収穫祭の予定
ツァールトからオリンバの実をたくさんもらった俺とカーリンは安息日である今日、朝から石けんとシャンプー作りに勤しんでいる。世間的にお休みの日は俺たちの勉強もお休みなのだ。
俺の隣ではカーリンが意気揚々と石けんタネを混ぜている。鍛冶屋のおじちゃんに作ってもらったフォークを背中合わせにして縛り、早速混ぜ棒として使っているようだ。「いつもより混ぜやすい!」と大喜びしていた。
……森での採集とか、石けん作りをしっかりできるのは7日に1回になるな。休みだけど、結構忙しいぞ。
ちなみに宿屋は安息日でも関係なく営業しているらしい。昨日『髪』や『癖毛』、『櫛』というツァールトにまつわる単語から始まり、日常的に使いそうな簡単な単語を俺に教えながら、ツァールトが「見習いの頃から安息日に休んだことなんかないよ」とぼやいていた。
「オリンバの実だとトレースができにくいのかな? いつもよりちょっと時間がかかったかも」
確か入れるオイルによってトレースができる時間は変わると大和時代に調べた気がするのだが、この世界のオイルにも当てはまるのかわからず、俺は曖昧な笑みをカーリンに返す。
「そうかもしれないね。もしかすると固まらないかもしれないから、明日は俺の作った石けんを持ってくよ」
「わかった。ちょっと様子見てみよっか!」
俺は物置で乾燥させておいた石けんを取り出す。この石鹸はツァールトにあげるのだ。
本当はシャンプーだけで良いのだが、材料としてもらったオリンバの実が家で使っても余るほどだったので、石けんを作ってツァールト夫婦にあげることにした。
「余ったものでこういったものを作っています。有効活用してますよ」と示すため、明日は俺が作ったものを持っていこう。俺にとってはコパンのご飯と交換してくれる素晴らしい取引先だ。好感度をアップさせておきたい。
……それに俺とカーリン、いつもお昼をごちそうになってるからね!
「カーリン、明日持ってく石けんはカーリンから渡してね。一緒に作ってるんだから」
「うん、わかった! 喜んでもらえるかなあ〜喜んでくれたら嬉しいなあ〜」
困り顔になったり笑顔になったり、くるくると表情を変えながら首を左右に傾げているカーリンには、石けんをミルテに渡してもらう予定だ。料理屋でお手伝いをするのだから、カーリンの好感度を上げるのにも一役買うと思う。
石けんとシャンプー作りが終わったら、次はスルメ作りだ。
スルメは家族に提供したら喜んでもらえた。最初に食べてもらったとき、みんなカーリンやケバルトたちと同じく嫌な顔をしていたのに、噛めば噛むほど味が出るのが良かったらしい。保存がきくことも伝えたら「たくさん作って」と頼まれた。冬の食料にしたいそうだ。俺が家にあるクラクポーテを全部捌き、カーリンはせっせと干していった。
ちなみにゲソの部分は不人気で、みんな胴部や耳の部分を進んで食べている。触手のような見た目がまだ慣れないらしい。
その後は森に行き、パルメの実やリモーネの実など、晩ご飯に使える食料を採集した頃にはもう夕方になってしまっていた。
「ただいまー。あ、シュティローおじさんおかえり!」
珍しく早い時間帯にシュティローおじさんが家にいる。もう仕事は終わったんだろうか。シュティローおじさんとエイミー、ディータおばさんは椅子に座り、何やら話しているようだった。
「あぁ、ただいま。ちょうどよかった。2人も座って俺の話を聞いてくれ」
仕事モードの顔をしているシュティローおじさんにそう言われ、俺とカーリンは背負い籠を降ろしたら即座に椅子へかける。コパンは小さくして、膝の上に乗っけた。理解できるかわからないが、ぴしっと伸ばした背筋はいっちょ前だ。
「秋の収穫祭に、今年は使徒神官様が来る。大丈夫だと思うが、絶対に粗相のないように周知してくれ。新人式に出ない子どもは、外に出さない方がいいかもしれない。それと、儀式が終わったらハイス山の闇の霧をはらいに行く使徒神官様の護衛をするから、俺は今年フェルカには出られない……」
露骨に残念がるディータおばさんとエイミー。そして大きなため息を吐いたシュティローおじさんだが、正直話にあんまりついていけてない。
……使徒神官? フェルカ? 新出単語ばっかりだよ。
その2つの単語に記憶を思い起こそうとするが、どちらも映像が湧いてこない。おそらく、前のオリバーも知らなかったことのようだ。
「シュティローおじさん、使徒神官ってなに? 俺収穫祭も豊穣祭も出たことがないから、初めて聞くんだけど……」
「使徒神官様は、闇の霧をはらう力を持つ神官様だ。いつもは普通の神官様が儀式に来るんだが、今回は特別に儀式も行ってくださることになったんだ……ってオリバーは儀式に出たことがないから神官もよくわかんないよな。神官様は貴族で、魔力の加護を与えに来る方で……えーと、ま、とにかくすごい神官様ってことだ」
……相変わらず説明がテキトーだなあ。でもちょっとわかったぞ。神官は『魔力の加護』と関連のある人なんだ。使徒神官は普通の神官よりデキる人なんだろうな。
虫除けスプレーのように魔物を寄せ付けない水である魔力の加護を与える上に、闇の霧をはらうこともできるのが使徒神官。その人に対して粗相がないよう、今年も家から出なければいいのだろうか。
「俺は今年も家から出ない方が良いの?」
「そうだな……今年も家にいてくれ。カーリンとエイミーもだ」
2人もこくこく頷き、まだ残念顔のエイミーはシュティローに追加の質問をする。
「フェルカは魔力の加護を撒き終えたら始めていいの?」
「あぁ、かまわない。一応これからタギノにも言いに行く。オリバーとカーリンもフェルカには参加していいぞ。それと、収穫祭前日と当日は、ブロックドロフ村には行けない。向こうの村も神官様を迎え入れる準備で忙しいからな。俺からの話は以上だ」
シュティローおじさんの話は終わり、俺たちが頷くと忙しそうに扉から出ていった。ディータおばさんとエイミーは「どうしよう……」と何やら深刻な顔をしている。どうしたんだろうと2人の顔を見ていたら、カーリンが「オリバーはフェルカってやったことないよね?」と話しかけてきた。
「フェルカはね、豊穣祭と収穫祭の儀式が終わったらやる、春と秋だけの大会のことなんだよ。スライムを投げ合うの」
……そんな大会あんの?! おもしろそう!
「オリバーも今年は出ようよ。浜でやるけど、たくさん人が集まるからきっと意地悪する人もいないよ」
「うん、行く! 俺も混ざる! けど、フェルカってどんな大会なの?」
浜はまだ怖いが、みんながいるなら大丈夫と思ったら、その大会に出てみたい気持ちを素直に表明できた。
カーリンの説明を俺なりに要約すると、どうやらフェルカはスライムを使ったドッジボールのようなものらしい。2つの陣営に分かれて1匹のスライムを投げ合い、スライムを当てられて地面に落としたり、スライムが破裂したら退場。投げるときにスライムを破裂させたら、投げた人が退場。外野はなく、最後の1人が残るまで投げ合い、残っていた方の陣営が勝ちになる。
スライムを破裂させないよう投げ、相手に当たったら割れるくらいの力加減が難しいらしい。
……スライムって排泄したものを肥料にするだけじゃなくて、ボールとしても使われるんだ。確かに色んな大きさのスライムが海にいたよなあ。
俺がスライムの多様な使い方に感心している間、ディータおばさんとエイミーは落胆顔のままなにやら相談をしていた。
「なんで二人は残念そうなの? シュティローおじさんが出ないとなんか大変なの?」
ディータおばさんは困った笑顔でゆるく首を左右に振り、手を頬に添えながら説明をしてくれた。
「陣営の分かれ方が、カルツェ族とトゥルフ族なのよ。大人の男性、大人の女性、子どもの3部門が毎年の恒例なんだけど、それぞれ勝った種族の方に賞品が贈られるのよ。総合成績が良かった方にさらに賞品があって、シュティローがいなければ大人の男性部門はトゥルフ族が不利になるわ……」
……なるほど。シュティローおじさんという戦力がいないと、ゲットできる賞品が減るかもってことね。
「シュティローおじさんがいなくても、女性部門と子ども部門で頑張ればいいんじゃないの? そうすれば3戦2勝でトゥルフ族の勝ちだよね?」
「わたしたちのところは協力的じゃない人もいるし、特に今年は難しいわね……」
頬に手を添えたまま小さい溜息を吐くディータおばさんが言った協力的じゃない人というのは、多分俺を罵ったあのおばさん2人だろう。確かにあの2人はハンデだと思う。
「子ども部門は? エイミーがいれば余裕でしょ?」
「……ケバルトに去年負けたのよ。しかもあたしが負けて、トゥルフ族が全勝を逃した」
悔しそうに表情を歪めているエイミーの表情は本気だった。収穫祭後の祭りのガチっぷりが窺える表情だ。ディータおばさんもカーリンも、慰めるようにエイミーに寄り添っている。まるでプロが試合に負けたときのようだ。
日本で祭りはわいわい楽しくやるものだと育った俺が、この世界の祭りへの情熱の注ぎっぷりについていけるか不安になってきた。
「オリバー、今年は何が何でも勝つわよ! 父さんがいない分、頑張らないと!!」
「は、はい!!」
去年負けた屈辱を思い出したのか、ぐぬぬぬと、エイミーの目が熱く燃えている。近いうちにまた鬼軍曹から特訓をさせられ……いや、受けさせていただくことになった。毎日のブロックドロフ村との往復で夕食後すぐに寝られるくらい疲れている俺に、エイミーの特訓を耐え抜く体力が残っているかとても不安だ。エイミーの気迫に負けて気安くイエスを出してしまった数秒前に戻りたい。
……まあ、断れるはずがないんだけどね。
俺は何日間特訓に耐えれば良いのか知りたくなり、収穫祭の日程を聞く。
「そういえば、収穫祭っていつあるの?」
「次の風の日よ。もう明日から秋の季節だし」
「え、そうなの? もう秋なの?!」
カレンダーも何もないので季節を確認できなかったが、もう明日から秋らしい。まだ暑い日はあるけど、「もう秋だよ」と言われると確かに涼しくなったなあと思う。そのくらいの気温だった。
久々に家族全員が揃った晩ご飯は賑やかで、みんなでフェルカについて話しながら晩ご飯を食べ、シュティローおじさんは酒を飲みながら参加出来ないことを嘆いていた。どうやら楽しみにしていたらしい。
ちなみにカーリンは「わたしはカルツェ族として参加するんだけど、トゥルフ族の家にいるからエイミーたちに勝ってほしいの。ニクラスたちには内緒だよ」と小さく漏らしていた。
……あ、賞品聞き忘れてた。何がもらえるんだろ? ま、当日になればわかるかー。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
安息日の1日でした。
コパンは基本的にオリバー、カーリンと一緒に行動しています。
エイミーは基本的にディータを手伝っていて料理や洗濯、最近は服の繕いもやっています。
気は強いですが何でも率先してやる子なので、村の子どもたちから慕われている模様。




