属性判明
オリバーの家の掃除を終え、掃除道具をシュティローの家に置いた俺は、シュティローとともに山に向かっていた。まだまだ日は高い。多分お昼前だと思う。
これから行くのはあの山だろうなっていうものが視界に入るが、かなり遠いように見える。
ちなみに、この村に馬はいない。獣人は人間よりも強靭な体をしているから、走るのも早いんだそうだ。馬に乗らずに走って出かけるのが普通、と言われた。
だから、俺も今、山まで走らされている。
「ハア…ハア… ちょっと休憩させて…」
俺に合わせて少し先を走っていたシュティローは全く疲れている様子を見せず、振り返った。
「オリバーは混血児だから、獣人より体力がないのかもな」
「5歳の獣人は、もっと走れるってこと?」
「そうだな。エイミーが5歳だった頃山に行ったときは、休憩はもっと先で1回取っただけだったぞ」
…ひえー!獣人の体力やばすぎだろ!
でも俺にも反論させてほしい。俺が今履いてるのは木靴なのだ。
スニーカーのように足首はホールドされておらず、柔軟性がないから足裏がすぐに痛くなり、気をつけないとすっぽ抜けてしまう。
シュティローやエイミー、ディータが履いていたのは、柔らかそうな革靴に見えた。
足首もホールドされていた。装備が違うんだから仕方ないと思う。
ちなみに木靴なのは、家の中で俺とカーリンだけなのだ。聞いてみたら靴は自分で作るらしい。「そのうち二人も作るよ」とエイミーに言われた。
孤児は木靴で家族は革靴なんだな、と思っていたが邪推だったらしい。
「仕方ないじゃん、木靴なんだし」とぶつぶつ愚痴を垂れながら体を休めていると、シュティローが声をかけてきた。
「身体強化ができるようになれば、もっと速く走れるようになるぞ」
「身体強化?」
「ああ。魔力を鎧のようにして身に纏うと身体が強化されるのだ」
そう言うと、シュティローの全身を覆うように赤いオーラのようなものが見えた。シュティローが走り出すと、今までのスピードとは比べ物にならないほどの速さで走っていく。米粒とまではいかないがかなり小さく見える。
…すっげえよシュティローおじさん!でも、俺、塩取りに一緒に行く意味あった?
シュティローはこちらに向かって帰ってくると、爽やかな笑顔が「な?」と言っていた。
「シュティローおじさん、すごい!あっという間に遠くに行っちゃったね!」
こういうときは驚いている反応をしておいた方が、かわいらしいだろう。そして、俺にもそれを教えてほしい。
「そうだろう!四足だったらもっと早いぞ!はっはっは!」
大変ご機嫌だ。というか四足でも走れるんだ。
この気持ち良さそうにしているタイミングを逃すまいと、両手を地面についてまた走り出しそうなシュティローに咄嗟に声をかける。
「その身体強化って、どうやるの?」
俺の方に目を向けると両手を地面から離したシュティローは説明を始めた。
「まず、自分の魔力を感じるだろ?そしたら、その魔力を練り上げて服を着るように身に纏うんだ」
…魔力を感じる??どうやんの?
「あの、シュティローおじさん。俺、魔力の感じ方がわかりません…」
「ああ、そうか。オリバーはそうだったな。魔力はな、こういうものだぞ」
そう言うとシュティローは俺の右手をそっと掴み、俺の顔を見た。
すると、俺の右手から何かが逆流して入ってくるような感覚が襲ってくる。
なんだこれ!気持ち悪い!と必死に抗っていると、指先側にスッと流れる感覚に切り替わった。
このとき「ああ、これが魔力だ」となんの理屈もなくストンと理解できた。このスッと流れていく感覚が自分が指先に向かって流している魔力で、さっきまで入り込んでこようとしていたものがシュティローの魔力だと、感覚的にわかったのだ。
シュティローが俺の手をそっと離し、「そのまま魔力を流したままにしてごらん」と言う。
「流したまま、火を思い浮かべるんだ」
俺は言われた通り、脳内に火を思い浮かべる。
…火と言ったら、ガスコンロの火だな。
すると、俺の掌に小さな火がついた。
「あつっ…くない? あれ?」
火傷する!と思ったが、掌に現れた火は熱くなかった。とても不思議だ。
俺は「火が勝手に出る」という不思議体験に驚いていると、シュティローが「なぜ青色…」と呟くのが耳に入った。
…やべ!ここの人たちの火って赤いんだ!
驚いた拍子に魔力の流れが途切れ、青い火は消えてしまった。ついつい大和時代に使っていたガスコンロの火を思い浮かべて青い炎を出したのは、失敗だったようだ。
シュティローは自分自身の掌に火を出し、俺にもう一度火を出すように促した。
…変に思われたかもしれない。やばい。
俺は言われた通りもう一度、魔力を流して青い火を出す。
シュティローは俺の火と自分の掌の火を何度も見比べて、落胆したように下を向き、ボソっと言葉を呟いた。声が小さくてしっかりと聞き取れず、聞き返した。
「え?なんて?」
「オリバーの火の方が…かっこいい」
そう言ったシュティローの顔は落胆というより、拗ねているように見えた。
…よかった、怪しまれてるわけじゃない!セーフ!
「あはは…なんかカッコイイ火がいいかなって思ったら、青い火になっちゃった」
子供っぽいところもあるんだなあ、と思っているとシュティローは目を閉じて何度も火を掌に出しているが、何度やっても赤い火しか出ていない。
俺も赤い火を出そうとしてみたが、何度やっても青になる。そこで、じっくり赤い火を想像してから魔力を流してみると、赤い火も出せた。
「シュティローおじさん、じっくり青い火を想像すればできるよ!」
「何度も想像してるんだが…」
俺よりも繰り返し挑戦しているが、やはり赤い火しか出ないらしい。これは俺の予想になるが、俺は青い火も赤い火もあることを知っているから、どちらも出せるんだと思う。
シュティローは青い火を今さっき初めて見たばっかりだ。まだ自分の中に、火は青いものも存在する、ということを落とし込めていないんだと思う。
シュティローはブツブツ呟きながらまだ青い火を出そうとしている横で、俺はあることに気が付いた。
「そう言えば俺の属性ってなんだろう?」
シュティローは練習を続けながら、俺を見ず話し出した。
「さっき、火を想像してから火を出したように、風と水も想像してから出すんだ。やってごらん」
「土と光と水は?」
「土は地面に手をつけて土が盛り上がったり掘ったりできれば、属性のある証拠だ」
そこでシュティローは話を区切ると、練習に集中しているからか、光と闇は目を瞑りながら教えてくれた。
「光属性は基本的には貴族にしか現れないし、神殿でしかわからないんだ。闇属性は闇の霧を浴びた魔物しか持たない属性だから、人間で闇属性を持つ者はいないぞ」
その二つの属性はそう言うもんなのか、と理解し言われた通り、水、風、土も想像しながら魔力を流してみる。
「えーと、まずは水から」
水を想像しながら集中して魔力を流す。すると、掌に水たまりができていた。
ほうほう、水の属性も持っているのか。
「次は風」
…風ってどんなのだ?
水を道に捨てながらふと、若い頃に読んでいた忍者漫画で主人公がよく使っていた必殺技を思い出す。
あんな感じのやつが出たらすごそうだな、と想像してみたが掌には現れない。とても残念だ。
…じゃあ竜巻的なものでどうだろう?
魔力を流してみると、想像したような強い風ではなく、優しい風が掌に発生した。これも一応属性ありということだろう。
「おー、風も出たぞ!あとは、土だな」
地面に手をつき、魔力を流してみる。
...とりあえず土が盛り上がるイメージで...
すると、ひとつまみ分ほどの土がなだらかに盛り上がって出てきていた。
水や風を自らの魔力のみで生み出せるこの世界は何なのだろうか。
土は触らなければ使えないけど、それでも魔力で地面を動かせるなんて、魔法使いみたいで面白い! 魔力やら属性やらってすごすぎじゃね?と一人興奮しながら考えにふけっていると、シュティローが「信じられない」と呟いた。
やっと青い火が出たのかな?と思って顔を向けると、驚きと喜びが滲んだ表情で俺の手元を見ていた。
「全部の属性が出たのか?」
「う、うん…水も風も土も試したら出たよ」
シュティローの表情を正しく読み解ける自信がなく、なんと答えればいいのかわからず素直に答えてみた。
シュティローは俺の頭を撫でながら「そうか、そうか…」と呟いていて、顔が見えない。
あんまりにもしつこく頭を撫でているのでどんどん髪がグシャグシャになってきた。
…ただでさえゴワゴワで整えるのが面倒なのに!やめてくれ!ええい!
俺はシュティローの腕を払いのける。
「しつこい!!」
「ああ、すまんすまん。そんなに尻尾を立てることないだろ。それにしても、属性をたくさん持っててよかったな。冒険者になるなら有利だぞ」
「そうなの?!やったー!」
喜んで立ち上がったときに気づいた。めちゃくちゃお腹が空いていることに。
「あれ?めちゃくちゃお腹すいた…」
「今日初めて魔力を使って、集中したもんな。魔力をたくさん使うとお腹が空くんだ。そのまま使い続けて魔力を使い切ると失神するからな。気をつけるんだぞ」
「わかった」
だが、もう腹ぺこなので正直走れるとは思わない。
「もうお腹すきすぎて走れないよ。歩いて行かない?」
シュティローは考える素振りも見せず、首を横に振った。
「だめだ、オリバーの速度で歩くと家に帰るのが明日になる。今日は俺が肩車するから乗りなさい」
そう言うと俺を抱っこし、自分の肩に座らせる。
…おお!めちゃめちゃ視線が高い!これは楽しそうだ。
「よし、行くぞ!」
シュティローが走り出すと俺の身体が後ろに倒れそうになる。車が急発進するように、重力が一気にかかり身体がのけぞる感覚に襲われた。
時速何キロで走ってるのだろうか。シュティローの頭を必死に掴み腹筋に力を入れてなんとか耐えてるが、めちゃくちゃ怖い。身体が135℃くらい開いていると思う。視線が高いのが逆に怖さを助長した。
…これじゃ魔力使いすぎで失神するより先に失神するわ!
「シュティローおじさんー! もうちょっとーー! スピード下げてーーー!」
「なんか言ったか?!あ、スピードが物足りなかったか?!はっはっは!まだまだ速く走れるぞ!」
「ちがっ…! うわーーーーーーーーーーーー!!!」
「楽しいだろう!はっはっは!」
俺の声はシュティローに届かず、手も頭から離れ、ジェットコースターに乗っているかのような感覚のままシュティローに肩車で山まで連れて行かれた。
山に続く道は整備されておらず、踏み固められてできた道です。かなりデコボコした道なので木靴で走り続けると全身の疲労感は相当なものです。
獣人の頑丈さ、羨ましいなあ。