合図が始まった。
「皆様しばしご静粛に!! これより試合開始のカウントダウンを行います!! 参加者の皆様、準備はよろしいですね!? それでは皆様ご一緒に!! 3! 2! 1! 試合開始ぃーーー!!!」
――観衆と共に行われたカウントダウン。遂に戦いの火蓋が切って落とされた。
真っ先に動いたのは彼女を慕うファン達だった。
サイン色紙片手に一目散に人垣をすり抜けて彼女の元に走り出す。
その中には、ボクの近くに居た二人組の女子も含まれていた。
(おお……! あの子達、意外と速い!)
戦いに来た者達はまず、近くにいる戦闘意志のある相手と戦闘を開始する。
その為、武器を持たず走り抜けようとするファン達は一先ず見逃される。
なので武器を持たない身軽さと素早さでするすると人垣をすり抜けて行く。
しかし中には、戦闘に巻き込まれてあえなくバリアを消失させてしまい、円柱ラインの外側へと強制的に転移させられてしまう者も少なく無い。
「ああああーーーーー!!! ちくしょぉぉおおおお!!!」
「クソっ! あと少しだったのに……!! ツイてねぇ……!!」
「何で今ので割れるんだよ!!? 当たって無いだろッ!!?」
「もうっ!! なんなのよっ!? 私が何したっていうの!!?」
円柱ラインの外側では、脱落した参加者達が思い思いに胸中をぶちまけている姿があった。悔しさに声を上げる人達が増えて行くのと同時、目的を果たして喜びの声を上げる者もチラホラと増えだした。
「よっしゃぁぁぁあああ!!」
「やった……!! やったね!! サイン貰えたねっ!!」
「うん!! 上手く行ったねっ!! サイン貰えて良かった……!!」
上手くサインを貰えた人の中にはあの女子達の姿もあった。
無事にビヴァリー・フラッグ選手の元まで到達出来た様子。
(さて、ボクはどうしようかな……)
今現在ボクはライン際にいる。戦闘の意思を見せていない為、ボクに襲い掛かって来る人はいない。おまけにライン際は脱落し易い場所なので、殆どの人がライン際から離れている。なので安置にいる状態に近い。
(自分から戦闘して行くのも良いけど、少なくなるまで待っててもいいな)
試合が始まり混沌とした乱戦になった今、意外な事にあまり緊張していない。
もっと気が動転するかと思っていたが、不思議と落ち着き頭が冴えている。
何にしろボクとしては好都合なので、この状況はありがたい。
――何となく中心部を見てみると、そこには人だかりが出来ていた。
参加者の中でビヴァリー・フラッグ選手のファン達が押し寄せている模様。
対する彼女はファンから一つ一つサイン色紙を受け取ってサインしている。
ボクの周辺には人が少ない所為か、彼女達の会話が聞こえて来た。
「サイン、ありがとうございます!!」
「はいよ。ここまでしてサインが欲しいとか、ホントもの好きだよな」
「何言ってるんですか! ビヴァリーさんより最高の冒険者何ていませんよ!」
「そうです!! ビヴァリー様は特別です!! 私もサインお願いします!!」
ファン達に囲まれて、悪態を吐きつつも嬉しそうな様子でサインを描く彼女の姿。その姿を見れば、悪い人では無いのだろうと分かる。彼女の表情からは隠しきれない優しさが垣間見えていた。
(中心ではサイン会。その周辺では熾烈な乱戦……カオスだなー)
中々に混沌とした状況を俯瞰していると、ボクの前に一人の冒険者らしき人物がやってきた。フルプレートの魔導式甲冑を着こみ、銃剣着きの魔導式ライフルを携えた男性。彼は剣呑とした雰囲気を醸し出して言う。
「よう。嬢ちゃん、お前さん強ぇだろ?」
「……どうしてそう思うんですか?」
「黒獅子が降りて来た時、お前さんは微動だにしなかった。それが答えだ」
そう言うや否や、彼はボクに対して照準を合わせ発砲する。
その程度なら問題は無い。最小限の動きで射線を見切り回避した。
ついでに、逸れた弾丸がラインを割ると如何なるのか気に掛かり、弾丸を視線で追う。するとライン上に来た瞬間に弾丸は消えてなくなった。どうやらラインを割った物体は何であろうと強制的に別の場所へ転移される模様。
そんな余裕そうなボクを見て、彼は嬉しそうに嗤いながら言う。
「ハハハッ……! 思った通りだ……! 黒獅子の前座にゃ丁度良い……!」
彼はボクに銃口を向けたまま、ライフルを右横に傾けてマガジンの残弾を視界の端で確認した。見ればマガジンの右側面が少し開いている。そこから残弾を確認できる仕様なのだろう。抜け目が無い。
(彼我の距離は約10m。恐らく相手のライフルはセミオート……距離を詰めて来ない所を見ると、次の攻撃はクイックショットで全弾発射の面制圧が狙いかな? 避けられるなら、避けられないよう広範囲に弾をばら撒く。とても合理的だ)
その装備や油断しない立ち回りからして恐らく高ランクの冒険者。
顔は見えないが、声色からして中年の男性だろうか……?
ボクの予想ではAランク。如何にも熟練者らしい立ち回り方だ。
ならば此方も油断せずに行こうと気を引き締めた――