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獣人村で目覚めたら  作者: ニガヒジキ
第1章 獣人村のオリバー
32/62

俺たちの仕事

 

 ブロックドロフ村の門の先には広場があり、そこには井戸があった。そしてその広場を囲むように建物がたくさん建っているのが目に入った。


「さ、まずは村長さんのところだな。行くぞ、二人とも。コパンも一緒に連れて行こう」


 広場に荷車を置いたシュティローおじさんは、この村で一番大きい家目掛けて歩き出した。どうやらあの大きな石造の家が村長さんの家らしい。今まで隙間風が入りまくりの木造ボロ屋しか見たことのない俺は、初めて見る石造りの家に緊張していた。

 俺とカーリンも置いていかれないよう小走りでついていく。なんとなく振り返ると、イェンスはひらひら手を振っていた。


 シュティローおじさんがコンコンと扉を叩くと、中から質素だけど継ぎ接ぎのない、足首までのワンピースを着た若い女性が出てきた。


……耳も尻尾もない! 俺が知ってる人間だ!


 その女性はシュティローおじさんとなにやら喋ると、穏やかに微笑み「少々お待ち下さい」と扉を締めてしまった。


……残念、もう少し観察したかったのに。


「今の人、耳も尻尾もなかったね」


「しかも服に継ぎ接ぎがなかったよ。でも、木靴だったね」


 俺とカーリンがこしょこしょ話していると、扉の向こうからカコカコと足音が聞こえてきた。ぴしっと姿勢を正すとカーリンも真似するように背筋を伸ばした。さっきのお姉さんに中へ入るよう案内され、長い廊下を歩いて奥の部屋に通される。建物の中は質素で、装飾品などは置いてなかった。

 前を歩くお姉さんがガチャリと扉を開けると、部屋には優しそうな太ったおじさんが長椅子に座っていた。見た目での判断だが、多分シュティローおじさんより歳上だと思う。


 ……太った人、初めて見たかも。しかも綺麗な服着てるよ。


 今まで筋肉質な人か、痩せ型の人しか見たことがなかったからなんか新鮮だった。その太った人が村長らしく、見るからに良い服を着ていた。模様や装飾は少なく、くたびれてはいるが柔らかそうに見える布の質は俺らの服とは全然違う。夏だから半袖ではあるが、長ズボンを履いていてちらっと見えた足首からは白い靴下が顔をのぞかせた。


「村長、今日からこの村に通うオリバーとカーリンです。 ……二人とも、挨拶を」


 俺とカーリンが挨拶すると、村長はにこやかな顔で俺たちと目を合わせてくれた。


「はじめまして。村長のゲインだ。さ、座って座って」


 勧められた椅子は村長が座っている椅子と同じく長椅子で、座面には皮が鋲で打ってあった。俺、カーリン、シュティローおじさんはテーブルを挟んで村長と向かい合うように座り、コパンには足元で伏せててもらう。初めての場所なのにじっとしていてお利口だ。


「シュティローからオリバーの事情は聞いている。混血児なんだろう?」


 俺はなんと答えたものとかと思いシュティローを見上げると、シュティローはこくんとうなずき、マントを外すジェスチャーをした。

 俺がドキドキしながらバサリと自分の頭を出しても、村長の態度は変わらなかった。


「おぉ、顔をよく見ると確かにアルトルートさんの面影があるね。私はオリバーのお父さんとお母さんに良くしてもらってたんだ。あの二人の子どもと会えるなんて、私も年を取ったものだ」


 楽しそうに話す村長さんの話は少し長かったが、どうやらブロックドロフ村の近くに魔物が現れたとき、オリバーの両親がいち早く駆けつけいつも退治をしていたらしい。


「あの二人が亡くなる前に何か恩返しをしたかったんだが、突然のことでろくなことが出来なかった。だからオリバーが来てくれると聞いて嬉しかったんだ。マントの件はもう村人には伝えてあるから、マントは被ったまま出歩いて大丈夫だ」


 なんと村長さんとシュティローおじさんの間でもう話はついていたらしく、マントの件は住人みんなが知っているらしい。マントを被っているのはなんと説明してあるのだろうか。


「オリバーは耳が良すぎる(ゆえ)に大きい音が苦手で、マントを被って低減させているから無理に脱がせたりしないように、と村の皆さんに伝えてもらった。嘘をつかせて申し訳ないが、何か聞かれてもそう答えるんだぞ。カーリンもそう言ってくれ」


 シュティローおじさんが俺とカーリンにそう言うと、村長が申し訳なさそうに俺を見る。


「人と見た目が違うってだけで差別する人がどこにでもいるんだ。人間と獣人のどちらの特徴も持つオリバーを見て、言葉が悪いけど、気味悪がる人もいるかもしれない。私はオリバーの両親のことをよく知っているからなんとも思っていないけどね」


 ……獣人か人間か、ハッキリさせてた方が社会に溶け込みやすいってことね。了解了解。


 言葉を選んで優しい口調で話す村長は、更に話を続ける。


「それに、混血児は珍しいから人さらいなんかもあるかもしれない。リープベル村方面に行く道ではそんなことないと思うけど、今後街の方にも行くんだろう? 村を出てもマントはちゃんと付けておくんだよ」


 ……人さらい! それはいやだ! マントは絶対被っておこう!


 慌ててマントをと被り直す俺に微笑みかける顔には、侮蔑の表情は一切なかった。むしろまるで孫を見るような目で俺を見ていた。

 村長にマントの件を注意されていなければ、俺は気が緩んで人前でマントを外していたかもしれない。

 街に行く前にこの村に来れて、本当に良かったと人知れず安堵の溜息を吐いた。


「二人ともこの村でシュティローのお手伝いを頑張りなさい。あ、あと野菜と魚や塩を交換したいときはこの家に来るんだ。この家の者が鐘を鳴らすから」


「はい! 色々とありがとうございます」


話が一段落して、俺はコパンがこの村を歩いても大丈夫か、確認しておきたかった。

カーリンと村の中を歩き回る予定だし、もしかすると俺が勉強してる間にカーリンとコパンで村を回るかもしれない。


「あの、コパンも村の中を歩いても大丈夫ですか? 魔物だけど、こんなに小さくて大人しいんです」


 俺は椅子から降りるとコパンを抱えて村長に見せる。コパンは黒くて長い耳を音を拾うように動かし赤い目で村長をじっと見つめている。


「そんなに可愛らしいのに本当に額に魔石が付いてるんだな……人を襲うような魔物にも見えないし、オリバーくんに懐いているのがよくわかる。村を歩いても大丈夫だ」


……良かった! これでコパンも遠慮なく一緒に歩けるね!


 村長との挨拶が終わり外に出ると、鐘の音が鳴り響く。きっと物々交換の合図の鐘の音だ。持ってきた荷車まで移動すると、俺たちが一息つく間もなくシュティローおじさんは小魚1匹と、お椀1杯分ほどの塩の小袋を見せ、交換レートについて話し出した。


「オリバー、カーリン。これから魚と村の人が持ってくる野菜を交換する。この物々交換の手伝いが、これからのお前たちの仕事だ。この魚1匹と野菜2つを交換、魚1匹とオリンバの実5つを交換だ。塩は1袋でオリンバの実の麻袋1つか、野菜の麻袋1つを交換だ。いいか?」


……唐突すぎて全然良くねえ。まずオリンバの実がわかんないよ。カーリンもよくわかんないって顔になっちゃってるし。


「オリンバの実って何? 俺、見たことないよ」


「このくらいの緑色の実で、絞ると油が出るんだ。カーリンも見たことないか?」


 シュティローおじさんがオーケーの指を作るみたいに親指と人差指で丸を作ってみせるが、カーリンもピンときていないようで首を横に振っている。


「……わかんない」


「うちに持って帰る前によその家に取られてるから見たことないのか……ま、来たらわかるさ! 二人は魚を交換する方をやってくれ」


……シュティローおじさんって結構テキトーだよね! もちろんやるよ! やるけどさあ!


俺は心の中でシュティローおじさんに悪態を吐いたが、今は物々交換を遂行することの方が大事だ。気持ちを切り替えて、別の質問をする。


「大きい魚を交換するときはどうするの?」


「大きい魚1匹なら野菜4つと交換か、オリンバの実10個と交換だ。覚えたか?」


……大きい魚は小魚の2倍ね。オッケー。


「シュティローおじさん、もう一回言って! わたし覚えてない!」


 焦り顔のカーリンとともにもう一度交換レートを聞き、カーリンが何度もぶつぶつ言って確認しているうちにちらほらと人が集まってきた。


「おや、これが村長が言ってたカーリンとオリバーかい? 随分可愛らしいこと!」


「おい、そんな大声出したらびっくりしちまうだろ! マントの子は耳が良すぎるんだってよ」


「子魚! 塩もくれ!」


 わいわいがやがやとして、色んな方向から手が伸びてくる。マントを掴む手はなかったが、結構怖い。並んでほしいと思ってしまうのは、俺が日本人だったからだろうか。


 俺とカーリンが初めての人混みにぽかんとしていると、シュティローおじさんが大声を出して人々を捌いていく。


「ほら、いつも通り野菜2つと小魚1匹を交換だ! オリンバの実は5つを小魚1匹と交換! 魚がほしい人は子どもたちの方に行ってくれ! 塩が欲しい人は俺の方に!」


 村人たちは俺とカーリンが少しもたついても怒ることなく野菜と魚を交換してくれた。


「えーと、これがオリンバの実? オリンバの実が5つのときは小さい魚が5つ?」


「違うよ、小さい魚1匹でいいんだ。俺は魚5匹ももらえたら嬉しいけどね」


「間違っちゃうところだった……教えてくれてありがとう!」


 いつも通り、カーリンの天使のような可愛らしい笑顔にノックアウトされる人々が続出した。ちょろすぎる。


「あれ、オリバーって女の子だったのかい? 二人とも可愛いなあ。野菜おまけしてやるよ」


「違う! 俺男! でもおまけはありがとう!」


 俺の顔は女顔のようで、色んな人に女の子に間違われそうになりながら必死に野菜と魚を交換した。

 魚と塩がなくなると村人が徐々に減り、離れたところで塩の分け合いっ子をし始めている。シュティローおじさんは野菜がパンパンに詰まった麻袋を荷車に載せて片付け始めていた。


「二人ともお疲れさん。ずいぶんと上手にお手伝いできてたじゃないか」


 俺とカーリンにねぎらいの言葉をかけてくれたのはイェンスだ。人々が溢れかえり大変なことになっているのに、イェンスが壁際でにこにこしながら見ていたの知っている俺は、眉間にシワを寄せ文句を垂れる。


「……手伝ってくれても良かったのに」


「ははは、2人に物々交換を覚えてほしかったからね。カーリンは少し危なっかしかったけど、村の人達が教えてたから。でもしばらくは俺かシュティローさんが交互に手伝うよ」


「ああ、2人とも初めてにしては上出来だ。ちゃんと交換できてたしな。そんな心配そうな顔しなくても、カーリンも良く出来てたから大丈夫だ。しばらくは一緒にやるから」


 爽やかに笑うイェンスとにっこり笑顔で褒めるシュティローおじさんの言葉にカーリンはほっとした様子だったが、さっきから具合が悪いのか目を伏せていて表情は暗い。


「カーリン、大丈夫? 具合悪い?」


「……ううん、大丈夫。初めて色んな人と話したから緊張しただけ」


 俺の目を見ないで曖昧に笑いながらカーリンはそう答える。確かに人とこんなに話したのは初めてで、俺も疲れた。カーリンの気持ちがよくわかる。

 ちょっと様子がおかしいと思ったけど、カーリンも疲れてしまったのだろうと俺は受け流した。


「お疲れのところ悪いけど、まだ宿屋の亭主に挨拶が残ってるよ」


 笑顔のイェンスはベッドのような絵の看板がかかっている建物を手で指し示していた。村長さんの家の次に大きい建物だと思う。


……そうだった、俺に文字を教えてくれる人に挨拶するのが残ってた!


 俺とカーリンは野菜を荷車に載せると、宿屋のドアを開けたシュティローおじさんに続いた。


シュティローおじさんの無茶振りに振り回されながら2人はなんとか物々交換をやり切りました。


シュティローおじさんは宿屋の亭主に挨拶をしてから物々交換をしようと考えていたので、本人もちょっと焦って魚と野菜の交換個数を説明しています。

村長が鐘を鳴らすのが早かった。

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