第11話 これが……現実ッ……!!
――異世界、首都ラフレシア、ビジネスホテル。
あの後換金を済ませ、もふちゃんと一緒に近くにあるホテルに入った。
ゴブリンの魔石の換金レートは、RoFと同じ2000S。
軽く話を聞いた限り、RoFとオリジンのレートには大差が無い様子。
有難い事にホテルの相場もRoFと変わらず、一泊二日で1万Sだ。
現在の残高は166万4000S。これだけあれば数カ月は問題無い。
生活に余裕が出来た事でこれからの方針を考える。
(取りあえずは情報収集だなー。土地勘も欲しいし、お気に入りの飲食店も見つけたい。装備品の整備や相場よりも安い値段でアイテムを購入できるお店も知りたいし、ギルドの情報も知りたい……まずは首都を探索かな?)
首都内を探索しつつ、最優先でオリジンに関する情報を集めよう。
幸い言語の壁はクリア出来ているのでそう難しくは無いと思われる。
オリジン及び中立国家アヴァロンにおける常識を身に着けたい。
(その後に入会するギルド探しかな……出来る事なら大手で信頼度の高いところを選びたいけど……競争倍率は当然高いだろうし、今のボクには厳しいか……)
能力的にはそれなりの物を持っている自信はある。
しかしそれを上回る程の致命的な欠点があると自覚している。
(就職に必要な物と言えば、やっぱりコミュ力だよね……)
持っている戦闘技能なら恐らく合格ラインは超えている。しかしそれを上回る程にコミュニケーション能力の低さが足枷だ。改善しなければと分かっているものの、過去の経験……数々のトラウマがそれを妨げる。
(人に声をかけようとするだけで過呼吸になる所は何とかしないと……)
冒険者になるなら、安全を優先してパーティーを組みたい。
しかしその際に意思疎通に難があれば問題だ。人命に関わってしまう。
緊急時なら意思疎通できる自信はあるが、それだけでは信頼関係を築き辛い。
命を預け合う関係上、平時のコミュニケーションに支障があるのは問題だ。
「もふちゃんが相手なら幾らでも話しかけられるんだけどなー」
――そう呟きつつ視線をベットの上に移動させる。
するとそこにはふかふかなベッドの上で気持ち良さそうに転がる天使の姿。
子犬のような耳と尻尾をパタパタさせながら転がる姿がとても可愛い。
我慢できずボクもベットの上に転がって、もふちゃんを抱きしめた。
「もふちゃん天使っ!」
「われは天使さんでは、ないのだっ。分かってねっ」
諭すような表情で、小さくてまん丸な右手(右腕?)を振る姿が愛らしい。
無脊椎動物らしい柔らかい感触と、肌触りの良い細やかな白い毛並み。
余談だが、妖精族は体内に臓器が無いらしく、体外にも瞳以外の臓器が無い。
喋る時も外皮をアンプみたいに振動させて声を発している模様。
「うーん……妖精さんって不思議。ぬいぐるみと妖精さんの違いって何だろう?」
「縫い目があるのが、ぬいぐるみさんっ! 縫い目がないのが、われらなのだっ」
「妖精さんとぬいぐるみさんは殆ど同種の存在だった……!?」
「われらには縫い目がないので、違うのだっ」
ぬいぐるみと妖精さんの違いが縫い目だけなのに困惑しつつも撫で回す。
丸っこい体から伝わる優しさの塊みたいな感触に今日の疲れが癒される。
その所為か、一息つけた安心感から睡魔が押し寄せてきた。
(今日だけで色々あったな……)
明日からもやるべき事は山積みだ。
という訳で明日に備える為に今日はもう寝てしまおう。
そう思い、倉庫に入っていたパジャマに近いファッションアイテムを取り出して、もふちゃんと一緒に寝る準備を整えるのだった――
▼ ▼ ▼
――異世界、首都ラフレシア、ビジネスホテル。
あれから三カ月。ボクはもふちゃんと一緒に情報収集に努めていた。
都市にあるショピングモールを回ったり、良さげな飲食店を巡って見たり。
装備を整える為に必要な武具屋から道具屋まで、メモ帳片手に隈なく探索。
その結果、良さげなお店を幾つか見つける事に成功した。
それと並行して取り掛かっていたのが、書店で購入した本を読む事。
一般的な知識や、都市にあるギルドの情報を入手するには本が一番。
ネットがあればそれに越した事は無かったが、オリジンではネットは限定的な物しか普及しておらず、しかもそれは軍隊か冒険者しか使用を許されていなかった。因みに冒険者になるには“冒険者ライセンス”を取得する必要があるとの事。
冒険者ライセンスというのはその名の通り、冒険者である事を示す資格だ。
加えて国家資格であり、ライセンスを取得すると得られる利点は主に三つ。
一つ目は、ダンジョンへの立ち入りを許可される事。
二つ目は、ギルドが斡旋している依頼を受諾できるようになる事。
三つ目は、ギルドからの支援や、国から社会保障を受けられる事。
ライセンスが無くともフィールドでモンスターを狩り、魔石を稼ぐ事は可能だ。しかしオリジンではフィールドに出現するモンスターより、ダンジョンに出現するモンスターの方が純度の高い魔石を落とす。
例を挙げると、フィールドに出現するゴブリンの魔石が2000Sに対し、ダンジョンに出現するゴブリンの魔石は2500S。つまりフィールドよりもダンジョンに入って探索した方が利益率が1.25倍も高いのだ。
ギルドからの支援を受けられる事も加味すれば、フィールド探索よりダンジョン探索をメインに活動した方が旨味が多い。なのでよほどの事が無ければギルドに加入して活動した方が無難だ。
という訳で当面の目標はライセンスを取得する為に必要な条件をクリアする事に決定した。聞いた話によればライセンスの取得はそれ程難しい物ではないらしく、条件をクリアしていれば直ぐにでも取得できるらしい。
そしてライセンスを取得する上で必要になる条件というのが、ギルドに入会する事。しかしコミュ障な自分にとってはそれが何よりも厄介な条件だった……
この世界のギルドは殆ど会社のような物なので、入るには一次試験の面接を受けて合格し、二次試験の実技を突破する必要があるという。
その為にボクはこの三カ月、魔導式ラジオや魔導式テレビで情報収集したり、新聞やギルド関係の情報媒体を購入して読み漁り、独学ながら確実に内定が貰えるように面接対策を立てて来た。
そして二カ月前からギルドの面接に挑み、今日全ての面接を終了させた。
その数、何と合計30ギルド。その全ての面接を終えた結果から言うと――
「めつ……全滅……圧倒的、敗北ッ……!!!!」
面接を受けた全てのギルドからお祈りを食らうという凄惨な結果だった。
今現在、借りているホテルの自室で頭を抱えて座り込んでいるところ。厳しい現実に打ちのめされているボクを心配するように、もふちゃんは気遣ってくれる。
「マスター、落ち込まないでねっ……われらはマスターの良さを、ちゃんと分かってるのだっ!」
「うぅ……もふちゃんありがとう……」
「われらはいつでも、マスターの味方なのだっ。元気出してねっ!」
「嬉しいよ……お祈りされ過ぎて天に召されそうだけど元気出たよ……」
その優しさが心に沁みる。そして情けない自分の姿も心に沁みる……
ボクを見上げるもふちゃんを優しく撫でながら、乱れた心を落ち着かせた。
(妖精さんの社会的信用があってこの結果……どんだけボクから負のオーラが溢れていたというんだ……)
実技試験には自信があるのだが、まず面接段階で弾かれてしまうので二次試験に進めない。問題の面接も、コミュ障ながら何とか自然な受け答えは出来ていると自分では思っていたのだが、それは全て思い込みであった模様。
面接にはもふちゃんも同行してくれていたので、コミュ障故の不審者オーラは多少緩和されると考えていたのだが、自分で思っている以上にボクから溢れ出す負のオーラは禍々しく強力であったらしい。
(今のボクにはハードルが高すぎたのか……)
今回応募したところは全て中小ギルド。条件も未経験可、学歴不問の所を当たって見たのだが、それでもかすりもしなかった。当然ながら大手ギルドや優良ギルドは端から狙っていない。
余談だが、この国には世界的に有名な超一流ギルドが三つある。
一つ目は、“勇者旅団”という名前のギルド。
二つ目は、“静寂の歌姫”という名前のギルド。
三つ目は、“理想郷を目指す者”という名前のギルド。
勇者旅団というギルドはギルドマスターが“勇者”と呼ばれている人物で、人類最強と評価されている英傑だ。ギルドの方針は少数精鋭で、Aランク以上の冒険者しか入れないという。因みに最もSランク級の冒険者が多い。
静寂の歌姫というギルドは銀行でも見た通り、冒険者業以外にも複数の事業を展開し国内外に巨大な財力を持つギルドだ。その規模を考えるともうギルドというより財団に近いだろう。加えてSランク級の冒険者が二番目に多い。
理想郷を目指す者というギルドはGMが“剣聖”と呼ばれている人物で、かつて存在した伝説の冒険者ギルド“黎明旅団”に所属し、GMの右腕をしていた人物らしい。因みに三大ギルドの中で最も所属する冒険者の数が多い。
――と考えていた時、ふと時計を見ればもう午後5時を過ぎていた。
(落ち込んでいても仕方ない。洗濯に行こう)
いつもこの時間に、近くの魔導式コインランドリーで衣類の洗濯をするのが日課だ。オリジンにある機械は基本的に魔法と錬金術を合わせた技術で出来ていて、魔法と錬金術を合わせた機械をこの世界の人達は“魔導式”と呼んでいる。
心機一転する為にも場所を変えようと、もふちゃんを抱えて部屋を出た――