製法の説明と発注
「まずは買い取りから行おう。今日持ってきてくれたのは、固形石けん10個とシャンプー2つで間違いないか?」
俺が「はい、間違いありません」と答えるとディオはガルファムにお金を持ってくるよう指示を出す。
そこですかさず、買取金額を銀貨で持ってきてもらうようにお願いした。
「俺とカーリンで半分こにしたいから、全部銀貨で持ってきてもらえませんか? それとシャンプーが入っていた壷は返してもらいたいんです。ここまで持ってくるための容器がこれしかなくて」
「あぁ、あとで中身を移させたらその壷は返そう。それとこれからは納品用の瓶を渡すからそれに入れて持ってきてくれ。コルクで封をできるガラス瓶だ」
家から持ってきた壷があと何回かの往復で割れるんじゃないかと不安だった俺は、その申し出をありがたく受けることにした。コルクで封をできるなら運びやすくなりそうだ。
戻ってきたガルファムは木の板に納品用の瓶と金を載せ、テーブルに丁寧な動作で6枚ずつ銀貨を並べると俺たちに確認を促した。
「銀貨12枚、確認しました。ありがとうございます」
俺は銀貨をしまおうと自分の財布を取り出したとき、はっとカーリンを見た。
「カーリンの財布がないや……」
「あとでうちで買っていくか? 大きさや布によるがだいたい銅貨5枚程度だ。石けん作りには関係ないから道具として買い与えられないがな」
……道具にカウントしてくれてもいいじゃんか、ケチ!
俺が心の中でふくれっ面をしていると、カーリンは首をかしげていた。お金についてよくわかっていないカーリンは財布の必要性もあまりよくわかっていないようだ。
財布はこれから絶対必要になるので俺が代わりに返事をして、もらったお金は今だけ全て1つの財布にしまっておくことにした。
「納品はどの程度の頻度で持ってこれそうだ? まだ在庫はあるのか?」
ディオにそう尋ねられ、俺はお金をバッグにしまいながら家にある石けんを思い浮かべる。すぐ使えるものは家にまだ在庫があるが、いくつかはストックしておきたい。今乾燥させている石けんの中に7日程度で使えるようになるものがあったこと思い出す。
「固形石けんは7日後あたりにまた10個納品できると思うけど、作るのに16日くらいかかるから、その次以降の納品からはそのくらいの期間がほしいです。シャンプーはすぐ作れるので、いつでも大丈夫です」
「ふむ、じゃあしばらくは16日程度で固形石けんもシャンプーも納品してくれ。もちろんシュティローが仕事ではない日は無理に来なくてかまわない」
「わかりました」
「じゃあ次は固形石けんとシャンプーの作り方を教えてもらおうか」
ニヤリと笑ったディオの背後で、木板と羽ペンを構えるガルファムが真剣な表情で俺を見た。どうやらガルファムはメモ係のようだが、羊皮紙は使わないらしい。
俺は固形石けんに必要な道具や材料とその分量、作っていく上での注意点などを述べていった。
「苦結晶を溶かした水が身体につくとやけどをしたり、目に入ると失明したりするから作るときは気をつけてくださいね」
「……きみたちはどうやって身を守ってるんだ?」
「俺は水属性を持っているから、全身を水で覆って守っています」
「わたしは飛んでくる液体を避けてるよ」
ディオは虚空を見つめ「水で覆う……? 避ける……?」と壊れたロボットのようにつぶやいていた。後ろのガルファムなんか書く手が止まり目を高速で瞬かせている。
……人間だとできなさそうだよね。わかる、わかるよ。
全身を水で覆うには魔力を持っていないとできないだろうし、しかも全身を属性で覆うことができるのは多分俺しかいない。どちらかというとまだ現実的な方法は、液体を避ける方だろうか。
弾く液体を避けるなんて身体能力がよっぽど高くないと無理な芸当だが、この街にも獣人がいるんだから彼らが働く工房に頼めば良いんじゃないだろうか。
「俺みたいに全身を水で覆うのは無理でも、獣人にお願いすればカーリンみたいに器用に避けて作ってくれるんじゃないですか?」
シワの寄った眉間に折り曲げた人差し指をトントンと押し当てているディオは首をゆるく横に振り、否定を表した。
「きみたちの腕についている黒い腕輪があるだろう? それが街の獣人たちにもついているんだ」
ディオの話を聞いていくと、街生まれの獣人たちはなんと生まれたときから黒い腕輪をつけられているらしい。つまり、街の獣人たちは生まれてこの方魔力を扱ったことがないため、カーリンたちのような身体強化ができないそうだ。
「街の人間と共に生活していくためには、魔力の制限がどうしても必要だと当時の領主に判断されて以来、基本的に街の中で黒い腕輪を外すことは認められていない……が、方法はある」
顎を撫でながらディオはぱっと目を開き、鷹のように鋭い視線がキョロキョロと動いていた。なにか計算中なのだろうか。とにかくなにか思いついたなら何よりだ。
俺は大和時代の記憶を思い出し、作るときにあったら便利だったものを一応伝えておく。
「もし獣人たちが身体強化できなくても、例えば長袖長ズボン、革の手袋で作業させればいいと思います。目は、このきれいなガラスを、目の周りを沿うような形にさせれば目を守れると思いますよ」
納品用に渡されたガラスの瓶を指差し、ゴーグルの形をジェスチャーで伝える。
「なるほど……それなら人間でも獣人でも作業ができそうですね……素晴らしい案です。ありがとうございます」
ガルファムは微笑みながら礼を言うと、木板に俺のアイディアを書いていく。仕事ができる人に褒められるのはすごく嬉しい。
「話を聞いてみるときみたちと同じように実行できないことが他にもありそうだな……それに苦結晶や、シャム貝というのは見たことがない。分量もはかりたいし、きみたちの村に行って実際に作っているところを見せてもらいたいんだが……」
確かにその方がいいかもしれない。分量なんて、適当な定規を自分で作成して貝殻で記録をしているもんだから説明にとても困ってしまった。はかりを持ってきてもらえれば、正しい分量をはかれるだろう。
「俺たちはかまいませんけど、村に人間が入っているのを見たことがないです。ディオさんはリープベル村に来たことはありますか?」
「いや、あんな遠い村までは行ったことはない。シュティローに聞いてみるよ。許可が出次第、すぐに行く」
俺が「わかりました。今日の6の鐘にシュティローおじさんと合流しますよ」と伝えると、次はシャンプーの説明を促された。何枚もの木板が積み重ねられ、新しい木板を手にしたガルファムは俺の説明を必死にメモを取っていく。
「シャンプーは固形石けんが元になっているんです。俺たちが試したのはパルメの実とオリンバの実だけど、組み合わせる油によって使い心地が違います。他にもなにか植物油で試してみると商品の幅が広がると思います」
「どちらも比較的簡単に手に入る油だな。シャンプーは街でも作れそうだ。早速工房で試させよう」
ディオとガルファムが「どこそこの工房に連絡を」と内々の話をし始めたが、俺にはさっきから気になっていることがあった。話の途切れるタイミングを狙って、思い切って質問してみる。
「あ、あの。今更なんですけど、契約書の控えってもらえないんですか?」
俺がそう尋ねると、ディオとガルファムは感心したように笑った。
「ほう……今日初めて契約をしたのに控えなんてものを知っているのか。身体を洗うための石けんやシャンプーを作ったことと言い、本当に頭の回る子どもだ。よく気づいたな」
社会人として生活をしていた俺には契約書の控えが大切なものだという認識がある。ミルテの兄であるディオが契約の改ざんなんてしないと思うが、写しがあることに越したことはない。
「ディオさんたちが俺たちとの契約書を持つなら、俺たちにも同じものがもらえると思っただけです」
「ふーん……オリバー、俺はお前のことが気に入った」
「あ、ありがとうございます?」
「うちで働かないか?」
……はい?
いつの間にかディオは俺のことをお前呼びしていることも気になったが、今はどう断るかを考える方が大事だ。もちろん、俺は商人になるつもりはない。『冒険者』という仕事に憧れを抱いているのは、この世界に来たときから今まで変わらないのだ。
でも次回も円滑に取引はしたい。なるべくやんわりとお断りする方向でいってみよう。
「俺はシュティローおじさんみたいに冒険者になりたいんです。ありがたいお話だけど……」
「うちはこの街の中でもそこそこでかい方だぞ。冒険者よりも安定性はある。普通の見習いよりも条件を良くしてやるぞ?」
……あ、だめだ。断られてからが本当の商談と思ってそうなタイプだ。
全然諦める気配のないディオは机に身を乗り出し俺を勧誘する。契約の押しが強いセールスマンに捕まったときのことを思い出しながら、俺はディオの目を真っ直ぐ見つめる。作戦変更だ。
「やりません!」
この手の人はハッキリ断るのが吉だ。こちらは遠回しに断っているのに、へこたれない精神を持っているセールスマンには、なぜかノーがイエスに聞こえてしまっていることがあるらしい。ハッキリ断れば、過度な勧誘は退けられるだろう。
ていうか退いてくれないかな。
「ふむ、冒険者になりたい気持ちが強いのか。仕方ない……だが、なにか思いついたらまた売りに来てくれ。買い取ってやろう」
「ありがとうございます……」
禍根を残さないよう、でもまだ諦めていないような笑顔のディオの視線が俺から外れた。ディオがガルファムに控えを用意させようと指示を出している隙に、俺はふうっとため息を吐く。するとディオは次にカーリンに話しかけ、石けんとシャンプーを作るときに大変だったことを聞き出し始めた。色んな角度から情報を集めたいようだ。
ガルファムから控えを受け取り、内容に差異がないのを確認したら今度は石けんとシャンプー作りに必要な道具の注文だ。鋳造の鍋、ガラス製の容器、石けんを流し込む型、はかりなどを木板の発注書に書き込んでいく。もちろん発注書は書いたことがないので、ガルファムに教わりながらだ。発注書は木板に書くのが定番らしい。
「泡立て器もあったらいいんだけどなあ……ガルファムさん、こういう泡立て器って見たことありますか?」
俺は日本でよく見かけた、お菓子作りに使う泡立て器を手習い板に書き込む。ガルファムはむむっと俺の手元を覗き込み「あぁ」と何かを思いついた声を出す。
「ミルテ様がお菓子作りをされるときに使っていたものに似ていますね」
「あるんですか?!」
「この絵と全く同じものは難しいかもしれませんが、鍛冶工房に依頼すれば似たものを作ってもらえると思いますよ」
……あるんだ! それなら俺も混ぜる作業ができるぞ!
「苦結晶と水が混ざった液体を混ぜるとき素材によっては泡立て器が溶けるかもしれないんですけど、なんの素材がいいんですか?」
なんでも詳しそうなガルファムに俺が丸投げの質問をすると、ガルファムは悩ましい苦笑いをした。
「その液体を工房の者に渡して、溶けない泡立て器を作らせてみましょう。その泡立て器の注文は工房に直接行った方がいいでしょう。明日、また街まで出てこれますか?」
「今日じゃダメなんですか?」
「今日は安息日なので工房はお休みです。今日は工房がそもそも開いておりません」
……あ、そっか。今日はお休みの日だった。オドール商会もツァールトさんの宿屋みたいに安息日なんて関係ないお店なんだね。
「わかりました。明日も来ていいか、シュティローおじさんに聞いてみます」
ガルファムから「リープベル村への立ち入りも聞きたいので、6の鐘が鳴ったら西門のところまで私も行きます」と言われ、俺は発注書作成に戻った。
「お疲れ様でした。字も綺麗に書けていますし計算ミスもほとんどありません。素晴らしい集中力でした」
ガルファムから褒められ上機嫌になった俺が笑顔のままぱっと横を見ると、カーリンと目が合う。ディオと楽しそうに話していた様子なのに、俺と目が合った一瞬その水色の目に悲しそうな色が浮かんでいるように見えた。
……気のせいかな?
「カーリン、お待たせ。財布を見せてもらおう」
「うん」
カーリンは曖昧な笑みを浮かべながら、俺と目を合わせずガルファムが押さえる扉の向こうへ歩いていってしまった。
……契約の話、長くて疲れちゃったのかな? それとも飽きちゃってた?
カーリンの様子は気になったが、売り場で財布を見たカーリンの表情は明るいものになっていた。やはり契約の話に飽きていたのだろう。
「財布はこちらに並んでおります。革ですと強度に優れ、摩擦に強いものが人気です。女性ですとこちらの方が人気でしょうか。こちらは革ではないのですが、ご自分の好きな色の布で作ることができるのですよ」
しゃがんだガルファムはカーリンに商品が見えるように手のひらにいくつか財布を載せ、それぞれの特徴を説明している。カーリンは革製の財布に全く興味を示さず、可愛らしい色合いの布製財布に目が釘付けになっていた。
ガルファムはカーリンの好みにいち早く気づいたようで、革製の財布は台の上に戻して布製の可愛らしい色合いの財布を多く手のひらに載せ始めた。
「どれも可愛い! わー……どれにしようかなー?」
尻尾の動きからもわかるくらい楽しそうに財布選びに悩んでいるカーリンはまだ時間がかかりそうだったので、俺は店内を歩いて商品を見て回る。液体石けんや食器類、そして看板にもなっているロウソクなどが並んでいて生活雑貨屋というのがすぐわかる品揃えだ。客層は様々で、村では見ないような服を着ている人が多くておもしろい。
そんな中、俺はあるものを探していたが一向に見つかる気配がない。
「なんだオリバー? なにか探しているのか?」
「はい。羊皮紙とインクが欲しくて……」
「羊皮紙とインク? 何に使うんだ?」
「石けんとシャンプーの作り方を書き残しておきたいんです。じゃないとベッドが貝殻でいっぱいになっちゃって……」
独自の定規で配合に必要な水の量や、石けんを作るのに必要な液の配合量をはかり、貝殻をメモ代わりとしてベッドに並べて記録している今の状態では、スペースを取ってしまうし掃除も大変なのだ。ガルファムがメモをしていたように俺も作り方を書いておきたい。
俺がメモ用に使いたい旨をディオに述べると、ディオは世間知らずの子供を見るような目で俺を見た。
「なんとも贅沢な使い方をするな。羊皮紙は羊皮紙の店に行かないと売っていないし、インクもインクの店に行かなければ売っていないぞ。それにな、羊皮紙は基本的に契約書や大事な書類を書くときくらいしか使えないもんだ。ガルファムが木板に色々書き込んでいただろ? ああやって書き込んで、使わなくなった木板は削って再利用していくんだ。何かを書き残すために羊皮紙を使う者など、聞いたことがないぞ?」
……羊皮紙ってそんな扱いなの?! 発注書も木板ってことは、羊皮紙ってそれなりに高いのかな?
「そうなんですね……ちなみに羊皮紙っていくらするんですか?」
「さっき書いた契約書のサイズで銀貨2枚だな」
……石けん1つの買取価格より高い?! それはさすがに手が出せないよ!
この世界での紙の価値が、自分が思っている以上に高いことに驚いた俺は、おとなしく木板を買うことにした。台座の上に並んでいる木板なら銅貨5枚だった。一応3枚買った。
カーリンは財布を選び終えたようで、お金の使い方を教えるために俺はカーリンに銀貨を1枚渡す。
それぞれお会計をしたら、ディオに招待してもらったお礼を言い、店をあとにした。
お釣り入りの薄ピンクの布の財布をニコニコしながら持っているカーリンと、広場のベンチに腰掛ける。早速お金をカーリンに渡しておきたい。
「カーリン、早速だけどもらったお金、半分こしておこうよ」
「……半分ももらっていいの?」
「一緒に作ったんだから、半分こにするのは当たり前だろ?」
「でも、わたし、今日……何もできなかった」
カーリンの顔からはさっきまでのニコニコした笑顔が消え自信なさそうに俯き、可愛らしい猫の耳も若葉色の髪に隠れるくらいぺたんとしてしまっている。
「わたし、今日オリバーとディオさんが話してる内容が全然わからなかった。タンポとか、バッキンとか、聞いてもわからない言葉ばかりだし、オリバーが何を話してるかもよくわからなかった」
ディオに言われた言葉は、俺には意味がわかって入ってきたがカーリンはそうではなかったようだ。
確かに6歳の子どもに『担保』なんて言葉、わかるはずがない。ゆっくり考えればわかることだが、なるべく良い条件で契約することに必死だった俺は自分が子どもらしくないことをしていることに気づくことができなかった。
「……なんでオリバーはあんなに難しい話がわかるの?」
カーリンの青い目に見つめられながら尋ねられ、俺の心臓がどきんと跳ねた。
「あなた、本当にオリバー?」
ディオの口から出たシャム貝という単語
→アワフキ貝の正式名称はシャム貝です。オリバーはしっかり覚えていました。
カーリンはディオとオリバーが話した内容をほとんど理解できておらず、劣等感を感じてしまっています。
そして、再び疑惑の目を向けられるオリバー。
オリバーの心臓はどっきどきです。
急いで書いたのでどこか誤字ってるかも。もし気づかれましたらお知らせいただけると幸いです。




