理解力のあるディオ
テクテクと石畳を歩きオドール商会の方へ近づきながらドアマンを観察する。痩せ型のその男性は姿勢良く店先に立ち、出ていくお客さんを見送っていた。質の良い布を使っているのが見てわかる服装が清潔感を感じさせる。真ん中分けの濃い茶髪が整えられているから余計にそう感じるのかもしれない。その人は俺たちに気づいたようで、静かに微笑みながらドアを閉めずに待ってくれていた。
……ファルクさんよりは年齢が上っぽい。働き盛りって感じがするな。
「こんにちは。俺たち、ディオさんから招待状をいただいたオリバーとカーリンです。あ、ちゃんと石けんも持ってきました」
俺はなるべく丁寧な動作で招待状を渡し、身分を示すものの代わりに約束の品を見せようとバッグを開いたところで、「お待ちしておりました」と声をかけられた。
「カーリン様と、オリバー様ですね。旦那様から伺っております」
……様! さま! 様なんてつけて呼ばれたの初めて!
「そうです。俺がオリバーで、こちらがカーリンです」
「ご丁寧にありがとうございます。今取り出そうとしている石けんの納品は私ではなく、旦那様へお願いいたします。ご案内いたしますので、店内にお入りください」
……この人、めっちゃ仕事できそう。
丁寧な言葉づかいというだけですごく仕事ができそうな気がする。もちろん姿勢や所作からもその気配を感じ取ったが、日々真面目に働いていなければこんなに自然にはならないだろう。
……前行ったどこかの大きなお店のドアマンとは大違いだよ。この人の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ!
ロリエール商会で門前払いされたことを思い出した俺は、思い出し怒りをしながら店内に入ると、思わず驚きの声が出た。カーリンも隣で喜びと驚きがこもった声を出している。
「すごいねオリバー! わたしたち、今日こんなところでご飯食べるんだね!」
ニコニコしながら店内を見回すカーリンはとても楽しそうで、料理の期待値も上がっていそうだ。
お店の内装は、艶のあるオーク材のようなもので作られたパネルが一定間隔で張られている。飾り気はあまりないが、こちらの世界に来て装飾のある壁を見たのが初めての俺は十分驚いた。
そして、台の上には商品が載っていた。その台もただの台ではない。テーブルをさらにどっしりさせた教卓みたいな台なのだ。カーリンよりも背が高い台に商品が載っていて、俺の目線にはその台の控えめな木彫細工が目に入る。脚のつま先の方まで艶があって、日々磨かれていることがわかった。
……俺たちの石けん、こんなところで本当に売るの?
ツァールトから秘密裏に聞いた話では、ミルテの兄は俺たちの石けんを売るつもりらしいが、こんな高そうなものが並ぶ中に本当に置いてもらえるのだろうか。そして俺の希望価格で売れるだろうかと心配になった俺はバッグの中の石けんを見る。家では綺麗に見えた石けんを包む布が、ここで見ると薄汚い布に見えてしまった。
……は! 気圧されてはいけない! 頑張って石けんを売って、コパンも街の中に入れられるようにしなきゃ!
「お2人ともこちらへ。昼食の準備が整いました」
俺はできる俺はできる! と自己暗示をかけていると、さっきのドアマンが奥の扉を押さえ、中に入るよう声をかけてきた。
扉の奥に見える内装も、売り場と同じような感じだ。簡易的な応接間のような部屋になっていて、すでに料理が用意されている丸テーブルのそばには、濃い紅茶のような髪色の男性が立っていた。この人がきっとディオだろう。
シンプルだけど質の良さそうな木製の丸テーブルと椅子が置いてあり、背の低い椅子でよじ登らなくても良さそうだなと思いながら部屋に入ると、ドアマンから声をかけられた。
「お召し物をお預かりいたします」
……マントを外せってことか。
俺は今日、ディオには自分が混血児だと言うことを伝えるつもりで来たが、ここで外せばこのドアマンにも俺が混血児だということがバレてしまう。
混血児だと知って露骨に嫌な態度を取るような人には見えないが、なるべく隠す方向で行きたい俺は、マントを握りしめ少しの間逡巡してしまう。
「あの、オリバーは耳が良すぎて、マントのフードをかぶってないとだめなの。絶対に取らなくちゃだめ?」
俺が困っていることを察してくれたカーリンが助け舟を出してくれた。
そうだった、そういう設定だったと思い出し、俺がドアマンを見上げるとドアマンは少し困ったような顔で室内の男性に視線を向ける。
「かまわん、そのまま通せ」
ドアマンは微笑みながらうなずくと部屋には入らず静かに扉を閉め、この部屋には3人だけになった。
前髪を横に流し、櫛で整えたような毛流れができているさっぱりとした髪型のその人は、どことなくファルクに似ている気がするが、表情はあんなにのほほんとしてはいない。
ビジネス社会で結果を出し続けているような、目に力のある人だ。もちろん着ている服も今まで見てきた人たちとは違った。
「やあ、はじめまして。2人とも今日は遠いところから来てくれてありがとう。俺はディオ。ミルテの兄だ。今日はよろしくな」
今度は俺たちの挨拶の番かなと息を吸い込むと、「しかし……」とディオが話し続ける。
「ミルテから聞いた話ではオリバーは男だと聞いていたんだが……どっちがオリバーだ?」
「俺です!」
……今日何回やるんだよ、このやり取り!
吸い込んだ息を使って力強く叫んだ俺を、ディオは驚いたように見る。
「すまんすまん、きみがオリバーだったのか。悪気があったわけじゃなくて、顔立ちがどっちかわからんくらい整って見えたんだ」
……自分の顔、まともに見たことないからわかんないけど、ここまで間違われるとなあ……
ハイス山の泉を覗き込んだときと、ツァールトの髪を整えているときにちらっと写った自分を見たときくらいしか俺は自分の顔を見ていない。だが、ブロックドロフ村でも街でも女の子に間違われることが多いということは、きっと女顔なのだろう。
顔立ちはもう仕方ないことだと気を取り直し、苦笑いしているディオに向かって俺は改めて挨拶をした。
「俺がオリバーです。今日は招待ありがとうございます。よろしくお願いします」
挨拶で頭を下げる文化がないこの世界で、俺は頭を下げそうになるのをぐっと堪えたら今度はカーリンの番だ。カーリンは緊張する素振りを見せず、いつも通りの笑顔で挨拶ができた。
「はじめまして。私はカーリンです。今日はよろしくおねがいします」
「あぁ。今日はお互い実りある取引をしよう。だが、その前に昼食を一緒に食べようか」
ディオは椅子に座るように手で椅子を指し示し、俺たちは席に着く。いたるところの角が丸まるように処理されたその椅子は、触るとつるつるしていて気持ちいい。艶の感じが壁に使われている木材と同じに見えるので、色違いなのかもしれない。
「オリバーは家でもマントを被ってるのか? さすがにご飯を食べるときには外すだろう? 食べにくくないか?」
マントのフードを被ったまま着席した俺を見て少し驚いたような表情で腕組みをしたディオに、俺は事情を説明するためフードを外す。それを見たディオは特に表情を変えることもなく、俺の顔の横にある耳に視線を移した。
「……なるほど。そういうことか」
俺の頭に獣人の耳がないのを見て、混血児だと察してくれたらしいディオは理解が速いと思う。
「わかった、これからこの部屋に入るときはマントを被ったままで構わない。俺は見た目で判断しないが、見た目で判断される気持ちもわかる。だから、マントをつけるかどうかは好きにしていいからな」
……説明まだなのになんて理解力! これができる男ってやつなのか?! ミルテさんが包丁持って乗り込むことにならずによかった!
淡々と話すディオの表情には同情も侮蔑の感情もこもっていない。むしろ俺の方が驚いた表情をしていると思う。ディオは俺を混血児ではない他の人と同じように扱ってくれていることが態度から伝わってきた。
「あ、ありがとうございます……」
「ご飯を食べるにはフードの部分は邪魔じゃないか? 誰か入ってくるときにはノックされるから、そのとき被れば大丈夫だろう?」
「うん、ツァールトさんのところでもはずしてご飯を食べてるから、そうさせてもらいます」
ディオのあまりの理解力の高さに驚きながらも、俺はマントのフードを外したままご飯をいただくことにした。その方が蒸れないし、音も聞き取りやすい。
「それじゃあ、取り分けるぞ」
どうやら今日のメインは鳥の丸焼きにようだ。サラダと温かいスープはすでに俺たちの前に並んでおり、ディオが俺とカーリンに肉料理を取り分けてくれた。
「さ、召し上がれ」
テーブルに並んでいる調味料をちょっとずつ自分の料理にかけたディオは、調味料の入った小さなボウルを取りやすいようにずいっとこちらに置いてくれた。初めて見る調味料を肉にかけてみたら、山椒のような味と舌の痺れを感じた。きっと香辛料かなんかだろう。単調な味に飽きていた俺はその刺激が嬉しくて、多めにかけて味わった。
肝心の味は、美味しいのは美味しいのだが予想を超えた美味しさではなかった。肉が良いものというのはわかったが、調理方法がどこも一緒なんだと思う。
この裕福そうな家でもそうなんだから、きっと調味料後入れ調理がこの世界でのスタンダードなんだろうと確信し、この先美味しい料理には出会えないのだろうと顔には出さずに落胆した。隣のカーリンの様子を伺うと、とても美味しそうに料理にがっついていた。いつもの食事より質も量も上の料理をキラキラした目で食べている。
ディオは健康優良児のさらに上を行くような食べ方をしているカーリンよりも、なぜか俺の方を見ている気がする。そんなに変な食べ方はしてないはずだ。ディオをまねて食べているんだから。下品さはなるべく消したつもりだが、何が気になって俺を見ているかはわからなかった。
俺たちは食後の飲み物として果汁ジュースをいただいた。
……あ、これメーラの実のジュースだ! 甘い! 美味しい!
あの家で甘味をなかなか食べられない俺は、甘くて美味しい飲み物がとても嬉しかった。とても甘くて美味しい。
「街、最高じゃん……」と身を震わせていると、なにか動くものが視界に入った。隣のカーリンの方から見えるそれに顔を向けると、招待はカーリンの尻尾だった。
メーラの実を食べたことがあった俺と違い、初めて口にする甘さに喜びを隠せない様子のカーリン。耳はピンと立ち、尻尾が左右にふわふわと揺れている。よっぽど美味しいのだろう。
……わかるよ、カーリン。すねそうだからエイミーには内緒にしとこうね。
ディオもお腹が満足したようで微笑みながら紅茶のようなものを口にすると、落ち着いた様子で話を切り出した。
「お腹も満たされたことだし、そろそろ石けんとシャンプーの話をしてもいいか?」
「はい、大丈夫です」
……商談が始まる! 頑張ろう!
メーラの実のジュースを飲んだオリバーの尻尾も嬉しい感情が無意識にあらわれ、左右にふよふよ揺れていました。
2人の尻尾が揺れているのを見ているディオは、あまり見慣れないその光景に笑ってしまいました。
メーラの実は、梨っぽい味でりんごのような見た目の実です。
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