雪視点10★
★★★
思い返すと、普段はお店に行く機会がないから、お買い物に出掛けたのはすごく新鮮だった。詩紋も僕と同じみたいでかなりテンションが高い。
僕らは二人揃って、周りをキョロキョロと落ち着きなく見えたと思う。
多分周りには完全に、オノボリさんみたいになっていたんじゃないかな。
★★★
「持っていきなさい」なんて、色々なお店の人たちに声をかけられ、お菓子や惣菜などを渡された。そんな些細なことも、僕達にとって初めての経験だった。
今まで気配を消していて、ほとんど遠くで見てるしかできなかったもの。人の営みは、思ったよりもずっと、優しいものに感じられた。
きっと裏切る人もいるけれど、全てじゃなくて優しい人もいるという事か……。彼女みたいに。
初めて心に、そんな事実がストンと落ちてきた。
「ありがとうございます」
…なんて、色々くれたお店の人に、お礼を伝えると「また来てね」とか、「こっちにも寄ってって」、なんて声をたくさんかけられた。
樹里さんは、最近越してきた事なども話しながら、「これからお世話になります」とか、「また来た際に、またお買い物させていただきますね」と商店街の人たちに挨拶も兼ねて、声をかけその場を離れていた。
「みんな優しいね」と樹里さんはふわりと笑った。
「こんな風にたくさんお話したの、樹里さんが初めてだから楽しい!」と詩紋も終始笑顔だ。
★★★
はしゃぎ疲れてしまった僕らは、車の中でお互いを支えにして、寝てしまったみたい。
お家に車がついたのに気が付かなくて、樹里さんが荷物を下ろす時に生じる振動で目が覚めた。
眠そうな情けない顔を、してるかもだけど仕方ない。痛みもなくて忘れかけてたけど、病み上がりだ。傷は塞がり力は蘇ってきたけど、流れ出た血液で完全に体力は足りていない。でも荷物を運ぶくらいできるだろう。
「手伝います!」
僕は樹里さんにそう伝える。
「寝ててよかったのに…。だけど、ありがとね。お言葉に甘えるね」
そう伝えると僕の頭を撫で、荷物を運ぶのを心配しつつも、手伝わせてくれた。
「後で詩紋ちゃんもお部屋に運ばなきゃね」
樹里さんはそう言うと、後部座席ですやすや寝てる詩紋を見る。
「あ、大丈夫です。詩紋は…」
僕は「ピーチョピーチョピーヨー」と鳴き声をあげ、詩紋の姿を文鳥の姿に変えさせる。無造作に詩紋を掴むとポケットの中に放り込む。
ポケットに詩紋を放り込む時に、樹里さんに、不思議そうな顔された。それには気がつかないふりしておこう。僕たちはそれなりに強いのですよ。
★★★
室内に入る~と食材をしまうという、樹里さんから預かった、マイホームの組み立てをする。
ポケットの中に入れっぱなすのも可哀想だし、仕方ないから朝まで僕が寝かせてもらってた、箱を借りて詩紋を寝かす。
僕はそれなりに器用なので、ケージはすぐに組み上がった。詩紋を寝かせたまま、あやかしの木の妖力を感じたので裏庭へと足を運ぶと、樹里さんがいた。
「あやかしの木さんありがとう。助かるけど無理はしないでね?」
そう言うと、あやかしの木を撫でる。あやかしの木は嬉しそうに葉を揺らす。彼らも僕達の接ぎ木の様な存在だから、話さないだけで生み出した者の魂の一部を宿らせているから。
僕が好きな樹里さんに、そう言われたら、喜ぶのは当たり前だ。多分あやかしの木は、今まで以上に美味しい食材を、生み出そうとするんだろうな……。
野菜も切り……、キャンプ場にありそうな鉄板を洗い、セッティングを手伝う。妖力を使えば念力のように重い物を浮かせたり濡れたものを乾かしたりは造作もないんだ、僕らにとっては。
詩紋も起きてきて、準備を手伝い始めたらしい。バーベキューのセッティングは思いのほか早く済んだ。
いろんなタレや食材を裏庭にある、ガーデンテーブルの上に、所狭しと串に刺した牛肉やら、ピーマンや人参、とうもろこしに玉ねぎといったお野菜。
それらは切り目を入れてあった。火が通りやすくする為なんだろう。バターを乗せて醤油をかけたじゃがいもを、アルミ箔に包んだものなどを、キッチンから持ってきてテーブルに乗せていく。
想像するだけでも、加熱して出来るものは、どれも美味しそう…。つけダレなのか、それらも何種か準備されていて、そのそばには、初めてあやかしの木になったオレンジも切り分けてあった。
オレンジは箸休めのデザートかな?
鉄板に熱が行き渡るのを確認しながら、買ってきたトングで僕らは、少しずつ野菜やお肉を乗せていく。
ジューッと、いい音をさせながらお肉の焼ける、いい匂いがしてきた。バーベキューの始まりにドキドキが止まらない。
「ご飯、楽しみだねぇ」
そういい、詩紋も僕と同じ気持ちみたいで、少しずつ焼けていくお肉や野菜に、紅の瞳は釘付けになっていた。