再戦! エーバー②
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後ろを振り返ると大きなエーバーが猛然と俺たちを追いかけてくるのが見えた。
若干だが追い上げてきているように感じる。振り返るたびに少しずつだが距離を詰められているのだ。
カーリンに視線を向けるが、全力で走っているのがわかる顔だ。きっともう、スピードは上がらないだろう。
……倒せなくてもいいからせめてエーバーの走るスピードが遅くなれば……!
俺はコパンに乗ったまま、よじよじと後ろ向きに座り直した。追いかけてくるエーバーと向かい合う形になり、右手はデコピンの形だ。
走るコパンの揺れに合わせながら俺はデコピンエアガンを構え、中指に風が集まり始める。
コパンに乗った状態で的を狙うのはケバルトに弓矢を習ったときやってみたが、動く標的を狙うのは難しかった記憶があるし、現に今もエーバーに狙いが定まらない。
弱めの土弾丸を何発か撃ったが、エーバーにかすりもしなかった。ポケットからまとめて土弾丸を出し、左手の指と指の間に4つ挟めて持ちながらそれでもバンバン撃っていく。
……やっぱり相手が動くと難しい……!
依然として弾は当たってはいないものの、エーバーを警戒させることは成功したようで、続々と弾を撃てば肉々しさを感じる巨体はブレーキを小刻みにかけた車のようにスピードダウンした。
……魔力が続く限り撃ってけばいけんじゃね?
ゴリ押ししようと判断した俺は休まずデコピンエアガンを打ちまくっていると、唐突に隣から短い悲鳴が聴こえた。横を振り向くよりも早く俺の視界にゴロゴロと転がってきたのはカーリンだ。
「カーリン?! おわっ!」
どうして転がったのかはわからないが、カーリンを追いかけるようにコパンも方向転換をした。後ろを振り返るように勢いよく飛び上がったコパンの動きに合わせきれず俺は吹っ飛ばされそうになったが、脚に力を入れてぐっとこらえる。
カーリンが魔物に襲われたのかと思い、急いで転がってきた方向を見るも何もいない。
「カーリン大丈夫?!」
「いたた……後ろが気になって振り返ったら転んじゃって……でも大丈夫! 早く村に!」
乱れた若葉色の髪を整えることもなく急いで走り出そうとカーリンは腰を落とし始めたが、手をついたときに痛みで顔を歪めたのを俺は見逃さなかった。
……4足で走るのは無理だ。手からばい菌でも入ったら大変だし。逃げ切りは無理だな……
俺は焦りが顔に出ないよう、努めた笑顔でカーリンに声をかけた。
「カーリン、畑の中に入って。そこならエーバーは入ってこないから」
エーバーはスピードを緩めることなく俺たちに突進中で正直、今から走り出しても後ろから突撃される気がする。
「……オリバーはどうするの?」
「あのエーバーを足止めできないか、やってみる。成功するかわかんないけどやるだけやってみる。 ……もし失敗したら俺のことも麦畑に引き込んで」
「それならここにいるよ! わたしだって一緒に頑張る! オリバーを引っ張るくらいならできるもん!」
首を左右にブンブン振りながら「一緒にいる!」と宣言したカーリンの膝は笑っていた。畑の方が安全とはいえ、1人でいるのは怖いのかもしれない。
「ありがとう、カーリン。じゃあ俺の後ろにいて、何かあったら支えて。 ……コパン。今度はちゃんと言うこと聞けるか? カーリンを守るためにもやってほしいことがあるんだ」
コパンは俺と目を合わせ、頭を擦り付けてきた。まだ戦闘中のかっこいい顔だが、我を失っている感じはしない。きっと我を取り戻してくれたのだろう。
エーバーが徐々に迫りくる中、俺はコパンに命令する。
「コパン、エーバーを引きつけててくれ。『戻れ』って言ったら俺のところに帰ってくるんだぞ!」
俺が話している間コパンは耳をピクピクさせ、お辞儀をするように頭を縦に振る。なんとなく、わかったと言ってる気がした。きっと話をわかってくれているんだと思う。
俺とコパン、そして俺の後ろにいるカーリンはエーバーを見据えた。
「コパン、行って来い! きみに決めた!」
他に手持ちの魔物なんぞいないが、言ってみたくなったのだ。コパンは俺が指し示したエーバーの元へ走り出し、威嚇するよう吠えながら飛びかかった。
……魔力を溜めて、デコピンエアガンで歩けなくさせれば……!
さっきまで弱い威力の弾を撃っていたからまだ魔力には余裕がある。俺は今持てるだけの魔力をどんどん使い、吹き荒ぶ風を中指に集中させる。
……この一発にほとんどの魔力を使。外したらもう威嚇もできない! 当てなきゃ!
「コパン! 戻れ!」
吹きすさぶ風にかき消されてるのか、俺の声はコパンに届いていなかったようだ。
カーリンが何度もコパンに叫んでくれているのが後ろから聞こえてきた。
……カーリンが近くにいてくれてよかったー!
コパンはエーバーの突進をかわすと、そのまま俺たちのもとへと走り出す。背を向けて走り出したコパンを
追いかけはじめたエーバーは「ぷごーーー!!」と叫び徐々にこちらに近づいてきた。
……追いかけるの大好きだな、お前! でも好都合!
突進してくるエーバー。
コパンが俺の横に並ぶ。
俺が1番練習した20歩程度の距離に来るまで粘り、引きつけ、間合いに入った瞬間。
「あたれえぇぇーーーーー!!!!!」
バシュン!!
俺の叫びと同時に飛び出した土弾丸は、エーバーに真っすぐ飛んでいった。
俺たちに向かって走ってきているエーバーが避けられるはずもなく弾は見事、眉間に的中する。
「当たった! オリバー! 当たったよ!」
魔力をほとんど使ったとはいえ、エーバーに打ち込んだ弾は俺のMAXの威力ではない。ちゃんと動かなくなったか確認するまで、安心できない。
俺は一足先に喜んでいるカーリンに肩をゆさゆさ揺さぶられながら、食い入るようにエーバーを見つめる。
エーバーは脚をもつらせたような走り方をしたかと思えば徐々にスピードが落ち、俺たちのもとへ辿り着く前にざざざと土埃を立て倒れ込んだ。
……もう動かない? 俺もう魔力ないからね? 立ち上がらないでね?
物言わぬエーバーに「3秒数えて動かなかったら俺の勝ちでいい?」と心の中で問いかける。
とてもゆっくり3秒を数えながら様子を伺うも、エーバーは動かない。
「俺とコパンで見てくるから、カーリンはここで待っててくれる? いつでも逃げられる準備してて!」
「えー、もう大丈夫だよ? ここから見ても動いてないもん」
安心した表情のカーリンは、立っていられないといった様子でその場にへたり込む。目の部分強化ができない俺は、コパンに乗り念のため確認に行った。
コパンから降りずエーバーに近づくと眉間には土弾丸がめり込み、そこから血が流れていた。力なくびろーんと伸びた手足からは生気を感じられない。
……こんな大きい魔物を倒せたんだ。無理だと思ってたのに!
俺は達成感と安心感を感じながらコパンを撫で、カーリンのもとへ意気揚々と戻る。すると、カーリンはなぜか涙を浮かべていた。
「エーバー倒れてた! ってカーリン、どこか痛い?」
「安心したら涙が出てきて……う〜……すごく怖かったよー!」
コパンから飛び降りて駆け寄った俺に、カーリンは座ったまま抱きつき泣き出した。中腰なので体勢がきつい。
中腰のまま乱れた髪を整えるように髪を撫でカーリンをなだめていると、徐々に落ち着きを取り戻したカーリンはちょっとずつ話し始めた。
「みんな無事でよかった……オリバーも怪我しないでよかった……」
「1番傷が多いのはカーリンだよ。しかもただ転んだだけでそんなに……」
「もう! それは恥ずかしいから言わないで!」
カーリンに少しずつ笑顔が戻り始めると、今度はコパンが「撫でて」と前足を俺の脚に引っ掛けアピールし始める。
「よしよし、コパンもお利口さんだったなー。よく頑張ったね!」
俺の顔と同じ位置にあるコパンの顔から胸にかけてわしわしと撫で回してやる。カーリンも混ざってもみくちゃにされているコパンは、短くハッハッと短く呼吸しながら満足そうに目を細めてた。
……コパンはまたエーバーに遭遇したら興奮して俺の言うこときかなくなっちゃうか? それは困るなあ。でもなんて注意すればいいんだろう……シュティローおじさんに聞いてみるか!
「あ! もうこんなに暗くなってる! 早く帰らなきゃエイミーとディータおばさんに心配駆けちゃう……」
カーリンがコパンを撫でながら夕焼け空を見上げ、表情を曇らせる。確かにいつもより黄金色が濃い。エーバーに襲われ、いつも帰る時間から大幅に遅れている状況だ。
……でも、エーバーたちはこのままでいいのか?
合計3体のエーバーが道に横たわっている状態を生み出したのは俺たちだ。この道は獣人しか通らないかもしれないが、さすがに邪魔だと思う。
「エーバー、あのままでいいのかな? それとも魔石にした方がいいかな?」
「どっちももったいないよ! 解体してお肉を取る!」
……えぇ〜……解体かあ。
解体という言葉を聞きげんなりした俺は、コパンから背中に乗るよう促された。
「わたしたちだけじゃ村に持って帰れないし、まずは村に帰ろうよ。ディータおばさんに相談しよう」
魔力がほとんどなくてとても腹ペコな俺はその案に即賛成した。早く帰って晩ご飯を食べたい。
それにもしまた魔物が出てしまったら今度は無事で済むか、わからない。
「そうだね。カーリンは走れる?」
「いつも通り走れば大丈夫! たくさんお肉を取ろ〜!」
「……取ろー」
俺たちが家に帰ると案の定心配していたエイミーとディータおばさんに、帰るのが遅れた事情を話した。
「森でもないのによくそんなに魔物に遭遇するわね……でもお手柄じゃない。3体も解体するのはちょっと大変だけど」
「エイミー、よそのお家にも声をかけてきてちょうだい。そうね……家族が多い家がいいわ。人が集まったらカーリンはエーバーの場所まで案内してちょうだい。コパンは大きいままでいてね。カーリンを乗せて走ってもらうから」
腹ペコすぎてテーブルに突っ伏している俺にお疲れさんと労いの言葉をかけるエイミーと、晩ご飯を作る手を止めたディータおばさんは今日中に3体を解体するつもりのようだ。
ディータおばさんは帰ってくる途中に干し肉を食べたが全く満たされなかったヘロヘロの俺よりも、擦り傷があっても今すぐ動けるカーリンに指示を出し、俺の目の前に温かいスープを置く。
エイミーは家を飛び出し、カーリンは手のひらの傷を自分で縫い始めた。
「それにしても今の時期に麦畑から魔物が出るなんておかしいわね。それにエーバーだなんて……」
ディータおばさんが口走った疑問は、戦っている最中心の奥にしまっていた疑問だった。確かに、魔力の加護をかけたばかりなのに魔物が麦畑から出てくるのはおかしいと思う。
ディータおばさんから出されたスープをがっつきながら、俺は気になることを聞いてみた。
「畑と畑の間の草むらも、魔力の加護が効いてるの? エーバーはそこから出てきたんだけど……」
「えぇ。効いてるはずよ。あの一帯に魔力の加護がかかっているんだもの。草むらでも同じよ」
「そうなんだ……でも俺とカーリンが麦畑に入ったら、エーバーは入るの嫌がってたよ」
「そう、それが正しい反応なのよ。一応シュティローに報告しておいた方がいいわね。お疲れ様、オリバー、カーリン、コパン。よく無事に戻ってきてくれたわね」
優しく微笑むディータおばさんは俺とカーリンをぎゅっと抱きしめた。我が子のことのように心配してくれていることが伝わる優しい抱擁だ。
「ワン! ワン!」
ここでも撫でてアピールをするコパンがディータおばさんにももみくちゃにされていると、エイミーが勢いよく玄関扉を開ける。どうやら人が集まったようだ。めちゃくちゃ早い。
「カーリン、コパン、行くよー! 母さんとオリバーは解体の準備しといて!」
……解体の準備とは?
何もわからない俺はディータおばさんが準備する刃物やらお湯やらを、森の近くに持っていく任務を言い渡された。解体はそこでやるらしい。「解体やりたくないなあ」と思いながらもお湯の入った桶を持ちながら広場を通り過ぎようとしたところ、そわそわした様子の4,5人に捕まった。
「なあなあ、これからエーバーの解体するんだろ?! 俺たちも混ざっていいか?」
まさか俺に好き好んで話しかけてくると思ってなかった俺は、驚き固まってしまった。見た目的に成人前後の若い人たちがやる気に満ちた目を向け俺を囲むので、前に進みたくても進めない。
……手伝ってもらえば俺が解体する量も減るかな?
「解体、手伝ってくれるの?」
「あぁ、手伝った分肉をくれるならやるぜ」
耳をよく見るとカルツェ族の人々だ。ビーサンのようなものを履いてるから漁師だと思う。フェルカで十分に肉が手に入らなかったから、ここぞとばかりに名乗りを上げたのだろうか。
どちらにせよ、俺の作業が減ればいいなと期待してこくんとうなずくと、俺の腕の中の桶をひょいっと取ったカルツェ族の女性は、「森の近くまで持ってくねー!」と言いながら速やかに走っていった。
……お湯をこぼさずに走ってる! すごい!
「くっ……先に取られたか……オリバー! あとやることは?!」
「えーと……ディータおばさんに聞いてみないとわかんない」
お手伝い探しに必死な青年たちに囲まれながら広場から自宅へ帰ろうと歩いていると、俺は久々にあのねっちょりボイスを耳にした。
「あらぁ、ヴァッフェルにシーウルじゃない。こんなところで何してるのよぉ?」
……あ、この声は! えーと名前なんだっけ……
心臓が飛び跳ね、悪口を言われた記憶が蘇る。取り巻きの間から見えたのは、なんだかちょっと機嫌の良さそうな薄汚いピンクの髪色のおばさんだ。俺に散々悪口を言ってきたおばさんだが、俺は名前を覚えていない。全く興味のない人に頭の容量を使いたくないのだが、虐げられた記憶はどうしても残ってしまっている。
「あぁ、ニクヒルか……」
……そうだった、ニクヒルって名前だった。
見上げるとみんなめんどくさそうに顔をそむけ、おばさんと目を合わせないようにしているように感じた。
「俺たち、用があるから……」
「なによ、最近連れないわねえ。そんなたくさんでどこに行くのよ? あら、真ん中に誰かいるじゃない」
とても気まずそうな雰囲気を感じるが、そんなのお構いなしにニクヒルは俺を覗き込んできた。
すると、気持ち悪い笑顔が一瞬で凍ったのが見て取れた。
「なんで……」
そこで言葉が途切れ視線をさまよわせるニクヒルに対して、ヴァッフェルと呼ばれた青年が代表で答える。
「オリバーがエーバーを倒したから解体の手伝いをするんだ。じゃ、急いでるから」
手短に答えたヴァッフェルは、俺の背中をそっと押して歩くのを促す。
信じられないといった表情をしているニクヒルから視線をそらし、再び歩き出した俺の心拍は徐々に落ち着いていく。やっと呼吸ができた気がする。
「……俺たち、あの人から色々聞かされてたんだけどさ」
シーウルと呼ばれていた青年がぽそりと話し出す。きっと俺のあることないことを吹き込まれたのだろう。
「俺たちは、お前を応援してる。海の主を一緒に倒してくれた仲間だからな」
そう言われ、オレの心が温かいものに包まれる感じがした。見上げると、みんなうなずいてくれていた。フェルカのときはいつも一緒のメンバーやタギノからしか話しかけられなかったが、俺に対して好意的な人もいたんだと、嬉しくなった。
……俺の行いをみてくれている人もいるんだ……
「そうそう! それに肉もくれるしな!」
「それはヴァッフェルお兄ちゃんの働き次第だよ?」
柔らかくなった雰囲気の中、軽口を言い合いながら自宅まで帰った。
フェルカの後の宴会にてタギノが大声でオリバーの功績を話したことで、オリバーが海の主を倒す助力をしたことが広がり、漁師になりたてのヴァッフェルたちはオリバーに好意的な感情を抱きました。




