反省はほどほどに
6/23 1:25 誤字修正をしました。(獣魔 → 従魔)
高い門壁よりさらに上を見上げると、夕暮れの空に夜の色が混じり始めていた。店じまいを始めている屋台がちらほら見受けられ、通りにいたお客の数は行きのときよりも少ない。
「もうシュティローさんって迎えに来た?」
「いや、まだだ。中で待つんだろ? ほら、入りな」
兵士に扉を開けてもらった礼を言い、背もたれがついた椅子に荷物を置くとコパンを取り出す。
「……よく寝てるや。疲れてたんだね、コパン」
ぬくぬくでろーんとしているコパンを抱き上げて長椅子に置いてあげると、俺は買ったものをバッグに入れていく。コパンが潰れそうで荷物を入れずに持って歩いていたのだ。おかげで腕が痛い。
……そう言えば腕だけじゃなくて、足も痛いんだよなあ。
しばらく室内でシュティローおじさんたちの迎えを待っていると、さらに痛みが増してきた。全身がじんじん痛み熱を持っているように感じ、さらに動いていないのに額の痛みも出ている。
「なんか全身痛くなってきた……」
椅子に座ってブラブラと足を揺らしていたケバルトは俺の様子を見て狼狽え始めた。
「鎮痛薬の効果、消えてきたんじゃないか? 長椅子で横になってろよ」
……あ、そうだ。鎮痛薬で痛みを和らげてたんだった。
長椅子に寝かされ、コパンを抱えるとケバルトが仕方なさそうに俺を見つめる。
「傷は癒やしで治せるけど、打ち身はどうしようもないもんなあ……シュティローさんが来たらまた鎮痛薬、飲ませてもらおうぜ」
「うん……」
うつらうつらしながらも痛みで完全に眠ることもできずただひたすら悶えていると、ぎいっと扉の開く音が聴こえた。
「オリバー、ケバルト。おまたせ。遅れてごめんな」
顔を上げると肩で息をするシュティローおじさんとイェンスが視界に入った。どうやら急いで来てくれたらしい。ずんずんとシュティローおじさんが俺の方へ歩いてきて、俺の身体を触診するように触る。そのときにコパンはシュティローおじさんに気づいたようで、目を覚ますと俺の腹の上で尻尾を振って目を細めた。
「なあ、海の主はどうなったんだ?! 村は大丈夫なのか?!」
ケバルトから興奮気味に話しかけられたイェンスは、穏やかな笑みを浮かべていた。俺も村がどうなったか気になり聞き耳を立てる。
「海の主は無事討伐したよ。村も無事だ。戦闘のせいで浜は荒れてるけど、タギノさんが遠くに引きつけてくれてたからね。塩作りの小屋も、塩田も、もちろんみんなの家も無事だよ」
「……よかったあ……」
ケバルトはとても安心したようなため息を吐いていた。シュティローおじさんが俺の目の前にいるから、ちょうどケバルトの顔は見れないがきっと笑っているだろう。
俺の触診が終わりシュティローおじさんは地面にコパンを降ろすと、俺の手を握る。暖かくて大きな手だ。
「オリバー、鎮痛薬が切れて全身痛むだろう。診たところ内臓も破裂してないし、やはり骨も折れていないよ。よく寝てたくさんご飯を食べればすぐ治る。まだしばらく痛むだろうけどな」
そう言うと、俺に鎮痛薬の入った瓶を渡してきた。
……またこのまずい薬を飲まなきゃいけないのか。
うえぇと鎮痛薬と対峙していると、シュティローはすっと立ち上がった。
「さっきほどたくさんは飲まなくていい、オリバー。俺は薬を買ってくるからそれ全部を飲んでおくんだぞ。どうしても飲みたくないなら飲まなくてもいいが、そのときは帰り道で揺れるたび苦しむハメになるからな」
ニヤッと笑いながらそんな恐ろしいことを言い残したシュティローは扉から出ていき、俺の顔は恐怖で歪んだ。
……こわ! そんなん飲むしか選択肢ないじゃん!
幸いなことに瓶の中にはローセルを倒した後に飲んだ量の半分程度しか残っておらず、俺は一気にぐびぐびと鎮痛薬を飲み干す。それを見ていたイェンスは拍手をしてくれた。拍手よりもそこの水を持ってきてほしい。
「いい飲みっぷりだ、オリバー。それにしても傷だらけだね。この秋で6歳になる子がローセルの群れを1人で倒すなんて、これからが楽しみだよ」
「そうなの? それよりも水をください……」
水瓶から掬った水を水筒に入れて持ってきてくれたイェンスを見上げる。
「ローセルって、ふつうは何人くらいで倒すの?」
「俺たち獣人なら、2人くらい。魔力の使えない人間の冒険者なら、3、4人ってところかな? 盾役がローセルの威力を殺して、他の人がそれを倒していく感じだな」
……そう言えば魔力がない人もいるんだった。身体強化が使えないと絶対痛いよなあ。
「あのローセルって魔物は、基本的に群れで行動してるんだ。だいたい20〜40匹くらいかな? 連携して攻撃してくるのが特徴で攻撃がいちいち痛いんだよね、あいつら。こちらから何もしなければ基本的に攻撃してこないんだけど、仲間が1匹でも殺されるとしつこく追いかけてくるんだ」
「え? でも俺たちあの魔物、殺してなんかいないんだけど……」
確か、俺たちが走ってたら勝手にあいつらは追いかけてきたのだ。椅子に座ったケバルトへ視線を向けると、こくりと頷いてくれた。やはり俺の記憶違いではない。
「道に死骸がなかったか? あいつら、仲間の体液が付着したヤツを敵と認識するみたいなんだ。あの頭の横から生えてる細長い目で見えてるのか、他の何かで検知してるのか俺もわかんないんだけど、経験上そう。より多くの体液が付着しているヤツを集中的に狙うんだ」
……そうなんだ。というかやっぱりあの触手みたいなやつ、目だったんだね。
街に向かって走っているときに俺はコパンに死骸を避けるように指示を出したが、もしかしたら体液を踏んでしまっていたのかもしれない。イェンスの説明を聞いて、だから最初にコパンを狙ってその後ローセルを焼き殺した俺にターゲットが移ったんだな、と納得した。
「死骸、あった。コパンが体液を踏んじゃったのかも……そこから追いかけられたから」
「追いかけられたならそうだろうね。ちょっとの体液でもつくと、実際に殺していようがいまいが襲ってくるんだ。だから死骸を見つけ次第、水をかけて掃除するか、もし近くにローセルがいたら討伐しないと通行が危ない。一般人が襲いかかられたら大怪我じゃ済まないからね」
……確かにあんなのに襲われたらひとたまりもないよ。体液がついただけで執念深く追ってくる魔物なんて、なんとも迷惑だなあ。
「でもオリバーはどうやってローセルを倒したんだい? 剣も槍も持ってないのによく倒せたな」
目を見張り感心したように口を開くイェンスに俺は属性鎧のことを話す。
「……と言った感じで、俺は全身どこからでも火や水が出せるんだ。ローセルは火で焼き切ったよ」
「……驚いた。そんな魔力の使い方をしてるの、貴族でも見たことないよ。というか手以外から属性が出る人を俺は見たことがない。すごいじゃないか、そんな戦い方ができるなんて!」
なんと貴族でもこんな戦い方はしないらしい。手放しで絶賛してくれているイェンスに、俺はコパンが来なかったら死んでいたかもしれないことを伝える。
「俺、今回の戦いでいっぱい反省点が見つかったんだ。属性鎧で覆う身体の場所の切り替えがもっと速くできれば……もっと風属性の練習をしておけば……周囲をもっと見てればこんなにたくさん傷を負わなかったのにって。俺がこの程度の傷で済んだのは、コパンのおかげでもあるんだ」
「初めての魔物との戦いでそれだけ反省点が出るなら上出来だよ」
……魔物と戦うのは初めてじゃないんだけどな。ま、ハイス山のエーバーにはラッキーで勝ったようなもんだけど。
にっと笑うイェンスは俺の述べた反省点に答えてくれた。話の腰を折るのも悪いので黙っておこう。
「属性鎧ってやつは魔力が出ているところから属性が出せるってことだろ? 身体強化する部位の切り替えと、属性鎧で覆う場所の移動って似てるんじゃないか?」
確かにイェンスの言う通り、身体強化をする要領で身体から魔力を出し、属性鎧を使っている。身体強化の扱いはみんなの方が上手だから、相談できる部分だろう。
「で、周囲を見て戦えるようになるのは場数を踏んでからだ。だから今はまだ1人でそんなに考えなくてよろしい! まずは身体強化の切り替えについてシュティローさんに相談してみなよ」
軽く俺の肩を叩いたイェンスの後ろでうんうんと頷きながら話を聞いていたケバルトは、何かを思い出す素振りを見せながら口を開いた。
「じっちゃんも言ってたなあ。何事も経験が大事だって。まだオリバーは冒険者見習いにもなってねえんだから、そんなに反省しなくてもいいんじゃね? むしろそんなに反省してることに驚いた。お前、勝ったんだぜ? 素直に喜べばいいじゃんか!」
……そうか、まだ俺、この秋で6歳じゃん。使いこなせなくて当たり前なんだ。
大和として生きていた記憶があるから、「ダメだった部分は次に活かさないと!」という意識があったが周囲からしたらまだ6歳の子どもだ。しかも初めてのことばかりで色々できなくて当然なのだと思ったら、すっと肩が軽くなった。素直に笑顔になれた俺は、2人に礼を言う。
「ありがとう、2人とも」
俺は肩の力が抜けたのと鎮痛薬を飲んだのが相まって、シュティローおじさんが兵士の休憩室に帰って来る前に寝てしまったのだと、次に起きるまで気付かなかった。
「あ、オリバーが起きた! エイミー! オリバー起きたよ!」
……家だ。俺、いつの間にか眠ってたのか。
目を開けると嬉しそうなカーリンの顔が見えた。声に反応して居間の方からやってきたエイミーは安心したような表情を見せている。
「おはよう、オリバー。ってもうお昼だけどね。ベッドから降りられそう?」
顔を上げようとすると全身に筋肉痛のような痛みが走り、思わず顔をしかめる。しかも発熱しているようだ。
「……無理そう。ねえ、俺どのくらい寝てたの?」
カーリンは俺の身体を起こすのを手伝ってくれ、さっきまでカーリンが座っていたところにエイミーが腰掛けると、カーリンは居間の方へと姿を消した。ベッドの下で忙しなくコパンの爪が床をかく音が聞こえるが、顔は見えない。
エイミーは仕方なさそうにコパンを膝に乗せると、コパンは嬉しそうな顔で俺を見つめていた。コパンは布団に載せちゃダメとディータおばさんに言われている。エイミーに押さえられながらも、尻尾を振っているのが大変可愛らしい。
「帰ってきたのが昨日の夜だから、半日くらいじゃない?」
俺が目を覚ましたのは、なんと翌日のお昼だった。どうやら兵士の休憩室からずっと寝てしまっていたらしい。
「ってことは今日、水の日? え、収穫祭って明日? 俺全然フェルカの練習できてない!」
「……フェルカにオリバーは出すなって父さんが言ってたから、もう練習しなくていいのよ」
「え?! なんで参加できないの?!」
「ベッドから降りられないくせに参加できると思ってるのがあたしには不思議だわ」
……あ、それもそっか。明日のフェルカ、出られないのか……
引きつった笑みを浮かべているエイミーは、落胆する俺を励ますように声をかける。
「父さんが見るだけならいいって言ってたから明日熱が下がって、歩けそうだったら浜に行こう。来年の春のために、ルールを覚えていた方がいいもの」
……体育の見学みたいな感じかなあ。ま、でもこの傷じゃ仕方ないか。
「わかった。明日は浜で大人しくしてるよ」
渋々俺が返事をすると、明るい声が扉の向こうから聞こえてきた。
「お待たせー! ご飯と薬を持ってきたよ。昨日オリバーが買ってきてくれたお肉と野菜を入れたんだ」
カーリンはベッドに上がると俺の横に料理を置いてくれた。肉や野菜が入ったスープと、果物、それと薬らしき瓶がお盆に載っている。
「ありがとう、カーリン。シュティローおじさんとディータおばさんは? みんな怪我してない?」
「2人は仕事だよ。今日はわたしたち、特にやることないからお留守番。もちろんみんな怪我してない……っていうか1番怪我してるのオリバーだよ! こんな傷だらけで帰ってきてびっくりしたんだから、もう!」
「ごめん……」
その後、ご飯にありつく前にカーリンとエイミーからどれだけ心配したかをさんざん聞かされた。2人の心配そうな表情を見て、周りに心配をかけないような戦い方を身に付けなければいけないなと心の底から思った。
腕を動かすのも痛み、カーリンの厚意に甘えてご飯を食べさせてもらっている間、俺が街に行っている最中の獣人村側の様子を聞いた。エイミーは塩作りの小屋の前で戦いの様子を見守っていたらしい。
「漁師たちが遠くの浜にロートレグを引きつけて応戦してたの。で、父さんがビューンって帰ってきて一気にズバズバって大きいハサミを切り落としたの! そこから倒すまではすぐだったわ」
エイミーは椅子から立ち上がりエア双剣で空気を切る。いつも通りの擬音語多めの説明だ。
「シュティローおじさんが浜に来たから、一応イェンスさんに知らせに行こうと思ってわたしとエイミーがブロックドロフ村まで走ったんだよ」
……エイミー、よその村まで行けたの? 無理したんじゃないか?
俺はケバルトに聞いた『エイミーは方向音痴』の話を思い出しながら、そのことを知っていると顔には出さないように気をつけながらエイミーを見る。さっきまで楽しそうにシュティローおじさんの活躍を説明していたのに、いつも通り気の強そうな澄まし顔に戻っていた。どういう感情かわからずじーっと見つめているとパッと目が合う。
「……なによ? あたしだってブロックドロフ村くらい行けるわよ」
「そ、そうだよね。あははー……」
……そんなツンケンしなくてもいいのに! でも行けるところが増えてよかったね!
本人がそう言ってるからそういうことにしておこう。
ご飯を食べ終え薬を飲まされた俺は寝室で1人横になり、ふと自分の腕を見る。傷は全部細い糸で縫い直されていた。この丁寧な縫い方はカーリンだろう。
……魔物と戦ってぼろぼろになったけど、街にも行けてすごい濃密な1日だったなあ。なんというか、これぞ冒険者って感じだった!
俺は昨日の出来事を思い出して勝手に笑みがこぼれてしまう。異世界に来たからにはなってみたいとふわっとした理由で目指した冒険者。他の獣人からしたらきっとなんてことのない、獣人村から街までの距離だが俺にとっては十分冒険だった。そして、その楽しみを味わったのと同時に、冒険者の大変さも身に沁みた。
……冒険者になるだけじゃだめだ。みんなの何倍も努力しないとまたボロボロになる……俺は獣人より体力も力もないんだからせめて風属性のコントロールは頑張らないと! シュティローおじさん、身体強化の部分使用の特訓つけてくれるかなあ。あ、あと防具はどこで買えるのか聞いてみないと。それにコパンの従魔登録もしたいんだよなー。あー、また街に行きたいよー!
やらなきゃいけないことが山積みの中、俺はファルクに靴下を貸す約束を忘れていることに気付かず、いつの間にかまた眠りについていた。
シュティローはオリバーが街へ行きたがっていたのを覚えていたので、ちょっとは街の中を探索できるようにと、ローセル退治後に少し多めに鎮痛薬を飲ませていました。
久しぶりに名前が出たエーバーはイノシシの魔物です。
ハイス山でのエーバーはビギナーズラックで勝てたようなもの。結局シュティローが倒してくれましたからね!




