第13話 闘技場に羽ばたく黒い鳥
――異世界、首都ラフレシア、闘技場。
本日晴天。地球と同じように、オリジンにも太陽から日差しが降り注ぐ。
オリジンという惑星は、偶然にも地球と良く似た環境を持っているらしい。
オリジンの夜空には月のような小惑星が見えるし、夜が明ければ光りに包まれた太陽が顔を出す。妖精さん曰くオリジンは太陽系に属するらしく、どういう訳か地球のある太陽系と殆ど同じ星体系である模様。
外宇宙にもう一つの太陽系が存在していて、奇跡的にオリジンが地球と同じ環境になったのか……あるいはオリジンがパラレルワールドの地球であり、ボク達は並行世界に飛ばされた、何て言う可能性もある。
(食文化や食材もオリジン独自の物から、地球にもある物まで様々だし、本当に不思議な世界だ……)
ボクからすれば元々はゲームの世界。RoFをプレイしていた頃はゲーム世界だからと特に気にした事も無かった。しかしそれが紛れも無い現実となれば、何とも不可解で、とても神秘的だ。
――何て漠然と考えていたボクは今、もふちゃんを抱えて闘技場の前にいる。
「……人でいっぱいだね」
「そうねっ! 人類さん、とっても楽しそうなのだっ」
如何にもコロシアムといった外観を持つ、円形型の巨大闘技場。
一つのテーマパークとして機能しているらしく、闘技場の内部は賑わっていた。
飲食店に加え、遊技場のようなエンタメ施設まで併設されている。
一見すると客層は老若男女幅広い。家族連れから学生らしき集団まで様々だ。
(こんな中で戦うのか……なんかもう緊張してきた……)
まだ参加登録してすらいないのだが、これから登録しようと思うだけで気が滅入りそう。こういう明るく楽しい空間は日陰に生きる陰の者には中々厳しい。
ボクとは対照的に陽の者であるもふちゃんはとても楽しそう。
そんな姿に勇気を貰い、己を鼓舞して案内表示に沿って受付を目指す。
その途中、もふちゃんはボクに起きているある変化に気付いた様子。
「はっ……!? マスターのHPが、減ってるのだっ……!」
「ここは陰キャ特攻のボイドゾーンだからね……ボクには回避不能だよ……」
ボクの説明に対し、もふちゃんは頭上に『?』マークを表示する。
良く分からなかった様子で、不思議そうにボクを見上げる姿が可愛らしい。
因みにボイドゾーンとはMMO用語で“ダメージを受ける床”のことである。
――そんなこんなで受付前に無事到着。
すると、受付横の掲示板に大会についての広告が貼ってあった。
今月の大会開催予定が記載されているようで、一通り目を通す。
(直近の大会は……あっ、丁度今日の午前9時からある)
現在時刻は午前8時。今日の大会は午前中から開かれるらしい。
午前9時30分~開催の日程で、受付時間は午前8時30分までとの事。
一応今日直ぐにでも参加できるように、装備を身に着け準備はして来た。
丁度良いのでこのまま隣の受付で参加登録を済ませてしまおう。
「あ、アノっ!!」
勢いに任せてこのままスマートに参加登録しようと頑張ったのだが、ものの見事に話し掛ける緊張から声が裏返り、しかもおまけに声のボリュームを調節ミス。コミュ障ボッチ陰キャ特有の醜態を晒して動揺し、慌てて受付さんに謝罪する。
「す、すすすすみません……安価……じゃなくて参加の登録を……!」
「はいっ! 大会参加の登録ですねー! 本日開催予定の“紅蓮の乙女”杯でよろしいでしょうか?」
「は、はい! それで間違いありません……」
「かしこまりましたー! ではこちらの用紙にお名前をお願いします!」
手慣れた様子で捌かれ、手渡されたのは一枚の用紙。
それは紅蓮の乙女杯参加受諾のサインを求める契約書であった。
契約書には簡単な説明に加えて注意事項が記されている。
大会に出場するには参加費用が掛かると思ったのだが必要ないらしい。
(今日の大会を主催してるギルドは静寂の歌姫なんだ。……確かゴブリンの大群を討伐した時、救援に来てくれた炎装拳士の女の人が所属してたのが、サイレンスディーヴァだったはず……)
ギルドの情報を収集していた時、あの綺麗な女の人を雑誌で見つけた。
その時に彼女は静寂の歌姫に所属するSランクの冒険者であると知った。
名前は“ビヴァリー・フラッグ”という、“黒獅子”の異名を持つ有名人だった。
(あの人もこの大会に出るのか……っていうか、あの人が出るのがこの大会の目玉みたいな感じだ)
恐らく紅蓮の乙女というのは彼女の事を表しているのだろう。参加者には有名な冒険者と戦えるという利点を提供し、観客にはファンサービス的な側面を与えている模様。真面目な大会というよりは、殆ど興行的な大会に近い。
――未だに緊張で弾けそうな心臓を落ち着かせながら、契約書にサインする。
(予選は全員参加のバトルロイヤル形式で、そこから生き残った10人がくじを引いてトーナメント形式で試合をするのか。……例えイベント的な大会だとしても、勝てばアピールになるのは間違い無いし、目的は果たせる)
特にSランク冒険者と戦えるというのは非常に有意義だ。
戦うだけでも良い経験になるし、もし勝てれば己の実力を証明できる。
(うぅ……緊張が増してきた……吐きそう)
目尻に涙を浮かべつつ、青ざめた表情で必死に吐き気を抑えて耐え忍ぶ。そんな情緒不安定な不審者と化したボクからサイン済みの契約書を受け取って、受付さんは確認と登録作業を完了させた。
「はい! ではこれで登録完了です! こちらがお客様の登録番号札になります。これを持って午前9時までに東口の中央ゲートにお越し下さい! ゲートを潜る際に番号札が必要になりますので、無くさないで下さいね!」
「わ、分かりました。ありがとうございます……」
194番と書かれた札を貰い、受付を後にした。
吐き気を堪えつつも、何とか第一関門を突破したと安堵する。
すると、もふちゃんがボクの肩によじ登って来た。
「マスターは成長してるのだっ。よしよしっ」
肩に乗りボクの右頬に体をくっ付けて、もふちゃんはボクの頭を両手で撫でる。
肌触りの良い感覚と、柔らかな感触が心地良く、もふちゃんの手が擽ったい。
優しいもふちゃんのお陰で徐々に吐き気が消え、崩れた気分が回復して行く。
「ありがとう。気分が落ち着いて来たよ」
「ならば良いのだっ。えへへー」
お返しにもふちゃんの背中を撫で返す。撫で返されて気持ち良かったのか、もふちゃんは嬉しそうにボクの頭に身を寄せる。その感触と姿に心が和む。
「まだ始まるまで時間があるし、ドリンクでも飲みながら休憩してよっか」
「うむっ! われはオレンジジュースさんで、良いのだっ!」
好きなジュースが飲めると知り、キリッと表情を引き締める姿が可愛い。
時間が来るまで、もふちゃんと戯れながら憩いの一時を過ごしたのだった――
▼ ▼ ▼
――異世界、闘技場、中央ゲート東口。
「――以上でルール説明を終了します。質問はございませんか?」
時間通り、闘技場の中心部にある試合会場へ入場する為の中央ゲートに来たところ、大会の関係者からルール説明を受ける事になった。関係者に番号札を渡した後、ボクは他の参加者達と共に今まで説明を受けていた。
中央ゲートには西口と東口があり、その両方に参加者が分けられている様子。
ボクがいるのは東口。此方に集まった参加者は凡そ100人。凄い数だ……
因みに例の炎装拳士の女性は西口にいるのか、姿は見えなかった。
今大会のルール説明を要約するとこうだ。
会場に入ると特殊バリアが付与される。それが破壊されると強制的に戦闘エリアから転移させられ、敗北となる。また試合は直径100m、高さ10m程の円柱ラインの中で行われ、その円柱ラインから体が一部でも出た場合も強制的に戦闘エリアから転移させられて敗北となる。
そして予選の間は全てのスキルが使用不可になり、純粋な力での戦いとなる。
トーナメント制である本選では全てのスキルが使用可能だ。
(予選は全員参加のバトルロイヤル……数百人の中で勝ち上がれるのは10人だけ。無理せず生き残る事に専念した方が良いか)
予選ではスキルが使用不可である以上、戦い方が制限される。
やりようは幾らでもあるが、ここは無難に戦った方が安牌だろう。
――そうして一通り質問が終わったのか、関係者から入場を促された。
「それでは皆さん、時間になりましたので試合会場へ入場、お願いします!」
鉄格子を模した出入口のゲートが解放され、前列から参加者が移動して行く。
参加者達は皆、闘志を燃やした様子で意気揚々と雑談しながら入場する。
知り合いや友達同士で参加する人が多いのか、割とお祭りのような雰囲気だ。
(真剣勝負って訳じゃ無くて、大半の人がイベントを楽しみに来たって感じだ)
最後尾の端っこで皆が入場する姿を眺めながら、様子を窺う。
入場が始まって直ぐ、満席であろう観客席から歓声が湧き起こった。
皆思い思いに観客席にアピールする姿を見れば、再び緊張感が溢れ出す。
熱気に当てられ高鳴る心臓。興奮と不安が入り混じり、鼓動が乱れる。
瞳を閉じて乱れた呼吸を整えていると、もふちゃんから声が掛かった。
「マスター、われはここから応援してるので、負けないでねっ!」
「……うん。ありがとう。行ってくるね」
もふちゃんはボクの手を離れ、シャボン玉に包まれてふわふわと浮遊する。
可愛い両手をふりふりしているその姿に勇気を貰い、会場へと入場した――