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獣人村で目覚めたら  作者: ニガヒジキ
第1章 獣人村のオリバー
40/62

俺たちの任務

 

「ここにシュティローさんはいるか?! 海の主が出たんだ!」


 息を切らしたケバルトが俺とカーリンの存在に気づくと、焦った様子でシュティローおじさんの居場所を尋ねてきた。


「海の主が出たの?! 漁師だけじゃ無理な相手なの?!」


「今年はロートレグなんだ。殻が固いからもりも刺しにくいし網をかけてもハサミで切られちまう……剣を使える人がいないと厳しいらしい。で、シュティローさんはここにいる?!」


 カーリンとケバルトだけで話が進んでいくが、俺は話の内容がよくわかっていない。海の主もロートレグってやつもわからないが、そいつを倒すには双剣使いのシュティローおじさんが必要らしい。今はシュティローおじさんの居場所を伝えることの方が先決だと判断し、わからないことはひとまず置いておくことにした。


「シュティローおじさんは今日、街に行ったよ。今、この村にいるのはイェンスさんだ」


「イェンスさんって確か槍使いだったよな? うーん……シュティローさんを呼んでこいって言われたんだけど……シュティローさんがいないなんてどうしよう……」


「今はイェンスさんを呼びに行こうよ! どうしたらいいかわかんないもん、聞いてみよ!」


 カーリンは忙しなくそう言うと踵を返し、オリンバ園の方向に走り出した。

 俺は足元のコパンと目が合う。シュティローおじさんの仕事を手伝っていたコパンなら、イェンスの警備場所も見当をつけられるかもしれない。


「コパン、カーリンについて行ってイェンスさんを探すんだ。ここに連れてきて!」


「ワン!」


 大きな声で返事をしたコパンがカーリンの後を追いかけるのを見送ると、俺はケバルトに説明を求めた。


「なあ、ロートレグってどんなやつ?」


「ロートレグはカニの魔物だ。ぎょろっとした目で全方向見渡せるんだ。殻は固いしハサミは鋭いし、浜にも上がれるから厄介なやつなんだよ。現れたやつは海面から目だけ出てたんだ」


「え、そんなでかいの……?」


「海の主なんだからでかいに決まってんだろ!」


 この村にシュティローがいないことに苛立っているのか、ケバルトは強い口調で言い放つ。貧乏ゆすりをしながらそわそわと身体を動かし、猫の耳はずっとピンと立っている。尻尾はいつもに比べて毛が逆立っている気がした。


 トゲトゲした態度のケバルトの機嫌につられないよう、俺は穏やかにケバルトに話し続ける。


「海の主ってやつを見たことないからわかんないよ。イェンスさんが来るまで、教えてくれない? ケバルトの焦る気持ちもわかるけど、俺だけ話に混ざれないのはやだよ」


「あ、ごめん……」


 一度深呼吸をして俺に向き直ったケバルトは眉間のシワは残ったままだけど、さっきより落ち着いた様子だ。


「海の主って、夏の間に海の他の魔物を食って大きくなって、一番大きい魔物のことなんだ。毎年何が主になるかはわからない。いつもは漁師全員で倒せてるんだけど、今年は歯が立たなくて……」


 ケバルトは煉瓦色のオールバックをクシャッとつかみ、今にも泣きそうな顔で話を続ける。


「弓矢は効かないし船に乗ってても役に立たない俺は、シュティローさんを呼んでくるよう言われたんだ。俺、みんなの役に立てるように頑張りたいのに……シュティローさんを呼んでこれなかったら……ロートレグが俺たちの家の方まで行ったらって思ったら怖くなっちまって。怒鳴ってごめんな」


 いつも明るいケバルトが珍しくネガティブだ。というか、まだ子どもなのに責任感が強すぎだと思う。

 俺はケバルトの背中を擦り、気持ちを落ち着けられる言葉を必死に考える。


「タギノさんって強いんでしょ? タギノさんが大きいアワフキ貝を膝で割った話、してくれたじゃないか。それに漁師はみんな海の主と毎年戦ってるんだろ? ケバルトが怖がるようなことは起きないさ」


 俺が浜でひどい言葉をかけられたときケバルトが励ましてくれたように、俺もケバルトを励ましてやりたい。あの日見たケバルトの笑顔を意識して俺は笑顔を作り、以前話に聞いたタギノ武勇伝を思い出しながらケバルトに微笑みかける。


「……そうだよな、みんな毎年戦ってるんだもんな。確かにじっちゃんは俺みたいに慌ててなかった」


「そうだそうだ、大丈夫、大丈夫」と声をかけ続けていると、ツァールトが宿屋からひょこっと出てきた。


……あ、報告忘れてた。


「オリバー、どうしたんだい? 何かあったの?」


 ケバルトと俺を交互に見ながら、気遣わしげに話しかけてくるツァールトを見上げながら俺が事の経緯を説明する。ツァールトは海の主の話を誰かから聞いたことがあったようで、真剣に話を聞いてくれた。

 しばらく話していたらイェンスがカーリンとコパンとともに、急いで広場に走ってくるのが見えた。


「ケバルト、知らせに来てくれたんだね。ありがとう。それで村の状況は? ロートレグが出たんだろう?」


「あぁ、そうだ。俺が村を出るときはまだ海の中にいた。漁師たちが引きつけてたからまだ海の中だと思うけど……」


「そうか。漁師たちも強いし、しばらくは大丈夫だろうけど……ロートレグは(もり)(やり)も入りにくいもんな」


 イェンスは目を伏せて腕を組むと、しばらく黙り込む。考えがまとまったのか大きく息を吸い込み、目を静かに開けると俺とケバルトを見つめた。


「ケバルト、オリバー、コパン。お前たちで街まで行くんだ」


「俺も……?」


 胸がドクンと高鳴る。ずっと行ってみたいと思っていた街に、行けるチャンスが巡ってきた。俺はワクワクする心を抑えきれずつい顔がニヤけてしまう。すぐ普通の表情に戻したけど。


「街の方まで行かないとシュティローさんはいない。俺が行ってやりたいのは山々なんだけど……今日はオリンバ園の方に魔物が多く出ててここを離れられそうにないんだ。村の他の冒険者も街に行ってるから交代できないし。だから、ケバルト、オリバー。お前た2人で呼びに行くんだ」


なんと他の冒険者も近くにはいないらしい。別にシュティローおじさんにこだわらなくても、冒険者複数名を浜に送り込めば海の主も退治できるんじゃないかと思ったけど、そう思い通りにはいかなかった。


「ロートレグが相手なら、漁師だけじゃ退治するのにかなり時間がかかると思う。収穫祭の前で準備も忙しいだろうから、村で1番強いシュティローさんを呼んで早く終わらせたいんだと思うよ」


「家の方まで来るってことはないの? 俺、それが心配で……」


「うーん、今まで陸に上がるタイプの海の主はあんまり出たことないから、なんとも言えないなぁ。そうならないように漁師も頑張ってると思うけど、長期戦になるとわからない」


 ケバルトは表情を引き締めて、イェンスの話に頷く。


「コパンがいれば大抵の魔物は逃げるし、一番なついているオリバーも一緒の方が制御しやすいと思う。それに、さすがに子ども1人だけで街まで行かせられないから、2人必要だ。ケバルトはまだ走れるか?」


「あぁ、まだ大丈夫だ。一応ブーツにしてきたしな。でもここからどのくらいの距離? ハイス山より近い?」


 イェンスは目線を上にさまよわせると、「いや、遠い」と首を横に振った。


「ハイス山の往復よりは短いが、片道半くらいはあるだろうな」


「まぁ、そのくらいならなんとか……」


……走れるんかい。すげえなケバルト。


「俺たちの村からここに来るまでは魔物も盗賊もほとんど出ないけど、ここから街までは違う。盗賊が出たら、全速力で逃げろ。強そうな魔物が出て倒せなさそうだと思ったら逃げろ。コパンにしがみついてでも逃げるんだ。わかったか?」


 俺とケバルトに向かって注意事項を話すイェンスの目は真剣だった。危険度が高い任務だと悟った俺は、街を見たいという自分の願望を心の奥の方へ押し込み、村を救うためにシュティローおじさんを呼びに行くんだと肝に銘じる。


……いけない、いけない。今は街への好奇心よりも村の危機をなんとかしなきゃ。


「うん、わかった。 じゃあ早速行こうよケバルト!」


「いや道がわかんねえよ」


 至極当然のことを言われた。確かにわからない。意外とケバルトは冷静なようだ。


「いいかい、ケバルト、オリバー。これは村の重大任務だ。そのことを忘れないようにね。特にオリバー! 街に着いてもシュティローさんを探し出すまでフラフラしちゃだめだよ!」


「は、はい!」


……なんで名指し?! そんなことやらないもん! 任務が終わってから楽しく見て回ろうかなとは思ってたけど!


 名指しで先回りして注意され内心反論したかったが、イェンスと目を合わせた俺は、そんな素振りを見せないように背筋をピンと伸ばして返事をする。ちゃんとやるからまた街に行かせてほしい。次に繋げるために殊勝な態度を取っていると、黙って様子を見ていたツァールトにイェンスが話しかける。


「ツァールト、街までの地図ってある? あと木札も分けてくれないか?」


 イェンスからそうお願いされ、ツァールトは「わかった!」と急いで宿屋に戻っていく。


「街に着いたら、冒険者ギルドってところへ行くんだ。看板にこう書いてあるから」


 俺の手習い板に『冒険者ギルド』と単語を書いて見せたイェンスは、そのまま話し続ける。


「そこの建物の2階に上がって、シュティローさんが受けた依頼は何か聞くんだ。シュティローさんが街の近くにいてくれたらいいんだけど……」


 苦い顔をして手習い板を見つめているイェンスに、ためらいがちにカーリンが話しかけた。


「あの……わたしはどうしたらいい? なにかできることある?」


「そうだな……カーリンは癒やしが使えたよね? 戦いの場では一人でも癒やしを使える者がいた方がいいから、あとで一緒に村へ戻ろう。そしてもし状況に変化があったら、俺に知らせに来てほしいんだ。エイミーかだれかと一緒に来てくれ」


 勢いよく宿屋からツァールトが出てきているのを横目に、イェンスは穏やかにカーリンへ指示を出している。


「ほら、地図! それとこれが木札な!」


「助かるよ! じゃあそのまま、ケバルトとオリバーへ地図の説明をしてくれない? 俺は木札を書くから」


……あれは、紙?!


 ツァールトの手にあるのは木札ではなく、くるくると紙を丸めたものだった。広げて見せてもらうとやはり紙で、どうやらこれが地図らしい。


「ねえ、これ何て言うの?」


「これは羊皮紙だよ。それよりもほら、道を覚えて」


……羊皮紙か。植物紙じゃないんだな。いくらくらいするんだろう?


 値段を疑問に思いながらも俺たちはツァールトから地図を見せてもらい、街までの道を聞く。一箇所T字路になっていて、そこを曲がらずまっすぐ進めば街に行けるらしい。どうやら道なりに進めばいいだけのようだ。


「それと、これ。お昼まだ食べてないだろ? 食べる暇があるかわからないけど、一応持ってきな。きみの分も入れておくよ」


 ツァールトは俺とケバルトの昼食を、肩掛けバッグに入れて渡してくれた。


「ありがとう、ツァールトさん!」


「オリバー。この木札も入れて。門番にこの木札を見せたら街に入れてもらえるから。それと必ずマントを被っておくこと」


 頭に被さるマントをギュッとつまみ、こくんと頷く。村の外でコパンを大きくすると、ツァールトは「本当に大きくなった……」と目を丸くしていた。


「いってらっしゃい、オリバー! ケバルト! ちゃんと帰ってきてね!」


 カーリン、イェンス、ツァールトに見送られ、コパンに乗った俺は、ケバルトとともに街に向かって出発した。



コパンは身体が大きくなるほど体力も増えます。狼神サイズなら街の往復も休めば行けます。

ケバルトも街に行ったことはなく、どんなところなのか内心ワクワクしています。



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