変化の訪れ
「オリバー、そろそろ帰る時間じゃないか? カーリンちゃんを迎えに行って今日は帰りな」
「うん、そうする。今日もありがとうございました。また明日!」
ツァールトに手習い板を手渡し椅子の下で爆睡していたコパンを揺すり起こす。伸び終わったコパンと料理屋の方へ歩いていくと、賑やかな声がだんだん大きくなってきた。料理屋に踏み入ると、ワイワイガヤガヤと笑い声や話し声が飛び交い、ムワッとした熱気に包み込まれる。お酒も提供しているようで、アルコールくさい陽気なおじさん同士が肩を組んで楽しそうに話していた。ホール担当の人は、忙しそうに料理を運んでいる。
……夕方前だけど酒盛りを始めてる人もいるんだなぁ。あ、さっき部屋に案内した冒険者たちだ! 食べに来てるんだ!
コパンも初めて聞く大きな音や声に驚いているようで、俺の両足の間にすぽっと身体をはめこむ。歩きにくい。
周りを見渡してもカーリンの姿は見当たらず、俺はキッチンの方に歩いていく。カウンター席によじ登り、背を向けて立っているミルテに声をかけるが、店内の喧騒に負けないように張り上げたホール担当の人の返事に俺の声はかき消された。今度は負けじと大きな声で後ろ姿のミルテに声をかける。
「ミルテさーん!!」
ミルテは料理を作っていたようで、フライパンを振るうの止めると俺を一瞥し、キッチンの奥に声をかける。
「カーリンちゃーん! オリバーくんが迎えに来たー! そろそろ終わっていいよー!」
……ん? カーリン、仕事してんの?
キッチンの奥の方から小さく返事が聞こえ、俺の前にぱたぱたと現れたカーリンは手と服が濡れていた。今日は見学だけだと思ったけど、どうやらお手伝いもしていたらしい。
「今日はお皿洗ってくれてありがとね! 助かったわ。あと石けんもありがと! 早速今日使ってみるから!」
ミルテはカーリンに皿洗いを手伝わせていたようだ。お礼を言われて嬉しそうにしているカーリンと2人で挨拶をし、料理屋を出る。お店の外でも立ち食いをしている人たちが楽しそうに串焼きを頬張っているのを見て、俺は思わずゴクリと唾を飲み込む。お腹が空いてきた。
「石けんで身体を洗う方法、説明できた?」
「うん、できたよ! 今日使ってみるから感想教えてくれるって。シャンプーもすごく喜んでもらえたみたいだったよ。 ……でもね、やっぱり石けんの作り方を何回も聞かれたの。わかんないからオリバーに聞いてって言ったんだけど、いつものミルテさんじゃないみたいだった」
コパンに乗り、帰り道を並んで走りながらカーリンと話していると、やはりミルテからも石けんの質問が多かったみたいだ。どうしてそんなに作り方を知りたいのだろうか。
「あとね、ミルテさんと話してる途中からお店が忙しくなってね、お手伝いさせてもらったんだー! カーラさんと皿洗いしてたの!」
カーリンは目をキラキラさせながらお手伝いの内容をとても生き生きと話していた。鍛冶屋のときより楽しそうだ。カーリンの口から次々に出てきた名前は、きっと料理屋で働く人たちだろう。その他にも料理屋のお客さんの様子や、お皿を洗う注意点を興奮気味に話し、家に着くまで俺は聞き役に徹した。
翌日も同じように昼ご飯前には数字と計算の勉強、昼ご飯後にカーリンは料理屋で手伝いをし、俺はカウンターで単語を覚えた。
ツァールトとミルテからそれぞれ石けんの感想をもらい、ミルテからは特に感謝された。水浴びでは取れなかった料理の油臭さが久々に取れ、とにかく嬉しかったらしい。なんと昼ご飯には肉料理を出してもらえたのだ。
「ねえオリバーくん。あの石けんってどうやって作ってるの?」
昼食の食器を片付けているとき、俺もミルテから石けんの作り方を聞かれたが、狙いがわからず話す気になれない。
「どうしてミルテさんはそんなに作り方を知りたいの? また欲しかったら持ってくるよ?」
質問に質問で返すのは失礼だというのは重々承知で聞いてみると、ミルテは何か思案するような顔で言いよどむ。
「……もし、他にも欲しいって人がいたら、そのときはあげてもいい?」
ミルテが俺たちの作った石けんを、誰かにおすすめしてくれるってことだろうか。俺もシャンプーや石けんの交換先候補が増えるなら嬉しいけど、あんまり色んな人にすすめると俺たち家族が使う分がなくなってしまう。
「あんまりたくさんの人にはあげられないけど、何かと交換してくれるならいいよ」
「あら、私にはタダでくれるのに?」
いたずらっぽく微笑むミルテに俺は威張るように胸を張りながら、相応の理由を述べる。
「それは美味しいお昼のお礼だから。色んな人に石けんをあげちゃったら、俺たちが使う分がなくなっちゃうでしょ? それにうちは貧しいからタダではあげられません!」
「そう言えばツァールトとも交渉してたわね……ふふっ。わかった、対価は用意しておくわ。あ、あと私が勧めるのは一人だけだから大丈夫。オリバーくんたちの分がなくなることはないわ」
……1人だけに勧めるってピンポイントすぎない? 村長の嫁にでも勧めるの?
「村長との太いパイプでも作るつもりなのかな?」と下衆なことを考えてしまったが、親しい人のことを考えているときに出る優しいミルテの笑みが俺の悪い妄想をかき消す。勝手な妄想をした罪悪感が俺を襲う。
「……ごめんなさい」
「え? 何謝ってるの?」
「いえ、なんでもないです……誰かにあげるときは言ってください。交換条件を考えます」
その日、家に帰ると休みだったエイミーがすでに晩ご飯を作ってくれていて、帰宅とともに俺は浜に連行された。「薄暗くなるまでフェルカの練習よ」とスライムを投げつけられ、割らずに取る練習が決行される。
バレーボール大の水風船のようなスライムをバシバシ投げてくるエイミーは、鬼コーチさながらだ。笛をくわえている幻覚が見える。
別にナンバー1を目指してないのに、苦しくったって悲しくったって剛速球が飛んでくる。上手く取れなければスライムが弾けてびしゃびしゃ。仮に上手く取れたとしても、俺の投げたスライムはエイミーに避けられ、1つも当てることができない。もし避けられなくても、そのときはエイミーがキャッチ。避けられないんじゃなくて、避けない。当たり前のように投げ返されて俺がびしゃびしゃになるのが決定事項だった。
……つらぁっっ!!! もう動けねえよ!!
俺が地面に突っ伏して死んだふりをしていると、次にエイミーは走り回るコパンを相手に投げる練習をし始める。息を潜めて顔を動かしエイミーを見上げると、腕の振り抜き方がガチだ。なのに全然スライムが割れないあたりに慣れを感じる。そして、避け続けているコパンもすごい。
……俺の代わりに頑張ってくれ、コパン!! 俺が休む時間を稼いでくれぇぇぇ!!
俺の祈りが届いたのか、コパンとの練習で疲れてくれたエイミーが練習の終了を告げ、死んだふりを解除し無事に生きて家に帰ることができた。なんと収穫祭前日までこれをやるらしい。
……部活かよ。明日もコパンを連れてこよう……じゃないとフェルカ本番前に燃え尽きちまうよ……
俺はびちょびちょ砂まみれのまま帰り、急いで水浴びと夕食を済ませると、体力回復のためにすぐ寝ることにした。
その翌日、足し算の勉強に入った俺たちはツァールトから「明日は収穫祭の準備があって忙しいから、勉強はお休み」と言われた。ということは、俺は1日中フェルカの練習をすることになるのだろうか。
「オリバーたちは今年、新人式じゃないよな。来年か?」
「うん、そうだよ……」
フェルカの集中特訓のことを考え遠い目をしていると、店番の人が扉をノックする。
「旦那様、獣人の子が外で何やら叫んでいるのですが……」
ツァールトは俺たちを見るが、思い当たる節がない。首を横に振った俺とカーリンは勉強道具も持ったままとりあえず外に出て、誰が来たのか確認をする。
「ケバルト?! どうしたんだ? 誰に用があるの?」
広場をキョロキョロして右往左往していたのは、ケバルトだった。弓矢を持ち、今日はビーサンのようなサンダルではなくブーツを履いていた。いつもと様子が違うケバルトに、俺とカーリンは急いで駆け寄り声をかける。
「オリバー、ここにシュティローさんはいるか?! 海の主が出たんだ!」
……海の主? ってなに??
次の投稿は、多分週末になると思います。




