第19話 覚悟のある人
鬼人はずっと、斬撃を飛ばしてくる。しかも笑いながらだ。おそらく遊んでいるのだろう。とても楽しそうにしている。しかし、それでも私は、その攻撃を捌くことで精一杯だ。
「はははははぁ!!!楽しいなぁ!!!おいぃ!!!!はっはぁ!!!!!」
「付与・風!!!!」
私は斬撃を飛ばすが、今度は息だけでかき消された。
「……!この!!!」
「もっと!もっと!!もっと本気になれやぁ!!!!」
「十分本気だってのに!!!」
そう本気だ。私は本気でやっている。それを片手間の遊びのように相手は軽くあしらってくる。
「はっはぁ!!!いいもん!!見せて!!!やるぜ!!!!!」
そう言って鬼人は地面を刀で叩いた。その衝撃で地面が割れる。その割れ目が私の方所まで伸びてきた。私は横に避けて躱した。
「何がいいもんだ!!調子に乗んなハゲ!!!」
「ハゲてねーよ!!!!」
鬼人はさっきよりもずっと多く、斬撃を飛ばしてくる。私は捌ききれずに、手足両方に裂傷を負った。しかし、まだ動かす事に問題はない。問題なのは、私が捌けないほどの斬撃を飛ばしてきたにも関わらず、それでも尚、ヘラヘラ笑っていられる相手の力量の凄まじさだ。
「いいねいいねぇ、傷を負ってもなお!この力量差を見せつけられてもなお!!その揺らぐ事ないオレへの殺意!!!そそられるだろうが!!!!!」
鬼人は大振りで横に刀を振る。そして斬撃を飛ばしてきた。その斬撃の速さは凄まじく、私は避ける事もかなわず、受け止める事にした。しかし、受け止めようと剣を振って対抗したものの、受け止めきれずに後ろの方へ吹っ飛ばされる。けれど、なんとか足を踏ん張り、地面を抉りながらも、ルースちゃんが視界から消えないところでその勢いを止めた。
「ぐぅ……!!!」
しかし、今のたった一撃で手足共に激痛に襲われる。
「おぅおぅ、そろそろ開きだな」
鬼人は刀を肩に抱えながら私の方へゆっくりと歩いてくる。このままでは間違いなく死んでしまうだろう。だが無抵抗で殺されるわけにもいかない。手足もまだ激痛に襲われるだけで、動かせる。
意地を見せろ、エイン!!
「足に力を込めて……剣を後ろへ……」
「あ?何してる?」
「一本斬は腕力だけ強化する技!!どうしたって速さも何もかもが劣る私はそれを君に食らわせられない!!だったら!!!全身を強化して!!!その速さを超えるだけだ!!!」
私は全身の筋力を上げ、力一杯鬼人に向かって飛び出した。そして一本斬を首に向かって放つ。そして、その技は呆気もなく、相手の刀に簡単に止められてしまった。
「いい技だ!!!!」
「ぐっ!!!」
剣を弾かれ、私は少し後ろへよろける。
「お返しだ!!!!」
鬼人は刀を縦に振ってきた。私は咄嗟に剣を挟み受け止める構えをとる。
「避けて!!!!エイン!!!!受けてはダメ!!!!!」
ルースちゃんの叫び通りそれがいけなかった。剣は砕け、そして、私の左腕が斬り落とされてしまった。
「……、え?……、ゔゔあああああ!!!!!」
最初は何が起こっているか理解できなかったが、ドサっという音共に、目の中に入ってきた転がる私の左腕。そして、今までの痛みとは比にならないほどの苦痛が押し寄せた事で理解した。
痛い痛い痛い!!!!!!!腕!!!!!!が斬られた!!!!!
私はその場で座り込んでしまう。必死に左の脇腹を掴むが、痛みが全然引かない。血はダラダラ垂れ、身体は熱く、汗が止まらない。息も荒いまま落ち着く気配なんてない。
「ふぅん、まぁ、ここまでだな。……、いいこと考えた!おまえ、生かしてやるよ」
「……?!」
「いい話だろ?これほどの闘志を持つヤツは滅多にない。自分の巣を壊されてるってのに、あのカスどもは命乞いだ、供物だの、てんで話にならねぇ。その点おまえはいいなぁ。腕を落とされてなお、オレへの闘志が消えてない、ここで殺すにゃ勿体ないぜ……」
「……、何が言いたい?」
「察しが良くて助かる」
何か企んでいる目だ。それ程まで嫌な目つきをしている。
「おまえとあいつ、どちらを生かす?」
「……は?」
「おまえが逃げるか、あいつが逃げるかを選べ。おまえにその権利をやる」
ルースちゃんに刀を向けて、鬼人はそう言い放った。おそらく本気でそう言っている。目のぎらつきが先ほどとは違う、何か楽しみのような決意のような、固いものに変わっている。
なら、このままルースちゃんを置いて逃げれば、私は助かるのだろう。そうなった場合、ルースちゃんはどうなる?
覚悟を決めろ、エイン。
「……、ルースちゃん、守ってあげる。さっさと逃げて」
私は鬼人の前に立つ。左腕は根本から落とされ血は止まらず、身体はもう言うことなんてほとんど聞かないし、立ってることで精一杯だ。それでも私は、剣を握った右手を無理やり、鬼人の前に向ける。
「む、無駄です、エイン……」
「……何が無駄なの?」
「どうせ殺されます……魔族が約束など守るはずありません……もう私たちはダメです……」
「鬼人……少しだけ話す時間が欲しい……最後の頼みだ……」
私は鬼人に頼んだ。命乞いなんかするつもりはない。だからと言って、ルースの意見に腹が立ったからそのままにしてもおけない。
「はははははぁ!!!いいぜ……冥土の土産にしてやらぁ」
「ありがとう……」
私はほぼやっとの思いでルースの所まで歩いていく。もう正直動けない気もするけど、口はまだまだ動く気がする。話したい事は話してしまおう。
「ルース、無駄って何?」
ダメだ……目が霞んできた。それになんか寒くなって来た気もするし……
「……!!もう無理です!!私たちはこのまま殺されるんです!!もう!!ダメです!!」
「……、仮に嘘だとしても……私が囮になるから……君が逃げるまでの時間を稼いでみせる……!」
「あなたにそんな事不可能です!!私たちはもう!!」
「……勇者様伝記には『本気でやっていれば可能性は0にはならない』と書いてあるよ……私は……才能もないし……、魔力も多くない……、勝手に心が折れて、なりたいものに…………本気になれなかった……バカ……だけど……、君を逃す……この覚悟だけは……本気だと認めてほしい……」
「……、何を……言ってるんですか?」
私はそれだけ言って鬼人に向かい直した。少しでも時間を稼ぎたいが、どうするか……ほんと、どうしよう……というか、早く逃げてほしいな……
「……君の生きていく道を少しでも開けるため、君が生きて残る可能性をたった0.1パーセントでも上げるために……たとえ確率がそれより低くても……君を逃すために私はこの命を捧げる……本望だ……」
そうだ。私は死ぬ。倒せるなんて傲慢な事は微塵も考えていない。かと言って、ルースを見捨てて逃げて……私が仮に助かったとしても……誰に合わせる顔があるというのだろうか……どうやって……ガイドさんに顔を合わせれば良いのだろうか……合わせる顔がないまま戻るのだけは死ぬより嫌だ……それに、身勝手が起こした災いに都合の良い助けが入ってくれる期待を求める気もさらさらない。
只それでも、私の命が風前の灯だろうとも、ルースだけは生かして返すと決めた。
それが私の覚悟だ。
「私のためにあなたが死ぬのですか?そんなそんなの……そんなの!!おかしいです!!」
「じゃあ今の君に何ができる!!?!ただ強い魔物を目の当たりにしただけで!!!!腰を抜かした臆病者に!!!!臆病者は臆病者らしく早く逃げればいい!!!!さっさと行け!!!!」
大声を張り上げ終えて、身体を取り留めていた糸が切れてしまったのか……身体に力が入らない。どんどん……力が抜けていく……
「……、……」
鬼人が……何か……話し……てる?それし……とも……ルー……ス……?……もう……耳も……聞こえ……ない……そうか……こ……れ……
……………
「!!!!!!!!?!」
私は勢いよく飛び起きた。
「いっ!!?!」
その反動なのか、身体中にとびきりの痛みが走る。このまま起きていても痛みが走りそうなので寝転ぶ事にした。……辺りは暗い。ここはどこだろうか?
暗い……でも、月明かりが見える。星も少しだけ見える。……ここはベッドの上か……今のは夢?
私は不意に右手で左手を掴んだ。
「左手が……ある?!……何だ……悪い夢か……良かった」
でもなんか、違和感あるな。
私は左手を月明かりに照らしてみる。しかし、特に変わったところは見当たらない。只それでもこの腕は自分のものではないような気がする。どうしたんだろう?
その時扉が開く音ともに、水と洗面器が落ちる音が聞こえた。音の近くにはガイドさんがいる。
ガイドさんは目を丸くして手で口を押さえていた。そしてちょっとしてから、こちらの方へ歩いてくる。
「良かったぁ……良かったぁ……」
そして、ガイドは私の手をぎゅっと握るなり突如泣き出した。何が何か分からず、ただ、たじろぐだけの私の手をガイドさんは強く握って離そうとしない。
私はガイドさんが泣き終わるまで待つ事にした。
ガイドさんは泣き終わっても全然私の手を離そうとしない。これは多分、そういう事だろう。夢じゃなかったという事だ。腕の謎はあるけど、まぁ、いっか。
「本当に良かったです。エイン、死にはしないと思っていましたが、もう起き上がってこないのではないかと思いました……」
「……?起き上がってこない?どういう事ですか?」
「身体は万全でも心が負けてしまえば起きる事を拒否して眠り続けることもある……それはもう……外部からは何も出来ません……」
「本当に出来ないんですか?」
「しようと思えば出来ますが……それなりのリスクがあり、あまり使いたくはありません……」
いや、しようと思えば出来るんだ?うーん……でもリスクありか。その方法は確かに使いたくはないかもしれない。
まずそれより気になることがある。それから訊いてみよう。
「ねぇ、ガイドさん。ルースちゃんはどうなりました?」
そう、ルースちゃんの容態が今1番気になる。逃げてくれていればよし、無事なら何も言うことはない。
「あの子は今治療中です。死ぬ事はないでしょうけど、深傷を負っていましたね」
「深傷……」
私が倒れるまでルースちゃんに深い傷は1つも無かった。逃げれなかったのかな?……何にせよ、死なないのならそれはそれで良かった。ホッとした。
「あなたはあの子に、あの子はあなたに、双方とも感謝する必要がありますね」
「双方とも?」
私が少し悩んでいるとガイドは頭を優しく撫でてくれた。ガイドさんの手はいつも温かくて優しい感じがする。
「あの子、鬼人に勝ちましたよ。あなたが生きていられるのはあの子のおかげです」
「え?勝った?鬼人にですか?」
「はい、私が着いた頃にはルースさんは膝をついていましたが、鬼人は地面に背をつけ、絶命していました。……その横に!!!死ぬ寸前のあなたがいたんです!!!!なんてバカなことしたんですか?!命があったから良かったものの!!!死んだら元も子もないのは分かっていますよね?!」
急に怒られた……でも……これは私が全て悪い。ゴブリンに痛めつけられた後のルースちゃんに止められた時に、素直に帰ってくればよかった。そうすれば、こんな事になる事もなかっただろう。
「すみません……心配かけて……」
なんか今にきて涙が溢れてくる。横にガイドさんがいる。ちゃんと私を叱ってくれる人がいる。私には、安心させてくれる人がいる。そんな人を蔑ろにしてしまって……本当情けない話だ……
「こちらこそ……ごめんなさい。逃げることも出来なかったのでしょう。あなたがそこまでバカでないのは知っています。……、生きていてくれて、何よりです」
お疲れ様です。
洋梨です。
ルースちゃんは、ただただビビってただけです。
数話後にこの時のルース対鬼人は描写しようと思います。
よろしくお願いします。




