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獣人村で目覚めたら  作者: ニガヒジキ
第1章 獣人村のオリバー
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靴下の約束



 獣人だから、と明らかな差別を受け呆然と立ちすくんでいると、ドアマンの顔からは徐々に笑顔が消えていく。


「他のお客様の迷惑にもなりますので、お引取りください」


……獣人への差別もあるんだ。街の中では普通に受け入れられてたと思ったんだけど、こういう店もあるんだなあ。


 だが、混血児として罵られたことのある俺はこの程度ではへこたれない。俺が知りたいのは石けんの値段なのだ。中に入れなくても値段を教えてもらえればどんな目で見られようと構わない。


「石けんの値段を教えてもらえませんか? それさえわかればすぐに帰りますから」


「……当店で商品をご購入できない方にはお伝えいたしかねます」


「そうですか……じゃあ、石けんは液体ですか? 固体ですか?」


 俺が残念さを隠さずはあ、とため息を吐いて尋ねると、ドアマンは小馬鹿にしたように片方の口角を上げ、さっきより威圧感のある声を出す。


「獣人の常識とは異なるのでしょうけど、我々は液体の石けんを使っておりますよ。あまりしつこいと兵士を……」


「わかりました! さよなら!」


……兵士なんて呼ばれたらシュティローおじさんに怒られる!


 シュティローおじさんに怒鳴られて頭をぐりぐりされる妄想が頭の中で繰り広げられ、すぐに店の前から飛び出し冒険者ギルドが面する広場までダッシュした。いきなり動いたからか額の傷がズキンズキンと痛む。


……それにしてもなんだあの店! 獣人の常識でも液体の石けんが普通だわ!


 獣人の常識と人間の常識は違うと言いたげな小馬鹿にした態度に腹が立った。あの獣人を差別する店にはもう二度と行かないと心に決め、俺は次の店を目指す。


……次はオドール商会に行ってみるか。そこは獣人も入れる店だといいなあ。


 オドール商会への道のりを歩いているとさっきまでケバルトと話していた広場に戻ってきた。というか、先にオドール商会から行けばよかったと思うくらい、広場の目と鼻の先にオドール商会はあった。


……もうそろそろ日が暮れそうだし、もっと効率良く動けばよかったなあ。またお断りされると嫌だから今度はちょっと観察してからお店に行こう。


 だんだんと風が冷たくなっているのを肌で感じながら、広場のベンチに座りながらオドール商会に入る人を観察していると客層は様々だった。冒険者らしき人や、街に住んでいるであろう女性、身なりのいい子どもなど実に色んな人がお店へと入っていく。そして、ドアマンがどんな身なりの人にも等しく接していることに好感が持てた。それに窓ガラス越しに見える店員の所作は丁寧だ。さっき追い返されたお店には劣るけど服装も清潔感がある。


……あ! 獣人だ! やっぱり獣人も街に住んでるんだな。あの人も普通に入れてもらえてるし、俺もいけんじゃない?


 冒険者ではない、明らかに一般人のような格好の獣人女性が店に入っていくのを見て、オドール商会は差別をしていない店だと判断できた。


……よーし、俺も行ってみよう! ……ん?


 ベンチから降りてオドール商会の方に歩いていく最中、今の空のような夕日っぽい少し暗いオレンジの髪色が特徴的な青年が、店に近いベンチから鋭い視線を俺に向けていることに気付いた。顎先を指で撫で、じっと俺を見ている。試しに歩く方向を変えても視線が俺を追っている。


……え、なになに? 睨まれてる? 俺、何かした?


 距離的には車の全長程度。

 俺が首を傾げて見つめ返すも、青年は気付いていない。

 よく見ると質の良さそうな服を身につけている、さっぱり短髪の青年の目線は、俺の足元に向かっていた。

 今日も俺は自分で作った靴と靴下を履いている。履き口が足首よりちょっと上、ハイカットの黒いエンジニアブーツに、靴下は脛丈(すねたけ)の物だ。いつもと違うのは靴下と短パンの間にたくさんの傷、そしてズボンにちょっと血がついていることだけ。


……足の傷がひどくて気になるのか? でもよくわかんないなあ。いいや、ほっとこ。


 (すね)の傷を少しでも隠そうと靴下をぐいっと上げ、青年の前から立ち去る際にちらっと顔を見る。すると、破れんばかりに大きく目と口を開き、身体が固まっていた。


……そんな顔、ホラー漫画でしか見たことねえよ!


「ぶふっ……」


 俺はその表情に堪えきれず笑いがこぼれてしまうと、ようやくその青年は俺の顔を見てハッとする。瞬時にホラー顔から通常の表情に戻した青年は、俺の前まで駆け寄ってきた。


「ジロジロ見てしまって申し訳ない。きみが履いているその靴下が初めて見るものでつい……」


「そうだったんですね。こちらこそ、笑っちゃってすみません」


 互いに申し訳ない笑顔になっていると、首をポリポリと掻き咳払いをした青年は自己紹介をしてくれた。


「俺はファルク。この街で仕立て屋をやってる。たまに通行人の服装を観察して、服作りに活かせるものを探しているんだが……今日はその靴下が目に止まったってわけ」


 かがんで足元の靴下を指差された。俺の傷が気になったわけではないらしい。ファルクは眉を上げ、今度は俺に自己紹介を促す。


「俺はオリバーです。リープベル村から来ました。石けんが売ってるところに行きたくて、あの店に入ろうとしてたところです」


 自分の作った靴下に興味を示してもらえて嬉しくなった俺も軽く自己紹介をした。尻尾を見せてトゥルフ族アピールをする。わざわざ混血児だなんて自ら名乗らない。


「リープベル村ってことはイェンスを知ってるかい? 俺、たまに一緒に飲んでるんだよ」


 にこっと優しい笑顔でお酒を飲むジェスチャーを見せたファルクは、イェンスと同じくらいの年回りに見える。


……そうなんだ! イェンスさんの知り合いだから獣人にも慣れてるのかな?


 ロリエール商会で獣人お断りの扱いを受けたせいもあってか、俺が獣人の尻尾を見せても普通に話してくれるファルクの対応に好感度がぐぐんと上がる。


「ところで、オドール商会に行こうとしてるって言ってたけど、多分入れてもらえないよ」


「なんで?!」


……さっきは別の獣人が入ってったのに!! 俺は入れてもらえないなんてひどい!!


 ふくれっ面でむぅっとファルクを睨むと、ファルクは落ち着いた様子で俺が入店できない理由を話してくれた。


「オリバーくんの今の格好じゃ、どこのお店に行ってもきっと断られるよ。傷だらけだし、なんかすごく汚れてるし。店の品位を下げるお客は嫌がられるんだ」


「そうなんですか……」


 ズボンにはところどころ自分の血がついているのが見えるし、確かにすごく汚れている自覚はある。だけど、お店に迷惑をかけるのは俺の本意でない。ふくれっ面が徐々にしぼんでいくのが自分でもわかった。


……でも、ここで何の収穫もなく帰るのはやだなあ。


 俺がオドール商会の方を見つめていると、ファルクがなんとも優しい申し出をしてくれた。


「そんなに石けんがほしいのかい? 俺が買ってこようか?」


「違うんです……石けんがほしいんじゃなくて、価格が知りたかったんです」


「石けんの価格? それだけでいいのかい? それなら俺が教えられるけど……ただ、その代わりと言っちゃなんだけど、俺にきみの靴下を貸してくれないか?」


「えぇ?! だめですよ!」


……こんな身ぎれいな人に汗と魔物の体液にまみれた靴下、貸せるわけないよ!


 履いてる靴下を貸してほしいという、大和時代から数えても初めての申し出に後ずさりすると、ファルクは見るからにがっかりした顔を手で覆う。


「そうだよな。そんな高そうな靴下、初対面のやつにほいほい貸せないよな……あ、そうだ! じゃあイェンスを介して俺に貸してくれないかい? 絶対に綺麗なまま返すから! な?」


 俺の心配しているところと異なる部分の心配をしている気がするが、別日だったら綺麗な物を渡せるだろう。石けんの価格を教えてもらえるなら、靴下を貸すくらいどうってことない。どうってことないけど、なんでこんなに靴下に食いついてくるのかが気になる。


「それならいいですけど……なんでそんなに靴下に興味があるんですか?」


「その靴下、薄いし肌に密着していて伸びるだろ? そんな靴下見たことないよ。俺が履いてる靴下はもっとゴワゴワしてて、腰のところで縛るんだ。夏なんて暑くて暑くて仕方ない」


 ファルクがロングブーツをわざわざ脱いで見せてくれた靴下は毛糸でできた靴下だった。俺が履いてる靴下より糸は太く伸びにくそうで、大和時代なら冬に履きそうな素材だ。これでは確かに夏は蒸れて大変だろう。


「だからオリバーくんが履いている靴下を、真似して俺も作ってみたいと思ったのが理由かな」


……なるほど。来年の夏に向けて薄い靴下を作ってみたいってことね。


 正直、俺が自分の髪の毛と魔力を練り込んで生み出した靴下がこの世界の技術でどの程度再現できるかわからないが、あんな暑そうな靴下を太ももまで履いているなんて、聞いているだけで可哀想になってくる。


……貸すだけならいいか。石けんの値段も知れるし。


「わかりました。じゃあ近いうちに、イェンスさんに渡しておきますね」


 ファルクは嬉しそうに礼を言い、すくっと立ち上がる。すると、「ここでちょっと待ってて!」とオドール商会まですぐさま走り出した。店内に入ったかと思うと速攻で戻ってくる。


「おまたせ! これがあの店で取り扱っている石けんだ。この大きさが大銅貨8枚で、こっちが大銅貨4枚、で、このくらいだと大銅貨2枚かな」


 そう言ってベンチにとん、とん、とんと大中小の瓶を並べると、石けんの説明をし始めた。なんとわざわざ石けんを持ってきてくれたらしい。商品を外に出して大丈夫なのだろうか。それとも買ってきてくれたのだろうか。どっちにせよ、ここまで対応してくれるなんて良い人すぎる。


「大きいのはお屋敷とかで使うようなサイズかな。一般的な家庭で使うのがこの真ん中のサイズ。で、小さいのは冒険者が好んで使ってるかな」


 せっかく持ってきて来れたので、瓶の蓋を開けて匂いを嗅いでみる。うちにある石けんよりも動物臭さは少ないが、やっぱり匂いはある。


……こんなに小さい瓶で大銅貨2枚もするんだ……綺麗な瓶に入ってるから高いのか?


 コルクで蓋をされた俺の手のひらサイズの小瓶を見つめていたら、ファルクはそれを俺の前にことりと置いた。


「石けん、本当はほしいんだろ? これは靴下を借りる先払いだ。石けんの価格を教えるだけじゃ釣り合わないから」


……ファルクさん、良い人すぎ! でも、石けんは間に合ってるんだよなあ。


 俺がなんと言って断ろうかと考えていると、突然街中に鐘の音が鳴り響いた。


「え?! なに?! 何の音?」


「もしかして鐘の音、聞いたのは初めてかい?」


 初めて聞くどこから鳴っているかわからない鈴の音を警戒し、肩掛けバッグをぎゅっと抱きしめる俺の反応を面白がるような目で見るファルクに、俺はこくこくと頷く。


「この鐘の音は定期的に鳴って、朝起きる時間とか、昼飯を食べる時間とかを教えてくれるものなんだ。今の鐘は店じまいの合図だね」


……あ、時間か! 時間を鐘の音で判別してるのか。突然だったからびっくりしちゃったよ……


 獣人村でもブロックドロフ村でも、時間はざっくりしたものだ。今が何時とか、そういう合図は聞いたことがない。俺が知らないだけかもしれないけど、少なくともあの家では見たことも聞いたこともなかった。


……まあでも、街の方が文明が発達しているは当たり前か。


「鐘はどこから鳴ってるんですか?」


「各門の上に鐘があるんだよ。貴族が作ったもので、音を街中に響かせる魔術具を使ってるんだって」


 ファルクが指差した先の門の上には確かに大きな鐘があった。俺が入ってきた門の上にも鐘があったらしい。

 俺が自分が入ってきた方の門を見つめていると、ファルクが突如俺に何かを握らせた。手の中を見ると、1番小さいサイズの石けんがそこにはあった。

 俺がどんな反応をするよりも先にファルクは口を開く。


「それ、もらっといてくれ。俺が怪しい者じゃないって信用してもらいたいし。それじゃ、靴下楽しみにしてるから!」


 優しい笑顔で押し切られ、がちゃがちゃと石けんを片付け颯爽とどこかに走っていく後姿を見送りながら俺はその場に取り残された。


「……忙しない人だったな……でも、すごく良い人。そう言えばイェンスさんにも靴下貸す約束してるんだった。あれ? 靴もだっけ? うーん、でも靴は最近毎日履いてるから難しいかな……」


「おーい、オリバー!」


 腕を組みながらいつ靴を貸そうか考えていると、後ろからケバルトが大きな袋や見たことのない食べ物を手に持ってこちらに走ってきていた。


「さっきの鐘の音、店が閉まる時間の知らせだってオリバーに言うの忘れてた!」


 どうやらケバルトは街に入るときに鐘の音を聞いていたらしい。そのときシュティローおじさんに、鐘の音の意味を聞いたそうだ。


「ん? オリバー、お前石けんしか買ってないのか?」


……あ、お土産は後回しにしたんだった。


「これはもらったんだ。俺、みんなに何にも買ってない!」


 ケバルトは手に持ってるブリトーのようなものをもぐもぐ食べるのを止め、驚いた目を向ける。


「はやく買いに行かなきゃ店も屋台も閉まるぞ! ほら、走ろう!」


 びしゃしゃっと唾とともに勢いよく出た具材が俺の顔に付着したが、ケバルトはそんなことを一切気にせず、一気に口に入れると俺の腕を引く。

 俺は日中ケバルトにブレーキをかけていたときよりも身体が痛むように感じたがケバルトにされるがまま引っ張られ、広場を抜けた。


「えーと肉と野菜は絶対だろ。オリバーは果物があった方が良いんじゃないか? あ、あと綺麗な布を買っておいた方がいいぞ。おでこの怪我ひどいから」


「ちょ、ちょっと待って! そんなに買っても持って帰れないよ! 自分で持って帰れなきゃだめだろ?」


 ひょいひょいケバルトは食材を抱え俺に布を取るよう顎で指示するが、絶対にそんな量を持ちきれない。肩掛けバッグに入る量に収めないと、帰り道で休憩が必要になってしまう。

 サンタクロースのプレゼント袋のごとくパンパンに膨れた袋を担いだケバルトは、残念そうな顔で俺を見る。


「そんなの俺が持ってやるのに……」


「ダメダメ。ケバルトもすごい量じゃないか。いくらケバルトでも俺の分まで持ったら帰り道に疲れ果てるぞ」


 俺は持ちきれない分の食材を元の場所に戻し、ケバルトのアドバイス通り布を手に取る。

 うちにあるのは雑巾か、もしくはちょっと綺麗な雑巾だ。身体に当てられそうな布は強いて言うなら体を拭く布だろう。比較的綺麗な身体を拭く布は数に限りがあるし、切っていいとは思えない。傷に触れるものには綺麗な布を使いたいから、確かにここで買っていきたい。


「でもどうやってお金を使い切るんだ? このくらい買わないとなくならないぞ?」


 どうやらケバルトは手持ちの金を使い切ったらしい。貯金なんて概念はないだろうし、街に来ることもなかなかないケバルトはそれで良くても、俺は冒険者になったときのためにお金を少し溜めておきたいのだ。


「俺は冒険者になったときのためにお金を貯めておくんだ。だから、全部は使い切らない。そして自分で持てる分を買って帰るよ」


「いっぱい買った方が腹も膨れるのに……変わってんな、オリバーって」


 不服にも俺が変わり者扱いされてしまったが、まあいいだろう。

 お金の大切さは大和時代に嫌というほど味わった。事故で父親が亡くなり、そのときに出た慰謝料でなんとか家を売らずに母さんと妹と暮らしてこれたのだ。その経験から俺は今からでも貯金をしておきたい。


 俺は持てるだけの食材と清潔そうな布を買い門の方へ戻っていると、食器販売の屋台を発見した。


「すいません、これ2つください!」


 俺は浅いボウルのような木製の皿を指差し、コパンのごはん用と水用に2枚選ぶ。

 コパンが家に来たばかりの頃、俺は森の木材を使って食器を作っていた。

 まっすぐ立たなかったり、ニスが塗ってないから汚れが染み込んだりと、コパンの食器作りに悪戦苦闘した結果、最近は大きな葉っぱに料理を載せ水は手桶でやっている。

 ミルテの料理屋で不要になった食器をもらえないかなと思っていたが、今日頑張ってくれたコパンにもちゃんと食器を買ってあげよう。


……ようやく手に入ったぞ! やったねコパン!


 バッグの中で寝ているだろうコパンに心の中で呼びかけ、俺はルンルン気分で門まで戻った。


結局最終的な手持ちのお金は、冒険者ギルドでもらった金額の1/4程度になりました。

コパンにやっとまともな食器を与えられます。

そんなことに気付かず、そして鐘が鳴っても起きないコパンは街に入るとき、ケバルトと一緒に鐘の音を聞いていました。

そのときのシュティローの反応を見て、別に反応しなくていいんだと学習したのでスルーしています。


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