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海月が見た夢

作者: 朝川はやと

水槽の中、ゆらゆら漂うくらげたち。

膨らみ、萎み、また膨らんで萎んでゆく。

浮かんで、沈んで、また浮かんで沈んでゆく。

どこまでも同じ時間が流れる。

無限を閉じ込めたガラスの壁。

それを隔てて、私が立っている。

ただぼんやりと、青白い命たちを見つめる。


両親が私に授けた名前は海月。

「みづき」と読む。

けれど一般的に、海月と書いて「くらげ」と読む。

水中を漂う姿が反射する月のように見えるからという説がよく言われていて、その他にも由来は諸説あるらしい。


幼い頃は「くらげ」という仇名がつけられた。

綺麗なものや可愛いものが大好きな幼い女の子にとって、嬉しい呼び名ではなかった。

へんてこな名前がつけられたことに腹を立てた。

けれど面白がって呼ぶ男の子や、愛称のつもりでいる女の子に「やめて」と言えないまま、幼い私は黙ってやり過ごした。

子どもの興味は移ろいやすく、その後いつしか「くらげ」と呼ばれることはなくなっていた。


大学生になって、当時の彼氏と水族館へ行った。

イルカも、エイも、クマノミも可愛かったけれど、今でも鮮明に覚えているのは様々な種類のくらげたち。

いくつもの水槽があって、島から島へ移る船のように私はその1つ1つに吸い寄せられていった。

そして顔を近づけて夢中で見つめた。


あまりにもずっとそこにいたので、

「もう行こうよ」

と言って彼が急かした。

もっとその場にいたかったけれど、仕方なく彼の背を追った。


帰りの電車の中、彼の話は上の空で、水槽の中に溶けてゆきそうなくらげたちの姿がずっとずっと忘れられなかった。

あんなに好きだった彼のことはほとんど忘れてしまったけれど、くらげたちのことは今もまだ忘れていない。


24歳になった私は、毎週金曜日の夜、仕事を終えて閉館間近の水族館でくらげを眺める。変わった人だと思われるかもしれない。

だけど、私だけの時間がここにはある。


水槽の中、ゆらゆら漂うくらげたち。

膨らみ、萎み、また膨らんで萎んでゆく。

浮かんで、沈んで、また浮かんで沈んでゆく。


かっこ悪くて、可愛くなくて、嫌いな呼び名だった「くらげ」。

「いつか素敵な出会いがあるから、くじけないでね」

幼い私に語りかける。

私の暗い深海に優しく浮かぶ月。

綺麗で、不思議で、儚くて愛おしい。


しばらく水槽を眺めていると、奇妙な感覚に陥る。


ふと頬に冷たさを感じる。

髪の先が水の流れに揺れている。

私は水底に立って、頭上を見上げる。

ただぼんやりと、青白い命たちを見つめる。

腕を大きく広げて深呼吸する。


どうしようもなく心が痛むことが、時々ある。

苦しくて、死にたくなることが、時々ある。

けれど海の月が私を照らしてくれる。

海月という名前が、私を導いてくれる。


ゆらゆら漂うくらげたち。

膨らみ、萎み、また膨らんで萎んでゆく。

浮かんで、沈んで、また浮かんで沈んでゆく。

良いことも、悪いことも、すべて繰り返す。


そうやって、みんな明日へと漂いゆく。



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