招待
「オリバー、脚に魔力を集中させるんだ! だんだん全身強化に戻ってきてるぞ!」
横を走るシュティローおじさんに部分強化ができていないことを指摘され、俺は息を荒げながらも再び脚に意識を集中させる。すると今度は走るのが遅くなり、みんなに距離を離されてしまう。俺は、さっきからこのループを繰り返しているのだ。
頭に巻いていた布がやっと取れ、ブロックドロフ村へ行ける事になった今日。
早速部分強化の練習をしながら、村までの土を固めただけの道を走っているが、休んでいた分体力が落ちているのを感じた。息が上がるのが早いのだ。
自宅療養中、家を抜け出して技の練習をしていたときはあまり身体を動かさなかった。本格的に体力を使うのは自宅療養後、今日が初めてだ。
……動きながら部分強化、難しい!
結局以前走れた場所よりも早い段階でコパンに乗ることとなり、久々に感じるふわふわの毛の上で腕だけ強化する練習をしながらブロックドロフ村へ向かった。
「オリバー、靴と靴下ありがとう。とても興味深かったよ。特に靴の底の部分、これはいいね! かっこいいし水も染みにくい……足が水で濡れるのが嫌だなんて言うと軟弱者って言われるからさ、すごく助かったよ」
村人との物々交換も終わると、シュティローおじさんは村から出ていき、宿屋の前にいたイェンスがテンション高めに話しかけてくれた。今日はイェンスが荷車を運んでいたのでこうやって話すのは久々だなあと思いながら、お褒めの言葉をありがたく頂戴する。
足が濡れて気持ち悪いと思う感覚が似ている人がいて、俺はちょっと安心した。
ちなみにカーリンは村人たちと仲良く喋っている。俺が休んでいる間に畜産農家の手伝いにも行っていたらしく、卵をもらっていた。尊敬するくらいコミュ力が高い。
「それとファルクも礼を言ってたよ。靴下を返されたときの様子から察するに、多分徹夜してたな。顔色は悪かったけどすごく楽しそうだったよ」
俺に優しくしてくれたファルクを疑っているわけではなかったが、本当にイェンスとファルクは知り合いだった。俺の靴下を気に入って同じものを作ろうと頑張ったけど、全然再現できないと言っていたそうだ。
……確か靴下って複数の糸を一気に編み込むんじゃなかったっけ? 見ただけでできたらすごいよファルクさん……
大和時代の母さんが靴下づくりにハマったとき、筒状に靴下を編んでいく器械を使っていたことを思い出す。そのときは毛糸を使っていたが、靴下工場では裏糸という伸縮性を出すための糸もプラスして編み込んでいくんだと話していた。
この間見せてもらったファルクの靴下は毛糸だけで編んだものだったから、多分複数の糸を使おうという発想がないと思う。
……伸縮性のある糸がこの世界にあるかわからないけど、今度会う機会があれば糸のこと、教えてあげた方がいいかな? さすがに器械はわからないから無理だけど……
それはそうと、一向に動こうとしないイェンスは俺とずっと話しているが村の警備に行かなくて良いのだろうか。さてはサボりか? と怪しんだ俺は、話が切れたタイミングで聞いてみた。
「イェンスさん、今日は誰が村の警備に着くの?」
「今日はミルテから街に届けてほしいものがあるって言われたんだ。今はそれの準備待ち。それと、もう収穫祭が終わったから警備はもうおしまい。魔力の加護も畑やオリンバ園にしっかりかかってたからね。次、村の警備をするのは鹿狩りのときかな?」
……あ、そっか。魔力の加護がかかったから警備はいらなくなるんだった。
サボりじゃないんだなと感心していると、鹿狩りは秋の中頃にあると言われた。農作物を食い漁る鹿を狩る報酬にその鹿をもらい、冬の食料の足しにするらしい。
「魔物じゃないから魔力の加護があっても入ってこれるからね、鹿は。鹿狩りまでは俺もシュティローさんもいつも通り街に行くよ」
イェンスが街の方を親指で指しながら笑うと、何かに気づいたように俺の後方に視線を移す。イェンスの視線につられて振り返ると、どうやらカーリンも村人との交流が終わったようだ。もらった卵を大事そうに抱えながら近づいてきていた。
「わかった! じゃあ俺は勉強してくるね。イェンスさんもお仕事頑張って!」
俺とカーリンは宿屋に入り、店番の人と挨拶をすると執務室に通してもらう。
「オリバー、カーリン。ミルテから話があるから先に料理屋へ行ってきてくれ。それが終わらないとイェンスが仕事に行けないらしい」
ほどよくウェーブした髪型のツァールトは、髪の毛をいじる癖は直っていないようで、髪をなでつけるついでのような感じで料理屋を指差す。久々の挨拶もそこそこに料理屋の方へ促された俺たちは、コパンを抱え「話ってなんだろうね」とカーリンと話しながら、カウンターまで足を運んだ。
「オリバーくん、久しぶり。怪我はもう大丈夫?」
「うん、もう大丈夫。心配ありがとう」
なにかの野菜を切るのを止め、手を拭きながらカウンターごしに俺の身体をキョロキョロと見ているミルテは、軽やかに話し始めた。
「急に呼び出しちゃってごめんねー。オリバーくんが来られるようになったら、なるべく早く話しておきたいことがあってさ」
「なんの話?」
「石けんの話よ。カーリンちゃんが私にくれた石けんをほしいって人がいて、その人がオリバーくんたちに会いたいんだって。ま、その人って私の兄さんなんだけどね。ディオって名前よ」
そういえばちょっと前にミルテが誰かに石けんを勧めたいと言っていた。村長の嫁に勧めるのかと思ったが、勧めた相手はミルテの実の兄だったようだ。ミルテ曰く、お兄さんは実際に俺たちに会って、直接石けんの使い方を聞きたいらしい。
石けんに興味を持たれて嬉しい俺は喜んで頷いた。
「うん、いいよ。ミルテさんのお兄さんはいつ来るの?」
「ディオ兄さん、ちょっと忙しくて街から出られないみたいだから、オリバーくんたちを家に招待したいんだって。いつもは食べられない料理が出るわよ。行ってみたくない?」
「街?! 行ってみたい!!」
目をキラキラ輝かせて即座に反応したのはカーリンだ。この間俺とケバルトが街に行ったとき、獣人村でお留守番だったから街に興味があるらしい。「いつもは食べられない料理」という響きに興味津々なのがピンと立った耳に表れていて、大変微笑ましい。
……でも、招待ねえ……
俺も料理は気になるが、それよりも「家に招待」という方が気になった。もしかしたらマントを脱がなきゃいけないのではないだろうか。そうなったら俺が混血児だということも説明する必要が出てくるかもしれない。
「ちょっと待ってカーリン。ミルテさん、家に招待されるってことは、俺はマントを脱がなきゃいけないってこと?」
「……そうなるわ。だけどディオ兄さんは獣人にも友好的だし、見た目でどうこう判断する人じゃないよ。もしオリバーくんが混血児だからって差別するようなことを言われたら、私が包丁持って乗り込むから安心しなさい」
笑顔で全く安心できないことを言われたが、ミルテの目は真剣だった。自分の兄は人を差別する人じゃないと本気で思っているのが伝わった。
「あ、それとね。一応シュティローさんにも話して、2人がディオ兄さんに会う許可をもらってるの。私から話すって言ったから2人は多分話を聞いてないと思うけど……」
「そうだったの? シュティローおじさんから確かに何も聞いてないよ」
「シュティローさんから2人に話したら、決定事項みたいになるじゃない? 私としては2人の気持ちが聞きたいからね」
なるほど。ミルテは俺達の意思を尊重してくれたらしい。それにシュティローおじさんが許可を出したってことは会っても大丈夫な人ってことなんだろう。
「シュティローおじさんが会っても大丈夫って許可を出した人なら、オリバーも会って大丈夫なんじゃない? わたしたちが作った石けん、ほしい人がいるんだよ。行ってみようよ!」
美味しいものを食べてみたいという気持ちが隠れきっていない表情のカーリンも、俺と同意見だった。俺はこくんと頷くと、それを見逃さなかったミルテがキラリと目を光らせ「決まりね!」とハリのある声を出す。
「でもミルテさん、俺のマントはまだ直ってないから行くのはちょっと先になるよ? シュティローおじさんはだいたい7日くらいみとけって言ってたんだけど……」
俺はところどころ破れたマントをぺらっと広げてミルテに見せる。俺とオリバーの母さんの毛で作ったこのマントは魔力を込めていけば、肌と同じように修復されていく優れものだが、まだ魔力が足りていない。穴や傷だらけなのだ。
「うーん、じゃあ次の安息日に招待でもいいかしら? だいたい7日後でしょ?」
カーリンは目を輝かせて頷いてるし、確か次の安息日、シュティローおじさんは仕事だ。仕事の行き来の時間に合わせれば、俺たちも安全だろう。
「うん、いいよ。次の安息日ね! ミルテさんのお兄さんの料理、楽しみにしてるね」
「んー? ディオ兄さんは料理作らないわよ?」
ミルテは目線も上げずに何やら小さいナイフで木板にガリガリ書き込んでいる。そして、そのまま何気なく言い放った。
「だってオドール商会の旦那だもの」
「え?! オ、オドール商会?! って……あのオドール商会?!」
俺はてっきりミルテと同じ料理人の兄だと勘違いしていたが、ミルテの口から自然に出たオドール商会という名前を聞いて目を見開く。
つい最近出会ったばかりのお店の名前が出てきて、つい興奮気味に声が大きくなってしまった。
「オリバー知ってるの? オドールしょーかいってなに? だんなってなに?」
俺はカーリンに何度もうなずき知ってることをアピールながら、肩掛けバッグの中に手をつっこみ、ゴソゴソと液体石けんが入った小瓶を探す。「あった!」とそれっぽいのを手にした瞬間、ミルテが顔を上げニンマリと笑うのが目に入った。
「オリバーくん、オドール商会の前で石けんもらったでしょ?」
「ななな、な、なんで知ってるの?!」
「ふふふ。私のもう1人の兄さんが、オリバーくんに石けんをあげた人だからよ。ファルクも私の兄なの」
……ファルクさんもミルテさんのお兄さん? ってことはファルクさんもオドール商会の人だったってこと? だから石けんを外に持ち出せたのか……ってそこは今はいいから! えーと、オドール商会で石けんの取り扱いがあるってことはつまり……?
ファルクが店から持ち出したあの石けん、どうなったんだろうとうっすら気になっていた俺は、余計なことを考えた自分にツッコミを入れるが思考が追いつかない。石けんを取り扱っているお店が俺たちの作った石けんに興味を持ってくれたということは、うまくいけばたくさん買い取ってもらえるのではないだろうか。
ポカーンとしていると、カーリンは完全に話についていけてない様子で俺とミルテを交互に見ていた。
ミルテはまた視線を木板に落とし最後まで書き切ると、その木板を布に包み「ちょっと待ってて」と外に出ていった。
「ねえ、わたし全然話についてけないよ。オドールしょーかいって何するところ?」
「ごめんごめん。オドール商会は色んなものが置いてあるお店なんだ。鍛冶屋さんは農具が並んでたろ? あんな感じで色んなものが並んで売られてるんだ。この村で魚と野菜を交換するみたいに、お金ってやつとお店に並んでるものを交換するところって感じかな」
お店も売り買いも見たことがないカーリンには、どんなところか想像するのはまだ難しいかもしれない。見てしまえば、ケバルトのようにすぐ理解できると思う。多分。
「へえー。街には魚と野菜以外にも交換するものがあるんだ! そのお店のだんな? とご飯を食べるのかあ。どんな料理かなー? 石けん好きになってもらえるかなー?」
「石けんの使い方の説明、カーリンがしてみる?」
日々エイミーやディータおばさんたちと石けんを使って磨き合っているカーリンの方が、いきいきと石けんについて話せると思う。嬉しそうに「話してみたい!」と意気込んだカーリンセレクトの「石けんのこれを話したい」内容を聞いていると、ミルテが帰ってきた。
「オリバーくんも知っての通り、うちの店は石けんの取り扱いがあってね。ディオ兄さんにオリバーくんたちがくれた石けんの話をしたら、すぐうちに来たの。俺にも使わせろってしつこいから、私がもらった石けんを泣く泣く半分切ってあげたのよ。そしたら使い心地が良くて大騒ぎ。自分で作ろうとしたみたいだけど、無理だったから作り方を探れって言われてさー。オリバーくんたちも口を割らないしもうめんどくさいから直接交渉して!って言ったら招待状を出す流れになったわけ」
堰を切ったように話し始めたミルテは「やっと催促から開放されるわ」とスッキリした顔をしていた。そんなに内情をボロボロ話してもいいのだろうかと気になったが、おかげでわかったこともあった。
……だから作り方をあんなに聞いてきたのね。原因はお兄さんだったのか!
「オリバーくん、石けんの交換条件を何にするか決めておいてね。招待状がうちに届いたら渡すわ」
「うん、わかった。待ってるね」
石けんをお金と交換する、つまり買い取ってもらう気満々なのだが問題はいくらで買い取ってもらうかだ。こないだファルクに見せてもらった石けんの金額を参考に値段をつければいいかな、と考えながら俺とカーリン、コパンはツァールトの部屋まで戻っていく。
「おかえり。招待は受けることになったのかい?」
「……知ってたんだね。招待、受けることになったよ」
ツァールトは「そりゃ夫婦だからね」と笑うと、しみじみとした表情で「交換、頑張れよ」と応援してくれ、早速計算の勉強を促された。
カーリンの前には何やらそろばんのような計算器が用意され、それを使って大きい桁の計算をしている様子だ。
「オリバーは計算器、使ったことあるかい?」
「ないけど、いらないや」
出された問題を見た俺は手習い板に筆算で計算をして、出た答えを石筆で書き込んでいく。興味深そうに見ていたツァールトに答え合わせをお願いすると感心したように声を出す。
「大きい桁もそんなに早く計算できるのか……じゃあ、これ解いてみて?」
ツァールトから渡された木板には数字の項目が2つと、1番右端に合計を出す余白があった。だが、木板の左の列にはまだ読めない文字が書いてある。多分、項目名か何かだと思う。
項目名はわからなくとも、単純に2つの項目の掛け算をすればいいだけのようだ。サクサク解いて、手習い板に答えを書きツァールトに提出すると、カーリンが使っている計算器と同じもので計算し答え合わせをしてくれた。
「……速い上に正確だな……オリバー、この宿屋で働かないかい? それだけ優秀ならすぐ俺の側近に……」
「俺は冒険者になるからここで働きません」
全てを言い終える前にニコリと微笑みながら俺はお断りすると、ツァールトはわかりやすくがっくりしていた。
「はあ……そうだよな。冒険者になりたいんだもんな……さっきオリバーに出した計算問題は備品の発注書なんだ。いやあ計算がここまでできるやつ、そんなにいなくてさ。俺とミルテ、あと数人でほとんどの計算仕事してるから大変で大変で……あ、そうだ。それならこの朝の時間だけでもいいから計算仕事を手伝ってくれないかい?」
俺にお願いするツァールトはとても困ったような顔だった。よっぽど計算のできる人が少ないのだろう。
お昼ごはんもごちそうになっている上に、よく世話をしてくれているツァールトが俺に頼んでくるのだから、引き受けてあげたいとは思う。だが、備品発注書の計算なんて、俺がやってもいいのだろうか。情報漏洩することにならないか気になって聞いてみた。
「オリバーがリープベル村の誰かに備品の価格を話したところでなんの問題があるんだい? それに宿屋なんてこの村にここしかないんだぞ?」
……確かに! 獣人村の人に言ってもわからない! 競合店もない!
「言われてみたらそうだった! それじゃあいいよ、お昼までは計算の手伝いをするよ」
「本当かい?! それじゃあ早速これとこれと……」
テーブルにはどんどん木札を積み重ねられていき、その様子にカーリンもぽかんとしていたが、徐々に顔がむーっとなっていく。
「なんでオリバーはそんなに計算が速いの? わたしより遅れてるのに!」
「石けん作りのとき、俺が分量の計算をしてただろ? そのときに計算してたから慣れてるんだよ」
桁の大きい計算ができる理由に結びつけるにはちょっと無理があるが、石けんの分量を俺がはかっているのを思い出したらしいカーリンは納得したように小さくため息をついていた。
「……わたしも計算が速くなったら見習いの声かけてもらえるかなあ?」
嬉々として木板を積み上げているツァールトには聞こえないくらいの声で、ぼそっとそう言ったカーリンの眉と耳は垂れ下がる。
「やってみたい仕事あったの?」
小声の俺の質問にこくりと小さく頷いたカーリン。どんな仕事をやってみたいと思ったのか、今すぐにでも聞きたかったが木板を積み上げ終わったツァールトが俺を呼び、話が遮られた。
聞きたい気持ちをぐっと抑えて、今は積み上がった木板の計算を優先させる。
この日から俺はツァールトの計算器として、備品の計算を任されることになった。
ミルテはオドール商会の末っ子です。
実家は金のあるお嬢さんです。
明日の投稿も午後になります。




