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獣人村で目覚めたら  作者: ニガヒジキ
第1章 獣人村のオリバー
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初めての解体

 

 自宅の玄関扉を開け、ディータおばさんからあらゆる道具を受け取った青年たちと森の入口まで歩いていく。

 手に持ったお湯をこぼさないように歩く俺を見かねて「代わりに持つよ」としつこく言われ、半ば強制的に桶を取り上げられた俺はただみんなについて行くだけになった。


……森の入口でお湯作ったらよくね?


 せっかくお湯を作ってくれたディータおばさんの前では言えなかったが、鍋を持って森の近くで火を起こした方が楽よなあと考えていたら人が集まっている場所まで来た。


 道具をがちゃがちゃと地面に置いていると、みんなが適当な木材で即席の台を作り始める。あっという間にテーブルの完成だ。俺は少し離れたところに板を3枚並べるのを手伝った。この板の上で解体をするらしい。

 夕焼けと夜が入り交じるような空を見上げたカルツェ族の少女はテキパキと松明を作り、俺抜きで解体場所が整えられていく。

 ほどなくしてディータおばさんも合流。コパンに乗ったカーリンたちがブロックドロフ村の方向から帰ってくるのを発見したカルツェ族の青年は松明をブンブン振り回している。


 手足を棒にくくりつけ、宙吊り状態のエーバーが運ばれてきた。棒を担ぎ大人4人がかりで運んでいるのが、1番大きいエーバーで、他の2匹は大人2人がかりだ。ケバルトたち信号機チームもついて行ったようで、興奮気味に「すげえよ! さすがオリバー!」と褒めてくれた。


「おう、オリバー! こんなでかいエーバーを倒すなんてやるじゃねえか! で、どう肉を分ける? 独り占めするか?!」


 大きいエーバーを先頭で担いでいたタギノは、がっはっはと笑いながら勢いよく俺に指示を仰ぐが、正直どうみんなで肉を分けるのがいいのかわからず、ディータおばさんを見上げた。察してくれたディータおばさんは俺の代わりにテキパキ指示を出し始める。


「うちは1番大きいエーバーの半身があれば十分だわ。残りは家族が多いところに多めに持ってってもらおうかしら。あ、そうそう、もちろん貢献順よ!」


 どうやら我が家の取り分は大きなエーバー半分らしい。その他は貢献度順で取り分が変わるようで、みんな張り切って作業に取り掛かった。


「さ、あたしたちもやるわよ。オリバーはこれを首に刺して」


 エイミーに短剣を渡され、血抜きを促された俺は心臓をバクバクさせながらゆっくりゆっくりエーバーに近づいていく。


……なんでみんな楽しそうなの?! 俺にはショッキングな映像なんですけど!


 周囲はちょっとしたお祭り騒ぎ状態になっていて、冷や汗ダラダラで今にも逃げ出したい俺との温度差がありすぎる。絶対、今顔ひきつってる。


……いつかは通る道なんだ。頑張ってやらなきゃ。


 エイミーがエーバーの首元で早く早くと鍋を構えながら俺を待っている。俺は震える手を抑えながらゴクリと唾を飲み込む。


……大切にいただきます。


 意を決して首に短剣を指すが、全然血が出ない。腕に力を入れ、ぐっと押し込むと血がぼとぼと垂れ始めた。


……ひぃぃ! やっぱり無理ぃ!!


「わあぁ! 血が出た!」


「……あんなにかっこよく倒せてたのに、本当に解体は苦手なんだね……」


 俺が情けない悲鳴を上げながら後ずさると、カーリンがなんとも言えない顔で俺を見た。


「それはそれ、これはこれだよ。ぜんぜん違うじゃないか!」


……魔物を倒すときはばらばらにしないじゃん!


 すでに作業が進んでいる周囲を見ながら体が切り開かれたエーバーを見て小さく悲鳴を上げると、カーリンが俺の代わりに前に出る。


「オリバーに解体は無理なんじゃない? 男の子だからって別に無理しなくてもいいと思うよ。わたしとエイミーができるんだし。エイミー! オリバーの代わりにわたしが解体やるー!」


「あら、解体苦手だったの? 最近のオリバーはなんでもやりたがるから解体も興味があるのかと思ったわ。今日は時間もないし、解体に混ざらなくていいわよ。その代わり、オリバーはお湯を作ってくれる?」


 どうやら皮を剥ぐためのお湯が足りていないらしい。カーリンとディータおばさんから戦力外通告を受けた俺は、ほっとしたと同時に自分にできることを頑張ろうとひたすらお湯を作り続けた。

 薪など使わずお湯の中に手を突っ込み、火を出せば出来上がるのだ。喜んで作らせてもらおう。


 解体は順調に進みどんどん肉の塊ができあがる。俺に声をかけてくれた青年たちもたくさん肉をゲットできたようでとても嬉しそうな顔をしていた。

 ケバルトたちも一生懸命皮を剥ぎ、解体に貢献していた。タギノから褒められ、ホクホク顔でお肉を手にしている。


「肉、ありがとなー!」


「こちらこそ、手伝ってくれてありがとう!」


 お祭り騒ぎの解体は終わり、嬉しそうに肉を抱えて持ち帰るみんなと分かれてやっと家に帰れた。シュティローおじさんもちょうど帰ってきたので、みんなで遅めの晩ご飯だ。ご飯中、カーリンがやたらと俺を褒めてくれていた気がするが、エーバーを倒しさらに解体で疲れた俺はご飯を食べながら半分寝ていたようだ。

 起きたら、いつの間にか朝だった。


「そういえばさ、ディータおばさんからエーバーのこと聞いた?」


「あぁ、聞いたぞ。オリバーもいただろ……って寝てたもんな。そもそも麦畑の近くでエーバーを見ること自体、ほとんどないことだから俺も不思議に思ったんだ」


 俺は朝ごはんを食べながら仕事の準備中のシュティローおじさんに話しかけた。

 どうやら俺が半寝状態のとき、エーバー襲撃の話になっていたらしい。全く記憶にないけど。


「一応調査はしてみるが……しばらくは気をつけて往復するんだぞ。それにしてもよく魔物に遭遇するなあ。話に聞いたが大きいエーバーを倒せたんだろ? それならま、大丈夫だろう」


 エイミーと同じ感想を呟く相変わらずテキトーなシュティローおじさんだが、次に魔物に遭遇してもコパンをちゃんと大きくしておけば慌てず対処できると思う。


「それとオリバー。昨日カーリンに聞いたんだが、オドール商会の旦那のところに行くのは次の命の日で間違いないか?」


「うん、そうだよ。もしかして勝手に決めちゃダメだった……?」


「いや、俺の勤務日に合わせてくれたんだろう? 大丈夫だ。一生懸命作ってた固い石けんに興味を持ってもらえてよかったな」


 頭をわしわし撫でられながらにこーっと笑うと、エイミーが羨ましそうな顔で俺を見ていた。


「美味しい料理が出るんでしょ? いいわね、カーリンとオリバー……」


「街に行けなきゃオドール商会にも行けないぞ? エイミーも街に行ってみるか?」


 シュティローおじさんの問いかけにエイミーは首をゆっくり傾けながら長考したあと、「やっぱりいいや」と不安と諦めが入った顔で言った。でもちょっと気持ちは揺れているらしい。よっぽど筋金入りの迷子なのだろうか。

なぐさめにもならないかもしれないが、一応何か買ってきてあげよう。


「エイミーには【お土産】買ってくるよ。楽しみにしてて!」


「……オミヤゲってなによ?」


「えーと、美味しいものとか、旅先にしかないものとか?」


「わたしもオミヤゲ買うー!」


 女の子同士楽しげに話し始め、完全に俺とシュティローおじさんは彼女たちの意識から遮断されてしまった。シュティローおじさんは小さくため息を付きながら仕事の準備に戻り、俺は相変わらず固いパンをスープで流し込み出発の準備に取り掛かかった。


「コパン、今日からまた魔力コントロールの練習しような。もうちょっと大きくなってほしいんだ」


 昨日のエーバー襲撃で、俺とカーリン2人がコパンに乗れたらよかったと思う場面が多かった。

 コパンがもう1人乗せられるようになれば、カーリンと一緒に乗って守りながら戦えただろう。

 魔力を受け入れ、いつもよりちょっとだけ大きくなったコパンは嬉しそうに尻尾を振っている。大きくなれるのが嬉しいのかもしれない。


……俺の部分強化の練習はまだ始まったばかりだしね。


 誰かを守りながら戦うことの難しさを感じながらコパンの額についた魔石にいつもより多めに魔力を注ぎ、俺たちはブロックドロフ村へと走り出した。



「はい、オリバーくんとカーリンちゃんに招待状。読める?」


 ミルテのところに行くようツァールトから言われた俺たちは、差し出された招待状を受け取る。

 ところどころ読めない単語もあったが、ミルテに教わりながら、カーリンにも聞こえるように招待状を読み上げる。

 要約すると、次の命の日の4の鐘が鳴ったらオドール商会にお越しくださいというものだった。その際、交換したいだけの石けんとシャンプーをお持ちくださいとも書いてある。


「4の鐘っていつ?」


「4の鐘はお昼よ。シュティローさんたちと一緒に走っていけば、間に合うと思うわ」


 ミルテは「お昼を一緒に食べましょうってことよ」と補足してくれた。

 そして招待状にわざわざ書いてあるシャンプーについても聞いてみた。確か石けんの交換しか話していなかったはずだ。


「シャンプーも?」


「あぁ、それはね。ツァールトがディオ兄さんにシャンプーの話もしてたのよ。それにツァールトの癖毛が落ち着いたのを実際に見て興味が湧いたらしいわ。交換できるものが増えてよかったわね」


 ツァールトは寝癖のような髪型が落ち着いた理由をミルテの兄に話し、数回分を分けてあげたそうだ。ミルテのお兄さんも気に入ってくれたのかもしれない。


……シャンプーは石けんからすぐ作れるし、帰ったら作ろう。


「その招待状は街に持ってってね。街に入るのにもディオ兄さんの家に入るのにも使うから、絶対になくさないようにね」


「わかった!」


 ミルテから招待状を受け取り、バッグにしまったら次はツァールトの執務室で計算仕事だ。


「なあ、オリバー、カーリンちゃん。石けんはなにと交換するつもりなんだい?」


「お金だよ。前街に行ったとき、オドール商会で石けんの価格を調べてきたんだ」


 ここまで話してふと、カーリンに全く許可を取らずに勝手にお金と交換するつもりで考えていたことに気づいた俺は、焦ってカーリンに向き直る。


「カーリンごめん。交換するもの、勝手に決めちゃってた!」


「ん? いいよ。わたしはオリバーの石けん作りを手伝っただけだし」


 カーリンはなんてことなさそうにそう言ったが、俺はカーリンとお金を半分こするつもりだ。

 カーリンがいなければ石けんもシャンプーも出来上がらなかったのだから。


「もちろんお金は半分こするから。そのお金を使えば、エイミーたちにお土産が買えるよ」


「そうなの? じゃあ、お金でいいよ!」


 カーリンから許可をもらいほっとしていると、話を聞いていたツァールトが眉間にシワを寄せ俺を見る。


「……もしかして、オドール商会の石けんの価格を参考に売るのかい?」


「そのつもりだけど?」


 俺がそう答えるとツァールトは金髪を細かく撫でつけながら、何やら思案する顔になった。


「2人とも、口は固いか?」


 俺とカーリンは一度顔を合わせたあと、ツァールトに向かって頷く。すると、ツァールトは真剣な表情で口を開いた。


「前に食事に来たときちらっと話していたんだけど、2人が作った石けんをディオはオドール商会で売るつもりなんだ」


……マジ?!


「俺からすると、オドール商会で取り扱っている金額を参考にしてその石けんを売るのはもったいないと思う。というか、ディオは今ある石けんよりも値段を上げるはずだ」


 カーリンはよくわからないという顔になっているが、俺は先を促すようにうなずく。


「だから、もっと売値を上げていいと思うぞ?」


「……そんなこと、俺たちに教えていいの?」


「2人が黙ってれば何も問題ないさ。それに、あんなにいいシャンプーを干し肉と交換だなんて、俺は申し訳ないと思ってくらいなんだからちょっとくらい助けてやりたいじゃないか」


 俺は俺で干し肉はとても助かっているんだけど、ツァールト的にはそれ以上の価値を見出してくれているようだ。


「ありがとう、ツァールトさん。でもいくらくらいで売ったらいいんだろう……銀貨1枚くらい?」


「そんなもんかなあ……あとはオリバーたちの交渉次第じゃないか? 金貨1枚で交換できたら俺にシャンプー3年分くらい作ってくれよ」


……冗談っぽくツァールトさんは言ってるけど、金貨1枚で売れたらシャンプーくらい喜んで作らせてもらおう……って金貨ってどのくらいの価値?


「ツァールトさん、俺たちにお金の種類を教えてくれない?」


 銀貨までは聞いたことがあるけど金貨は初耳だ。聞いたことのないお金の種類が出てきたことで、街に行く前にお金について聞いておきたくなった。

 お金を見たことのないカーリンもいることだし、ちょうどいいタイミングかもしれない。


「あぁ、そっか。カーリンちゃんは物々交換しかしたことがないもんな。わかった、ちょっと待ってね」


 ツァールトは自分の執務机から布袋を取り出すと、テーブルの上に硬貨をぱちんぱちんと並べ始めた。


 俺とカーリンの前には、銅色の硬貨が3枚、銀色の銅貨が2枚、金色の銅貨が1枚並べられた。


「お金の種類は全部で8種類だ。真ん中に穴が空いた半銅貨1枚が10マネラ。銅貨1枚が100マネラ、大銅貨1枚が1,000マネラ、銀貨が10,000マネラ。あとは、大銀貨、金貨、大金貨、聖金貨って種類があって桁が1つずつ上がっていくんだ」


 10枚で1つ大きい硬貨と交換する仕組みは、俺の予想通りだった。

 ローセルの換金で銀貨までは触ったことがあったが、金色に輝く硬貨は街でも見たことがない。とてもピカピカしていて綺麗だ。だが、見せられた硬貨は金貨までで、それ以上の貨幣は説明だけだった。


「大金貨と聖金貨は?」


「……大金持ちなら持ってるね」


……なるほど。なかなかお目にかかれない硬貨なんですね。


 ふむふむと納得しながら説明を聞いている俺の隣のカーリンは、どの硬貨がいくらか、あまり理解できていないようで首を傾げて小さく唸っていた。


……お土産を買うときは一緒についててあげよう。



 それから数日、俺とカーリンは家ではシャンプーと石けんを作りを、ブロックドロフ村ではお手伝いをして過ごした。


 そして招待の日。

 外は晴れていてとても走りやすそうだ。雨じゃなくてよかったと、安堵する。

 前日にエイミーとディータに磨かれまくったカーリンと俺は、なるべく継ぎ接ぎのないきれいめな服を着せられた。マントも無事直り、これならみすぼらしい感じはしないだろう。


「今日は俺の帰りに合わせてオリバーとカーリンの帰りは遅くなるから。ディータたちは先に晩ご飯を食べててくれ」


「わかったわ。2人も気をつけてね。ちゃんと荷物持った? 忘れ物はない?」


 俺はバッグの中の石けんと、壺に入ったシャンプーをもう一度確認する。

 どちらもきれいなタオルに包まれた状態で、確かにバッグの中にあった。招待状も俺の身体側にしっかり収まっている。


……よし、ばっちり!


「大丈夫! ちゃんと持った! じゃあ、行ってきます!」


 ディータおばさんに笑顔で答えた俺はしっかりマントを被り、先を行くカーリンとコパンを追いかけるように家を出た。



肉を食べられるから、解体はみんなウキウキワクワクです。

エイミーがエーバーの首元で鍋を構えていたのは、出た血を受け止めるためです(欲しい家庭にあげるため)。

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