フェルカ 後編
「今年は1人当てられたー! ずっと参加できて楽しかったー!」
俺の元へ嬉しそうに駆け寄ってきたカーリンは、去年参加したフェルカでは即退場だったらしい。今年は楽しめたようで、至るところがびちゃびちゃだが笑顔が輝いている。
勝利を納めて帰ってきたエイミーをトゥルフ族みんなが労っていると、他の部門でも大きな歓声があがった。どうやら全部門勝負がついたらしい。タギノから号令がかかり、さっきの集合場所に歩いていく。結果発表があるようだ。
「結果発表!」
タギノが一呼吸入れると、各部門の成績を叫ぶ。
「今回は大人の男部門引き分け、大人の女部門引き分け、子ども部門がトゥルフ族の勝利! 1勝2引き分けでトゥルフ族の勝ち!」
トゥルフ族たちが集まっている方から腹に響くほどの大声が轟き、エイミーもきゃーきゃー叫んで友達と抱き合う。一方のケバルトたちカルツェ族は、残念そうに肩を落としていた。
するとどこからか大人たちが2人がかりで大きな肉の塊を持ってきて、カルツェ族に2つ、トゥルフ族に4つが贈呈された。
「よぉーし! その肉は勝ったやつらで分け合えよ! 魚と塩も配るから取りに来い!」
その後は宴会騒ぎだった。女性たちが大きな皿に入った茹でたロートレグを準備し、子どもたちは我先にと取りに走り、大人たちは酒を注ぎ始めた。
空が薄暗くなって来た頃にはキャンプファイヤーのような火が焚かれ、みんなでその火を囲みながら座っている。茹でロートレグをみんなで食べながら今日のフェルカの感想を言い合っているようだ。俺はいつものみんなと話ながら、赤くて身のぎっしり詰まったぷりぷりのロートレグを食べられるだけ胃袋に詰め込んだ。俺の知っているカニよりも甘みが強い幸せの味に舌鼓を打つ。コパンも初めて食べるカニを味わっているように見えた。
……体調が万全のときに食べたかったなあ、カニ。美味しいけどまだ腹が痛むからあんまり入らないのが残念だよ。
もう食べられない、とお腹を擦っていると、威勢のよい声が頭上で炸裂した。
「よう、オリバー! ロートレグ食ってるか?!」
すでにできあがった酒臭いタギノがしゃがみ込み、陽気なテンションでもっと食えと俺に勧めると、豪快に笑いながらぐびっと木製のジョッキに入ったお酒を口へ運ぶ。
「オリバーもケバルトと一緒に街へ走ったんだろ? しかも魔物まで相手して! やるじゃねえか!」
めちゃくちゃ声がでかい。すぐ隣にいるのにまるで対極にいる人に話しかけるような声量だ。周囲が何の話? とこちらを向き始めてちょっと視線が痛い。
「ちょっと前まですぐびーびー泣いてたお前が、まさか魔物を倒せるまで成長してたとはな! さすが英雄の子だ!」
「俺は自分にできることをしただけだよ。ケバルトが一緒だったからがんばれたんだ」
「まだ子どものくせに謙遜なんかしやがって。だけども村のために動けるたぁ気合入ってんじゃねえか! がはは! 気に入ったぞオリバー!」
言葉遣いは荒いし、酒臭いし、態度も粗暴だけど、他の獣人の子どもと等しく1人の子どもとして俺を評価してくれているように感じ、頬が自然に上がってしまった。素直に嬉しい。そして、隣にいるケバルトもなぜかニコニコしていた。
「最後に1つだけ」と言いながらタギノはよろよろと立ち上がる。
「収穫祭が近くなけりゃああんなロートレグ、俺1人でも倒せたからな! 今回は急ぎだったからシュティローを呼んだだけだ! 俺1人でもなあ、あれくらい……」
「わかったわかった。じっちゃんなら余裕だってオリバーもわかってるから。あっちに戻ろうぜ」
また言ってるよ、という顔でケバルトがなだめると、完全に酔っ払っているタギノは信号機チームによって元いた場所へ押し戻された。
……タギノさんって嵐みたいな人だな。厳しい人だって聞いてたけど、陽気なおじさんなんだね!
日が沈み完全に暗くなってもまだ宴会は続く。茹でたロートレグが食べ切られると、今度は大人たちが手拍子をしながら歌い出す。今日結婚の儀式をした新郎新婦たちが踊り、成人式に出た男女と新人式に出た子供たちがそれに続く。
大勢の笑顔や大きな歌声、豊漁を喜ぶ声が響き渡る熱気のこもった楽しい宴会だ。
そんなお祭り騒ぎの中、俺、カーリン、エイミーはケバルトたちに声をかけられた。
「なあなあ、ちょっと離れたところでこれ食べないか?」
ニクラスにちらっと見せられたのはスルメだ。正直、ロートレグで結構腹は膨れたのだがこの熱気からちょっと離脱したいと思っていたのでちょうどいい。俺が頷くとカーリンたちも立ち上がる。
だんだん火の明かりから遠ざかりながら、みんなで月が映る海を見ながら砂浜を歩き、ニクラスからスルメを受け取る。上手に作れたからみんなにあげたかったんだ、と自信満々に言っていた。
……みんなよく食べるなあ。俺、まだ本調子じゃないからあとでありがたくいただこう。
「ねえ、オリバー。あれまた見せてよ! 火の鳥! 空が暗いからきっと綺麗だよ!」
ニクラスの自信作をポケットにしまっていると、カーリンが良いこと思いついた! というテンションで俺に声をかける。みんな「火の鳥ってなに?」という顔だ。
……火の鳥もいいけど、やっぱり夏と言ったらあれじゃね? もう秋だけどさ!
「火の鳥よりも綺麗なもの、見せてあげるよ!」
俺は空に手のひらを伸ばすと、青い火の玉を打ち出しぐっと拳を握り込む。
……弾けろ! 花火!
手をぱっと広げると同時に、小さな炸裂音が鳴り響き、火の玉が爆ぜて色鮮やかな火の雫が無数に弾けた。
日本で見た花火大会のような打ち上げ花火の高さにはならなかったが、花火のイメージで出したから青色だけじゃなく黄色やピンクの雫も出せた。我ながら綺麗にできたと花火を見上げていると、感嘆の声が周りからも漏れ出る。コパンは思いもよらぬ音にびっくりしたようで、カーリンの後ろに隠れたのが視界の端に入った。
「なんだそれ! おもしれえ! もっと見たい!」
もっとやれ! と信号機チームに急かされ俺は両手で交互に花火を打ち上げる。小さくてすぐに散ってしまうお手製花火も数を打てばそれなりに立派に見えた。楽しくなって何発も打っていると、ライナーがもっと高くと要求してくる。
「これが限界だよ。あれ以上高く上げたら爆発させられないから!」
「じゃあオリバーが高く上がればいいだろ!」
「……は?!」
ライナーがそう言い放つと信号機チームが胴上げするように、でも胴上げよりも高く高く俺を打ち上げた。
「ちょっ、オリバーはまだ怪我が治って……」
エイミーが止めようとしてくれたのが視界の端に見えたが、もう遅い。俺ごと打ち上げ花火になってしまった。
「うわあぁあーーーー!」
頼りない浮遊感を感じながらも準備していた花火玉が手のひらから勝手に放出され、数瞬、満天の星が煌く夜空に浮かぶ花火を特等席で眺める。
……空中から見るとこんな感じなんだ、花火って。
視界いっぱいに広がる花火に目の当たりにして、今まで見たことのない光景になんとも言い尽くせない感情を抱く。僅かな時間そのまま固まっていると、身体がもうこれ以上浮かないところまで飛び上がったようだ。突如、股間がゾワッとする感覚に襲われたせいで感動は吹き飛び、急速に地面に吸い寄せられていることに焦る。
「落ちてるぅーーーーー!!!」
俺は腕をバタバタさせ死を覚悟しながら背中から落ちていくと、ケバルトたちに信号機チームにうまく受け止めてもらえた。もらえたっていうのもおかしいけど。
「おい、死ぬかと思っただ……」
「せぇーの!」
「ろぅうああぁああぁ!!!!」
……なんでもう1回やるんだよ!!! せーのじゃねえよ!!
再び空に浮かんだ俺は、今度は花火を出さずにまた股間がヒュンとする感覚を味わうと、再びケバルトたちにキャッチされる。「せー……」が聞こえたあたりで、カーリンとエイミーが急いで俺を掴んで止めてくれ、3度目の打ち上げは阻止された。
「こらぁー! ケバルト、ニクラス、ライナー! 塩作り小屋を燃やす気かーーー!!!」
俺がガクガクしながら砂浜に降ろされ、涙目になりながら声がする方を振り向くと、まるで地面をえぐる隕石のごとく何かがこちらに駆けて来ていた。砂を巻き上げて迫りくるそれは、よく見ると人の走る姿だ。
「やばい……! ギルダおばさんに捕まったら終わりだ!!」
恐れおののき逃げ出すケバルトたちを見るのは、呆れた様子のエイミーとカーリンだ。どうやらあの人はタギノの奥さん、ギルダらしい。近づいてきたギルダは俺には金剛力士像にしか見えない。と思ったらもう1躯いらっしゃった。うちのディータおばさんだ。
「オリバー! 怪我してるのに何危ないことやってんの!」
俺の身体は走って逃げるほど体力が回復していない。いつも穏やかなディータおばさんがものすごい形相で迫りくるのを、俺は仰け反りながら見ているしかなかった。
ギルダが米俵を担ぐように3人を連れてくると、すでに跪いている俺の横に並ばされ、4人でしこたま怒られた。
「まったく! 怪我人を投げ飛ばすなんて何やってんの! このバカども!」
怒ったギルダにげんこつを食らった3人は頭を押さえながら「いてえ!」と叫ぶ。確かに痛そうな音が横で3発響き、俺にも来るんじゃないかと心臓がバクバクしたがギルダは俺の前には来なかった。代わりに、いつも見慣れた靴が視界に入る。
「オリバーもよ。怪我してるのに危ないことをやっちゃダメでしょ。最近元気なのは良いけどちょっと元気すぎね」
見上げるとディータおばさんはさっきまでの怖さを顔に貼り付けながら、でも穏やかな笑みを浮かべるというなんとも器用な表情で俺を諭す。
「はい、ごめんなさい……」
ちらっと横を見ると、火の鳥を見たいと言ったカーリンはコパンを抱えながら申し訳無さそうな顔、手のひらからエイミーはどんまいという顔をしながら俺たちを見ている。
打ち上げられた側の俺も一緒に怒られるのは不服だったが、塩作りの小屋近くで花火を出したのは俺だ。2躯の金剛力士像に睨まれ何も言えないままこってり絞られたあと、3人は宴会の片付けの手伝いを命じられていた。もう暗くなっていたので、俺たち3人と1匹はまっすぐ家に帰ることになった。
「オリバーごめんね。わたしが火の鳥を見たいなんて言ったから……」
「大丈夫だよ。俺はケバルトたちみたいに殴られなかったしね」
カーリンのせいじゃないよと笑っていると、エイミーは意外にも俺の花火を褒めてくれた。
「オリバーは器用ね。あんな綺麗なもの、今まで見たことなかったわ。今度は安全なところでまた見せて!」
「うん、わたしも見たい! 安全なところで!」
俺は笑顔で請け負い、楽しそうに喋る2人の横でなんとなく空を見上げる。
……すごい怒られたけど、にぎやかで楽しい1日だったな。明日からはまた、いつもの生活に戻るぞ!
そう意気込んだものの、俺がまたブロックドロフ村で勉強できるようになるのはしばらく経ってからだった。
友達とやんちゃできるくらいオリバーが元気になってちょっと嬉しくもあるディータでした。
ギルダは飲んだくれてそのへんに落ちているタギノの世話もしなきゃいけません。忙しさNo.1です。




