いざ、冒険者ギルドへ!
今いるところが街だという情報に驚き勢いよく起き上がると、額が痛み出す。血管の収縮と一緒にズキンズキンと痛みを感じ頭を抑えると布の感触がある。痛みに顔をしかめていると、ケバルトが慌てて椅子から飛び降り駆け寄ってきた。
「おいおい、鎮痛薬飲んだからってあんまり激しく動くな! 傷口が開くぞ!」
話を聞くと、どうやら寝ている間に傷口をケバルトが癒やしで縫ってくれたらしい。俺の身体の至るところの傷口はかなり太めの水の糸で縫われていて、額も処置済みとのことだ。
「……俺、癒やしは得意じゃないんだ。家に帰ったらカーリンに縫い直してもらえ」
恥ずかしそうに言っているが、大事な魔力を俺に使ってくれたのだ。その気持ちがありがたい。
「たくさん傷あって大変だったでしょ? ありがとう、ケバルト」
照れたようにはにかむケバルトに、俺は質問をする。
「てっきりあのまま村に帰ると思ってたんだけど、なんで俺たち街にいるの? シュティローおじさんは?」
「俺たちが一緒に村に帰ると時間がかかるから、シュティローさんが俺たちを街に届けたんだ。で、その後村に帰ってったよ。シュティローさんってめちゃくちゃ足速いんだな!」
ケバルトが興奮気味にシュティローおじさんの足の速さについて語り始めたが、シュティローおじさんがまた街に戻ったのなら俺があそこに残って1人で踏ん張るより、みんなで力を合わせて倒した方が結果的に良かったんじゃなかろうか。
ケバルトにそう言ってみると、真面目な顔で首を振った。
「それは違う。オリバーが1人で頑張ってくれたおかげで、シュティローさんを探す手間が省けたんだ」
ケバルト曰く、シュティローおじさんは街を出たばかりで遠くまで行っておらず、すぐに見つけることができたらしい。
「コパンが街じゃない方へ急に走って吠え出したときにはどうしようかと思ったけど、その先ですぐシュティローさんを見つけたんだ。何度か叫んだらすぐ合流できたんだぜ。俺たちが全員あそこに残ってたら、シュティローさんを見つけるのにもっと時間がかかってたはずなんだ。だから、オリバーのお手柄だよ」
なんとシュティローおじさん探しにコパンが大活躍だったようだ。俺によしよしと撫でられたコパンは、気持ちよさそうにもたれかかってくる。
「それなら良かった……」
自分の頑張りが良い結果に繋がり、俺は嬉しさと安堵が混じった溜息を吐くと、ぐうぅとお腹が鳴った。安心したらお腹が空いたようだ。
というか、俺はどのくらい寝ていたのだろうか。長椅子にもたれかかる俺のそばで立ちっぱなしのケバルトを見上げる。
「俺が寝てどのくらい時間って経ったの? もう夕方?」
「うーん、今は夕方前くらいかな? ハイス山を往復するくらいの時間しか寝てないと思う。あ、シュティローさんが今日中には迎えに来るって言ってたぞ」
どうやらまだ日は沈んでいないようだ。コパンにベロベロ舐められてあんまり寝れなかったみたい。
「ケバルトはお腹すいてないの?」
そう言えばツァールトが昼食に持たせてくれたお弁当があったよなと、バッグを手繰り寄せて中でごそごそと手を動かす。
「腹減りすぎて先に弁当食べちまったよ。オリバーの分はあっちにあるぞ」
指差す先には2つお弁当が置いてあり、片方はすっからかんになっていた。
……俺も弁当食べよう。あ、でも先にコパンにご飯あげないと。それに水も飲みたい。
口の中では胃液の酸っぱさと鎮痛薬の苦味が混じり、喉はヒリヒリしている。
「今日の功労者に干し肉とスルメを多めにあげよう!」と張り切ってバッグの中からスルメと干し肉の包みを取り出し、尻尾を振ってお行儀よく俺の隣におすわりをしたコパンに食べさせる。美味しそうに全部平らげたのを見届け、いつものように水を手のひらに出そうとしたが、全く魔力が湧いてこない。
……あれ? 疲れすぎて魔力出なくなった? いや、でもいつもは寝たら水を出すくらい回復してるんだけど……ってなんだこれ?
俺の右腕手首には黒い腕輪がはめられていた。魔石っぽいものがついててシンプルな黒い腕輪。俺の手首にぴっちりはまっているこの腕輪には、鍵穴やつなぎ目がない。どうやってはめたんだろうか。
俺が眉間にシワを寄せながらその腕輪を色んな角度から見ていることに気付いたケバルトは、同じく黒い腕輪がついている自分の腕を見ながら溜息を吐いた。
「これ、魔力を封じる腕輪なんだってさ。街に入るときはその腕輪を付けなきゃだめなんだと。弁当食べて水出したかったんだけどだめだった。俺も水が出なかったから仕方なくあそこの水瓶から水をもらったんだ。飲んでみたけど大丈夫な水だ」
ケバルトが指差した部屋の隅っこには、大人の腰くらいまでの高さはありそうな大きめな壺があった。
水属性のカルツェ族のケバルトは、綺麗かどうかよくわからない水を飲むより、自分で出した水を飲みたかったらしい。
……魔力を封じる腕輪なんてあるんだ! さすが異世界!
水の安全確認をしてくれたケバルトに礼を言い、長椅子から降りる。大きなお玉のようなものを水瓶に入れ、ごくごく水を飲むと焼け付くように渇いた喉に染み渡っていく。
ケバルトが手をお椀のように出し、その中に水を注ぐとコパンに飲ませてくれた。
口の中に広がっていた気持ち悪い味も消え、お弁当を食べ始めるとコパンが物ほしそうにこちらを見ていた。
ブロックドロフ村から街まで走って、干し肉とスルメだけじゃ確かに足りないだろう。あげたいのは山々だが俺も腹ペコで仕方がない。どうしようかなあと考えながらもぐもぐしていると、すっからかんの弁当箱の隣の包みに視線が行った。
「ケバルト、この包みってなに入ってんの? 食べ物?」
「それにはオリバーが倒した魔物の一部と魔石が入ってんだ。余裕があったらそれを冒険者ギルドに持ってって、オカネってやつにかえて、美味いもんでも食えってシュティローさんが言ってたんだけど……オリバーはオカネってなんだかわかるか?」
……残念、食べ物じゃないのか。でも、それを売ればコパンのご飯を買える!
どうやら俺が倒したダンゴムシの素材を回収していてくれたらしい。
村から出たことがないケバルトは、お金の存在を知らなくて当然だ。俺も宿屋のカウンターに座らなければわからなかったのだから。頭の上に疑問符が浮かんでいるケバルトに、簡単にお金の説明をする。
「あー、村の入口に魚を置いとくと野菜になってる仕組みと一緒か? ん? ってことはオカネって魚?」
とんでもない解釈をしているが、案外近い。
「お金は魚にもなるし、野菜にもなるよ。街で肉が売ってたら肉も食べれるかもよ」
「本当かよ! 早く売りに行こうぜ! 実は俺、まだ食い足りないんだ!」
ぴょんぴょん跳ねてはしゃぐケバルトに急かされ、頑張って食べるも俺は弁当を残してしまった。
お腹は空いているのに、胃が受け付けない。
……なんかもう食べれないかも……ダンゴムシが腹に激突してきたせいだ、きっと。
「なんだ? もうお腹いっぱいなのか? どこか具合悪いのか?」
心配するケバルトに俺は余計な罪悪感を持たせたくなくて、努めて笑顔を向ける。
「腹は減ってるんだけど、あんまり入らないんだ。多分お腹も攻撃されたからだな。でも大丈夫、そのうち良くなるさ」
弁当の残りをコパンが食べている最中、俺は自分の体を見る。ダンゴムシの体液が付着していたら拭こうと思ったけど、ケバルトが拭いてくれたようだ。カーキ色のマントは体液がところどころ付着して、迷彩服のようになっている。虫の青臭い匂いもするし早く洗いたい。
コパンががつがつと弁当を食べ進め、ぺろりとお口のまわりを舐めたら出発だ。バッグを肩にかけ、上機嫌のコパンと出入り口の方へ歩き出すと、ケバルトが慌てて前に立ちふさがる。
「オリバー、街を歩くならコパンは置いて行けって門番の人が言ってたぞ。従魔の証? ってやつがないと街を連れ歩けないらしい」
なんとコパンはまだ獣魔登録をしていないから、街の中を歩いてはいけないらしい。「そういうことならコパンはお留守番だな」と言おうと足元に視線を落とすと、コパンはわかりやすく耳と尻尾を下げていた。と、思ったら弾けるように顔を上げ俺の肩掛けバッグに飛び込む。
「……一緒に行きたいの?」
うるうるとした瞳で見つめられ、「クゥーン……」と鳴かれてしまったら連れていくしかない。ケバルトも肩を竦めて「バレなきゃいいんじゃね?」と言っている。コパンには絶対に顔と声を出すなよと注意して、コパンを入れたままケバルトに続いて行く。目と鼻がバッグの隙間から見えるけど、まあ誰も気付かないだろう。
扉から出ると、門に立つ兵士が俺たちに気付いた。皮素材のような鎧を身にまとったその人は、俺たちが近づくと屈んでくれた。
「あ、門番さん。友達が起きたから俺たち冒険者ギルドに行ってくる。夕方には戻ってくるから」
「あぁ、わかった。シュティローが来たらそう伝えておくよ。冒険者ギルドの場所、わかるか?」
ケバルトのフランクな話し方を全く意に介さない様子で、首を横に振る俺たちに門番は冒険者ギルドまでの道のりを教えてくれた。
「このまままっすぐ歩くと広場があるから、その広場を左に曲がるんだ。そうすると今度はもっと大きい広場に出るから。その左正面が冒険者ギルドだからな」
「わかった。ありがとう、おじさん!」
俺は満面の笑みを向け、お礼を言っておく。どこでも愛想は大事だ。
ケバルトに魔物のパーツが入った包みを持ってもらい、俺はコパンが飛び出ないように一応バッグを抱えながら門を出てると、街の様子が司会に飛び込んできた。
……おぉ……ちゃんと街っぽい! あ、屋台もある! こっちにはお店が! すごいすごい!
念願の街に来れたことに感動しながら俺は辺りを見回す。
まず地面が石畳なことに驚いた。どこまで視線を上げても石畳なのだ。雨の日は道がぬかるまなくて羨ましい。
そしてそのまま見上げると、通りの左右は色とりどりの背の高い建物が並んでいる。左側の建物には入り口がなく、こちらに背を向けているような感じだが、その立地を利用してか、屋台が並んでいた。
対して、通りの右側の方は高い建物の1階に販売店が入っているようだ。扉の上に絵を書いた看板が吊り下がっていて、人だかりができ賑わっているお店もちらほらと見える。
ケバルトも俺と同じように今まで見たことのない景色をきょろきょろと見回し、楽しそうな様子だ。肉屋の近くを通ったときには、豚や鶏の肉が皮を剥いだ状態で吊り下げられいて、俺は思わず二度見してしまったがケバルトは目を輝かせていた。
……街でもあの姿のまま売るんだ。
異臭で顔を歪めてしまったがケバルトは平気なようだ。むしろ突進しそうな勢いで肉屋に早歩きをするケバルトを全力でとめる。
「待った待った! お金がないんだからまだ何も買えないよ! 先に冒険者ギルド!!」
名残惜しそうに肉の塊を見つめるケバルトを引きずると、今度は屋台の串焼きに視線が釘づけになっていた。
身体をぐんぐんと引っ張られ、俺も負けじとブレーキをかける。広場に行くだけでも一苦労である。
それと広場までの道中、気のせいかもしれないが、ものすごく見られている気がした。多分、俺が汚れすぎていて人々の目に留まるのかもしれない。
「えーと、ここを左だよな」
広場から伸びる道は4本だ。東西南北につながっていて、どれも直線。
来た道から左を向くと、大きな壁がずっと奥の方に見えた。
白くて立派な壁が街の端から端まで広がり、その手前に並ぶ色とりどりの建物とのコントラストでその白さがより際立っている。
その壁へ向かうように歩いていると、冒険者っぽい身なりの人とすれ違う。きっと冒険者ギルドが近いのだろう。
それにしてもケバルトは適応力がすごい。さっきの門番とも普通に話していたが、獣人村では見慣れない人間ばかりなのに、全然ビクビクしていないのだ。
……でも、俺たちが街を歩いてても気味悪がられないんだな。街にも獣人が住んでるのか?
ブロックドロフ村には獣人はいなかったから、勝手に街にも獣人はいないんだろうと思っていた。
でも、この街の人々は俺たちを普通に受け入れているように感じた。見た目が相容れないものを怖がるのが普通の反応だと思っていたのに、なんだか意外だ。さっきから視線は感じるが、侮蔑や恐怖が混じった瞳ではない。なんというか、可哀想とか心配そうな目を向けられている気がする。
……ま、ブロックドロフ村の人らも獣人に慣れてたし、俺の村以外の獣人の冒険者がいるのかもしれないしね!
それか寛容な街なのかもしれないなーとのんきな事を考えながら歩みを進めると、大きな広場に到着。ここの広場はちょっと豪華で門番が言ってた通り、広い。さっきの広場はベンチと井戸しかなかったが、ここは噴水もあった。
「えーと、あ! あそこが冒険者ギルドだ……大きいね」
コパンが外に見えないように、バッグに入っている手習板を引っ張り出し、書かれた文字と看板の文字を見合わせる。同じ言葉だ。
広場に面した端っこを陣取るその建物は、高さは他とそれほど変わらないが、建物の幅は2倍ほど大きく見える。色鮮やかな建物が多い中、冒険者ギルドは白っぽい落ち着いた雰囲気の建物だった。どことなく、背後にそびえ立つ白い壁と材質が似ている気がする。
アーチ状の門から奥まっている大玄関は、フランスの美術館で見かけるような荘重さの外観だ。左右に石柱が並び、石段がその間をぬって上へ続いている。さらに他の建物にはない装飾が施されていて、まるで団地群にぽつんと美術館があるかのような場違い感があった。かなりお金を持った組織に違いないだろう。
……冒険者ギルドだけやけに豪華で看板が絵じゃなくて文字なんだ。変なの〜。
今まで見てきたどの建物とも雰囲気が全く異なる建物に物怖じしながらも、俺とケバルトは大きな階段を登り始めた。
ようやく街に入れました。オリバー念願の街です。
当初冒険者ギルドの2階に行く予定でしたが、シュティローが街に入る前に見つかったので行く必要がなくなりました。
だけども、素材の買取もやってくれるとても便利な施設なため結局行くことになりました。
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いいねが最近増えて小躍りしています。ありがとうございます。
オリバーが死物狂いで戦ったおかげですね。私も頑張りたいと思います。




