『緑の魔女』の魔法の秘密 ~侯爵様の嫁より田舎でスローライフの方が良いべ!~
前半はまあまあシリアス。後半はがらっと変わってラブコメ?風味です。
楽しんで頂ければ幸いです。
「イモーヌ・オーバーグロウ! 貴様との婚約を破棄する!」
あるパーティーでいきなり婚約者のセドリックにそう言われた伯爵令嬢のイモーヌは、ゆっくりと振り返りました。
その動きに合わせて彼女の自慢の一つ、緑なす黒髪がふわりとなびき、シャンデリアの明かりを受けて輝きます。周りの賓客の視線を一身に集める中、イモーヌは落ち着いて婚約者に問いかけました。
「あら、セドリック様、何故そのような事を仰るのですか?」
「お前との婚約は失敗だった! お前は何の役にも立たん。それどころかマイナスしかない!!」
「酷い言われようですわね。でも、よろしいんですの? このような公の場で婚約を破棄しておいて、後で『緑の魔女』である私を捨てるなんてとんでもない、と侯爵様に言われるのは嫌ですわ」
イモーヌは作物を豊かに生い茂らせ、実らせる魔法の力を持っています。その力を見込んだセドリックの父親である侯爵側から婚約を申し入れられた経緯があるのです。
「お前が『緑の魔女』だなんて嘘っぱちだろう! 我が侯爵領はちっとも実りが増えていない!! だから婚約は無効だ! 父上も納得している!!」
「まあ、何て事」
婚約者から侮辱を受けたイモーヌは青くなるでも泣くでもなく、豊かな髪をかき上げながら微笑みます。その優雅で落ち着いた振る舞いは、彼女が生粋の高位貴族ではないのかと思わせるほど。
「おかしいですわね。セドリック様と婚約した事によって、侯爵領の実りは私の魔法の恩恵を受け、収穫は増えている筈ですが。……まさかセドリック様は我がオーバーグロウ領が得ている程の収穫量を期待していたのでしょうか?」
「当たり前だろう!! お前のところは収穫量に応じて毎年莫大な税収が入るじゃないか!! それがあるから結婚の持参金も要らないと言う約束だったのに、話が違う!」
「あらあら、それは婚約の段階ではまだ無理ですわ。私がセドリック様と結婚して名実ともに領主の妻になれば『緑の魔女』の力を存分に使えますけれど」
この国では限られたごく一部の人間だけが魔法を使えます。正確には、魔法を使える者は王家と貴族階級に属する人間のみという制度が敷かれているのです。万が一、平民の中に魔法が使える素質の者が現れれば、その者は住んでいる土地の領主の養子になるのが慣例です。
イモーヌはまさにその、万にひとりの平民出身でありながら『緑の魔女』と呼ばれるほど優れた魔力の持ち主でした。彼女は子供の時期に伯爵家に引き取られ、貴族令嬢としてきちんと教育を受けています。そしてイモーヌが養女になってからは、伯爵領の農地は段違いに収穫量が増え、領地全体が豊かになったのです。
「……はっ、本性を現したな。そうやって俺の家に入り込み、乗っ取るつもりだったんだろう。だがお前の出自だけではなく、心までが卑しいともうバレているぞ」
「そのお言葉は間違いですわね。私の心が卑しいなどと誰にも言わせませんわ」
「何が間違いなものか! お前は卑しい女だ。美しいリリアナに嫉妬して虐めたのだからな!」
「……リリアナ様とは、まさかミーン子爵家のリリアナ様のことでしょうか?」
セドリックは勝ち誇った様子で言います。
「ふん、お前が素直に婚約破棄を受けておけば、この話も公にしないで済んだのにな。イモーヌ、お前もこれで終わりだ」
セドリックの言葉が終わらぬうちに、その横に歩み寄る可憐な令嬢が居ました。ふわふわとした金髪に潤んだ瞳が庇護欲をそそる、リリアナ・ミーン子爵令嬢その人です。
流石のイモーヌもこれにはやや驚いたようでした。そしてちらりと義理の弟であるギルフォードの方を目の端で見やります。
オーバーグロウ伯爵の嫡男、つまりイモーヌの一歳年下で義理の弟のギルフォードはリリアナと婚約していましたが、つい最近その婚約を考え直したいとミーン子爵家から連絡があったのです。そして今、リリアナはセドリックに微笑み、彼の腕に手をかけ袖を引いてさえいます。
「セドリック様ぁ。私、怖かったですぅ。イモーヌ様は将来私の義理のお姉様になるからといって、私を見張って、いちいち嫌味を言ったり、怒鳴ったり、一度なんてドレスを無理やり脱がそうとしてぇ」
「ああ、可愛いリリアナ、君をそんな酷い目に遭わせるなんてイモーヌは恐ろしい女だな。大丈夫。俺が守ってやる」
美男美女の二人のやり取りをイモーヌは冷たい目で眺め、次いでギルフォードに視線を送ります。彼は気まずそうに義理の姉を見つめ返しました。
「聞いたか! これが証拠だ。お前のような身も心も卑しい女は、ここに居る事自体が許されない! 平民に戻るがいい!」
パーティーの会場にセドリックの大声が響き渡り、その場にいたすべての賓客たちの耳を引き付けました。彼らはざわめきつつも声を潜め、興味津々で成り行きを見守ります。イモーヌは小さく息を吐くと扇子を口元に広げ、吊り目を伏せて薄く微笑みました。その様子は彼女のきつい雰囲気の美貌もあいまって、さながら悪役令嬢のよう。
「うふふ。何を言い出すかと思えばそういう事ですの? 要はリリアナ様と浮気をなさったから、セドリック様はそれを正当化しようと必死に私を貶めているのですね」
「なっ……! 言いがかりだ! そちらこそ俺を貶めようと」
「リリアナ様の一方的な言い分を『証拠』だと言うのはあんまりですわ。それよりもお互いに別の婚約者が居ると言うのに、人前で仲睦まじい恋人のように腕を組んでいるその姿こそ、浮気の『証拠』にならなくて?」
イモーヌの言葉に二人は青ざめてパッと離れましたが、「先ほどまでいちゃついていたのを見せつけておいて今更だな」と言う周囲の冷たい視線があちこちから突き刺さります。イモーヌはそれを満足そうに見ながら続けました。
「それに、リリアナ様の件は誤解でしてよ。私が彼女に怒鳴ったりなどするものですか。……まあ、彼女の行動に驚いてうっかり大声を出したことは一度ございましたが、私は卑しい平民の出自ですからそれくらいは大目に見て下さらなければ、ね?」
完璧な貴族令嬢の立ち居振る舞いで、敢えてセドリックの言葉を借りて皮肉たっぷりに返すイモーヌ。セドリックは整った顔立ちを怒りで赤らめ歪めながらも、なんとか反撃の言葉を絞り出します。
「そ、そうだ。お前は所詮、卑しい平民の生まれだ。お前は何度やめろと言っても何かと理由をつけて俺の頭を撫でてきた! そんなはしたない行いが染みついた女を妻にするなんてまっぴら御免だ!!」
「ああ、それは申し訳ございません」
ここにきて、イモーヌは素直に謝罪をします。けれど、セドリックのきっちりと綺麗に撫でつけられた頭を見ている彼女の瞳を覗き込めば、その奥には笑みが潜んでいるのがわかったでしょう。
「でも、どうしても撫でて差し上げたくなってしまうんですもの。婚約者ならそれくらいは許されるかと思っていましたわ。けれど確かに今思えば、嫌がる男性の頭を撫でるなど失礼な行為でしたわね。……そうそう」
イモーヌは瞳の奥の笑みをはっきりと表情に表しました。
「でも、それが婚約破棄の理由のひとつと言うなら、リリアナ様はもっと失礼で卑しい行為をなさっているのに、今後リリアナ様と婚約を結び直すおつもりかしら」
「えっ!?」
「先ほどの、大声の件ですけれど。彼女がギルフォードの婚約者として我が伯爵家に遊びに来ていた時に、勝手にお父様の書斎に入り込んでコソコソと机の上の書類を漁っていましたの。私はそれを偶然見てしまい、驚いて大声を出したのですわ」
「なっ!?」
周囲のざわめきが一気にどよめきに変わります。セドリックは驚きのあまり口を開けたまま、リリアナを見ました。リリアナは青ざめながらも潤んだ目でセドリックを見上げ弁解します。
「ち、違うんですセドリック様ぁ! 私、伯爵様のお屋敷で迷ってしまってぇ……」
「何度も我が家に来ているのに迷うわけないでしょう」
イモーヌがぴしゃりとはねつけます。
「それまでもリリアナ様は幾度も屋敷のあちこちを覗いて回ったり、使用人から何かを聞き出そうとしてお金を握らせたりしていたのです。その都度彼女には注意をしていたのですが、まさかそれを嫌味を言われただの、虐めをしただのと言われるなんて心外ですわね!」
周囲のどよめきの中に、ヒソヒソと噂話が混じります。
「そういえばミーン子爵って、元々やり手の商人よね。お金で子爵籍を買ったとかって話よ」
「なるほど……やり手はやり手でも、他人の弱みを探して儲けるタイプだったか」
「伯爵家では弱みを探せなかったから、イモーヌ嬢繋がりで侯爵家に擦り寄って、ギルフォード様からセドリック様に乗り換えたって事? まあ……」
「ククク、これは傑作だ。元平民の女は御免だと『緑の魔女』を蔑んでおきながら、元平民で魔力も持たない上にコソ泥の様な真似をする子爵の娘を娶るつもりとは……」
その悪意と好奇心に満ちた囁き声はセドリックの耳にもジワジワと入り、彼の身を毒で蝕むかのように力を奪っていきます。彼はゆっくりと膝をつきます。公の場でイモーヌを貶め、婚約破棄を正当化するつもりだった彼の目論見は見事に崩れたわけです。
しかしその様子を見ていたイモーヌは勝ち誇る事も無く、相変わらず落ち着いて、けれど遠慮なくリリアナにとどめを刺します。
「大方、我が家の豊かさを見たミーン子爵様が貴女に『収穫量増大の秘密か、税収を誤魔化している証拠でも探ってこい』と指示なさったのでしょう?」
「えっ! なぜそれを……あっ」
言いかけて思わず口を手で塞ぐリリアナ。対するイモーヌは笑みをこぼします。
「うふふ、たとえリリアナ様に探られても痛い事など我がオーバーグロウ家には何もありませんわ。周知の事実どおり、収穫量が増えたのはこの私、『緑の魔女』の魔力によるものです。税収の不正などもございません」
「う……」
言葉を失うリリアナを見たセドリックと賓客たちは、イモーヌの言葉に嘘などひとつも無いのだと思いました。悪役令嬢のような微笑みを見せたイモーヌは話を締めくくります。
「セドリック様、浮気による一方的な婚約破棄、お受けしますが慰謝料はきっちり請求させていただきますので侯爵様に宜しくお伝えくださいませ。リリアナ様、義弟との婚約解消は近日中に確実なものとなるでしょう。お二人ともお幸せに。……幸せになれるのでしたら」
イモーヌは義弟を連れ、優雅にパーティー会場を後にしました。
◆
「……流石ですね。義姉上」
帰りの馬車の中。姉弟は向かい合って座っていました。窓の外を眺めていたイモーヌは、ギルフォードがぽつりとこぼした言葉を受けて視線を義弟へ移し、美しく微笑みます。
「なにが? ギル」
「いや……あのような場で、か、完璧な立ち居振る舞いで、咄嗟、に、言い返し……ぶふっ」
「フフフッ、嫌だわ、笑うなんて」
「だ、だって……『探られても痛い事など何もありませんわ』などと!……くっ。普段の義姉上とは……べ、別人で……くっ! アハハハハ!」
「フフフフフ、アハハハハ! 最高だったべ!」
二人は大笑いをします。イモーヌは先ほどまでの令嬢然とした態度をかなぐり捨て、腹を抱えて笑った後、笑いすぎて目尻に滲んだ涙を拭いました。すると濃い化粧や吊り目に見えるように引いたアイラインも一緒に取れ、丸い瞳が現れます。素顔の彼女は芋っぽい田舎娘によくあるような、素朴で可愛らしい顔立ちです。
「いや~まいったまいった。どこまで本当の事を言おうか、実は迷っていたべ」
イモーヌの『探られて痛い事』。それは、伯爵家にてきちんと教育を受けた結果、外では完璧な令嬢のフリを装っている事でした。
彼女は生まれ持った本性を捨てきれず、親しい者だけが居る場所では農家の芋娘丸出しの態度だったのです。
「ああ、リリアナ嬢が義姉上に無理やりドレスを脱がされそうになった、なんて言われた時は肝が冷えましたよ!」
「だってギル! オーバーグロウ領は農業が主産業だべ! 将来その領主の妻になんのに、綺麗~なドレスを着たまんまで畑仕事のひとつも知らないんじゃぁダメだぁ。だから私はあの娘に『汚れてもいい服に着替えなさい』って言っただけだべさ」
「……ええ、義姉上に他意が無い事は、俺が一番わかっています」
ギルフォードは笑いながら言います。リリアナがオーバーグロウ伯爵の書斎を漁っていた時、びっくりしたイモーヌは思わず地が出てしまい「何してるだ!!」と大声を出してしまったのです。その後リリアナがイモーヌに怒鳴られた、とギルフォードに泣きついた時も、真実を見抜いた彼は義姉の方を庇いました。
その後子爵家から婚約解消の話が出た為に、彼はリリアナの方に非があっても婚約者より義姉を取った自分が悪かったのかもしれない……と、心にずっと引っかかっていたのです。しかし。
「やっとスッキリしましたよ。やはり俺の選択は正しかった。そして神は正しい俺の味方をしてくれている」
「? ギル、何の事?」
ギルフォードはイモーヌを見つめ、優しく微笑みます。
「いいえ、何でもありません。こっちの話です」
「ふーん?」
義弟の言葉の真意を汲めず、しかし特に気にも留めなかったイモーヌは馬車の背もたれに身を預け、軽い口調で話題を変えます。
「しっかし、これからどうしようかなぁ。まあ、侯爵様の嫁なんてめんどくさいと思ってたし、婚約破棄は万々歳だけども」
セドリックとの婚約はイモーヌにとって喜ばしい事ではありませんでした。いくら身分が高く顔が整っていても、常に周りを見下し利用しようとするセドリックや侯爵の態度は、優しいオーバーグロウ伯爵家の家族とは全く違っていたからです。
しかし格上の侯爵家からの婚約の申し入れを断るのは難しかったのもあり、彼女はお世話になった伯爵家への恩返しのつもりで嫌々婚約に応じたのでした。
とはいえ、セドリックの前では完全に芋娘の地を隠していた為、侯爵領で『緑の魔女』の本領を発揮する事は出来ませんでした。
イモーヌの力は畑を訪れるだけでも僅かに効果は出ます。しかし収穫量を格段にあげるには作物の苗に直接触れ、声をかけながら魔力を苗に流す必要があったからです。
イモーヌは結婚して領主の妻になってからならともかく、まだ婚約者の時点でセドリックに魔法を使うところを……つまり、いつもの芋娘の態度で苗木たちに愛情を込めて「いい子だべ~早く大きくなれよ~」と声をかける姿を、見られるわけにはいかなかったのです。
「またどっかのお貴族様から嫁入りの話がきたとしても、おんなじように黙ーって苗をいじってたら、おんなじように『緑の魔女』なんて大したことねぇって言われるべ? うーん、めんどくさいなぁ……あ!」
イモーヌはひらめいたとばかりに手を打ち合わせます。
「この際、百姓の身分に戻るのも悪くねぇかな? 畑で立派な芋を育てて暮らすか!」
「えっ? 義姉上、それは困ります」
「ああ、ギル、心配すんな。百姓に戻っても領地の為に魔法は使うべ」
「い、いや、国の法律で平民は魔法を使ってはダメと決まってますから!」
「あっ、そうだったべ。いや~困ったなぁ。何とかなんねぇかな……」
本気で悩み顎をひねるイモーヌに、ギルフォードは真面目な顔で語りかけます。
「俺が何とかしましょうか?」
「え? ギル、できんの?」
「正確には、俺と何とかしていきましょう、ですが」
「?」
ギルフォードはずい、とイモーヌに詰め寄りました。
「俺と結婚すれば、他所から婚姻の申し入れは無くなりますよ」
「へぇッ!?」
予想外の言葉にイモーヌは飛び上がります。
「ギ、ギル! 姉ちゃんをからかうんじゃねえべ!」
「からかってません。というか、貴女がうちに来た時から、俺はずっと貴女を姉とは見ていなかったんですがね、イモーヌ」
「えっ、なんっ……」
イモーヌは頬から、耳、首にかけてまで真っ赤になりました。
「じょ、じょ、冗談だべ? 私はリリアナ様のように美しくもねぇのに!」
「あんな女性、着ている服と多額の持参金くらいしか魅力はありませんよ。貴女が侯爵家のものになると決まった後にミーン子爵から話が来たから、俺は貴女を諦めるために婚約を受け入れただけです」
ギルフォードはイモーヌの横に座り直し、彼女の手を取って見つめます。
「貴女は俺達家族に、領民に、そして領地の作物全てにいつも明るく優しく誠実に接していた。まるで太陽のように。俺はずっと貴女を想っていた。けれど貴女が俺を弟として可愛がってくれていたのがわかっていたから、この気持ちを胸に秘めていたんです」
「ギ、ギル……そんな事、今突然言われても……」
今まで弟だと思っていた男性からの突然の告白。そして彼に熱く見つめられて、イモーヌは真っ赤な顔で混乱し、もじもじと身をよじりました。ギルフォードはその様子を見てふっと笑うと、手を離してこう言います。
「今日のところはここで引き下がります。嫌がられなかっただけ良しとしましょう」
「い……嫌だなんて」
「すぐに返事をくれとはいいません。時間はたっぷりありますからね」
「え?」
「せっかく一緒の家にいるんです。ここから毎日ゆっくりと時間をかけて、貴女を俺に惚れさせてみせます」
「ふぇッ!?」
「ああ、そろそろ屋敷に着きます。きちんとこの事を父上に報告しなくては」
そう言いながら窓から馬車の外を確認したギルフォード。イモーヌは今までぼんやりとしか見ていなかった彼の横顔を改めて眺めます。と、目の前にかけられていたヴェールが取り除けられたように急に視界がクリアになり、初めて彼をひとりの男性として観察し、意識するようになりました。ギルフォードはセドリックほど美男子ではありませんが整った顔をしており、普段畑仕事も乗馬も剣術もこなす逞しさが、彼の頬から首、肩にかけて美しいラインを作っています。
(もしかして、ギルって……男らしくてカッコイイ? セドリック様よりずっと……)
イモーヌは胸の鼓動が早まるのを感じます。それはセドリックの時には決してなかった動悸でした。まあ、つまり……ぶっちゃけセドリックよりギルフォードの方が好みのタイプだったのです。
そんな好みのタイプの彼が帰宅するなり両親に「イモーヌと結婚したい」と言い出し、両親は大喜び。そして毎日毎日情熱的に、かつ押しつけがましくなく愛を囁いて来ます。流石は長らく一緒に居た義弟。イモーヌの喜ぶやり方を知っているわけです。彼女は連日のギルフォードの攻撃にくらくらと目が回りそうでした。
◆
半年ほど後。
イモーヌは変わらず、オーバーグロウ伯爵領で領民に混ざって畑仕事に精を出しています。芋の苗木たちを撫でながら魔力を注ぎ込むことも忘れません。
「みんないい子だな~。しっかり美味しい実をつけてくれよ~」
「イモーヌ! ここに居たのか」
「ギル!」
ギルフォードが駆け寄り、イモーヌをその胸にしっかと抱きます。抱きしめられたイモーヌは驚いて目を見開き、そして赤くなり、やがておそるおそる彼の背中に両手をまわしました。その様子をニヤニヤと見ながら「ギル坊ちゃんとイモーヌ嬢様、幸せそうだな~」「んだんだ。オーバーグロウは安泰だ」とつぶやく領民たち。
二人は畑仕事を終えると土で汚れた手を繋いで屋敷に戻ります。あたたかな陽の光を受け、爽やかな風を顔に感じながら微笑み合い帰途につく彼らは、互いに確認せずとも幸せを感じていました。
「そうそう。知人から聞いたのだが、遂にセドリックは没落するらしい。侯爵家は爵位か領地を返上する事になりそうだ」
「えっ!? それは……やっぱり、ミーン子爵家の件が……?」
「ああ」
あのパーティーの後。
ミーン子爵に弱みを握られていた為、今まで脅され金品を強請られていた……と告白する貴族達が数名現れました。王家は子爵家を取り潰し爵位を取り上げるよう命じたのですが、ヤケクソになったミーン子爵は握っていた貴族たちの秘密をすべて暴露したのです。
その中には侯爵家が税収額を誤魔化して少なく王家に申告していた事実まで含まれていました。実はパーティーよりも前、セドリックを篭絡したリリアナが侯爵家に入り込み、既にその証拠を手に入れていたのです。
侯爵家も王家の怒りを買った為、本来納めるべき税に加え、少なくない追徴金を上乗せして王家に納めなければならなくなりました。しかし。
「今年の侯爵領の実りは例年より悪いらしくてね。だから追徴金を払いきれないようだ」
「ああ……」
イモーヌもギルフォードも、皆まで言わなくても通じました。おそらく少し前から侯爵領の作物の収穫量は落ちていたのでしょう。そこにイモーヌの『緑の魔女』の力が、薄くはあるけれどきちんと効果を出し、全体の収穫量が変わらないほどリカバリーしていた事に誰も気づいていなかったのです。
「先日、知人がセドリックに偶然会ったんだが、あの美男が見る影もないほど変わってしまって……その、心労からか髪もだいぶ抜け落ちてしまったとか」
「ああ……そうだべか」
イモーヌは特に驚く風も無く、己の手のひらを黙って見つめます。その様子を見たギルの表情が曇りました。
「イモーヌ、やっぱり貴女はセドリックの事が好きだったんじゃ」
「ええっ!? 違うだよ!!」
「貴女を疑うわけじゃないけど……その、セドリックの婚約者だった時には、つい頭を撫でたくなるほどだったんだろう……?」
「そ、それは寂しいと言うか、可哀相だったから……好きとかじゃないべ!」
「本当に?」
「本当だべ! 私が好きなのはギルだけ……あっ」
「イモーヌ!!」
思わず本音をポロリと漏らした彼女に、感極まったギルフォードはイモーヌを抱きしめます。彼女はその熱い抱擁にじんわりと幸せをかみしめ……そしてちょっと困りました。
(どうしよう……さっきも背中に手をやってしまったし……でも、ここで抱きしめ返さなかったらまたギルが不安になってしまうかもしれないべ……)
イモーヌは少しだけ悩んでから、覚悟を決め、えいやと彼の背中に手を回しました。
(まっ、背中が毛深くなるくらい、自分では気づかないかもしれないしな!)
『緑の魔女』の魔法の力、手で触れた物を生い茂らせる能力は、実は作物以外にも働く事はもうしばらく秘密にしておきましょう。
一応ふんわり設定ですが補足です。魔法の効果は
①居るだけ<②魔力を流さず触るだけ<<<③魔力を意識して流す(無言)<<<<<<④田舎言葉で愛情込めて話しかける&魔力を流す
っていう感じで考えてました。イモーヌは侯爵領では①~③しかしておらず、セドリックの頭の時は③です。ギルとハグしてるときは②なので、ちょっと毛が濃いかな……くらいですむはず……?
いかがでしたでしょうか。今回は主人公の名前と冒頭の髪の毛のくだりで伏線を仕込んでいました。
お読み頂き、ありがとうございました!
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