石けん屋さんになりたい
「えーと布はこのあたりのお店かな?」
正門へ続く通りを歩いて行くと、巻物状の布が壁一面に乱雑に並ぶ販売店に入った。
単色のものしかないように見えるが、街を歩く女性のスカートを思い返してみても単色ばかりだった。水玉とか、ギンガムチェックとか、そういった柄は見かけなかったからシンプルなものがここでは流行っているのかもしれない。
……このお店にいる女性たちのスカートも、継ぎ接ぎのところを除いたら単色だしね。
そこでふと、俺はあることに気づいた。布を買い求めに来ている、俺たちよりは年上だけどまだ幼い女の子も、大人の女性も、全員スカートなのだ。街では獣人村のように女の子が短パンを履く文化はないのかもしれない。
だからだろうか、ちらちらカーリンの短パンを見ている人がいたのは。
今も短パンを履いているカーリンは楽しそうに布を見ているが、女性がカーリンを二度見するのを俺は見た。
……街に来るならカーリンはスカートの方が良いかもしれないなあ。後で言っておこうっと。
オドール商会にいたからだろうか、少し狭く感じる店内をカーリンと見ていると、友達同士か、あるいは姉妹にも見える布を買いに来ているらしい2人組を発見した。どっちにどの色が似合うとか、これは流行りの色だとかを楽しそうに話していた。
「いいなあ。わたしもエイミーと一緒に来て、一緒に布を選びたいなあ」
「エイミー、来てくれるといいよね」
「うん。手をつないで歩けば、エイミーもきっと大丈夫だと思うんだよね」
何が大丈夫かは言わなかったが、カーリンもエイミーが方向音痴であることを知っているような口ぶりだ。俺は知らないふりをしながら「うん、大丈夫だと思う」と話を合わせておく。
「よし、ここまでの道を覚えたらエイミーに言ってみよっと! そして一緒に布を選ぶんだ」
楽しそうに笑ったカーリンは、また布に視線を戻し吟味し始めた。
布にあまり興味がない俺は再び店内を観察していると、お客さんの中には獣人がいるのに、販売員の中には獣人がいないことに気づいた。
「ねえ、獣人ってここで働いてないの?」
「まだ獣人が雇われたことはないな。ここにコネがないから無理だろう。なんだ? 坊主、ここで働きたいのか?」
販売員のおじさんは、突然声をかけたにも関わらずお店の雇用状況を教えてくれた。セキュリティが甘いなと感じてしまうのは個人情報の取扱にうるさい日本で育ったからだろう。
でもそのおかげで情報を得られそうだ。俺は今日初めて女の子に間違われなかったことに内心感動しながら、販売員に質問を続けた。
「俺がここで働きたいわけじゃないんだ。俺は村から来たんだけど、獣人が販売店で働いてるの、見たことないなあって不思議に思ってさ」
「あぁ、そういうことか。獣人は木工工房とか、石工工房に多くいるね。女だと木工細工工房とか金属細工工房かな? まだできる仕事が少ないだろうからな」
「どういうこと?」
「おや、知らないのかい? 領主様が変わる前は獣人は仕事の制限があったんだ。新しい領主になってから、俺たち人間と同じように仕事を選べるようになったんだよ。まあ、そうは言っても親の仕事と同じ仕事に就く子が多いから、販売店で働くような子はまだいないだろうねえ」
……獣人って、人間よりも立場が下なの?
そんな俺の質問に「そうだよ」とうなずく従業員は申し訳無さそうな顔で頬をポリポリとかきながら、答えてくれた。
「領主様が変わるまではそうだったな。あまり人様がやりたくないような仕事をさせられることが多かったようだけど……あぁ、獣人の子にする話じゃなかったね。ま、とにかく新しい領主になってからは獣人を人間と対等の立場として扱うようにってさ」
……獣人差別してた店ありますけど?!
領主が新しくなってから獣人の仕事は制限がなくなったし、人間と対等の地位を獣人はゲットしたけど、いまだに差別意識的なものは一部の人の心の中に残っているのかもしれない。
街の獣人の就職事情を思いがけず得ることができた俺は「教えてくれてありがとう」と愛想良く返すと、販売員のおじさんはお客に呼ばれてどこかへ行ってしまった。
……カーリンが街で働くとしても、販売店って無理なのかな? 結局コネがないと入社できないってことでしょ?
さっきのおじさんの話を聞いた限りでは、子は親の紹介でその業種に就くらしい。
「村で気になる仕事がなければ街で探そう」と以前カーリンに言ってみたものの、就職するのは難しいかもしれない。
「この布、2レガほしいの」
……レガ? レガって何?
どうやってコネを見つけようかと悩んでいると、今まで聞いたことのない単語が聞こえて意識が店内に戻った。
どうやら買うときは販売員を呼ぶようだ。巻物を出してもらい、割いてもらったものを買う。必要な布が揃ったら、店番をしているおじさんの元へ行ってお会計という流れのようだ。
「おじさん! この板に書いてある数字はなーに?」
「それは1レガあたりの金額だよ。全部マネラで書いてあるから」
「そっか! マネラってことはえーと……」
棚の木板に書かれたマネラから何の貨幣が何枚必要か指を折って計算し終わったカーリンは、俺に計算が合っているか確認すると、早速販売員を呼んだ。レガというのは、どうやら長さを表す単位らしい。
「何レガほしいんだい?」
「全部1レガでお願い」
その男性販売員は「はいよ」と返事をすると、布を豪快に裂き始めた。
斜めに裂けちゃうんじゃないかと俺はハラハラしていたが、意外と真っ直ぐだった。
これは後からディータおばさんに聞いた話だが、布は裂くのが一般的らしい。「その方が地の目に沿って切れるから、そんなに心配しなくて大丈夫よー」と笑われた。
カーリンは3種類の布を選び、両手に抱えている。黄色、赤、深緑という、レゲエっぽい配色だ。一体何を作るんだろうと勝手にハラハラしているが、カーリンが買ったものならきっと誰も文句を言わずに使うだろう。
「深緑がディータおばさん、黄色がわたし、赤がエイミーだよ! わたしはエイミーのお人形とおそろいのスカートにするんだー」
どうやら1人1色で自分や人形の服を作るらしい。レゲエっぽい服になる心配はしなくていいようだ。るんるんのカーリンは布を抱えながら、今度は食料を買いに出店と販売店を回った。やはりどこの店にも獣人はいない。正確にはいるのはいるんだけど、お客さんとしてだ。
「はぁ……わたし、石けん屋さんになりたいなあ」
「ん? 石けん屋さん?」
喧騒で溢れる通りを歩きながらカーリンは何の脈絡もなくポツリと呟いた。あまりに突拍子がなかったのでオウム返しをした俺は、カーリンの話に耳を傾ける。
「だってさー、出店の人も販売店の人も楽しそうに喋ってるんだもん」
ぐるりと通りを見回したカーリンは、どこかの出店を見ながら羨ましそうに目を細めている。
「それに今日行った布屋さんで買い物をしたら、すごく幸せな気持ちになったんだよ。これってわたしが石けんを売ったら、幸せになる人が増えるってことじゃない? わたし、石けんもシャンプーも大好きなんだもん」
なんとも自分中心で子どもらしい発想だが、俺は微笑ましい気持ちになった。誰かを笑顔にしたい、幸せにしたいという気持ちで仕事を探しているカーリンが、とてもカーリンらしいと思った。
……でも、たしかにカーリンに向いてるかも。
カーリンは接客が得意だし、村で物々交換の経験も積んでいる。そのうえ村人たちの中にファンができるくらい、カーリンは愛嬌よく対応していた。
……販売店ってすごくいいんじゃない? あ、でもコネがないと就職できないのか……えーと、そしたら……
「ねえカーリン、『行商人』になればいいんじゃない?」
「ぎょうしょうにん? ってなに?」
「俺の思い出した記憶の知識なんだけどさ……えーと、ここの世界で言うと、村から商品を持って色んなところに売りに行く人のこと。 それなら石けんも売れるし、俺とシュティローおじさんが護衛してどこかに行けるじゃん?」
カーリンは歩くのを止め、目を大きく見開いたままその場に留まった。
オドール紹介と専売を約束した1年が経てば、ちょうどカーリンも見習いの年だ。1年経ってから販売し始めれば契約違反にはならないだろう。
「……そんな都合の良い仕事、あるの?」
「ここの出店の人たちの中に、6の鐘が鳴って片付けが終わると門から出てく人を見かけたことがあるんだ。どこからか移動して街に来てるんだと思う」
「じゃあ、もしかしたら本当に……? わたしも石けんの出店が出せるかもしれないってこと?」
期待に満ち溢れた目で俺を見るカーリンの目には、まだどこか不安も混じっているように見える。まだ信じきれないようだ。
「……できるかもしれないし、できないかもしれない。でもこれからガルファムさんが来るから、そういう仕事があるか聞いてみようよ」
こんなに話しておいてその仕事がなかったらカーリンを落胆させてしまうかもしれないと思うと、断言はできなかった。
……早くガルファムさんに確認したい! 早く来て!
俺はそわそわしながら、カーリンとオドール商会近くのいつもの広場に歩いていくとちょうど6の鐘が鳴った。どうやら6の鐘は異なる音が1回ずつなるらしい。
「オリバー様、カーリン様。ご一緒してもよろしいですか?」
オドール商会から出てきたガルファムが、俺たちに声をかけてくれた。
「もちろんです。一緒に行きましょう!」
西門まで歩く最中、早速俺はガルファムに質問をぶつけた。
「ガルファムさん、質問なんですけど、村から商品を売りに色んなところに行く仕事ってありますか?」
「えぇ、ありますよ。旅商人のことですね」
俺とカーリンは顔を見合わせる。「本当にあるんだ……!」と驚いた声を出したカーリンが、今度はガルファムを見上げる。
「その旅商人ってわたしでもなれるの?」
「なれる、なれないの話でしたらカーリン様も旅商人になることはできます。ですが、ほぼ確実に仕事として続かないでしょう」
「どうして?! わたし頑張るもん!」
カーリンがいきなり大声を出したことでガルファムは目をパチクリさせた。だが、すぐに穏やかな表情に戻るとカーリンの目線に合わせてしゃがみ込み、聞き分けのない子どもに向き合うように優しく話し始めた。
「旅商人は、人脈がないと続かない仕事なのです。親から子に人脈が引き継がれ、商売道具が引き継がれ、それで商売を続けていくのです。商品が売れなければ、その日の生活すら苦しいものです。カーリン様はなにか商品をお持ちですか?」
「石けんとシャンプー……」
「えぇ、たしかにあなた方が持ち込んだ固形石けんとシャンプーは、実に素晴らしいものです」
ガルファムが俺たちの持ち込んだ石けんとシャンプーに良い評価をくれたことでカーリンは嬉しそうな表情になった。だが、一呼吸置いたガルファムの言葉でカーリンの表情は曇っていった。
「ですが、あの固形石けんは見ただけではただの色の白い石です。出店に並ぶ白い石に、興味を持って説明を聞いてくださる方がどれだけいるでしょうか? シャンプーもまだ知名度が低く、興味を持ってくださる方が出店を覗くかどうかは難しいところだと思います」
なるほど。出店とオドール商会のような街に構える立派な店では客層が違うよってことか。
ニクラスやライナーがシャンプーに興味を示さなかったように、男性はあまり必要としていないのかもしれない。カーリンがいくら売りたくても、出店に固形石けんもシャンプーを並べたところで響く客層じゃないかもしれないのだ。
……旅商人、いいと思ったんだけどなあ。
俺はちらりと隣のカーリンを見る。俯いたカーリンの横顔に若葉色の髪が覆いかぶさりよく見えない。
「旅商人になるのは簡単でも、仕事として続けていくのはとても難しいのです……ところで、カーリン様は冒険者見習いになるのでは?」
ふるふると横に頭を振ったカーリンは諦めの混じった笑顔をガルファムに向けた。
「わたし、まだ見習い先決まってないの。村を出て仕事をしたいなって思って、いろんな仕事を見てみて石けん屋さんになりたいって思ったんだけど……やっぱりだめだね」
カーリンは苦笑気味に俺を見たが、あまり落ち込んでいる様子はない。こうなることがわかっていたような表情だ。
申し訳なさを感じた俺は「期待させちゃってごめんね」と謝り、「また一緒に考えよう」とカーリンの手を握った。
「ふむ。そういうことでしたか。それでは門まで急ぎましょうか」
ガルファムは俺たちの会話をとてもあっけなく終わらせると。門の方へと歩き出した。
「反応冷たいな」と思いながらその後ろを俺たちはついていくと、ガルファムから「そういえば」とあるアドバイスを受けた。
「お2人とも、ベンチにお金を出して数えていたでしょう? これみよがしにあんなにお金を広げていては、盗んでくれと言っているようなものです。今日は妙な輩がいなかったから良かったものの……今後、お金の計算をするときは見えないようにやるといいですよ」
仕事中で持ち場を離れられなかったガルファムは、どうやら俺たちの周りに妙な動きをする人がいないか、見てくれていたらしい。
カーリンの仕事に関するアドバイスかと少し期待してしまったが、違った。
日本のようにだれも盗むまいという気持ちは、ここでは捨てた方がいいと肝に銘じた。
「教えてくれてありがとうございます。次からは気をつけます。お金を数えるの、頑張って覚えなきゃね、カーリン」
「頑張って覚える! 盗まれるのは絶対にイヤっ!」
そうこう話しているうちに門まで着くと、シュティローおじさんとイェンスの姿があった。
コパンの姿はまだ見えない。すぐにでも門の外へ行ってやりたいが、明日も街に来ていいか聞くミッションが残っている。
「おかえり、オリバー、カーリン……とガルファム? なんかあったのか?」
「こんばんは、シュティロー。今日は話があってお2人にご一緒させていただきました」
シュティローおじさんは片眉を上げ、「何だ?」と話を促す。
「実は旦那様が固形石けんとシャンプーの製造方法を買い取りまして、お2人の作業を見にリープベル村まで行かせていただけないかと。村に庶民は入ったことがないと伺いましたが、なにか取り決めでも?」
マジ?という顔で俺たちを見るイェンスに、俺は「マジだよ」と勝ち誇った顔でニッと笑い返す。
「いやいや、何も取り決めなどないさ。もちろん入ってもらって構わない。人間に慣れてないやつや言葉遣いが荒いやつも多いが、それでもよければ来てくれ」
ホッとした様子のガルファムは息を吐きながらセンター分けの前髪をかきあげ、早速日程について話し始めた。
「それでは明後日護衛をお願いしたいのですが、可能ですか? 宿はこちらで用意いたします」
「あぁ、大丈夫だ」
ガルファムがにこりと笑い、「ありがとうございます」と丁寧な態度でお礼を述べ、話が終わったのを確認した俺はカーリンとおじさんの前に出る。
「ねえシュティローおじさん、俺たち明日も街に来ていい? 街に用事があるんだ」
「明日もか。あぁ、いいぞ」
ガルファムとシュティローおじさん、イェンスは明後日の護衛任務の詳細について話し始めたので、俺とカーリンは門の外に出た。そう、コパンに会いたいのだ。
「コパン!」
門番の隣で尻尾をブンブン振っていたコパンが俺に勢いよくジャンプして飛びかかってきた。
狼らしくない鳴き声を出しながら俺の周りを走り回っていて、帰りを楽しみに待ってくれていたのがよくわかる。そしてカーリンにも「おかえり」とジャンプすると、お腹を出して寝転がった。
そんなコパンをワシワシ撫でてやってると、門番が笑いながら声をかけてきた。
「さっきからソワソワしてて、お尻ごと揺れてるのが実に可愛らしかったよ。さ、2人も腕輪を外そうか」
俺とカーリンの腕輪に魔石がかざされると腕輪が外れる大きさになり、門番に腕輪は回収された。
串焼きと手から出た水をコパンにあげていると、シュティローたちが門から出てくるのが見えた。どうやら話はついたようだ。
「おかえり、シュティローおじさ……うわあ!」
「きゃあ! 高い! あはは! すごいすごいー!」
俺とカーリンはシュティローおじさんの片腕ずつに乗せられ肩車をされた。安定感が素晴らしい。とんでもないマッチョだ。
「石けんを売るなんてよくやったじゃないか、2人とも! さすが俺の子どもたちだ! わははは!」
「なに言ってんですか。その子たちは英雄の子ですよ!」
「うちで暮らしてるんだから俺の子でもあるだろ!」
我が子のように喜んでくれているのが伝わり、嬉しくなった俺は声を出して笑った。
シュティローおじさんはオリバーの本当の父親ではないが、手放しで褒めてくれる感じがとても心地よかった。
「シュティローおじさん、これ石けんを売ったお金だよ。何かの足しにして」
「わたしも! はい、これ」
「うおーーー!! まだ見習いにもなってないのにお金を稼いだのか! すごいぞ2人とも!」
テンションが上ったシュティローおじさんは、俺とカーリンをお手玉のようにポンポン投げ始めた。膀胱が何度もヒュンヒュンしていてとても怖いが、玉になりきるしかない。
「ちょっとちょっと! シュティローさん、危ないですって!」
……下手に暴れたら、死ぬ!!!
イェンスになんとかキャッチしてもらい、無事お手玉から開放された俺たちはその後獣人村まで走って帰った。もちろん途中でコパンに乗せてもらったが、交互に乗っていたカーリンもくたくたに疲れた様子だった。
家に着いた俺とカーリンは晩ご飯中に居眠りをしながらもなんとか食べ終え、風呂や翌日の準備をするといつの間にか意識が落ちていた。
カーリンが買った布はシュティローのリュックにいれてもらいました。
買ってきてもらった布を見たエイミーとディータはとても喜んでいたようです。
1レガは3メートルくらいの長さです。




